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いいね、の向こう側  作者: 櫻木サヱ
知らないアカウント

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2/2

見覚えの無い記憶

翌朝、目覚めた瞬間に、昨日の投稿のことを思い出した。


 夢じゃなかった、という確信だけが先に来る。

 胸の奥が、じんわりと重い。


 ベッドの横に置いていたスマホを手に取る。

 通知は、ない。


 少しだけ、ほっとした自分がいた。

 あのアカウントも、投稿も、全部勘違いだったんじゃないか――そんな淡い期待。


 SNSを開く。


 タイムラインは、いつも通りだった。

 友達のどうでもいい愚痴。

 サークルの飲み会写真。

 おすすめに流れてくる、知らない人の日常。


 「……消えてる?」


 昨夜見た、あの投稿が見当たらない。


 フォロー一覧を確認する。

 そこにも、「@___」の名前はなかった。


 思わず、息を吐いた。


 やっぱりバグだったんだ。

 寝不足で、変なものを見ただけ。


 そう思い込もうとした瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。


 ――じゃあ、どうして「思い出せる」んだろう。


 画面には存在しないはずの投稿を、私ははっきり覚えている。

 文言も、いいねの数も、DMの内容も。


 消えたというより、「最初からなかった」みたいな感覚。

 そのズレが、気持ち悪い。


 午前の講義に向かう途中、私は友人の真琴に声をかけられた。


 「ねえ、昨日の夜さ」


 講義棟の前。

 人の行き来が多い場所なのに、なぜか周囲の音が遠く感じる。


 「変な投稿、見なかった?」


 心臓が、嫌な音を立てた。


 「……どういうの?」


 探るように聞き返すと、真琴は首をかしげる。


 「いや、内容は思い出せないんだけどさ。なんか、嫌な感じのやつ」


 思い出せない、という言葉が引っかかる。


 「誰の投稿?」


 「それも分かんない。名前、空白だった気がするんだよね」


 一気に血の気が引いた。


 私は、無意識にスマホを握りしめていた。


 「それ、いつ見たの?」


 「昨日の夜。家で。

 でも今探しても出てこなくてさ。夢かなって思って」


 笑いながら言う真琴の顔は、普段と変わらない。

 冗談めかしているけど、どこか引きつっている。


 「内容、ほんとに思い出せない?」


 「うん。ただ……」


 真琴は一瞬だけ言葉を切った。


 「読んだ瞬間、『あ、これ知ってる』って思ったんだよね」


 ぞわり、と背中に寒気が走る。


 知っているのに、思い出せない。

 見たはずなのに、存在しない。


 それは、私が感じていた違和感と、まったく同じだった。


 講義中も、頭は上の空だった。

 ノートを取るふりをしながら、ずっと考えている。


 もし、あのアカウントが

 「見た人の記憶だけを残して、記録を消す」存在だったら。


 考えたくない想像が、勝手に広がる。


 昼休み、階段を降りるとき、足元に妙な違和感を覚えた。


 一段、一段。

 慎重すぎるくらい、慎重に。


 何も起こらない。

 当たり前だ。


 なのに、背後から誰かに見られているような気配が、消えない。


 講義棟の踊り場で、スマホが震えた。


 通知。


 画面を見て、指が止まる。


 「@___があなたをフォローしました」


 フォロー一覧を確認すると、そこには確かに表示されていた。


 空白の名前。

 灰色のアイコン。


 今度は、逃げ場がなかった。


 プロフィールを開く。

 投稿数は「2」。


 新しい投稿が、追加されている。


 「今日は、まだ転ばない」


 その下に、小さく続きがあった。


 「でも、覚えている人が増えた」


 いいねは、三つ。


 その中に、真琴のアカウントがあった。


 私は、思わずスマホを取り落としそうになった。


 これが、偶然なわけがない。


 このSNSは、

 記録されないはずの未来と、

 忘れられない記憶を、少しずつ増やしていく。


 そんな確信だけが、胸の奥に沈んでいった。

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