梔子の便箋
玄関の扉を開けるとやわらかな日差しが注ぐ小春日和でした。
ついこの間まで夏だと思っていたのに、気が付けば街路樹は赤や黄色に衣替えしていて、街角の自動販売機には『あったかい』の文字が目立つようになって、外を歩く人の服装も落ち着いた色が増えたように感じます。
空は何もかもが透き通ってしまうのではないかと思うほど綺麗な青色で、ところどころほころびている雲は風に誘われるようにゆっくりと東へ流れていきました。
こんな空気のおいしい日はどこかへ出掛けたくなります。幸い今日は休日なのでいまからでもどこかへ行ってしまいましょうか。木漏れ日の落ちる公園のベンチで読書なんてどうでしょう。喫茶店やカフェで紅茶を飲むのもいいかもしれません。ちょっとお洒落をして街でショピングなんかも楽しそうです。まったく、私はなんてお気楽なのでしょう。思わず口元に手を当ててくすっと笑ってしまいました。
いけない、いけない。今日はお部屋の片付けをしないと。
私は石床の上を歩いて郵便受けの中に何か入っていないか確認しに行きました。お父さん宛ての葉書が2枚、お母さん宛ての広告用紙が1枚、そして私宛の手紙が1通入っていました。正直驚きました。わっ、と声が漏れてしまいました。生まれて18年になりますが、手紙をもらったことなど一度もなかったので本当に驚いてしまいました。
足早に家に戻り、リビングでテレビを見ているお父さんに葉書等を渡して、手紙を胸に抱きながら階段を駆け上がって部屋に入りました。
封筒は少し赤みがかった濃い黄色をしていました。
裏返してみるとそこには小学生の頃に転校してしまった親友の水橋夏穂ちゃんの名前が書かれていました。普段からメールや電話でやり取りもしているし、毎年年賀状も出しているのに急にどうしたのかな。
私は一度階段を下りてお父さんにペーパーナイフを貸してもらい、部屋に戻って封を切った。封を切ると中からふわっと甘いお花の香りがしました。この香りって何のお花なのかな。中には二つ折りの便箋が2枚入っていました。二つ折りの便箋を取り出して開くと上の方は真っ白なのに、下にいくにつれて黄色がかってグラデーションになっていたのです。少し変わっていたけれど、とても綺麗でした。
私は広げた手紙を読みました。
千秋ちゃんへ
秋色いよいよ深く、夜長のころとなりました。
体調はいかがですか。元気でお過ごしですか?
突然の便りに驚きましたか?
きっと千秋ちゃんは「どうして手紙なのかな」って思ったんじゃないかな。
あ、それよりもなんだかお堅いよね。メールみたいに普段通りに書くね。
どうして手紙なのかというとね、メールだとどうしても伝わらないものなの。
電話じゃもっと伝えられないし、口でなんて説明できないし……。
かといって年賀状を書く季節になってからじゃもう遅いの。
だからね――――手紙を書いたの。
わたしね、いま病院にいるの。入院しているの。
たぶんまた驚いちゃったんじゃないかな?
隠していてごめんね。あと、嘘もついちゃったよね。ごめんなさい。
実は今年の夏からずっとなの。あ、とくに重たい病気とかじゃないから心配しないでね。
でもね、来週手術するの。先生は難しいものじゃないから心配しないでいいよだって。
生まれて初めて入院して、生まれて初めて手術するんだよ?
心配にならない方がおかしいよね?
わたし怖いの。いくら先生が大丈夫と言っても怖いの。
夜になるたびに不安になってね、眠れなくなっちゃうんだ。
それでね、やっぱり千秋ちゃんにはしっかり伝えておこうって決めたの。
くちなしの実が落ちる前にね。
それじゃあまた今度メールか電話するね。
2枚目の便箋にはたった二行だけ書かれていました。
でもそのうちの一行、『くちなしの実が落ちる前にね。』には息を飲んでしまいました。
私には強がっている夏穂ちゃんが見えました。ううん、もっともっと弱い。
不安になって夏穂ちゃんに電話を掛けてみると、留守電に繋がってしまいました。それから時間を空けて何度も電話をしてみたけれど結局繋がることはありませんでした。
私は手紙に残る香りを鼻に押し当てて夏穂ちゃんの無事を祈ることしかできませんでした。
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