第二十六話~マドラック家の盛大なる歓迎~
マドラック家の屋敷にやってきたシェリア達は中へと入る。
そこには十名ほどの兵士が壁際に配置されていた。見えるとこ以外にもきっと配置されているだろうとシェリアは勘づく。
その奥で、ジャイカとカリルの親子が立っていた。
シェリアは兵に案内され、ジャイカの傍の席に座るのだった……。
「ルクレスト領主のシェリア=ルクレストだ。先日渡した書簡の通り、ジャイカ殿とカリル殿に会いに来た。通してはくれないか?」
私を先頭にマドラック家の門番にそう伝えると、門番は確認してきますと言って中へ入っていった。そうしてほどなくして再び現れると、護衛の方はここでお待ちするようにと言われた。
「ならば護衛兵はここで待機させよう。中には私とこの二人が入る事にしよう」
「いえ、あのそれは」
慌てる門番に私は鋭い視線と同時に小さな微笑みを渡す。
「なに、女二人と護衛一人で何ができるか」
そう言い放つとなおもまごつく門番に私は扉を開けさせ、颯爽と中へ入っていった。
中の大広間には十名ほどの兵士が壁際に並んでおり、その先にはジャイカ殿とカリルが並んで立っていた。どこか物々しい雰囲気に私は注意深く周囲を見回す。きっとここにあるどの扉の向こうにも、そして二階にも兵を配置しているのかもしれない。
「剣をお預けください」
マドラック兵の一人が私達に近付いてきた。武器を持っているのはグレッグただ一人、その彼から武器を取り上げれば私達は丸腰だ。
「これは我が命、軽々には預けられるものではない」
グレッグは睨みを利かせ強く言う。けれど歩み寄った兵士は先程の門番と違い、余裕そうに微笑む。
「ですがここはマドラック家のお屋敷、そういうものとは無縁の場所でございます」
何を言っているんだか……。
心中苦笑せざるを得ないが、ここでごねては先に進まない。それどころか、計画が破綻するかもしれないのだから。
「グレッグ、言われた通りにするんだ。私達は今日、この場に話し合いをしに来た。そうでしょう、ジャイカ殿」
「シェリア殿は聡明で助かる」
にまりとジャイカ殿が笑うと、私はもう一度グレッグを見る。するとグレッグは渋々ながら腰に下げていた剣をマドラック兵に渡した。
「お帰りに際にはお渡ししますので、ご安心を」
うやうやしく頭を下げ、マドラック兵がグレッグの剣を受け取る。そうして彼は右手側にある扉の中へと下がっていった。
「さて、ようこそお越し下さいました。遠路はるばる、ご苦労様です。そしてシェリア殿、今日は実に素晴らしい衣装で」
満面の笑みで褒め称えるジャイカ殿と違い、カリルは面倒臭そうに私を見ている。まだ何も言ってこないのはきっと、ジャイカ殿から何か言われているのだろう。ただいつどうなるのか、それはジャイカ殿も制御できないかもしれないが……。
「お褒めに預かり光栄です」
私は丁寧に一礼をした。その頭を下げている最中ですら、強い視線が突き刺さるのがわかる。そこら中から殺気が漂い、きっと幼子ですらわかるだろう。
「いえいえ、実によく似合っていらっしゃる。ささ、どうぞお座り下さい」
ジャイカ殿の言にマドラック兵が私達をジャイカ殿とカリルの近くに案内し、椅子を引いた。普段ならば執事かメイドの役目だろう。けれどそうじゃないというのはやはりこれから何かあるのだ。
それにしても、露骨だな……。
私は言われた通り、席に着く。後ろにはルミナ、そしてグレッグが控える。と言っても丸腰のグレッグではこんなにもいるマドラック兵に太刀打ちできないだろう。もっとも剣を持っていても怪しいが。
「さて、早速ですが本題に入らせてもらいましょうか。早急な話し合いはその後の有意義な時間への変換が可能ですからな」
満面の笑みを浮かべるジャイカ殿にカリルはどこか冷めた目をしている。そうして二人とも椅子に座ると、その体型からか椅子かきしむ音が聞こえた気がした。
「今回書簡を送らせていただいたのは書いた通り、結婚についてです。思えばあれから時間が経ちました。その間、息子も再教育しました。シェリア殿は体調を崩されていたみたいですが、今日お顔を見る限りはお元気そうで」
「ご心配をおかけしました」
「いえいえ、これから家族になるのですから何もお気になさらず」
柔和な顔で手を横に振って気にするなとアピールするその姿、一見ならば騙されるだろう。けれど私はその仮面に隠された邪悪な顔を知っている。
この三年で貧しさを脱却しつあるルクレスト領を手に入れようとしている、よだれを垂らした獣の顔を。
「それで単刀直入ですが、シェリア殿のお気持ちをお聞かせいただきたい。我が息子のカリルと結婚する意志はありますかね? カリルもそうだが、シェリア殿ももう妙齢。そろそろ身を固めても良い頃でしょう」
私はその言葉にしっかりと言葉を噛みしめるようにうなずく。
「そうですね、高名なマドラック家に嫁げる事は誰しも憧れるものでしょう。私自身、父を亡くして女領主としてやらせていただいておりますが、やはり周囲の理解を得られない事もある身。その辺の事はこの三年でよく考えておりました」
「おぉ、それでは」
色めき立つジャイカ殿に私はテーブルの上で手を組み、微笑みを向ける。
「ですが私は私なりの考えがあり、このまま領民を導いていきたいのです。家庭に入る女の夢は否定いたしませんが、私にはまだ政務の場に立つ方が性に合ってますので」
肩透かしを食らったジャイカ殿は驚きつつ、身を乗り出してきた。その腹がテーブルの上にのしかかる。
「何をおっしゃる。例え息子と結婚しようとも、政務の場には立ってもらうことも考えておりますわい。無論、子が生まれたらしばらくは難しいでしょうが、その後なら」
「お気遣い嬉しく思います。ですが私にはまだやるべき事がたくさんあり、まだどれも途上の身。もちろん他に結婚を約束した人がいるわけではございません。ですので私としては真っ直ぐに政務に身を置かせていただきたく思います」
「シェリア殿の手腕は私どもも認めております。ですが」
すると突然、カリルが強くテーブルを叩いた。その音にみなが一斉に視線を集める。カリルは鼻息荒くし、椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がった。
「もういいって、ゴチャゴチャうるせぇな」
「カリル殿……?」
私は極力表情を変えず、少しだけ眉根を寄せた。そこには顔を真っ赤にし、肩で息をする豪奢な衣装をまとった醜い豚がいるだけだ。我慢も社交辞令も何も無い、貴族の端くれにもおけぬ男。
「親父も下らねぇ芝居してねぇで、俺の部屋にコイツを連れて行かせろ。コイツを手籠めにして領土拡大する腹積もりのくせによ。大丈夫だ、ちゃんとわからせてやるから」
「……貴方の息子はもう少し社交辞令や演技を学んだ方が良いでしょうね」
するとジャイカ殿が舌打ちし、柔和な笑顔の仮面を脱ぎ捨てる。そこに現れたのは敵意剥き出しで、蔑んだような視線を向ける醜悪な親豚。息子と同じような表情をし、つくづく似た者親子だというのがわかる。
「下手に出ていればほんっとクドクドと。だから女は話が長くて困る」
サッとジャイカが手を挙げた。すると周囲にいた兵士達がすぐさま剣を抜く。ひっとルミナが小さな悲鳴を上げたが、私は全てを堪えてその親豚の眼を見続けた。
「女がゴチャゴチャやったところで、男にはかなわんのだ。なんか色々やってるみたいだが、所詮マドラック家にはかなわん。今だってこの状況、一声かければ貴様らは物言わぬ骸になるのだぞ」
「ジャイカ殿、脅迫ですか?」
するとジャイカとカリルが顔を見合わせ、高笑いを始めた。
「この期に及んで、まだ現状が把握できていないのか? 脅迫も何も無い、従わなければそれまでと事実を伝えているだけだ」
「私を殺せば王都から査察が入ると思いますが」
「シェリア=ルクレストは我ら親子を会食の場で殺そうとした。だから返り討ちにした。そう王都には報告してやるわい。証拠のナイフも携えてな。まぁ殺さずとも息子のはけ口になってもらってもいいがな」
下卑た笑いを浮かべる二人に私は表情を変えず、じっと見返す。
「私をそうしたいのは領土拡大のためか? それとも単に慰みものにしたいだけか?」
「どれもだよ。女のくせに出しゃばって。それに俺はな、お前みたいな顔だけの女が俺よりも先に領主になった事が腹立たしいんだよ」
「それに、その物言い。女の分際で偉そうに対等な立場だと勘違いしおって。貴様のような女は大人しくわしら男に任せればいいのだ」
なんと幼稚な理由だろうか……。
ただそのためだけに私に刺客を向けただけではなく、我が兵をも殺したというのか。この二人はその先の事も見通せず、ただ自身の幼稚な欲求のまま動いていたというのか。
私は乾いた笑いを禁じ得なかった。
「なるほど、私は余程嫌われていたみたいだな」
後ろを振り返るとルミナは青ざめ、グレッグは唇を噛んでいた。その更に後ろではマドラック兵が剣先を向けている。
「本当に腹の立つ女だぜ、この期に及んでまだ余裕ぶっているつもりか? そういうのを虚勢って言うんだぜ」
カリルが憎々し気な視線を向けてくる。ここまで優位に立っておきながら、何とも余裕のない男だ。
「おい、コイツを俺の部屋へと連れて行け。あ、待て、そのメイドもだ。いっぺんに相手してやるからな」
するとマドラック兵が私の両脇に来て、強引に立たせた。鎧の金具が冷たく、痛い。その荒々しさに私は背中に一筋の汗をかく。
「ジャイカ殿、本気なのですか? こんな事をして良い未来があるとは思えません」
「女の分際でうるさい! 貴様の親父も小賢しい奴だったが、お前は輪をかけてうるさい。良いか悪いかはわしが決める。おい、早く二人とも連れていかんか。あとこの男は地下牢にでも取り合えずぶち込んでおけ」
ジャイカが顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら吠えた。
兵がルミナも荒々しくつかみ、私の隣に立たせた。その扱いに私は血が沸騰するほどの怒りを覚える。青い顔をしたルミナが震え、涙目になっていた。その頬に触れ、抱き締め安心させてやりたい。
だが、今の私は両脇を兵によって拘束されているためそうもいかない。




