デルーゾス王子
まじめに書いてたつもりだけど、無理でした……。
ドラモンド王家が嫡子デルーゾス。それが私の名だ。
デルーゾス、とだけ呼ばれることはない。王家の嫡子デルーゾス、そう呼ばれてる。つまり、それだけの存在だ。
私の母は隣国から輿入れしてきた姫で、王妃。しかし政略結婚だった王との仲は、とうの昔に冷え切っている。だいぶ前に王宮を離れ郊外の城に滞在したままだが、噂では愛人を囲っているらしい。息子の私にも関心はない。
王は王で、後宮に多くの妾妃たちを侍らせて、色欲に溺れている。
貴族たちはそんな国王夫妻をとうの昔に見限り、新たな傀儡王を擁立しようと暗躍している。
正妃の子である私には、同じ年に生まれた妾腹の弟が一人いる。名はシャイム。
彼の母親はどこと知れない国から買われてきた奴隷で、そのため王子といえど身分的には一番低い。私たちの他にまだ10歳以下の王子が4人、王弟が2人、内親王が2人、王女が3人いるので、継承権は一番下の第13位になる。本来なら、王宮に住めないほどだ。
まして即位の可能性などありえないはず、だった。
母親譲りの美貌で人々を虜にしているだけではない。齢2つにして明確な言葉を話し頭角を現した神童だ。私がどんなに努力しても、その上を悠々と行ってしまう類まれな才能の持ち主。何もかも完璧な彼に王宮中が魅了された。
ただひとつ、父親と同じく女好きだけが短所といえなくもない。しかし潔癖な私とくらべ、王である父にはそんな所も好ましく映るのだろう。嫡子であるはずの私を王宮敷地内の外れにある、資料庫だった離宮に押しやり、妾腹のシャイムを身近に置くようになった。その時の私は7歳。お披露目のすぐ後のことだった。
以降、私はずっと、ここにいる。一人で。
王の寵愛を失った王子の末路なぞ、話して楽しいものではない。
侍従も女官も近衛騎士も、皆が私の存在を疎み、蔑ろにする。そして口を揃えてシャイムを褒め称える。聞く耳をもたない相手に歩みよりは不可能だった。努力して磨いた能力も見ぬ振りされた。13の年まで義務でいた家庭教師たちも早々に辞し、離宮に勤めることを拒む者が増え、今では年老いた通いのメイドと庭師が一人づつ。
毒殺の危険はなかったが(もしあった場合、シャイムが廃嫡になる。そういう決まりだ)、三度の食事も嫌がらせを受けて事欠くしまつだった。いっそ病気にでもなれば廃嫡されたかもしれないが、私は生き延びた。
この国では、嫡子は18になると一年の審議を受け、適正があれば正式に王太子として認められる。
おそらく、その時になったら一年を待たずに、私は不適正として廃嫡されるだろう。継承権最下位からの立太子など前代未聞だが、シャイムならありえる。
それまでは、私は嫌でも嫡子として生きねばならない。
14の時から、王子として国の執務をいくつか任されるようになった。
おそらく、碌に処理できずにいるところを取り上げて、ますます私を貶めるつもりだったのかもしれない。しかし他にすることがない私は、嬉々として取り組んだ。幸い住んでいる離宮は元資料庫。調べることはいくらでも出来た。国のあらゆる情報に触れ、動かすことは純粋に楽しかった。処理する執務の量がだんだんと増え難易度も増していったが、それすら喜びだった。
もしかしたら、これで少しは省みてもらえるかもしれないと期待した。
それは浅はかな思いだったが。
16のデビューパーティで、本当に久しぶりに人前に出た私は、自分の処理してきた執務の大半が、シャイムの功績となっていることを知った。
世界は、私にとってあまりに無情だ。
何をしても、努力した分も報われない。
ここでもう執務を扱わない、という選択肢もあった。だがこの年は全国的に不作で、迅速に対応しなければ餓死者が出る事態だった。にもかかわらず、贅を尽くす王宮のため、王は国民にはさらなる重税を課そうとしていたのだ。王宮がどうなろうと構わないが、国民が飢えるのだけは見過ごせなかった。あらゆる手を裏から回し、なんとか重税だけは回避しようとしている最中で、ここで手を引くのは論外だったのだ。
そう考えて耐える私に、シャイムの側近らしき女が言った。シャイムは兄である私の礼服をお古で着せられている、なんという冷遇か、と。
シャイムが着ている黒絹地に青い宝石と銀糸で飾り立てた贅沢な礼服は、私は初めて見るのだが。袖を通した覚えもない。まして色黒の私に黒の礼服などありえない。体格も満足に食べられていない私のほうがずいぶんと細い。どう見ても逆だろう。この女は何を言ってる?
だが、皆、そう信じていた。口々に言う。なんとお可哀想な王子かと。
何もかも嫌になり、あの白い顔にぶちまけたらさぞ映えるだろうと、飲みもしない赤ワインを手に取った。これで全部、何もかも終わりにするつもりだった。
予想外だったのは、そんな私の前に立ちふさがった人物がいたことだった。
私の行いを非難も罵倒もせず、淡々と処理すると、何も言わずに送り出したその人物、そしてそんな彼と親しげな者たち。互いに信頼しあい、阿吽の呼吸で動く彼らを目にした私の胸に渦巻いた感情は、とても多すぎて言葉では表せないものだった。
だからあえて口を利かず、名も聞かなかった。彼らが私をどう思っているか、知るのが怖かったから。
その数ヵ月後。
最悪の事態だけは回避したが、まだまだ処理すべき事が多く、執務から離れられない日々。
もう会うことはないと思っていたその三人との再会は、とんでもない形でやってきた。
「今日から君たちがお仕えすることになる、デルーゾス殿下だ。側近として、殿下の支えになってほしい」
そう宣言された彼らの顔は驚愕で彩られ、知らずにここへ来たことが丸分かりだった。
つれて来たロンシャルドの人間は、何か思惑があってしたのだろうが、彼らがこのまま私に仕えてくれるとは、とうてい信じられなかった。
無言で立ち尽くす私たちを適当に紹介すると、ロンシャルドはそそくさと帰ってしまった。
説明ひとつしないで、大丈夫なのだろうか?
とたんに、一人がガクリと崩れ落ちた。私の前に立ちはだかったあの人物、スネアだ。
私を含め、残りの二人もビクッと体がはねた。いきなりなんだっ!?
「ありえない……避けまくった渦中ど真ん中に来ちゃうとか、このままじゃ粛清まっしぐらじゃんっ! なにこの状況っ、誰だよ紳士目指そうとか言ったヤツ! 俺じゃん! 馬鹿なの? 死ぬの!?」
何を言ってるのかわからない。
思わず他の二人を見たら、あきらめた様に首を振られた。
「スネアは時々こうなります。別に気が狂ったわけではありませんので、しばらくしたら立ち直ります」
割と突き放したジャイスの答えだった。
だがそんな彼らのお陰で、毒気が抜けたというか。嫌だと怒鳴り、彼らを追い返す気力がそがれた。それに存外、私も人恋しかったのだろうか。彼らと話をしてみたくなった。
さてどう切り出したものか、と思案していたら、ガバッ!とスネアは立ち上がった。と思ったらひざを付いて土下座しだした。忙しい。
「も、申し訳ありません! 御前にありながら醜態を……」
「別に構わない。お前たちもさぞ驚いただろうから。そうだな、お茶でもどうだ。あいにく客をもてなすのは初めてでたいした茶葉はないが」
さて茶器は人数分あるかな? と部屋の隅にある簡易厨房へと向かおうとした私を、慌てた様子のジャイスがとめた。
「ま、まさか殿下が手ずからお茶を!?」
「ここに女官はいない。通いのメイドがいるが、なにぶん老いた身なのでな。毎日はこないのだ。すべて自分でしている。お前たちも、私に気を使う必要はない。誰も私に畏まって話しかけてはこないのだ。とがめる人もいないし、好きに話してくれて構わない」
「!!!」
呆然とする三人。ノービスは涙目になっている。
またガクリッと崩れ落ちるスネア。と思ったらすぐ立ち上がった。本当に忙しい男だ。
「うん、もうこうなったら俺はやる! お言葉に甘えて、もう色々やっちゃうよっ!」
「スネア!?」
「おい、しっかりしろスネアっ。まず落ち着け!」
「俺は大丈夫だ。まずは用意しないと。うん。というわけで殿下、しばしお暇クダサイ」
「……そうか。わかった」
もう行くのか。茶を出すどころか話しもできなかったが、仕方がない。私には彼らを引き止めることはできないのだから。去っていく彼らを、ただ黙って見送った。もう彼らがここに戻ることはないだろう。
その三日後。
「殿下ーっ、ちょっと扉開けてくださいっ! 手が離せないんでっ!」
大きな荷物を大量に持ち込んだ彼らが、戻ってきた。
「いったい何事だ!? この荷物はいったい!?」
「あ、今日から住み込みでお世話することになりましたので、よろしく! 一緒に、生き延びましょう!」
意味がわからない。
彼らは私と共にいてもいいのだろうか。彼らのことを思えば、止めておくべきだったかもしれない。でも、それでも心が躍った。私は喜んでいいのだろうか?
彼らとの騒がしくおかしな日々は、こうして始まったのだ。




