覚えている人たち
真琴のアカウントが、あの投稿にいいねをしていた。
その事実が、何度画面を閉じて開き直しても消えない。
見間違いじゃない。
スクリーンショットも撮った。指が震えて、少しブレたけど。
真琴は、何も知らない顔で隣を歩いている。
講義棟から食堂へ向かう道。
いつもと同じ昼休み。
「ねえ、どうしたの?」
私が黙り込んでいるのに気づいたのか、真琴が覗き込んできた。
「顔、白いよ」
言えなかった。
さっき見たものを、そのまま伝える勇気がなかった。
「ちょっと寝不足なだけ」
そう答えると、真琴は「あー、わかる」と軽く笑った。
その笑顔が、やけに遠く感じる。
食堂で席を取っても、私はほとんど味を感じなかった。
頭の中は、あの空白のアカウントでいっぱいだった。
覚えている人が、増えている。
それが、何を意味するのか。
午後の講義が終わったあと、私は別の友人にも、それとなく聞いてみた。
「最近さ、変な投稿見たことない?」
相手は、同じ学科の先輩。
SNSをよく使う人だ。
「変な投稿?」
一瞬考え込んでから、首をひねる。
「内容は思い出せないけど……
なんか、見た気がする」
また、それだ。
「名前、空白じゃなかった?」
そう聞いた瞬間、先輩の表情が固まった。
「……なんで分かるの?」
背中に、冷たいものが走る。
「やっぱり、空白だったよね。
でもさ、今探しても出てこないんだよ。
スクショ撮っとけばよかった」
その言葉を聞いて、私は内心で叫びそうになった。
スクショは、残る。
でも、見つけた記憶は、揃わない。
人によって、覚えている「内容」が違う。
その日の夕方、私は自分の部屋に戻り、机にスマホを置いたまま動けずにいた。
通知が来る気がして、画面から目を離せない。
ようやく意を決して、例のアカウントを開く。
投稿は、さらに増えていた。
「覚えている人が、四人になった」
いいねは、四つ。
その中に、さっき話した先輩の名前があった。
「でも、全員、違うことを覚えている」
次の投稿。
「それでいい」
それで、いい?
何が、いいというのか。
コメント欄は、相変わらず閉じられている。
反応できるのは、いいねだけ。
私は、画面を睨みつけたまま、しばらく動けなかった。
このアカウントは、
見た人全員に同じ未来を見せているわけじゃない。
それぞれに、少しずつ違う「予告」を渡している。
その断片が、集まったときに――。
考えを止めたくて、私はスマホを伏せた。
その瞬間、振動が伝わる。
ダイレクトメッセージ。
「あなたは、まだ全部覚えている」
息が詰まる。
「だから、少しだけ先が見える」
続けて、もう一通。
「階段は、三段目」
心臓が、どくんと跳ねた。
三段目。
具体的すぎる。
私は、無意識に昨日通った講義棟の階段を思い出していた。
踊り場から数えて、三段目。
そこだけ、微妙に段差が削れていたのを覚えている。
「偶然だ」
そう言い聞かせながらも、喉がひくひくと鳴る。
その夜、真琴からメッセージが届いた。
「ねえ、さっき思い出したんだけど」
嫌な予感しかしない。
「昨日見た投稿、たぶんね
『転ぶ』って書いてあった気がする」
スマホを持つ手が、震えた。
私は、何も返せずに画面を見つめ続ける。
すぐに、追加のメッセージ。
「でもさ、不思議なんだよね
転ぶの、あなただった気がする」
画面が、じわっと歪んで見えた。
覚えている内容は、バラバラ。
でも、全部が一つの未来に向かって、寄ってきている。
そのとき、例のアカウントから、新しい投稿が表示された。
「条件が、ほぼ揃った」
いいねは、五つ。
その五つ目に、
私の名前は、まだなかった。
それが、唯一の救いなのか、
それとも――。




