前編
こいつ、お前に似ているな。
そう友人に言われて気になり、プレイしたゲームが「モテモテ☆きんぐだむ」。
主人公が、食った女たちを足がかりにのし上がっていくサクセスストーリー。
よくある典型的な、ファンタジー世界が舞台のエロゲーだ。
ただし、俺が似ているのは主人公じゃない。
能力も容姿もイマヒトツな貴族バカ息子トリオの一人。
いわゆるスネオ系で、出世しだしたゲーム主人公に嫌味を言いに来て意地悪してくる。しかしつまらない悪事ばかり起こしたため、最終的に覇権を握った主人公に粛清されてしまう。
つまりは、モブキャラだ。
そんな脇役キャラ絵の顔がそっくりで、それをネタによく友達と笑い合っていた。
ほんのチョイ役でしかないキャラなのに、そのお陰でかなり思い入れがあったせいだろうか。
事故で死んだと思ったら、転生してた。
前世の記憶がどっと蘇ったのは、7歳の誕生日。
あまりの衝撃に引き付けを起こし大騒ぎされたが、俺はそれどころじゃなかった。
思い出した事を整理するだけで、何日も部屋に篭ってたくらいだ。
今でも記憶が多少、混乱する時がある。
記憶が蘇った当初、ここがそのゲームと酷似した世界だとは、すぐに気づかなかった。
そりゃそうだ。
愛着のあったキャラとはいえ、ゲーム登場時は18歳。美形顔ならともかく、平凡顔をそうそう見分けられるか。それに前世も似た顔なもんだからな。
違和感ないったら。
その昔、俺は地球の日本という国生まれの23歳で、平凡な中小企業の新米サラリーマンだった。
特技など、これといってない。
ゲームはするけど主にネトゲで、学生時代の仲間と週末にワイワイするくらいだった。
その中で「モテモテ☆きんぐだむ」はわりとやり込んだ方だと思う。
俺のいる国の貴族社会では、数え年7歳で社交界にデビューする。
とは言え、あくまでも初顔合わせなだけ。
本格的には16歳からだが、年頃の貴族の子女が年の瀬に王宮で一堂に会する、なかなかのビッグイベントだ。
その煌びやかな会場で、俺たちは出会った。
「オハラ領主ゴルベン家の次男ジャイス・タロス・ゴルベンだ。こっちはノービス・ラノビルズ。お前は?」
「す、スネア・ボーンドです」
名前からもうお分かりだと思うが、貴族バカ息子トリオここに集う、である。
ちなみに俺の名前はスネア。
もろ、ジャイ○ンなガキ大将はジャイス、チビの眼鏡君がノービスだ。
ちっとも嬉しくない。
その時、この集いの主人公達が現れた。
文字通りの主人公が。
「われらが栄えあるドラモンド王家が嫡子、デルーゾス殿下ならびに、シャイム殿下のおなーりーっ」
本当に今さらだが、この時ピンときた。
これはもしかしなくても、ゲームの世界に転生したんだな、と。
そして瞬時に俺の死期がわかってしまった。
こりゃマズイ。
シャイムはゲーム主人公である第二王子のデフォルト名だ。
よくあるエロゲーと同様に黒髪黒目で長めの前髪がうっとおしい、どこか影のあるミステリアスな美形で、高い能力に加えカリスマ抜群の主人公サマだ。それだけでなく、所詮エロゲーなので、性技にたけているのが一番のモテポイントだったりする。まだ7歳だってのに、色気垂れ流しでヤバさがハンパない。
デルーゾス王太子はそのライバルで、銀髪碧眼だが色黒で三白眼がコワイ悪役顔だ。実際に、当て馬扱いで性格が最悪の完全悪役でもある。もちろん最終的には俺らトリオと同じく、粛清されるのだが。まだ7歳なのに、顔コワ過ぎです。
普通に考えたら、ゲーム通りになんて進まないと思うだろう。
ゲーム主人公はこの国の第二王子。かなり身分の低い妾腹の出だ。本当だったら世界がひっくり返っても即位なんて無理。
ところがである。
シャイム王子のあまりの人気ぶりに、あり得るな、と確信した。
こともあろうに、大人も子供も王太子そっちのけなのだ。特に女性は大人でもきゃあきゃあと群がっている。国の貴族がこぞって、嫡男でもない子供の寵を得ようとしているのだ。こんな状況で、あの悪役顔の王子が勝てるとは絶対思えないって。
というか、あんな弟がいたら、俺でも性格ゆがむわ。
俺にはゲーム主人公側の勝利と、それまでの過程がわかっている。
もしかしたら主人公が失敗して排斥されるかもしれないが、どっちでも生き残れるように立ち回ればいいわけだし。
つまりは、王子に関わるな。
このままトリオでつるまなければ、粛清されないだろう。
……なんて、考えてた時期がありました。
「よし! 今日からお前は俺の子分だからなっ!」
「はぁ」
「返事が小さいっ!」
「はーい」
「もうなんだよ、そのやる気のない声はっ。フインキ出ないだろ!」
なんの雰囲気か知らんが、カンベンして欲しい。
顔合わせが済んだ後、即効でウチに来たジャイスの発言が、これだ。
ジャイア……もといジャイスのゴルベン家は子爵で領地持ち。俺んちは同じ子爵だが格下の三男。ノービスんトコはさらに下で、騎士だった親父さんが出世しての準男爵家の四男だ。力関係は決定している。
王都に構えているお互いの屋敷も近く、親同士に親交がある。
これでつるまないのは、逆に不審だろう。
俺の第二の人生、終わったな。
だが彼らと付き合ってみると、意外なことに悪い奴らじゃなかった。
ジャイスはまぁ、ときおり暴力に走るが、基本的に陽気で鷹揚だ。根に持つことがなく、短気だが怒りが持続しない。長兄とは年が離れすぎているため、兄弟というものに妙な憧れを持ってるらしく、あれでけっこう面倒見が良かったりする。次男なくせに、典型的なガキ大将タイプなのだ。
ノービスは最初、オドオドしていて可哀想なくらいだったが、ジャイス共々根気よく(すぐ暴力に出ようとするジャイスを宥めながら)付き合った結果、かなり打ち解けた。気弱で泣き虫だが、わりといい性格だ。驚くことに、かなり几帳面で物覚えが良かった。のび犬のくせに。
ちなみに俺、スネアは、ややテンパリ気味のお調子者。煽てられると木に登るタイプだ。楽しければそれでいいやとヘラヘラしてる、わりかし物ぐさなお気楽野郎だ。そんでもってナルではない。断じて。
三人の家庭環境は悪くなく、すごい金持ちではないがそこそこ裕福だ。
家族関係もまぁ普通だ。ただ親の貴族としてのプライドが高いのが、多少気になるくらいだ。
おかしいな、三人ともゲームの時はどこまでもクズい小悪党、という言動だったのに。
一体どこで歪んだんだ?
いや、これから歪むのか。
なんとなく、このままじゃマズイ、と理解した。
すでに俺達は、家庭教師がついて英才教育を受けている。俺達三人の能力は同じくらいなので(低いがな)まだ誰も気にしていないが、今後、他の優秀な兄弟や、他の貴族の子弟らと比較され、けなされるのが目に見えていた。
親のプライドは高い。
見目も悪く、何事にも不出来な息子に注視しないだろう。そうなると、家の召使たちの態度も悪くなるし、他の付き合いでも同様だ。三人でつまらない悪事に手を染めたのは、きっとこのあたりが原因だと思う。
そこで俺は、ひらめいた!
三馬鹿トリオだとマズイのだ。
まぁ、生まれ持った能力の差はいかんともし難いが、人間、努力することで向上するものがある。トップは無理でも、人並み以上だったらいい。学力(魔法学)や剣術といった比較しやすいものは、最初から捨てるぐらいの気持ちで(どうせ才能ないしな)。
他はダメでも、これならキラリと光ります、という感じだとモアベター。
できればモテる方向で。
前世では深く考えずに成長しちゃったからな。第二の人生、少しはモテたいじゃナイカ。
うーん。そんなものあるのか?
いい案が思いつかず、他の二人に聞いてみた。
「女にモテたいんだけど、何をすればいいと思う? 学力や剣術はナシな方向で」
「顔を変えるとか?」
ノービスよ、容赦ないな。
「兄上はすごくモテるぞ。どうしたらそうなるか、聞いてみようぜ」
ストレートな意見に従い、ジャイスの兄ジャスティンに質問してみることにした。
ジャスティンはジャイスより13歳上で、美形ではないが、爽やかな笑顔のナイスガイだ。この年にしてはやたら落ち着いた物腰の紳士で、とにかくモテる。既婚者だが。
彼は俺の話を聞いた後、ものすごくイイ笑顔で言った。
「私の授業は厳しいよ? 中途半端は嫌いなんだ」
あれ? どこでそんな話になったんだ?
それからのこと、俺達三人はジャスティンの”紳士になるための授業”を受けることになった。
貴族としてのマナー講座。姿勢から歩き方、話し方、食事の作法。他の貴族の方への接し方や女性のエスコート方法。ダンス。
次に、身だしなみレッスン。服の選び方や、着方に見せ方、効果的な笑顔の使い方。女性のファッションについて注目すべきポイント解説と、その褒め方。などなど。
これだけでもう、いっぱいいっぱいなのに、さらに乗馬ときた。
乗馬がうまいと女性にアピールしやすいとか、それを聞いたらがんばるしかないじゃないか。
でもこれってアレだ、運転免許。
がんばったご褒美に、スポーツカーならぬ血統書つき名馬をジャスティンからもらった。
ウヒョー!
ジャスティスはマジで厳しい先生で、叱ることに容赦なかったが、褒めるときは褒めてくれるので、俺みたいなお調子者はホイホイがんばったぜ!
馬の前にニンジン効果。
なんというか、俺もジャイスも物覚えが悪いのだが、体を動かすのは好きだ。ノービスは逆に体を動かすのが苦手。三人とも出来不出来が激しくて、けして良い生徒ではなかったと思う。
だけど三人で一緒にがんばることで、意地、みたいなものがあった。ここで止めたら、他の二人と一緒にいられなくなる。他に友達はいないからこその、怖いくらい健気な思い。
俺自身、精神年齢は23+7で三十路だが、それでもこの気持ちには勝てなかった。
チクショウ、友達ってやっぱ良いよな!
まだ子供のうちは遊びの延長のような授業だったが、成長するにつれ、それは段々と本格的になっていった。
学力・剣術はこれ以上の向上が望めないと、家庭教師に見放されたけれど。
その影響で、家族の態度が冷たくなったけれど。
予想していたほど、ショックではなかった。
俺たちの価値はそこにないと、もうわかっていたからだ。
俺たちはゆっくりだが確実に、ジャスティンの紳士になるための授業をモノにしていった。