第二十四話~ルミナの秘策~
マドラック家からの書簡に忌々し気に眉根を寄せるけど、現実的な対応策が見当たらない。
行けば危険に遭う、行かなければ何をされるのかわからない。
シェリアはこの辺でマドラック家との決着をつけたかったが、どうすればいいのかわからなかった。
グレッグも、ゴルフィンも。
そんな中、ルミナが覚悟を決めたように口を開いたのだった……。
「随分と舐め腐った文面だな」
鼻息荒く、苦々し気に口ひげを撫でながら最初に口を開いたのはゴルフィン殿だった。その意見に私を含めた全員が眉根を寄せながらうなずく。
「えぇ、そうなのです。領主に就任して三年になりますが、度々このような手紙が届くのです。最初は足を運んだのですが、身の危険を感じてもう二年は近寄っていません」
「あぁ、あそこのバカ息子が酷いというのは話に聞いた。そしてその親父も下衆なやつだと知っている。ただ」
ゴルフィン殿が私を見遣る。その視線には色んな思いが乗せられている。
「無下には出来ねぇな」
「そうですね」
間髪入れずに答えたが、溜息がどうしても漏れてしまう。
「断り続けているみたいだが、それ以上に何をしてくるかわからない脅迫めいたものを感じる。俺らの兵が睨みを聞かせるとは言っても、その隙をついてくる事は十分に考えられるからな」
「はい。それに正直な事を言えば今までは先延ばしにしていただけ。いつかは解決しないとならない問題でもあります。これ以上先延ばしにすると、どんな嫌がらせが行われるかわかりません」
以前のような賊に扮した襲撃もそうだが、今度は行商人に紛れて何かしてくるかもしれない。そうなれば完全に防ぐ事などできない。火を放たれたり井戸に毒を入れられても、気の狂った奴の犯行だと言い張られたらどうにもできないからだ。
「それにまぁ、シェリア殿にはあれだが言っている事は世間一般の考えでもある。その辺がいやらしいんだよな、アイツら」
ゴルフィン殿の言葉に私は素直にうなずくしかなかった。
私は今年、二十三になる。女二十三ともなれば世の女性は結婚し、子を産んでいる一般的な年齢だ。また女性領主というのは王国からの印象も変わってくる。それは私が就任して以来、形式的な叙任式が行われただけというのが雄弁に物語っているだろう。
「だがまぁ、世間一般の感覚からしたらそうなのだからな。仕方のない事だ」
「でもな、シェリア殿。わしも最初は確かに舐めていた。だが実際に会って話をし、その才気にいかんなく触れた今となっては考えた方が変わった。男と変わらない、と言ったら侮辱に聞こえるだろうか? だが、シェリア殿やルミナ殿と会って、女であっても素晴らしい大局観を抱けるのだとわかったのだ」
その発言がどれだけ私とルミナを救っただろうか。ただ、今はそれに感動して身を震わせている場合ではない。
「そのお言葉、本当に嬉しく思います。けれど我が領の大半の領民やゴルフィン殿ならばわかってくれますが、そうでもないのも事実。女だからと上に立つことを忌避する人もいますし、どれだけ成し遂げてもその一点で蔑む人がいるのも知っています」
誰も何も言わない。いや、言えないのかもしれない。けれど私はかまわず、言葉を続ける。
「確かに女領主というのは異例だろう。せいぜい後継ぎを産み育てる間までとか、他の男子後継が決まるまでの間という繋ぎの存在。それが慣例であり、通例。しかし私は同時にこうも思っている」
一つ息を整える。これから話す事は父がいた時から思っていた事。そしてそれは結局父に言ったた事が無い。
「別にこの血筋じゃなくてもルクレストの民をより良く導いてくれるのならば血筋など関係無く、優れた人物でありさえすればかまわない。男だろうが女だろうが、なんなら子供だろうがかまわない。私はそう考えている」
「シェリア様、それは」
椅子を倒し立ち上がったのはサイルード先生だった。けれど私は小さく笑いだけで、話を続ける。
「王家ならともかく、地方領主なのだ。そこまで血に縛られる事も無いだろう。そしてこの家系だって、百年戦争の時に戦功をあげただけというものでしかない。そんなものに縛られるくらいならば、無くした方がいいんじゃないだろうか」
「お待ちください、。シェリア様。シェリア様のお考えは立派です。ですが、どうして次の領主にそれを受け継げるのでしょうか?」
サイルード先生の疑問は当然だ。けれどこれこそが古い考えの象徴でもあり、私が一番壊してしまいたい常識の一つでもある。
「だから学問所を作り、次期領主となるべき人材を養成しているんじゃないか。優秀な人材が育てば、領地をより良い未来へと導けるだろう」
「私が言いたいのは有能なのは当然として、領主のお考えです。学問所だけではシェリア様のお考え、いわば理念理想を引き継げないのではないかと懸念しているのです」
「サイルード先生、お言葉ですが私に子がいたとして、その子が全ての理念理想を引き継げるとは思わないのです。また優秀だとは限りません。もちろん優秀な人材を選抜した後、私と共に学ぶ時間は必要でしょうけどね」
難しい顔をしてそれきりサイルード先生は黙る。自分の常識、私の意見、そして現実的な問題に悩んでいるのだろう。ちらとみんなを見ればルミナもグレッグもバーホンも同じような顔をしている。
ただ一人を除いて。
「随分な人だねぇ、シェリア殿は」
そうゴルフィン殿が感服したように笑いながら口ひげを撫でる。
「そうでしょうか。ゴルフィン殿もかなり突飛な発言に思えますか?」
「まぁなぁ。さすがにわしは自分の息子らに継がせた方がいいかと思って鍛えてはいるが……だが、そんな考えは悪くないな」
にまりと笑うゴルフィン殿につられ、私も笑う。
「なんせシェリア殿は女領主という異端なのだ。だがそれでもここまでの結果を出し、カリスマ性もある。ならば思うがままに進めた方がいいんじゃないか?」
「ありがとうございます、ゴルフィン殿」
私が微笑んで頭を下げると、照れたように口ひげをゴルフィン殿が触る。
「しかし、わしらも取り入れるべき考えでもあるな。教育の投資か、少し考えてみるか。あぁそうだシェリア殿、何だったら王都から優秀な学者を呼ぼうか? 少し伝手があるもんでな」
「本当ですか?」
私は思わず喜んだが、話が脱線してきたと自覚し咳払いをする。
「すまない、話が逸れた。ゴルフィン殿、その話はまた後日詳しく」
「そうだな」
そうして全員がマドラック家からの便箋に目を向ける。
「さて、どうするべきか」
行けば危険な目に遭うのは間違いない。前回だってかなり無礼で傲慢だったのを理由に宴に参加せず帰ったら、襲撃を受けたくらいだ。あの時はマスカルが奮戦してくれたけど、今度は相手も相応の対策をしてくるかもしれない。
けれど行かなければ行かないで、どんな嫌がらせをしてくるかわかったものじゃない。文面からもう我慢できないのが伝わってくるから、これ以上の先延ばしは危険だ。
「難しいですね。行くしかないのですが、シェリア様を守れるかどうか……」
グレッグがそうこぼすと、ゴルフィン殿も大きくため息をつく。
「ロンデン兵が同行しようにもあまりいると威圧行為に思われるし、そもそも屋敷の中までは入れないだろう。それを王都の方に報告されると厄介だしな」
二人の言う通りだった。幾らルクレスト領も力をつけてロンデン領と親密になったとはいえ、屋敷の中はおいそれと入れない。また私としては次第に過激になってきているので、ここらで何か決定的な証拠を握ってもう手出しさせないようにしたいというのもある。
だがどうすればいい……?
「あの、こういうのはどうでしょうか?」
重苦しい空気を破ったのはルミナだった。硬直した空気を切り裂いたその発言は正にみな光を見出したかのようにルミナへと視線を向ける。けれどルミナはいつものように物怖じしたり恥ずかしがったりせず、しっかりとそれらを受け止めてから言葉を続けた。
「まずシェリア様と私、そしてグレッグ様と数人の護衛で向かいます。そして……」
語られたルミナの案は全員の目を丸くさせた。確かに内容的には危険で綱渡りな要素もあるが、これが上手くいけばマドラック家に大打撃を与えられるだろう。
ただ、相当の覚悟が必要ではあるが……。
マドラック家に一週間後行く事を伝えた手紙を早馬に持たせると、私達は何度も作戦のすり合わせを綿密に行った。そして不測の事態に備え、こうだったらこう動く、こう動けなかったらこうするというのを何通りも案を出し、確認し合った。
それはゴルフィン殿を巻き込み、全員の知恵を出し合う事になったのだ。
そうして約束の日に着くよう、私達は出発した。




