第十話〜人間と男の対決I〜
「何でこんなことしやがった?」
「・・・」
俺の問いに男は黙ったままだ。
彼女に非があるとしてもこれはあまりにもおかしい。
彼女はもうぼろぼろで死んでいたかもしれない。
俺は今度は声を凄めて訊いた。
「何でこんなことしやがった? 何とか言えよこの雑魚虫野郎」
「・・・」
男はあくまで俺の言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。まるで糠に釘だ。何の反応もない。
だったらもう答えはひとつしかない。
俺は握れるだけの、出せるだけの力をこの右こぶしに溜めた。
そして風が音を切りその怒りのこぶしを男に向かい、真っ直ぐぶつけようとこぶしを振りぬいた。
こぶしは真っ直ぐ男に向かったのだが、男はゆっくりと顔を右に傾けこぶしを避けた。
こぶしは男の頬を掠めただけに終わった。
しかし掠めたこぶしが男のサングラスに当たり、サングランスは男の顔からずり落ちていった。
それは男を人間と見ることが出来る唯一の砦だった。
男が人間でないとする理由はひとつ―――
「な・・なに・・?」
俺は今、情けない声を出していると思う。
でもしょうがないと思ってしまうのもまた自分だ。
男のサングラスの下には何もなかった。そこにあるべきものでさえ―――
目があるべき筈の部分にはぽっかりと空虚に開いた小さな穴が2つあった。
俺は油断した。
俺が固まっているところに男の豪腕がうねりをあげ俺の顔に真っ直ぐ振り落とされた。
骨の軋む音が聞こえそうなほどの力で俺は殴られ、俺の体は少し浮き、体ごと吹っ飛ばされた。
「ぐはぁ!」
背中を壁に思い切り打ちつけ鈍い音が発せられる。
口の中に鉄の味が広がっていく。
俺は口の中の血を自分の唾と一緒に吐き捨てる。
「へっ・・雑魚虫のくせにやるじゃねえかよ。
けどな、俺はお前を許すわけにはいかねえんだよ」
右手で口の周りについた血を荒々しく拭う。
この血を見て俺は何かを思い出す。
前にもこんなことがあった気がするって。
でも今はそんなことどうでもいい。今はただ、この雑魚虫を叩きつぶすことしか考えていない。
俺は作戦とかそんなのも考えるのを止めて、ただ、地を蹴り男に飛び掛っていった。
俺は何度もこぶしを振るう。
それを男は、小刻みに動くヤジロベーみたいな簡単な動きで次々にかわしていく。
俺が疲れたところに男はその豪腕を振るう。
俺はそれを避けきれずにサンドバックのようにこぶしを受ける。
「ぐぅ!かはぁ!ぐはぁ!」
今度は地面に体を打ちつけ鈍い音を発する。
もう体を動かす力はないと思う。
あったとしても体がそれをさせてくれないだろう。
筋一本でも動かそうとすると骨が軋むように痛む。
男は動けない俺を持ち上げた。とどめをさす気だろう。
男のこぶしは今まで以上に振り上げられ、こぶしに力を溜める時間は今まで以上に長い。
体が動かせたら、それは大きな隙で反撃するんだろう。
俺が動けないことをこいつは分かってる。
ちっと心の中で俺舌打ちをし、俺は目をつむった。