見覚えの無い記憶
翌朝、目覚めた瞬間に、昨日の投稿のことを思い出した。
夢じゃなかった、という確信だけが先に来る。
胸の奥が、じんわりと重い。
ベッドの横に置いていたスマホを手に取る。
通知は、ない。
少しだけ、ほっとした自分がいた。
あのアカウントも、投稿も、全部勘違いだったんじゃないか――そんな淡い期待。
SNSを開く。
タイムラインは、いつも通りだった。
友達のどうでもいい愚痴。
サークルの飲み会写真。
おすすめに流れてくる、知らない人の日常。
「……消えてる?」
昨夜見た、あの投稿が見当たらない。
フォロー一覧を確認する。
そこにも、「@___」の名前はなかった。
思わず、息を吐いた。
やっぱりバグだったんだ。
寝不足で、変なものを見ただけ。
そう思い込もうとした瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
――じゃあ、どうして「思い出せる」んだろう。
画面には存在しないはずの投稿を、私ははっきり覚えている。
文言も、いいねの数も、DMの内容も。
消えたというより、「最初からなかった」みたいな感覚。
そのズレが、気持ち悪い。
午前の講義に向かう途中、私は友人の真琴に声をかけられた。
「ねえ、昨日の夜さ」
講義棟の前。
人の行き来が多い場所なのに、なぜか周囲の音が遠く感じる。
「変な投稿、見なかった?」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……どういうの?」
探るように聞き返すと、真琴は首をかしげる。
「いや、内容は思い出せないんだけどさ。なんか、嫌な感じのやつ」
思い出せない、という言葉が引っかかる。
「誰の投稿?」
「それも分かんない。名前、空白だった気がするんだよね」
一気に血の気が引いた。
私は、無意識にスマホを握りしめていた。
「それ、いつ見たの?」
「昨日の夜。家で。
でも今探しても出てこなくてさ。夢かなって思って」
笑いながら言う真琴の顔は、普段と変わらない。
冗談めかしているけど、どこか引きつっている。
「内容、ほんとに思い出せない?」
「うん。ただ……」
真琴は一瞬だけ言葉を切った。
「読んだ瞬間、『あ、これ知ってる』って思ったんだよね」
ぞわり、と背中に寒気が走る。
知っているのに、思い出せない。
見たはずなのに、存在しない。
それは、私が感じていた違和感と、まったく同じだった。
講義中も、頭は上の空だった。
ノートを取るふりをしながら、ずっと考えている。
もし、あのアカウントが
「見た人の記憶だけを残して、記録を消す」存在だったら。
考えたくない想像が、勝手に広がる。
昼休み、階段を降りるとき、足元に妙な違和感を覚えた。
一段、一段。
慎重すぎるくらい、慎重に。
何も起こらない。
当たり前だ。
なのに、背後から誰かに見られているような気配が、消えない。
講義棟の踊り場で、スマホが震えた。
通知。
画面を見て、指が止まる。
「@___があなたをフォローしました」
フォロー一覧を確認すると、そこには確かに表示されていた。
空白の名前。
灰色のアイコン。
今度は、逃げ場がなかった。
プロフィールを開く。
投稿数は「2」。
新しい投稿が、追加されている。
「今日は、まだ転ばない」
その下に、小さく続きがあった。
「でも、覚えている人が増えた」
いいねは、三つ。
その中に、真琴のアカウントがあった。
私は、思わずスマホを取り落としそうになった。
これが、偶然なわけがない。
このSNSは、
記録されないはずの未来と、
忘れられない記憶を、少しずつ増やしていく。
そんな確信だけが、胸の奥に沈んでいった。




