フォローしていないはずの人
夜の大学は、昼間とはまるで別の顔をしている。
昼間は人で溢れているキャンパスも、日付が変わる頃には、街灯の下に影だけが残る。
私は図書館からの帰り、イヤホンを耳に突っ込んだまま、だらだらとスマホを眺めていた。
講義資料を確認するつもりが、気づけばSNSを開いている。いつものことだ。
意味もなく、親指で画面を上に弾く。
更新。
更新。
その途中で、違和感が引っかかった。
「……ん?」
一瞬、スクロールを戻す。
見慣れない投稿が、私のタイムラインに混ざっていた。
「明日、階段で転ぶ」
それだけ。
短すぎる文章。
写真も動画も、リンクもない。
釣りアカウントかな、と思った。
そういう不吉なことを書いて、反応を楽しむやつは珍しくない。
でも、アカウント名を見て、眉が寄る。
「@___」
空白。
文字が入っていない。
アイコンは、初期設定のままの灰色の丸。
プロフィール文も空欄。
気持ち悪い。
フォロワー数は「1」。
フォロー数も「1」。
その「1」が、私だった。
足が止まる。
画面を二度見して、三度見して、それでも表示は変わらない。
私は、こんなアカウントをフォローした覚えがない。
勝手にフォローされることはあっても、勝手にフォローすることはない。
通知も来ていない。
なのに、フォロー中。
嫌な予感が、背中を這い上がる。
私は、その場で立ち止まり、アカウントをタップした。
プロフィール画面が開く。
読み込みに、やけに時間がかかった。
ぐるぐる回るアイコンを見つめながら、なぜか思った。
この画面、前にも見た気がする。
でも、いつかは思い出せない。
夢の内容を、起きた瞬間に忘れるみたいな感覚。
ようやく表示されたプロフィールには、何もなかった。
投稿数「1」。
さっき見た、あの一文だけ。
投稿を開く。
いいねが、一つ付いていた。
押した覚えはない。
それなのに、ハートは赤く染まっている。
いいねしたユーザーを確認すると、表示された名前に喉が鳴った。
私のアカウントだった。
「……は?」
声が、思ったより大きく出てしまう。
夜のキャンパスに、やけに響いた。
アプリのバグ。
そう思い込もうとする。
最近アップデートもあったし、表示がおかしくなることはある。
たぶん、それだ。
私はアプリを一度閉じて、再起動した。
もう一度、タイムラインを開く。
さっきの投稿は、まだそこにあった。
いいねも、そのまま。
心臓の奥が、じわっと冷える。
その瞬間、スマホが震えた。
通知。
「@___が新しい投稿をしました」
嫌な予感しかしない。
でも、見ないという選択肢はなかった。
指が勝手に、通知をタップする。
画面に表示されたのは、さっきの投稿の続きだった。
「転んだあと、誰も助けない」
いいねは、二つに増えている。
ひとつは、また私。
もうひとつは――投稿主本人。
自分で、自分の投稿にいいねをしている。
その事実が、異様に気持ち悪かった。
私は、無意識に階段の方を見た。
目の前にある、図書館前の長い階段。
「明日、階段で転ぶ」
ただの文章のはずなのに、頭の中で何度も反芻される。
まるで、予定表に書き込まれた未来みたいに。
「……ばかばかしい」
小さく呟いて、歩き出そうとした、その時。
また、通知。
「この投稿は、あなたの現実です」
公式通知じゃない。
システムメッセージでもない。
投稿主からの、ダイレクトメッセージだった。
息が止まる。
私は、ゆっくりとスマホを下ろした。
画面を見なくても、なぜか分かった。
明日、私は階段で転ぶ。
理由もなく、そう確信してしまった。
それが、偶然なのか。
それとも――。
夜風が、やけに冷たかった。




