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貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます  作者: 砂山 海


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8/13

第八話~再度マドラック家からの書簡~

襲撃を受けてから一つ季節が移ろった。

その間は視察も警備を強化し、内務処理も行った。そして道路事業がかなり進んだ頃、バーホンがみなを集める。

議題はマドラック家の道路事業が進んでいない事。

その中でシェリアは驚異の案を披露するのだった……。

 一つ季節が移ろう間、私は主に屋敷の中で執務を行っていた。


 あの襲撃の死体からマドラック家に関わるものは何も出てこなかった。賊が手にしていた剣はマドラック領で売られているものだったが、それだけでは証拠にならない。


 マスカルを中心とした東の街道の見回りは特に重点的に行った。


 賊はその後見つからなかったが、それはそれで大きな成果だと思っている。道路事業の邪魔が入るのが一番今の私にとって痛手なのだから。だから見回りの数と回数を二倍にして行い、道路事業を滞りなく進めさせている。


 その道路事業なのだが、最初よりも十名以上増えて今は四十人くらいで行っている。


 日当による金払いの良さが評判を呼び、遊んでいた領民がそれなりに参加してくれている。おまけに農散期に入ると、更に増えた。農閑期に行う内職より金がいいのだから自然な流れだろう。

 明日もまた申し込みがあった。きっとこの調子だと六十人は超えるかもしれない。

 だが支払いによる財政の圧迫は実はそこまでではない。それと言うのも道路の建設が進むほどに交易が活発になり、金を落としてくれるようになったからだ。


 ただその道路事業において執務室において今日、会議が行われる。



 会議の開催は主に執務室に集まる五人の誰かが行いたいと私に言えば、遅くとも翌日の午前中には行われる。早ければ一時間もかからないが、それは優先度にもよる。今回はバーホンからの提案で緊急性も無いため、朝に言われたから昼前に開催したのだった。

「街道事業の件ですが」

 五人が集まり席に着くと、バーホンが挙手をしてから口を開いた。

「聞けばマドラック領における道路事業が進んでいない様子。これは行商人や見回りの兵、その他色んな意見を集約して集めた情報なので間違いは無いでしょう」

 不満気なバーホンは荒々しくその白髭を撫でる。

「形の上とは言え、両家友好の証としての道路事業。相手方が積極的に行わなければ何が共同事業でしょうか。行商人だって、マドラック領を通るのが相変わらず大変だと仰っております」

「それについては想定通りだ」

 私がそう言うと、みなの視線が集まる。

「そもそも最初に予見したじゃないか、マドラック家が携わってもせいぜい軽く小枝を払ったり藪を刈ったり、小道を整える程度だろうと。そしてバーホン忘れたのか、境界から我が方への街道が整備されていれば相対的に良く見えると」

「確かに覚えがあります。ですが交易と言う点ではやはり行商人も苦になるでしょうから、一つマドラック家へ進言してもよろしいかと」

「いや、それは悪手だ」

 私はバーホンを制するよう手のひらを向ける。

「確かに行商人の立場で言えば交易は苦だろう。しかしだからと言ってマドラック家に進言すれば、何を言われるかわからない。もしくは婚姻を進めようと、張り切られるかもしれない。そうすれば完成したからと結婚の口実になるかもしれないだろう」

 バーホンは押し黙る。しかしこれは議論で相手を言い負かしたわけじゃない。あくまでも執務室内の意見交換でしかないのだ。それはここに集まるメンバーの暗黙の了解の一つでもあった。

「シェリア様、何かお考えがありそうなご様子ですな。お聞かせいただいても?」

 サイルード先生が横からそう言うと私は小さくうなずいてから身を乗り出し、テーブルの上の地図を指さした。それはルクレスト領の拡大地図。私はその南側を示す。

「道路事業が進むにつれ、移住者も少しずつ増えてきた。道路事業や見回りなどに今はあたってもらっているが、いずれは腰を据えた仕事に取り組んで欲しいと思っている。そこでここだ」

「この辺は鬱蒼とした森が広がっているばかりですが……」

 グレッグがそう言うと私はその森の辺りを指先で円を描く。

「ここを開墾して行こうと思っている」

「本気ですか?」

 サイルード先生がそう言うのも無理はない。その森は木々も密集し藪も深く、立ち入る事すら困難な場所なのだから。それ故そこからの侵入は獣以外におらず、警備も手薄にしてあるくらいだ。

「本気だ。そして私はこの開墾事業を第二の道路事業だと考えている。いやむしろ、私がずっとやりたかったのはここなのだ」

「……シェリア様、まさか」

 ルミナが驚いたような顔で私を見る。あぁ、いつだってルミナは聡い。私はこぼれそうな笑みをこらえ、トントンとそこを指で叩いた。


「そうだ、その先にあるロンデン領との交易ルートを作りたいのだ」


 この発言で全員が驚きの声を上げた。その響きは「無謀」の他にない。だからこそ私は是が非でも成し遂げたいのだ。

 ロンデン領は私も詳しくは知らないが、報告と文面によればルクレスト領の南に位置し、海沿いであるため外敵がたまにやってくるらしい。だから武力に長け、海があるからこそ交易も活発らしかった。

「移住者に南への開墾を進めさせる。切り拓いた領地は自分の物にしてよいとも伝えよう。移住者が増えれば開墾も進む。マドラック領との街道において我が方の街道が整備されているとなれば、マドラック領へ戻らない者も今後増えるかもしれない」

 私はテーブルを叩いた。その音にみなが肩を震わせた。

「いや、今も増えつつある。だからこそ開墾の支援が必要なのだ。私が視察出来なかった間に東の農地に用水路を作る場所がほとんど決まった。次は南の開墾を支援しつつ、ため池を作り農業用水路を確保していこうと思う」

「まさかそんな壮大なお考えだったとは……」

 驚愕し、感服したようにバーホンが呟けばみながうなずいた。

「マドラック領との街道だけだと、何かあれば我が方が締めあげられる。もう一つ、絶対に別の街道が必要なのだ。もちろんロンデン領との交流はほとんど無い。だからこそ、向こうも新たな交易ルートができるなら喜ぶに違いない」

 私はまだ地図に描かれていないロンデン領への街道を指でなぞった。


「これしかないのだ。このままではマドラック家に首根っこをつかまれているのも同然なのだから。何が何でもロンデン領への街道を作り、友好関係を結ぶ。ロンデン領は外敵からの侵入故に武力に長けているとの事だが、ならば物資が幾らあっても困らないはずだ。その時に潤沢な農作物があればそれは我が方の武器となる」


 最後は拳を握って机を叩くと、みなが神妙そうにうなずいた。それは私の意見が正しいだろうけど、あの森を知っているからこそ可能とは思えないのだろう。けど、それでいい。それが正解だ。

 普通はあの森を知っていれば、回避するだろうから。



「それにしても、凄い事を考えていたんだね。私も知らなかったよ」

 書斎で一緒にお茶を飲んでいると、ルミナが驚嘆の溜息と共にそう漏らした。

「構想は父が生きていた時から漠然とあったんだよ。この一本の街道だけだと危ないんじゃないか、もっと他に道を作れたらいいんじゃないかってね。でも、さすがに私も難しいとは思っていたよ」

 心安らぐお茶を楽しみながら、私は笑みをこぼす。

「それはそうだよ。だってあの森、その先がどうなっているのか誰もわからないんじゃないかな。ただ地図の上ではその先にロンデン領があるってのがわかってるくらいで、崖があるのか沼があるのかもわからないもんね」

「あぁ。それに今いる領民に開拓を命じたとしても、そんなに人員はいないからきっとできなかっただろう。だけど今、こうして移住者が増えてきたり行商人が増えて財政状況が良くなってきているからこそ、計画を実行できるんじゃないかという目途が立ってきた」

「良い方向に動いているね」

 柔らかな微笑みに私は同じように返す。

「ルミナがいてくれるおかげだよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、さすがにちょっと飛躍し過ぎてないかなぁ」

「いや、何も飛躍なんかしていないよ。事実だから」

 私は手にしていたティーカップを置くと、すっと身を乗り出した。ルミナは恥ずかしそうに、でもじっと私を見詰める。

「私がルミナがいるから頑張れる。こんなにも素敵で、愛らしく、私と話してくれる事がどれだけ勇気づけられるかルミナはわかっていない。この日常、この瞬間を永遠にしたいからこそ私は領内を発展させられるんだよ」

「そんな真っ直ぐに言われたら、恥ずかしいよ……」

 耳をほのかに赤く染めるルミナの手をそっとつかむと、私の胸に寄せた。

「私だってほら、こんなにもなっている」

「ほんとだ……すごいドキドキしてる」

 私だって話すのがやっとだ。ルミナには冷静そうに見えているのかもしれないが、さっきから鼓動が早鐘のよう。ましてやこうしてルミナの手をつかみ胸に押し当てているだけで、それが更に加速してしまう。

「私だってルミナの前じゃ、いっぱいいっぱいなんだ。当たり前じゃないか、愛している人と話したり触れたりしているんだよ」

「同じだね」

 照れながらそう言うルミナがより愛おしく、私は空いている方の手でルミナの頬に手を添えた。そうして二人の距離が近付く。

 さぁっと窓の外の木立が風に揺れる音が響いた。どこかで鳥の鳴き声が聞こえる。


 けれど今の私達にはそれはどこか遠い世界の様であった……。



 警備を強化し、領地の見回りの際には必ずマスカルの他五機の騎馬隊が同行するようになった。やや物々しいものの領民も私が以前狙われた事を知っているから、特に何も思わない様子だった。話しかけても以前のよう、いやむしろ領内が活発になってきた事からより好意的な感じを得られている。


 そうして私は東の農地、また南の森の辺りを重点的に視察する事が出来た。

 

 私はさっそく東の農地にため池と農業用水路を引く準備に取り掛かるよう伝えた。道路事業の方がもうほとんど完成に差し掛かっているので、半数をそちらの工事に移るようにしても問題無いだろう。

 それに最近は移住者により参加も増えてきた。だからここが頃合いだろうと、私は同時に南の森の伐採と開墾事業も募集した。道路事業を終えて本業に戻れる者はそれでいいが、そうでない者──例えば移住者や独立したい元々の領民などに対して良い機会になるだろうと確信していた。


 もちろん斧と鍬を渡して終わりじゃない。

 

 南の開墾希望者には開墾した分の農地を付与し、その間の簡素な住宅とも言えない小屋を建てて生活の支援を行う事にした。無論農作物を得るまでに一年以上はかかる。その間は森を伐採して生まれた木材を買い取り、生活賃金に変える事も約束した。

 木材は今後も使う。建築材料としても薪としても。炭に変えて保存しても良い。今は叶わないけど、そのうち鉱山に投資できるようになれば精錬のために沢山の燃料が必要になるだろう。

 そうなればそれを保管する小屋が必要になるし、そのための産業だって生まれるかもしれない。そんな事を考えていると、私は嬉しくてたまらなくなるのだ。



「おかえりなさいませ、シェリア様」

 屋敷に戻ると玄関前を掃除していたルミナが私に気付くなり、頭を下げた。私は馬から降りると機嫌が良かったのでいつもより柔らかな笑みをもってルミナを見る。

「ただいま。今日もいい成果が上げられたから、早速まとめるとするよ」

「それは素晴らしいです。ですがバーホンさんがシェリア様に用があるから、帰ってきたら声をかけてくれと言っていましたね」

「バーホンが?」

 昨日は内務仕事もきちんとこなしたから、怒られるようなことは何も無いはずだが。

「はい。今の時間ならお部屋で書類仕事をしているんじゃないでしょうか」

「わかった。ルミナ、馬を任せてもいいか」

 私はルミナに手綱を渡すと、すぐに屋敷の中に入っていった。



「バーホン、入るぞ」

 屋敷に入って右奥の廊下を進むと、その先にバーホンの部屋がある。小さな部屋だが、屋敷の中にあるのでそれなりの造りにはなっている。茶色のドアをノックすると、中から「どうぞ」と返事が聞こえてきた。

 中に入るとそこは綺麗に片付けられているものの、本棚には色んな書類が束になって入っているのが見えた。以前はそこまでではなかったはずだ。きっと道路事業から仕事が増えたのだろう。ちらと見れば机の上も山のようになっている。

「お帰りなさいませ、シェリア様。お疲れのところ、お呼び出しして申し訳ございません」

 机に向かって書類仕事をしていただろうバーホンがやや疲れたような、それでいてあまり良くない事があったのか眉根を少し歪めながら私の方を向くと立ち上がって頭を下げた。

「いや、かまわない。それより何かあったのか?」

「これを」

 そう言ってバーホンが机の上から一通の書簡を渡してきた。見覚えのある色や形にふと嫌な予感が走る。私はそれを受け取り裏返すと、封印のロウの部分に注目した。それを見た途端、きっと私もバーホンと同じような顔になったに違いない。


 マドラック家からだ。


 ロウに捺されてあったのはマドラック家の家紋。どんな事が書いてあるのか、どんな誘いがあるのか見るのも嫌だけど、そういうわけにもいかない。私はバーホンからナイフを借りて開封すると、中に入っていた便箋を取り出した。



『親愛で有能なるシェリア=ルクレスト殿へ


 前回お会いさせていただいてから、幾ばくかの日が経ちました。


 その間も私は貴殿との有意義な会談、忘れた事はございません。誠に実りあるお話で、大変感服したのを昨日のように思い出します。


 さてその会談でお話された共同の道路事業の方ですが、聞けばルクレスト領内はかなり出来上がっているとの事。我が方も大部分を整備し直し、お互いの領内の交流が活発になってきているのを嬉しく思います。


 つきましては両家より親交を深めるためのパーティーを開催したく思い、お誘い申し上げたいと考え筆を執りました。


 快いお返事、お待ちしております。


                   ジャイカ=マドラック』



 溜息が出た。大きく、長く、深い溜息が。あれだけ楽しかった視察の事などどこかへ消え、この便箋の内容に心が重くなる。まるで薄い鉛を持っているかのよう。

 しばし呆然と手紙に目を落としていたが、やがてバーホンへと向き直る。

「みなを執務室に。意見が欲しい」

「わかりました。すぐに手配いたします」

 うやうやしくバーホンが頭を下げると、すぐに出て行った。私はもう一度溜息をつくと、足取り重く一足先に執務室へと向かった。

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