第六話~特産品の開発~
執務室に集まった五人は道路事業の先の話を進める。
シェリアが領民五百名の意見を集め、ルミナと共に集約した紙を公開した。
それを見て、皆で色んな意見を出し合い、何を優先すべきなのか話を進めるのだが……。
数日かけて私は領内を巡り、意見を集め続けた。
その間にも道路事業を少し視察したり、内務をやったりなど少々忙しかったから疲れがたまっている。だが、あまりのんびりもしていられない。道路事業が完成するのがまだ当分先だとしても、年月と言うものはあっという間に過ぎるからだ。
何かを成す前にマドラック家から強く言い寄られ、断れなくなるという状況だってあり得る。焦る必要はないけど、急ぐ必要はあるのだ。その時のため少しでも財政状況を改善しておかないと、どうなるかわからない。
そんな思いを胸に執務室のドアを開けると、既にいつものメンバーが待っていた。私が入るなり、みなが立ち上がって一礼をする。私は頭を下げつつ自分の席に行くと、座るようにうながした。
「さて、今回は道路事業が完成した暁に何が必要なのか領民から意見を集めてきたのを公開し、優先順位を決めて行こうと思っている。今すぐには無理だとしても、少しずつ準備はできるだろう」
静かにみなが納得するのを確認してから、私は一枚の紙をテーブルに置いた。
「およそ五百名の意見を集めてきた。わからないという意見を除けば、二百もの要望を聞く事が出来た。これはルミナと一緒にその意見をまとめ上げ、上から記したものだ」
領民はおよそ千八百人。その中から大人たちの意見を可能な限り聞いて回ったので、我ながら上出来だろう。まとめるのは少し骨が折れたけど。
「これは……素晴らしいですな」
サイルード先生は驚嘆したように息を吐いた。
「見る限り、一番多い意見が途中の宿場。次いで酒場、馬宿ですか」
グレッグが腕組みをしながら呟いた。やはり意見が多かったのは途中の宿場だったのは私も納得だ。
「酒場ですか。確かに民営の宿などで少し酒を提供できるくらいしかありませんからな、この辺は。行商に来てそう言う場があった方がいいのでしょうな」
バーホンが口元の白いひげを撫でまわしながら面白そうにうなずいた。確かに酒場というのは私ならば考えつかなかっただろう。あまり酒を飲まないからそうした視点が欠如してしまうので、こういう意見はありがたい。
「馬宿もまぁ納得ですよね。馬車で来たりすれば預かってもらえる施設があった方が行商人も商売に専念できるでしょうし」
ルミナも身を乗り出し、うなずく。確かに宿だけではなく馬を預かる施設があればゆっくり街を見て回ったりと、身軽な行動ができるかもしれない。
「続いて風呂屋、土産物屋、貯蔵庫などがあるけど、とりあえずはこの上位三つが特に多い意見なのでこれに絞って議論を進めていきたい」
この意見に反論する者はいなかった。そして誰かがまず何かを言うかと思って少し待ってみたが誰も何も言わないので、私はグレッグの方を向く。
「グレッグは何が一番だと思う?」
「私はやはり、宿場ですかね。シェリア様もきっと同じ意見だと思いますが、やはり屋根のある所で寝泊まり出来れば疲れも取れますし、安心ですから」
「そうだな。特に私らは交代で兵士を立てて夜間の注意もできるが、行商人一人だと危ないからな」
夜盗に獣、時期によっては虫も厄介だ。現にそう言う被害は少なくない。
「バーホンはどう思う?」
「私もそれに反対はしませんが、途中の宿場となれば誰かを常駐させたり警備したりと兵の負担も大きくなるでしょう。となると、馬宿の方がいいのかもしれません。中心部に作れば一人か二人いれば管理できるでしょうから」
「それは確かにそうだな。人手の問題は避けられないだろうから」
今でも兵達による夜間警備は行っている。馬による五名での見回りだ。だが街道の安全をより確保するとなれば、そこを往復する部隊をもう一つ作る必要があるかもしれない。平和かつ奥まった地形であるため、我が領地の兵士はかなり少ない。専属なのは五十名もいないはずだ。
「サイルード先生はどう思われます?」
話を振ると、少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「まずはその前に特産品や産業が必要になってくるでしょうな」
違う角度での見通しに一斉にサイルード先生に視線が集まる。八つの瞳を向けられたサイルード先生はまた少し考えてから言葉を紡ぐ。
「宿場を作るにせよ、酒場を作るにせよ、馬宿を作るにせよ、何にしても人手が足りません。今、この領内ではほとんどの領民が仕事に就いてます。家業の手伝いという領民も多いですが、色々作っても従事する人がいなければ回らないでしょう」
「そうだな。今ふらふらしている者が新しい仕事ができたとはいえ、急に働くとは思えないからな」
「人を呼ぶにはまず魅力ある特産品や産業で呼び込む事です。道路事業と並行し、積極的に行商に行ってもらい、ここには良いものがあると宣伝してもらって人を呼び込むのです」
確かにもっともな意見だ。しかし……。
「先生はその特産品や産業をまずどうやって成長させていくべきだとお考えですか?」
何事もそうだが、一朝一夕でできるものではない。それが時間のかなりかかるものであるならば、理想論にしかならない。今欲しいのは理想ではない、現実的な策だ。
「やはり鉱山の開発ですな。今ある坑道からは石炭や鉄が出てきている。領内では鉄の精錬が上手くいかないので鉱石を売りに出しているが、やはりそれでは効率が悪い。この精錬技術を高めれば、もっと効率良く稼げるでしょう」
「先生の言っている事はわかります。けれど炉の設備などには莫大なお金がかかります。現在の財政状況ではかなり難しいでしょう。もしそれを今から行えば、道路事業にかける金が無くなってしまう」
確かに最近、鉱山の方からは良い報告が聞こえてくる。私もそれができれば一番だと思うが、どうしても鉱山関連の設備投資は金がかかり過ぎる。今は無理だ。
「それならば私は葡萄畑を拡大し、地酒である葡萄酒に力を注ぎたい。今だって作ってはいるが、それはあまり大きな産業にはなっていない。それが成功すれば葡萄酒を特産品として売り出せるし、酒場だって盛況になるだろう」
我ながら良い案だとは思ったけど、サイルード先生の顔は曇ったままだ。
「けれど葡萄畑を拡大するには開墾が必要になります。葡萄酒として飲むための葡萄が育つのもおよそ五年はかかります。それこそ時間がかかり過ぎるのでは?」
サイルード先生の指摘に私は何も言えなかった。開墾に時間がかかるとは思っていたものの、五年も葡萄が育つのに時間がかかるとは思わなかったから。さすがにそんなには待っていられない。
「あの、よろしいでしょうか」
難しい顔をして私とサイルード先生が顔を突き合わせていたところ、不意にルミナがおずおずと手を上げた。答えを求めていた私達は一筋の光を求めるかのよう、一斉にそちらへと視線を向ける。
「麦酒じゃ駄目なんでしょうか?」
「麦酒?」
思わず眉根を寄せて私が訊き返すと、ルミナは小さくうなずいた。
「はい。私、お花などの植物の栽培が好きでそれ用の本を読んでいるのですが、確か麦酒で用いられる大麦ならば一年で収穫が可能なはずです。幸い、領内でも麦を作っている農家はそれなりにいますので、まずはそこからというのはどうでしょうか?」
「なるほど、一年ならば開墾の時間も含めて葡萄よりは現実的かもしれませんね。開墾までの間は今ある麦を買い上げて作るというのも良い案かもしれません」
グレッグがそう言いながらうなずくと、みなも納得したようにうなずいた。もちろん私もだ。けれどそこで私ははたと思い出す。今回の議題が少しずれたものになってきている事を。
「ルミナの案は良い案だろう。ただ、その開墾をする人員がまずいない。それに今回の議題は領民の意見をまとめ、何を優先すべきかだ」
「それについてもよろしいでしょうか」
またもルミナが小さく手を上げた。私はその先をうながす。
「開墾に関しては現状、道路事業に就いているものを引き続き公営の麦畑事業として働いてもらうというのはいかがでしょうか。開墾し、大麦畑を作るのをサポートするのです」
「しかしそれではかなり後になるんじゃないか?」
私の目を見詰めたルミナは強く、静かに一つうなずく。
「僭越ながらこの計画は短期では成されません。それに評判が良くなり人が増えれば職を欲する人も出るでしょうからそこから補えばいいだけ。道路事業を終えても職があるとわかれば働き手も安心するはずです。就職と食料、そして安全が大事だと思うのです。大麦は麦酒のみならず、食料にも使えますから」
ルミナの意見に私を含め、みなが感心する。確かに道路事業が終わっても引き続き公営の仕事があれば、本業を持っている者も副収入として稼げるだろうし、独立したい者は独立資金を得られるだろう。
「……なるほどな。で、ルミナは先程の三つの優先すべき事項は何を優先する?」
「私は宿場ですね。父も行商でそれがあるのが一番助かると言ってましたから。それこそ、兵士を常駐させ、幾らかお金をとってもいいと思いますけど」
明るくルミナがそう言えば、サイルード先生も満足気にうなずいているのが見えた。
書斎に灯したランプの灯りの中、私とルミナはお茶を飲んでいた。三つ点けているためそこまで暗くはない。だから手元も表情もはっきりと見える。
「それにしても、ルミナの意見にはいつも助けられるよ」
私はティーカップを置くと、頬をほころばせながらそう言った。するとすぐさまルミナが照れたように手を横に振った。
「たまたまそんな本を読んでいたから、麦酒はどうかなって思っただけで」
「謙遜しなくてもいいよ。私を含め、みんなルミナの意見を聞き入っていた」
「それはありがたいけど、でもきっともっと時間があれば良い案も出るよ。シェリアだって最近は忙しくしてるからだけど、普段は私よりもずっと鋭い意見を言うじゃない」
「確かにね。最近忙しすぎたのかもしれない」
自ずと溜息が漏れた。確かに領主就任以降、ずっと片肘を張って生きている。けれどそれは仕方のない事だ。若く、女で、何の実績も無い。ただルクレスト家の跡取りというだけ。その評価を覆そうと躍起になってここまで進んできた。
「葡萄畑の開墾ももちろん良い案だと思うの。麦畑のついでにそっちも進めていけば、今後の発展には役に立つと思う」
「そうだな、そうしよう。まぁそもそも私は麦酒より葡萄酒の方が好きだから、どうせならそっちの方が楽しみだよ」
「そうそう。色々頑張っているんだもの、シェリアの好きに少し舵取りしたっていいと思うよ」
屈託なく笑うルミナに私は心が軽くなるのを覚えた。それと同時に以前から考えていた事を今言うべきかもしれないと思い、口を開く。
「ルミナ、私は正直もうあなたを単なるメイドだとは思っていない。もちろん恋人と言う意味を除いてもだ」
「え、どうしたの急に?」
少し戸惑うルミナに私は真剣な眼差しで見詰める。その吸い込まれそうな青い瞳を。
「メイドとは別に、どうかもっと上の役職に就いてもらいたい」
目を丸くするルミナに私は言葉を続ける。
「今は人も少なく、執務室での会議もルミナに参加してもらっている。けれどもしこれから領内に人が増え、色んな人材が会議に参加する事だってあるだろう。そこにメイドという肩書でいれば、眉根をひそめる者が出るかもしれない」
今はいい、慣れ親しんだ顔達で半ば家族のような関係だから。けれどこれから人が増えた時、ルミナの存在を快く思わない人が出るかもしれない。何より現状でも公の場において参加して欲しくとも叶わないのがもどかしいくらいだ。
「それは幾らシェリアの頼みでもできないよ」
ゆっくりと、しかし強い覚悟を宿してルミナは首を横に振った。
「そもそも私はシェリアの身の回りを世話するのが好きなの。メイドと言う仕事にも誇りを持っているし、楽しんでやらせてもらっている。それに女であっても領主ならば人はついてくるけど、重職に女が就けば反発もあるでしょう。それはかえってシェリアの立場を危うくさせかねないの」
領主とメイドという立場ではあるが、ここでは少し歳の差がある友人や姉妹のようなもの。私を真に諫められるのはルミナにおいて他ならない。他の人に同じことを言われても、私の心には完全に響かないだろうから。
「それに、あまり忙しくなったらこうして会えなくなっちゃうよね」
いたずらっぽく、でも少し照れながらルミナがそう言えば私は思わず立ち上がって彼女を抱き締めていた。ルミナもそれに応えるよう、私を柔らかくしっかりと抱き締める。お茶を飲んでいたからお互い少し火照っているのか、すぐに体温を感じる。
愛おしく、たまらなく愛おしく、ルミナの体温が心地良い。安らぎと刺激の二律背反が私を高揚させる。早鐘を打つ鼓動は私なのか、ルミナなのか。
「シェリア……」
甘く名を呼ばれると、より強く抱きしめた。このまま一つに溶け合ってしまいたい。けれど叶わないから、私も耳元で甘く名を呼ぶ。
「ルミナ、愛してる」
私の肩口に顔を寄せ、吐息が熱く首元をくすぐる。その柔らかな刺激が私をより昂らせていく。愛おしさが際限なく生まれ、ルミナだからこそ生まれる幸福感に頭が痺れる。手足から力が抜けるかのような甘い痺れ。
月はまだ高い位置にあるのがルミナ越しに見えた。




