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貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます  作者: 砂山 海


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第三話~マドラック家での会談~

マドラック家に着くと、当主のジャイカとシェリアが応接室にて会談を行った。

その所作、考えにジャイカが良く褒め嬉しそうにするが、シェリアは彼の瞳の奥に蛇を見ていた。

そして道路事業が合意された時、ジャイカは息子のカリルを部屋に呼んだのだった。

「ルクレスト領領主のシェリア=ルクレストだ。この度はジャイカ殿に会いに来た。通してもらえるだろうか?」

 マドラック家の門番にそう伝えると、すぐに屋敷の中に通される。屋敷の中には私とグレッグのみが立ち入る事を許された。

 案内された大広間は吹き抜けになっており、天井が高い。教会を思わせるステンドグラスも所々使われてあったり、床に敷かれてある絨毯も赤く立派な生地だ。脇にある燭台一つとっても銀製品で、意匠も凝っている。どこが財政難なのかわからなくなるほどだ。

 そして大広間で待っているとほどなくしてマドラック家当主のジャイカ=マドラックが二階から現れた。脂ぎった顔に笑みを浮かばせ、恰幅の良い体を重そうにさせながらも両手を広げ迎えてくれた。

「ようこそ、我がマドラック家へ。就任式以来ですかな」

「はい。その節はありがとうございました」

 私は頭を下げ、しっかりと見詰める。ジャイカ殿は感慨深そうに何度もうなずいた。

「うんうん、領主としての姿勢も堂に入っておる。さすがはカルザック殿の娘」

「お褒めいただきありがとうございます。けれどまだまだ若輩者ゆえ、ご指導いただけるとありがたいです。先程も街並みを拝見させていただきましたが、見事なものですね。街に活気があり、市場が楽しそうにしているのが印象的です」

 ジャイカ殿は嬉しそうに目を細め、何度もうなずく。

「おぉ、それは良い表現ですな。確かに市場に元気が無ければ人は寄って来ませんからな」

「えぇ、まったく」

 するとジャイカ殿は何かに気付いたように笑い出す。

「いや、失敬。シェリア殿と話していると楽しくてつい時と礼儀を忘れてしまう。長旅から来たというのも。喉も乾いたでしょう、続きはこちらの部屋で話すとしましょうか」

 そう言うとくるりと踵を返し、大広間から向かって左手の部屋に案内された。グレッグは部屋の中には入れず、外で待つ事となった。

 中に入れば大広間よりも立派な部屋で、柔らかそうな椅子と重厚そうな黒塗りのテーブルがまず目に入った。置かれてある調度品も金細工が施されており、財政状況の差を否応なしに突きつけられてしまう。

「ささ、おかけになって下さい」

 私は勧められるがままに豪奢な椅子に座ると、柔らかくもしっかりとした座り心地に思わず驚きそうになる。

「なかなかに無い座り心地でしょう。王都でもあまりない逸品でして、私も気に入っているんですよ。自分の部屋の椅子はともかく、客人を迎えるとなればこのくらいは用意しておきたくて」

「確かに素晴らしいですな。さすがはマドラック家ですね」

「いやいや、少し背伸びをし過ぎてしまいましたわ。さぁ、お茶の用意ができたみたいですから、喉を潤して下さい。茶葉も少し良いものが入ったもので」

 部屋に入った時からマドラック家のメイドがお茶の準備をしていたので、既に飲み頃だろう。若く無表情なメイドがティーカップにお茶を淹れると、私とジャイカ殿の前に差し出した。所作も良く行き届いており、動きに無駄が無い。

「ありがとうございます」

 私はにこりと笑い、軽く頭を下げる。しかしカップには手をつけない。しばらくジャイカ殿と見詰め合いながらどうぞと視線で促し合っていたが、やがてジャイカ殿が満足気に笑い始めた。

「流石ですな、マナーも自衛も長けておられる。私も幾ばくか見識を改めないといけないのかもしれませんな」

 そう言うと、ジャイカ殿がティーカップを口に運んだ。そうして喉が動き、ティーカップのお茶が減ったのを確認してから私も口をつけた。言うだけあって素晴らしい茶葉で、香りが鼻から抜けるのが楽しい。

「お褒めに預かり、光栄です。そして素晴らしい茶葉ですね。濃厚ながらも爽やかな風味が鼻を抜け、恋心のように惹かれます」

「でしょう。この茶葉は私も気に入っているんですよ」

 同意するように私はうなずくと、そっとティーカップを置いた。

「ではそろそろ、本題に入らせてもらってもよろしいでしょうか」

「そうですな、名残惜しいですが」

 ジャイカ殿もティーカップを置くと、笑みを浮かべて私を見てきた。一見すると優しい顔なのだが、その細めた目の奥は蛇のような雰囲気が見て取れる。


 狸爺が……。


「さてお手紙にあった縁談なのですが、とても魅力的なご提案だと素直に思いました」

 深々と頭を下げると、ジャイカ殿も小さく返礼してきた。

「ただ、失礼を承知で申し上げれば少し時期が悪く思います」

「時期、ですか」

 値踏みするように腕組みをするジャイカ殿に、私は変わらず柔和な笑みを伴いうなずき返す。

「えぇ。これは個人的な問題でもあるのですが、まずは去年父が亡くなったばかりなのでそう言う気分にまだなれないというのがあります。喪に服している状態で、幸せになっても良いのか。領民にどう思われるのか。ひいてはマドラック家の名を汚してしまわないかと考えてしまうのです」

「なるほど、それは一理ありますな」

 頬の脂でもすくうようにジャイカ殿がゆっくりと撫でる。

「またこれは私の不徳といたすところも大きいのですが、代替わりしたばかりで領民の人心が把握しきれていない所が大きいのです。そんな時にマドラック家と婚姻を結びましたとなれば、どのような賢人であろうとも民意をまとめられないでしょう。まるで逃げたとか無責任に放り出したと思われるやもしれません」

「ふむ、確かに」

「ただ、折角このようなお手紙をいただき、こうしてお話が出来たのを無かった事にするのはあまりにももったいなく思います。ですので、まずは両家友好の事業を行うというのはいかがでしょうか?」

「友好の事業?」

 ジャイカ殿がいぶかしげにこちらを見る。それは自分の提案が思うように進まない事への苛立ちもあったのかもしれない。だから私はなるべく柔和な笑みを見せた。

「はい。それはルクレスト領とマドラック領を結ぶ街道の整備を行おうと考えているのですが、いかがでしょうか?」

「ほぉ、街道の整備ですか。それがどうして両家友好の証になると?」

 当然の疑問だろう。けれど私はこの日のために部下達と幾つもの質問パターンを予測し、考えてきた。答えは一つだが、至る道を幾つも用意してある。

「今、互いの領土を結ぶ街道は一つしかありません。それは我が方が森や山に囲まれている事が大きな原因でもあります。行商人達や使者にとって必ず使う道。それが整備される事によって、更に交流が活発となるでしょう」

 ジャイカ殿は静かにお茶に口をつけ、また私を見る。それは先をうながしている合図だと判断し、私はにこりと笑って見せた。

「その街道こそ、両家の結びつきが領民達にとって目に見えるものに他なりません。大々的に喧伝すれば、みな感謝するでしょう。そうすればその先の話に異を唱えるものも少なくなり、未来が見えてくると私は考えているのです」

「なるほど、確かに一理ある」

 感心したようにジャイカ殿がうなずくのを見て、私も丁寧に頭を下げる。

「大切なのは両家の安定した未来です。それは互いの領民の祝福でもってなされるべきではないでしょうか。我が方としましても交易ルートが整備されるのは願ってもいない事ですし、マドラック家におきましても我が領民達に威光を示す機会になるでしょう」

「……いやはや、さすがはカルザック殿の娘。父を亡くして担ぎ上げられただけの人物とは違う。確かに交易が活発になれば領内の収入も増え、双方潤う事でしょう。よく考えていらっしゃる」

「ありがとうございます」

 ジャイカ殿は残っていたお茶を飲み干すと、部屋の隅に立っていたメイドに目を向ける。

「息子を呼んで来い」

 メイドはうやうやしく頭を下げると、静かに部屋を出て行った。そうしてまた私の方へ細目を向ける。

「まぁ、シェリア殿の言い分はわかりました。確かに焦ってもよくないでしょうからな。それでも折角来たのだ、息子にも会わせたい。何せこれからは貴方達の時代となる」

「そうですね。私も以前父に連れられこちらに来た時、お会いする機会を逃してしまったものですから」

 和やかに笑い合っていると、強い足音が響いてくるのが聞こえた。それは実に不満気で、苛立ちを知れとばかりに耳に入ってくる。私は苦笑したくなるのをこらえ、微笑みを崩さない。

「父上、この人が結婚相手として薦めたシェリア殿か?」

 強くドアが開けられると、父親に勝るとも劣らない恰幅の良い二十そこそこの男が眉根を寄せながら入ってきた。そうして立ち上がって頭を下げようとした私をねめつけるように見ると、大きな鼻息を吐き出した。

「おいおい、ドアくらい静かに開けないか。シェリア殿も驚いているだろう」

 心配そうにジャイカ殿が私を見るが、気にしていないとばかりに私は笑みを浮かべて頭を下げた。

「初めまして、シェリア=ルクレストと申します。この度はお招きありがとうございます」

「カリル=マドラックだ」

 そう吐き捨てるように言うと不躾な眼差しを送ってくる。顔、髪の毛、胸元、そして足の先まで舐め回すような不快な視線。きっと常日頃から甘やかされ、求める女は当然抱けるとでも思っているのだろう。


 だが、それだけだ。

 

 父親のような社交辞令を身につけていなければ、瞳の奥に隠す事もできていない。甘えん坊のお子様が図体だけ大きくなっているかのよう。こういう相手ばかりならば、外交も楽なのに。

「素敵なお話の返礼として、先程までジャイカ殿と共同事業についてお話させていただきました。街道の整備を行えば、両家を祝福する声も」

「あぁ、いい、そういうのは。父上とやってくれ」

 言葉を遮り、実に面倒臭そうに顔を背け、まるで小間使いにでもやるように手を払う仕草を見せる。ちらと見ればジャイカ殿もさすがにこめかみをピクピクと蠢かせていた。それでもカリルは気にする素振りも無く、ドアの方へと足を向ける。

「俺は忙しいんだ。次は嫁ぐ気になったら顔を見せるんだな」

「カリル!」

 ジャイカ殿の叫び声も虚しく、勢いよく閉められたドアに遮られた。荒い息を鼻から吐き出して顔を真っ赤にしていたジャイカ殿も、息を落ち着けると私の方へ向き直り頭を下げた。

「不出来な息子で申し訳ない」

「頭を上げてくださいジャイカ殿。少々驚きましたが、それだけです。それよりも実りあるお話が出来た事、感謝します。街道事業につきましてはまた書簡にて仔細申し上げますので、よろしくお願いします」

「実りある機会、楽しかったですぞシェリア殿」

 私達は再度笑顔を向け合うと、一緒に部屋を出た。



 それから私達は旅の疲れもあったので宿屋で一泊すると、翌日の朝にはマドラック領を出立した。風呂にも入れたし、マドラック領の名物でもある鳥料理も楽しめたし、屋根のある部屋で寝られた事によって私はもちろん、兵達も顔に生気がみなぎっていた。

 マドラック領の中心部から離れ、道が整備されなくなった頃、昨日からずっと渋い顔をしていたグレッグが大きな溜息をついた。それは腹の底に溜めていた怒りを吐き出しているかのようで、深く長かった。

「どうしたグレッグ、腹でも減ったのか?」

 私がからかうように言えば、グレッグが至極真面目な表情で首を横に振った。

「違います。昨日の顔合わせの件です。何ですかね、あの態度は。部屋の外で待っていたのですが、私にも聞こえてきましたよ」

 きっとすぐに吐き出したかったのかもしれない。けれど宿屋はもちろん、マドラック領の中心部で迂闊に話せば誰が聞いているかわからない。もしかしたら私達の本心を聞き出そうとしている人物がいたかもしれない。

 そんな危機管理を乗り越え、やっと今吐き出せたのだろう。そんな忠臣ぶりに私は胸が熱くなるのを覚えた。

「あぁ、完全に私を舐めていたな」

 鼻で笑い飛ばすと、グレッグが忌々しそうにうなずいた。

「全くです。カリル殿の無礼な発言、私でなければ抑えられなかったでしょう。マスカルを同行させないで正解でした」

 そう、きっと直情的で義に厚いマスカルならばどうなっていたかわからない。それに彼を止めようとしても、止められる人物はいないだろう。

 ただ、私はグレッグも怒りによって視点がずれている事に少し苦笑してしまった。

「グレッグ、私を舐めていたのは息子のカリルだけじゃない。父親のジャイカ殿もだ」

「そうなのですか? 仔細はわかりませんが、何だか時折笑い声も聞こえていたので打ち解けていたものだとばっかり」

「笑顔でこちらの手の内をさらけ出そうと画策している奴が外交において一番危ない。ジャイカ殿は息子と違ってそういう面が長けているから、私も流されないようにしつつ楽しく話すというのは少々骨が折れたよ」

 笑顔で丁寧に話しかけ、こちらを気遣うジャイカ殿は食えない。あのような気遣いに時折信頼しそうになるが、目の奥は違う輝きをたずさえたままだったのを最後まで彼は変えなかった。

「グレッグ、そもそも今回の縁談を持ちかけたのは誰だ?」

 そこでようやく思い至ったグレッグが目を大きく開くのを見て、私は満足気にうなずく。

「そうだ、父のジャイカ殿だ。若い女だからとすぐ組み伏せられると思ったのだろう。道路事業だって、利益は確かに生まれるだろう。しかしそれだけで合意できる内容でもない。だから多少の出費を顧みず、寛容な領主を演じたのだ」

「なるほど。私は無礼な言動をしていた息子の方にばかり気を取られていました」

「そもそもあの息子を放置し、あんな風にしたのは父の影響だろう。だからカリルと会った時にあんな態度をとってもすぐに何も言えなかったのだ」

 それでも、と私は笑みを浮かべる。

「まぁ、何にせよ合意は出来た。それは大きな進歩だ。ここが決まらなければ、その後の発展に繋がらないのだから。気を引き締めて行こう、グレッグ」

「はい、シェリア様」

 まだ見えぬが、視線の先には我がルクレスト領がある。この街道もいつかもっと往来する人が増え、賑わうようになるだろう。いや、そうしなければいけない。

 通り抜ける爽やかな風が私の金髪と草原を揺らした。

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