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貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます  作者: 砂山 海


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第七話~襲撃~

道路事業が進むほどに行商人も増え、領内の経済も活発になっていった。

シェリアが主導した初めての事業の成功は本人のみならず、周りも生き生きとさせる。

そうして次は東の農地を増やすため、治水事業に手をかける。

視察を重ねていた時、シェリアの前に不審な男達が現れるのだった……。

 季節が春から秋に変わった頃、道路事業も八割方出来ていた。


 その間、ルクレスト領から積極的にマドラック領へと行商に行くよう領民に勧めた。行商する物が無ければ、貯蔵してある農作物を持たせて。


 目的は宣伝。


 つまりはこちらの行商人に新しい道路の使い勝手を体験してもらい、それをマドラック領にいる行商人仲間に伝えて欲しかったのだ。そしてそれはある程度の成功を収めつつある。


 行商人が来る数が目に見えて増えたのだ。


 最初は見た事の無い行商人が来てくれたんだなと思っていたが、道路事業が進むほどに新規の顔が増えてきた。そしてそれは馴染みのある顔へとなっていく。

 すぐに私は中央広場に露店を許可したが、五人十人と増えてきたので急遽中央広場の西側に空いていた場所を行商特区とした。そこに露天商を集め、市場を形成してもらったのだ。

 そしてそれと並行し、ルクレスト領の境目に簡素な宿泊施設を設けた。

 突貫で作った木造の平屋。兵士が二名常駐し、幾らかの宿泊料をもらうようにした。それがもう兵士からの報告だと大繁盛で、泊まれずに不満が出るくらいだった。だからすぐさま新たにもう一棟建設した。

 計画よりもずっと早く訪れた宿泊施設の建設。けれどそれは道路事業の成功の証のため、私は嬉しくてたまらなかった。そしてその収入も気付けば人件費を差し引いてもかなり良いものだった。



「シェリア様、行商人の往来が活発化されたことにより、少し財政が上向きになっております」

 執務室でバーホンからそう報告を受けた私は思わず頬をほころばせる。この道路事業は私が主導した初めての事業。それが実を結びつつある事が単純に嬉しい。みなの顔を見回せば誰もが満足そうにしていた。

「この流れを止めてはいけないな。グレッグ、街道の見回りを強化するように」

「わかりました。往来が安全である事を行商人達の間で噂になれば、更に人も増えるでしょう」

「バーホン、先日命じた中央通りに面した官営の宿場はどうなっている?」

「完成まで半月後という所でしょう。しかし素泊まりのみの簡素な宿でよろしいのでしょうか?」

 その疑問に私は笑みをもってうなずく。

「いいのだ。あまり立派にし過ぎると宿屋のタッカーの所に泊まらなくなる。あくまで領民が経営している所を潤すようにしないと、領民の反発が生まれるからな」

「なるほど、そうですな」

 感心したように深くうなずくバーホンから私はサイルード先生へと目を移す。

「この次は特産品の麦酒の原料となる麦畑作るため、東の農地に用水路を作ろうと思います。それと並行し、麦畑を作る農家に幾らかの補助金を出そうと思うのですが」

「用水路は賛成です。ですが補助金はまだあまりいただけない案かと思います。他の農民の反発も考えられますので」

「そうか……そうだな」

「ですが開墾をして麦畑を作る人には減税をしても良いでしょう。また新規に入ってきた領民がそれを志願した時、簡素な家を作ってもいいかもしれません」

「それはいい。早速各地に立札を立てさせよう」

 先代の時はよく言えば平穏な、悪く言えば変化が無かった治世が行われていた。それはそれで良かったのだろうが、やはり活気が生まれ税収が増えればやる気が違う。みな生き生きと仕事をこなしてくれるのが嬉しかった。

「では東の農地に用水路を作ろう。明日視察し、その後工事の全貌を決める。では解散」

 私が立ち上がると、各自勢いよく動き始めた。



 東の農地における用水路建設予定地の視察は私と数名の兵で行った。

 西側の農地は昔から行われている事もあって色んな整備がされているけど、東側の農地はそこまでではない。ただ街道に近い事もあり、ここを発展させれば収益もそうだが行き交う人々の印象も変わるだろう。

 東の方には領地の境目に大きな川があるものの、農地はそこまで伸びてはいない。今ある農地の付近にはこれと言った川が無く、森に入った先に小さな泉がある程度だ。なので今は自然に任せている形になっている。

「森の泉を引っ張るか、ため池を作って雨水をためてそこから水路を作るか。どっちがいいと思う?」

 兵士の一人にそう問いかけると、彼は少し困ったように首を傾げつつあくまで自分ならばと前置きしてから話し始めた。

「ため池からの水路でしょうか。森の泉まではなかなかに距離もありますし、作業途中に獣に襲われるかもしれません。何かあった時に農民では手に負えないかもしれませんから、それならばため池の方が良いかと」

 私は満面の笑みを浮かべ、大きくうなずいた。

「素晴らしい考察だ。私もそう思っていた所だ。名を何と申す?」

「シェラハムと言います」

「あとでグレッグに伝えておこう、良い部下がいると」

「ありがとうございます」

 シェラハムは嬉しそうに頭を下げる。私はそれを見て嬉しそうにうなずくと、ため池を作る場所やどこまで水路を伸ばすのか近くにいた農民に意見を聞きつつ思索を練った。



 視察を何度か繰り返し、次の日にでも着工しようかと思っていた矢先だった。

 いつものように視察をして色々考えていると、突如森の方から五人ほどの剣を持った男達が素早く現れた。薄汚れたローブに顔を布で巻いて目だけを出している男達。そうして私達の周りを取り囲むよう、円を狭めてにじり寄ってくる。

「あの女だ、あの女を捕まえろ。いいか、殺すなよ」

 一人がそう言うと、更に詰め寄ってくる。


 ……嫌な時に。


 私を含め、こちらには四名しかいない。数の不利がある。馬に乗っている私は逃げる事が出来るけど、そうすればこの三名の兵士は死んでしまうだろう。かと言って私に武芸の心得はほとんどない。腰に下げた細身の剣も所詮は飾りのようなもの。

 このまま逃げれば見捨てたと領民からそしられるだろうか。馬で駆け回ればひるませる事くらいできるだろうか。それとも逃げて無事を確保した方がいいのだろうか。


「シェリア様、お逃げ下さい」


 私が逡巡していると、前に出た兵の一人が必死の形相でそう叫んだ。シェラハムだ。私はその言葉をもう考える事もせず、馬を返す。

「すぐに加勢を呼んでくる。死ぬなよ」

「行かせると思うか」

 その怒号が戦闘の合図となった。馬を返した先に藪の中から更に二人が現れた。これで相手は七人。だけど私はもう一切止まることなく、藪から飛び出してきた一人目掛けて馬を突っ込ませる。

「うわぁ、あぶねぇ」

「おい馬鹿、避けるな。馬を狙え! 女を落とせ!」

 想定していなかった行動だったのか、慌ててその一人が避けるとなじる怒号が響く。私はもう馬の背に頭をつけるようにし、必死に駆ける。飛んでくる矢に当たらぬよう。


 神様、どうか勇敢な三名に無事を!


 争う声はどんどんと遠ざかっていった。私はもう無我夢中で駆けた。一秒でも早く、彼らの命が助かるように。それが出来るのはもう私しかいないのだから。



 二時間後、マスカル率いる騎馬隊十機が現場に到着した時にはもう五名の死体が転がっていただけだった。マスカルからの報告によればルクレスト兵三名は戦死、強盗と思しき二名の死体も近くで転がっていたらしい。

 勇敢に戦った三名の亡骸が戻ると、私は深く追悼した。彼らのおかげで助かったのだ。彼らが未来を繋いでくれたのだ。その働きに報いるため、なお一層私は前に進まねばならない。


 けれど、やはり悔しく悲しかった。


 そしてそれはマスカルも同じ。今回のような事は初めてでは無いにせよ、怒りと悔しさで顔を真っ赤にし、やりきれない思いを拳を握る事によって誤魔化している。

「以上が現場での状況です。では遺族に伝え、亡骸を渡してきます」

「頼んだ」

 事務的なやりとりの中で私達の心は大きく叫び荒れ狂い、涙を流していた。けれどそれを表に出さない。何故なら感情を出し過ぎると軽率な判断をしかねないと周囲に思われるから。それはマスカルもよくわかっていた。

 屋敷の広間からマスカルが去ると、状況を見守っていたグレッグ、バーホン、ルミナは沈痛な顔をしていた。彼らにとっても馴染みある顔だったのだから当然だろう。できるならば私もその輪に入り、同じく悲しみたい。

 でも私は私のやるべき事をやらないとならない。それは殉職した三名への最も誠実な弔いだと信じて。


「執務室に集まるぞ。サイルード先生はいい、我々だけで話す」


 私が二階への階段へと歩くと、三つの足音がすぐに続いた。



「いいか、私ははらわたが煮えくり返っている。それは今回の相手が単なる強盗や夜盗の類ではないと思っているからだ」

 私はみなが座ったのを確認するとバンとテーブルを両手で叩き、勢い良く立ち上がった。

「ではどうお考えなのです?」

 みなの疑問を代表して執事のバーホンがまず口を開く。私は色々言いたい事が溢れそうになるがぐっと拳を握って抑え込むと、何とか少し冷静になれたような気がした。

「今回、森の中から五人、背後の藪から二人の七名に襲われた。七名だ。この手の者達としては過去一番の規模のはずだ。しかも組織的に襲って来たし、動きも手馴れていた。わかるか?」

 けれどまだみな沈思黙考が続く。私は察しの悪さに苛立ちを覚えるが、大きく息を吐いてその感情を誤魔化す。

「相手は単なる強盗や夜盗ではない。私を明確に狙いに来た者達だ。私を生け捕りにしろと言っていた。そしてそれはおそらくマドラック兵、指揮した者は次期領主のカリル=マドラックだろう」

「シェリア様、そう決めるのは早計です」

 そう言ったのは誰よりもカリルを嫌っていたグレッグだった。

「確かに動機としてはあるかもしれません。けれどその線を確たるものにすればどこからか伝わります」

 正論が今は憎たらしく聞こえる。私は机を叩き、グレッグに強い視線を向ける

「ならば襲って来た死体があるだろう。あれを徹底的に調べろ。身につけていた衣服、武器、何でもいい。手掛かりになるようなものを調べろ!」

「わかりました」

 静かに頭を下げるグレッグの意見はわかる。ここで決めつけて行動してしまえば、マドラック家の耳に入ると面倒な事になる。そうすれば道路事業どころか、領内の経済も終了してしまう。

 街道が一つしかないから、そこを通行止めにされた途端にそうなるのが目に見えているからだ。

「くそっ、とりあえずもう閉会する」

 私はまたテーブルを叩いて苦々し気にそう宣言すると、グレッグがすぐさま動いた。バーホンも静かに頭を下げ、事後処理のために動く。

 けれど私は動けなかった。悔しさと怒りで拳を握り締め、爪が手のひらを突き刺しそうになるほどの怒りを堪えるので精一杯だった。わなわなと身体が震え、視界が狭まる。テーブルを叩いた手の痛みなど、心の痛みに比べると些事でしかない。

「シェリア様、落ち着いて下さい」

「ルミナ、これを落ち着けと言うのか」

 思わずキッと睨みつけたが、ルミナは表情を変えず凛とした様子でうなずく。

「はい。らしくありません。お気持ちはわかりますが、そのように頭に血が上った様子では見えるものも見えません。冷静に状況を把握し、打開するのがシェリア様の強みなのですから」

 そっとルミナが私の握りこぶしに手を添える。少し冷たく、柔らかい手。

「書斎に行きましょう。お茶をお淹れします」

「……わかった」

 まだ身体に渦巻く怒りを鼻から吐き出すと、私は強い足音で書斎へと向かった。



 書斎でルミナにお茶を淹れてもらい、それに口をつけてもしばらくは無言のままだった。ルミナもただ静かにそこにいるだけで、口は開かなかった。けれどそれが良かった。諫めるでもなく心配するでもなく、どこか緊張を抱きつつもただ黙って傍にいる事自体が私の心を落ち着かせていったから。

「……さっきはすまなかった」

 ようやく言葉を絞り出すと、私は奥歯を噛んだ。

「私は大丈夫。ただシェリアが心配なの。怖い思いをして、兵士から生きるよう言われて大変だったでしょう」

「私はこうして生かされてもらったのだから、問題無い」

 そう呟くと大きな感情に飲み込まれそうになる。私は大きく息を吐いた。

「ただ……シェラハムはいつも視察しているとあれこれ質問をしてくれる好奇心旺盛な男だった。ジェミニは勤勉で、気遣いに長けていた男だった。カルーはいつだって場を明るくさせ、みなを笑顔にさせてくれたんだ」

 ティーカップに伸ばした手がそれに届かず、拳を握らせる。テーブルの上で両拳を握りながら私はうなだれる。

「良い奴らだった。道路事業が上手くいった先の未来も話し合ったものだ。歳を取ったら兵士を辞め、それぞれ発展した領内で店をやったりしたいとも言っていた。彼らに申し訳ない。そしてその家族にも」

「シェリア……」

 そっとまたルミナが私の手に手を重ねる。今度は少し暖かく、小さいけど脈動も感じられた。

「私だって、みんなには優しくしてもらった。領内の兵士はそう多くないから、みんな家族のようなもの。だから私だって悔しいし、悲しいよ」

 ルミナの手に力が入る。それだけでこの悲痛がハッキリと共有されたのを感じた。そうだ、誰もが悲しい。誰もがこの理不尽な襲撃に腹が立っている。私だけじゃない。グレッグやマスカルならなおさらだろう。

「ルミナ、私は」

「駄目、シェリア。あんな危ない事があったばかりなんだよ。気持ちはわかるけど、今か堪えて」

 口を開いた途端、ルミナが身を乗り出してきてそう言ってきた。顔が近く、先程のお茶の香りが漂う。ただ私は必死なルミナの様子に少し眉根を寄せ、幾分か冷静になった頭でその言葉を反芻すると苦笑いを浮かべながらルミナの肩にそっと手を置いた。

「違う、そうじゃない。しばらく視察を中止しようと思ったんだ」

「……え?」

 ぽかんとした表情になるルミナに私は微笑みをもって応える。

「確かにあの賊どもは許せないし、それで外に出るのを控えるのも癪だ。だが今は危ない。折角彼らが助けてくれたこの命、危険とわかっていて晒す必要も無いだろう」

「あぁ、よかった。シェリアがそう考えてくれて」

 安堵したのかルミナは頭を下げ、息を吐いた。

「私には優秀な部下がいる。その者達に情報収集を一時的に任せようと思う。もちろん見回りは強化する。東の街道沿いにはマスカルを中心に行ってもらうつもりだ。私はその間、屋敷の中でできる仕事を重点的にやろうと思う」

「そうだね、その方がいいよ。私もいっぱい頑張るから、負けないようにしよう」

 顔を上げたルミナの瞳はわずかに潤んでいた。私はそれを見て、更に新たな決意を強くする。

「頼むよ。ルミナは私にとって一番の部下であり、最高の恋人なんだから」

 うなずいた拍子にルミナの目から涙がこぼれた。

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