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貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます  作者: 砂山 海


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第五話~道路事業の開始~

シェリアは領民を可能な限り集め、道路事業を行う旨とそのメリットを話した。

日当払い、短時間でも可能な事、女子供でも参加可能な事を。領民はざわつく。

三日後、集まったのは二十四名。シェリアは早速再度説明し、道路事業を開始するのだった。

 翌日、私は可能な限りの領民を中央広場に集めた。およそ千名にも満たない人々だが領民の六割ほどは集まってくれたみたいだ。結構な集まり具合に満足しつつ、私は急遽設置した壇上に行くと、領民を見渡してから大きく息を吸った。するとざわついていた領民達の視線が一斉に集まる。

「忙しい中集まってくれて、本当にありがとう。これからルクレスト領で行う新たな事業の説明をさせてもらう」

 腹からの声にまだ少しざわついていた領民が一斉に静かになった。

「先日、マドラック領との会談があった。互いの友好のため唯一の街道をもっと整備し、みなが行き交いやすいように整えたいという事を合意してきた。つまりはしっかりとした道路を作り、交易を行いやすくするためのものだ」

 少し領民がざわつく。良い反応だと思ったが、もっと話を聞いて欲しいので私は手を上げてそれを制する。

「そのため、領内事業として道路整備を行う。看板を読んだものもいるだろうが、参加者には書いてあった通りの賃金を支払う。もちろん強制はしない、それぞれ大事な仕事があるからな」

 私はもう一度領民を見回し、少し視線を下げてから強い眼差しで向き直った。

「賃金の支払いは日当だ。その場で払う。そしてこの仕事は一日仕事としてもいいし、半日でもいい。それに応じた支払いをする。なので手の空いている者、掛け持ちをしたい者、誰でも歓迎だ。子供でも年寄りでも女でも、誰でも構わない」

 大きく領民がざわついた。聞こえる声は不満や批判ではない、戸惑いが大きかった。

「この道路事業は必ず領内の発展に役に立つ。道路が整備されれば行商もしやすくなるし、物も入ってきやすくなるだろう。また私自身、マドラック領を行き来するのに野宿も行った。そこで思ったのが、街道を整備すれば宿泊施設も作れるという事だ」

 おぉと歓喜の声が上がる。やはりみんな往来には苦労していたようだ。

「三日後、事業を開始したいと思っている。出発はこの広場から東に向かう街道だ。終わりは領地の端にあるマリノ川まで。長い事業となるだろうが、是非参加して欲しい。すぐに申し込みたい者はここにいる兵士に。また後日申し込みたい者は屋敷にいるものに声をかけて欲しい。無論、私に直接でもかまわない」

 そこまで伝えると私は一礼をし、壇上から下りた。すると途端に領民のざわつきが大きくなり、それは波のように広がる。もう一度私は領民の方を見ればもう帰る者、残って議論をする者、既に申し込む者の姿が見えた。



 三日後の朝、再び広間に集まったのは二十四名だった。上は五十過ぎ、下は十二になったばかりの男の子まで。女性も三名ほど参加していた。

 こんなものかと少しがっかりした事は否めない。五十名ほどは来るだろうと見込んでいたからだ。それでも予想の半分は集まってくれたのだから、事業として開始できる。これが割りの良い仕事だと広まれば、もっと参加してくれるかもしれないのだから。

「みな、集まってくれてありがとう。ではこれから道路事業を始めるが、その前に簡単に説明しておこう」

 私は壇上に立たず、馬上から声を張り上げる。

「まずは以前も話したように、ここから東の街道を整備していく。今は人が踏み固めた道であり、その先は獣道のような箇所も多い。そこを二人分は並んで歩けるように石を埋め込み、石畳にする。脇には馬が通れるよう、きちんと固めたい。藪があれば払い、邪魔な木があれば切り倒して欲しい」

 参加者がざわつき出す。不安の現れが見て取れた。

「いきなりやれと言われても困るだろう。だから三日間はここにいるサイルード氏に見てもらう事にした。彼は私の師であり、ルクレスト領の頭脳でもある」

 すると脇にいたサイルード先生が前に出て、丁寧にお辞儀をした。サイルード先生の人柄や功績は領民にも広く知れ渡っているので、自然とざわつきが収まっていく。

「三日で工程を覚えてもらい、後日参入してきた人達にはみなが教えて欲しい。また現場監督として、ここにいる兵にそれを任せる。チャベス、レナードだ」

 二人の浅黒い兵士が前に出て頭を下げる。

「問題があれば彼らに伝えて欲しい。それではよろしく頼む」

 私は馬上で礼をすると、ゆっくりとその場から離れる。するとすぐ、二人の兵士が追加で説明を始めた。彼らなら大丈夫だ。私の意図をよくわかってくれているグレッグの腹心なのだから。

 成功を祈りながら、私はマスカルが待つ西の農地の方へと向かった。



「待たせたな、マスカル」

「シェリア様、とんでもない。さぁ、行きましょうか」

 今日は各地に兵を派遣しているため、護衛はマスカルだけだ。心許ないかと言えばそんな事は一切なく、むしろ彼だからこそ余計な兵がつかなくて済む。

 弓でも槍でもなんでも、マスカルは武芸をこなせる。彼がいれば私の安全は間違いないとまで思えるくらいだ。だからこそ見晴らしの良いこの農地でものんびりと視察できる。

「道路事業の方はどうです? 人は集まりましたか?」

「二十四名だな。もう少し欲しいが、仕方ない。二十代三十代の男は専業の仕事があるからな、なかなか来てはくれないよ。想定していた通り、仕事の一線でない者達ばかりだったな」

「なら俺がやりますか?」

 すぐさま笑顔で返事するマスカルに私は苦笑を禁じ得なかった。

「お前が参加したら誰が私を守るんだ?」

「ははっ、それもそうですね。でも、仕事が終わった後でもやりますよ。飲み代くらいは稼ぎたいですから。それに、そういう兵士も多いですよ。シェリア様の考えに感心している者は多いです」

「……安い葡萄酒の一本くらいなら考えておく」

 早く出来上がって欲しいが、一斉に集まられても資金難になってしまう。その塩梅が難しい所だった。ただ想定よりも集まらなかったから、マスカルの言う通り飲み代を欲する兵士が仕事終わりに参加したとしても、安い葡萄酒くらいならまかなえる。

「やった! ありがとうございます、シェリア様!」

「ただし全員一気に参加するなよ。みなが酔い潰れたら困るからな」

「あはは、わかりました。肝に銘じておきます」

 マスカルは太い腕を上げ、まるで子供のように手を後頭部に当てて笑う。見た目は気さくな青年なのだが、以前領内に夜盗が現れた時にたまたま一緒にいたのを見たが、まさに鬼神のごとき働きっぷりだったのが忘れられない。

「それでシェリア様、今日も農地の視察ですか」

「それもあるが、今日は道路事業の宣伝とそれが成されたら何が必要か聞いて回りたい」

「成されたら、ですか」

 いまいちピンときていないマスカルに私は一つ微笑みかけた。

「いいかマスカル、道路を作ってこの事業は終わりじゃない。その先が大事なのだ。これから交易が増えるとしたら何が必要なのか、そんな領民の意見が欲しいのだ」

「でも、シェリア様の方がよくその辺はお考えなのでは?」

 当然の疑問。だからこそ私は小さく微笑んで納得するよううなずく。

「確かに私も色々考えてはいる。けれどこういうのは我々と違って、もっと身近に接する者の意見が欲しいのだ。そこから我々の考えだけでは見えてこなかったものも見えてくるだろうから」

「なるほど、そういうものですか」

 マスカルは素直に感心し、大きくうなずいた。この素直さこそがマスカルの良い所でもある。

「じゃあ早速、色々聞いて回りましょう」

 私はマスカルと共に馬を速足にして少し遠くの方で作業をしている農民の方へと向かった。春風を切って進む先に希望があると信じて。



「シェリア様、視察お疲れ様でした」

 屋敷に戻るとバーホンがうやうやしく頭を下げ出迎えてくれた。その様子に私は少し身構える。いつもと同じ姿勢なのだが、雰囲気がただならない。

「実りある収穫だったよ。領民も去年に比べたら格段に私に話しかけてくれるようになった。おかげで問題点もよくわかるようになったよ」

「左様でございますか。ですが、内務の方が滞っております。こちらの方も同じくらい熱を入れていただかないとなりません」

 その眼の奥はどこか怒っているようでもあった。私は苦笑気味に頬を引きつらせ、歩き出す。

「わかってる。ただ帰ったばかりなのだ、少しくらいは休ませて欲しいのだが。そうだ、ルミナに書斎へお茶を持ってくるよう伝えてくれ」

「ルミナは買い出しに出かけております。お茶であれば私がお淹れいたしましょうか?」

 その笑みがどこか怖い。

「いや、忙しいバーホンの手を煩わせてはいけないな。わかった、すぐに内務取り掛かるとしよう。書斎の方に書類を持ってきてくれ」

「かしこまりました」

 バーホンに頭を下げられた私はやや重い足取りで二階に上がる。石造りの階段に足をかける度、暗澹たる気持ちが襲って来た。

 領主と言えど人間なので、得手不得手の仕事はある。好き嫌いだってもちろんある。どちらかと言えば私は外に出て自分の目で確認し、領民達と話して気付きを得て仕事に活かす方が好きだ。

 対して屋敷にこもっての内務は大事だとわかっていても、つまらない。

 報告書を見てもそれが実際どうなのかわからない事も多く、ただ書面を信じるしかない。もちろん嘘が書かれているとは思っていない。けれど疑問に思った所はやはり自分の目や耳で確認した方が安心できるからだ。

 そんな事をぼんやり考えていると、ドアがノックされた。そのノックの具合からバーホンだとわかり、私は「入れ」と入室の許可を与えると静かにドアが開かれた。

「失礼します。書類をお持ちいたしました」

「……それ全部か? 途中で白紙は入っていないよな?」

「全部でございます。白紙は残念ながら入っておりません」

 バーホンは自身の顔が隠れそうなくらいうず高く重ねられた書類を持ってきた。私は顔が引きつるのを覚え、溜息も出ない。

「机に置かせていただきます。ここまでが報告書、ここからが決算に関する書類、ここからが承認の可否を問う書類でございます」

 窓に飾ってある水差しよりも高い書類の山にうんざりしてくる。これ全部に判を捺したりサインするとなれば、腕も疲れて夕食をとる事も辛くなりそうだ。

「ルミナが帰ってきたら呼んでくれ」

「わかりました。ですがお茶は一度限りです。ルミナも忙しい身なので、今日は控えていただきたく思います」


 ……マドラック家ならば問答無用で追い出されるんだろうな。


「わかった。それでいい」

 しかし私は彼らのようになりたくない。それにバーホンも私に進言するのは心苦しいに決まっている。道路事業などやる事が増えたのだから、当然書類も増える。当たり前のことだ。


 それにしても、これは終わらせないと次の視察には行けないだろうな。


 バーホンが部屋を出ると、私はやっと溜息が漏れた。気分を変えるため、窓を少し開ける。新鮮な空気が部屋に流れ込むと淀みかけていた私の心は少しだけ軽くなり、私は覚悟を決めて一番上の書類を手にした。

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