最終話~自慢の恋人~
全てが終わったシェリア達はルクレスト領に帰るため、馬車に乗っていた。
そこでノーマンが今回の作戦はどういうものかと問えば、シェリアとルミナが作戦の詳細を説明する。
ノーマンは三年で発展させたシェリアの手腕に大いに感心する。
シェリアは全てはルミナのおかげ、彼女は自分の右腕であり恋人だと明言する。
ルミナはもう真っ赤になって、うつむくのだった。
外に出ると屋敷の周囲を更に大勢のロンデン兵が取り囲んでいた。その軍隊は正に鉄の威容。騎馬、歩兵、弓兵の大部隊。私は改めてロンデン領と交流できた事に嬉しさと頼もしさを覚え、頬が緩んだ。
用意されていた馬車には私とルミナとグレッグ、ゴルフィン殿、そしてノーマン殿が座った。私はまだ痛々しく顔の腫れているグレッグを心配そうに見遣る。
「大丈夫か? 作戦のためとはいえ、酷い役回りをさせてしまった」
けれどグレッグは腫れた目を細め、嬉しそうに笑う。
「あぁ、こんなもの何て事ありません。それよりシェリア様こそ大丈夫ですか?」
私は少し熱を持っている頬をさすり、グレッグに笑いかける。
「こんなもの、グレッグに比べたらなんてことはない」
「そう言っていただけて、ありがたいです。それに私はルミナ殿の策のおかげでなんの心配もしていませんでしたから」
「あぁ、そうだな。私もかなり怖かったが、最後はそれを信じていたから切り抜けられた。あれは見事な策だった」
「ほぉ、どんな作戦だったのか教えていただけませんかね? わしはただ、そこのゴルフィン殿に面白いものに参加して欲しいとしか聞かされていなかったもので」
小さな笑いがさざなみのように起こった。そうしてそれが沈黙に収束されると、私は一つ咳払いをした。
「今回の作戦はここにいるルミナが立案してくれました」
私がルミナを見ると、驚いたように目を丸くしたかと思うと恥ずかしそうにうつむいた。けれどここに前内務副大臣がいる、アピールのチャンスだと思って私は微笑みを浮かべた。
「ルミナの作戦は私達を囮にし、グレッグを無力化させる事から始まりました。つまりはマドラック親子を慢心させつつカリルを刺激し、動いてもらいう事によって下衆な証拠を残させるのが手でした」
「随分と危うい作戦ですな」
誰しもそう思うだろう。だからこそ、なのだ。
「えぇ。ですが相手はあのマドラック家、思い切って中に飛び込まなければ本心を見せないと思ったのです。そしてこの作戦にはロンデン領の協力が無ければ不可能でした」
私はゴルフィン殿を見ると、嬉しそうに相好を崩していた。
「我が領とロンデン領は軍事交流を行っております。ノーマン殿にはもう露見しているでしょうから正直に話しますと、今回のこれは大規模な演習の一環として行いました。そのためマドラック側をどうこうしようとは最初から思っておりませんでした」
「アイツらならきっと、我が軍を見れば腰を抜かすに決まっていただろうからな」
「確かに軍事対立だと王都も動かねばならない。けれどこれは単に演習の際に立ち寄り、シェリア殿を迎えに来ただけ。そして今回、ただの一人も死傷させていない。なるほど、考えたものよ」
ノーマン殿が納得したようにうなずくが、すぐにルミナの方を見た。
「それにしても教えて欲しい、どうやって突入のタイミングを合図できたのかね?」
「それは何通りもの手段がありました。まず私達が入って一時間後に突入するように決めていました。そうなるよう、シェリア様が挑発をする手筈もありました」
「むしろこの案は最後の手段でもありました。カリルの性格上、一時間も待てないでしょうから」
私はルミナと顔を見合わせて苦笑いを交わすと、すぐにノーマン殿に向き直った。ルミナも顔を引き締め、口を開く。
「その前に危機が迫った時は今回グレッグ様が行ったように大声を出す事でした。それが叶わない場合、窓を割るなどの手段も考えておりました。屋敷の傍にロンデン兵を伏せておりましたので、その様子をすぐに本隊に伝えるようにお願いしたのです」
「なるほどなるほど、なかなかに考えられた作戦だったわけですな」
ノーマン殿が嬉しそうに頬を緩めると、私も嬉しくなる。ルミナは恐縮しつつも照れてしまったため、今度は私がノーマン殿と視線を合わせた。
「それに加え、私どもとしましてはゴルフィン殿に王都での伝手をお願いしました。きっと最後に悪あがきをすると踏んだので、その証拠を決定的に押さえてもらいたかったのです。それがまさか、前内務副大臣を務められた方であらせられたとは」
今更ながらに恐れ多くなってしまう。そんな私の緊張を察したのか、ノーマン殿が柔和な笑みを向けてくれた。
「ゴルフィン殿とは旧知の仲でして、わしが内務副大臣を務めていた時から親交があったんですよ。それで最近、ルクレスト領の新領主であるシェリア殿が凄いと何度も話があったのでわしも興味を惹かれていたんですよ」
「そんな、恐縮です」
私は膝に着くくらい頭を下げる。
「あぁ、かしこまらなくてもいい。実際ここに来る前に領地を拝見させてもらったり、色んな話を聞かせてもらっているので、その手腕には大いに感心しています。中でもゴルフィン殿と進めている教育関係の底上げには興味を示しておりましてな」
「それは後進の育成が急務だと思いまして。王都ならともかく、このような田舎では教育を受ける機会もそうないものですから。領民の知的レベルの向上が領地はもちろん、将来的に王国の役に立つと思いまして」
私の施策にノーマン殿が興味を示してくれている。そう思ったらもう嬉しくなって、勢いよく顔を上げるとつい早口で話してしまった。言い終わってから何だか気まずくなって心中反省し始めようとしたら、ノーマン殿が実に嬉しそうに笑ってくれていた。
「いやぁ、実に素晴らしい。ゴルフィン殿もそうだが、シェリア殿のような考えの人物が育ってくれてわしはこの上なく嬉しい。お二方ともその手腕をいかんなく発揮し、領地を大いに発展させた。経済も軍備も、教育も。特にシェリア殿の手腕は見事というに他ならない。三年でここまで行うのは誰にできる事ではない」
「ありがとうございます」
その言葉の裏を考えるのを今は止めた。疑えばきりが無いし、失礼に当たる。今はただ、真っ直ぐにそれを言葉通り受け取っておこう。
「王都では利権やしがらみが多くてな、嫌になる。何をするにしても色んな思惑が介在し、がんじがらめで動けない。だからこのように地方の領から革新的な意見や施策があると羨ましく思うのだ。だからこのように地方から声を上げ、動いてくれると助かる」
「そんな、もったいないお言葉です」
私がまたかしこまって頭を下げると、そっと手を重ねられた。その少し冷たく、柔らかい手の持ち主に私が視線を向けると、嬉しそうに笑ってくれた。
「それもこれも、シェリア様の頑張りが実ったんですよ」
「うむ、まさしくその通り」
その言葉を受け、私は背筋を伸ばすとノーマン殿の目をしっかりと見詰めた。
「お褒めに預かり、光栄です。ですがこの成果は私一人で成し遂げられたものではありません。領民、そしてルクレスト首脳部。とりわけここにいるルミナには何度も助けられました。彼女の意見なくして、今のルクレストはありえないのですから」
私がにまりと笑うとルミナが驚いたように目を開き、否定しようにもどう言えばいいのかわからない様子で口をぱくぱくとさせていた。
「ほぉ、そこまでの傑物だったとは」
「いやいやシェリア様、何を言ってるんですか?」
感心するノーマン殿、慌てるルミナ、それを微笑ましく見つめる面々に私は嬉しくなる。
「そもそもマドラック領への街道を整備しようと言い出したのはルミナです。今回の作戦の立案もルミナですし、他にも多数あります。彼女は単なるメイドではないのですから」
「ほぉ、詳しく教えてくれんかの」
ノーマン殿が興味深そうに身体を前のめりにすると、私はルミナの腰に手を回して抱き寄せた。
「彼女は私の右腕であり、恋人です。彼女の素晴らしさを話せば、幾ら日があっても足りませんよ、ノーマン殿」
馬車内は和やかな笑いで満たされた。
ただ一人、ルミナだけは顔を真っ赤にしてうなだれ、それでも最後の抵抗とばかりに私の服の裾をつまんでいたのだった。




