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貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます  作者: 砂山 海


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第二十二話~ルクレスト領への帰還~

ルクレスト領へと戻ったシェリアはさっそく執務室にて報告を行い、ロンデン領と取り決めた施策を行う。

ロンデン側からの手厚い支援もあり、あの難所は馬も通れる街道となった。

そのおかげで交易が発展し、ルクレスト領にもロンデン兵が常駐するようになった。

そんなある日、ロンデン兵の交代式を行っていたら雷のような声が響いた……。

 長い道のりをかけてルクレスト領の屋敷に戻ると護衛兵達を解散させ、私はルミナとマスカルにそのまま執務室へ行くよう伝えた。その様子を見ていたバーホンが安堵したように微笑みながら近づいてくると、私も目を細める。

「おかえりなさいませ、シェリア様。ご無事なようで何よりです」

「あぁ、ただいまバーホン。何か変わった事はあったか?」

 するとバーホンはうんざりした顔で溜息をついた。

「マドラックから使者がありました。シェリア様と親睦を深める会合をしたいと」

「返事はいつものようにしてくれたか?」

「はい。お体を壊しておりそちらへ行く事はままなりませんと」

 私は苦笑いしながら、バーホンによくやったと言わんばかりにうなずいた。

 私がロンデン領へ向かう前から、度々マドラック家からこうした誘いはあった。だがもうしばらくの間、体調が優れないから向かえないと伝えている。


 マドラック家はこちらに来ないと知っているから。

 

 あの親子が兵を引き連れたとしても、簡素な宿場に泊まりながら何日もかけてくるわけがない。おまけに我が領地で何かしようにも、少数の兵だとそれもかなわないだろう。

 以前に比べて書類仕事が多いので実際、視察に出る事も減ってしまった。それが間者の報告に真実味を与えているのかもしれない。だから季節が変わった頃にこうして誘いが来るのだが、その都度断ってもらっている。

「それで、いかがでしたかロンデン領は?」

「あぁ、その話をすぐみなと共有したい。バーホン、グレッグとサイルード先生を執務室に呼んでくれないか。もちろんバーホンもだ」

「かしこまりました」

 頭を下げたバーホンの横を通り抜けると、すぐに動き出したのが風の動きでわかった。



 執務室に全員集まると、私は立ち上がって一礼する。みなもそれにならって一礼すると、早速私が口を開いた。

「忙しい中集まってくれてありがとう。そしてマスカル、ルミナ。長旅ご苦労だった」

 名前を呼ばれた二人は疲れた様子を見せず、どこか嬉しそうに頭を下げた。

「さてロンデン領へ行き、領主のゴルフィン=ロンデン殿と会談してきた。見た目はいかつくて声も大きい岩のような男だ。わかるだろう、マスカル」

 そう水を向けると、マスカルは笑いを堪えるのに必死だった。私はこれ以上の意地悪が場の空気を壊すと思い、話を続ける。

「ただ見た目とは裏腹に、抜け目ない人でもあった。また周りには有能な人材もたくさんいて、サポートの体制が万全である事を思い知った。ロンデン領は思っていた以上に栄えていたし、外敵の備えもしっかりしていた。正に城塞都市だ」

「シェリア様がそこまで褒めるという事は上手くいった証ですかな?」

 サイルード先生がそう茶化すように言えば、私は苦笑しながらうなずくしかなかった。

「えぇ、上手くいきました。軍事交流も土木や鉱山開発の技術供与も、また街道の整備の協力も取り付けられましたよ。我が方からは農作物の援助、特産品である麦酒の卸し、農業技術の提供、また鉱石や鉄を優先して卸す権利を伝えました。彼らはみな私達を盛大に歓迎してくれ、長期の盟約も間違い無いでしょう」

「さすがシェリア様、これ以上ない成果です」

 サイルード先生が満足気にうなずく。他のみなもそうしていた中、マスカルも当然だとばかりにうなずいているのが見えて、つい笑いそうになってしまった。

「グレッグ。そんなわけでその時が来たらロンデンから兵が来る。その時、どう動かすのかは任せるぞ。今から誰を中心にどこを見回らせるのか、その計画を練っておいてくれ」

「わかりました」

「そして、より良く意見を取り入れるように。向こうは実戦経験をかなり積んでいる歴戦の猛者達だ。見回りをしていて我が領の脆弱な部分を指摘する事もあるだろう。その時、それをしっかりと受け入れるように」

「はい、お任せください」

 力強いグレッグの視線を受け止めると、私はみなを見回す。良い眼をしている。あぁ、ここはいつだって良い。みな明日に向かう目をしているから。だから私もその期待に応えないとと自然と力が入る。

「忙しくなるぞ、各自備えよ」

 その言葉に応えるよう、力強い決意が響いた。



「お疲れ様、ルミナ。一緒に来てくれてありがとう、助かったよ」

 夜の書斎はいつも二人だけの世界。お茶を用意してくれたルミナが私の隣に座ると、私はそっと彼女の髪に手を振れた。

「シェリアこそ大変だったね。本当にお疲れ様。でも本当に大変だったよね。マドラック領へ行く時よりもずっときつかったよ」

「徒歩だったからね、今回は。私も気丈なふりをしていたけど、足が辛かったよ。宿場もあったけど、簡素な造りだったからね」

「でも野宿じゃないだけ良かったよ。だからこそ、あのロンデン領の宿屋、凄かったよね。金獅子亭だっけ? お部屋の中にお風呂とか、ベッドもすごく柔らかくてご飯も美味しくて……最高だった」

 ルミナが思い出してはうっとりしている。確かにあそこは凄く良かった。さすがロンデン最高峰の宿屋だ。

「ロンデン領のご飯は美味しかったね。何か参考になったかい?」

「そうだね、香辛料の使い方がこことは違っていたかな。火の通し方とかの調理方法なんかもね。近いうちにロンデン風のを出してあげるから、待ってて」

 やはり連れて行って正解だった。ルミナ自身も得るものがたくさんあったらしく、興奮気味に話してくれる姿が嬉しい。

「あぁ、楽しみだよ。ルミナの料理はいつでも美味しいけど、また新しいレパートリーが増えるのならそれも楽しみだ」

「食事中はなかなか感情を表に出しにくいだろうけど、ちゃんと伝わっているよ。だから作っていても嬉しいんだ」

「ありがとう。もう本当に、それしかないよ。いつも私を気にかけてくれ、口に出さなくとも愛を伝えてくれるんだから」

 するとルミナがすっと私に寄り添って来た。

「でも、シェリアの口から伝えられる愛はいつだって好きだよ」

 うっとりとした青い瞳に甘えた声。それはいつだって私の心をかき乱す。私はルミナの肩を抱き寄せ、顔を近付ける。ふわりと甘いルミナの匂いが鼻をくすぐり、頭を痺れさせた。

「愛してるよ、ルミナ。ルミナほどの人はいない」

「私も愛してるよ、シェリア。私の自慢の領主様であり、最高の恋人。私だけをずっと見ていて欲しい」

「もちろん、ずっとルミナだけを見ている。ルミナに笑ってもらいたくて、私は前に進むんだ。だからその隣に立って、同じ景色を見て欲しい」

 ゆっくりと顔が近付き、やがて唇が触れ合った。


 色んな思惑と悩み続きの毎日、それも今この瞬間だけは忘れられる。ただ一人の女になって好きな人と愛を語り合えるこの時があるからこそ、どんな苦難でも乗り越えようと思える。


 全てはルミナのため。



 ロンデン領との正式な交易を始め、季節は夏になろうとしていた。


 ロンデン側からの街道整備は凄まじい勢いで行われ、一ヶ月もしないうちに馬車が通れるほどの橋がかけられたとの報告を受けた時には心底驚いた。さすがは外敵の襲来で鍛えられた土木技術だ。

 もちろんこちら側からの整備も力を入れた。宿場の更なる整備に途中途中の休憩所の設置、と言っても広場を作っただけなのだがこれも好評だった。

 マドラック領への街道整備のノウハウが生かされ、かつロンデン側からの技術交流もあってあの峻険なる道は今や重要な交易路となっていた。

 行商人達は色んな物を売買してくれるので、南の森の近くに小さな町を作った。宿屋、馬小屋、酒場などを整備し、露店が開ける場所を設けた。ロンデン側から来る人達はみなルクレスト特産の麦酒に舌鼓を打ち、こちらの郷土料理も楽しんでくれているみたいだ。

 行商人とは別に官営で、約束した麦酒や農作物、また鉱石などをロンデン領へと割安で取引をしている。ロンデン側からは軍事交流という名で騎馬隊ニ十騎と歩兵三十名が領内に常駐している。


 これにより見回りは圧倒的に精度を増した。


 最初は領民も怖がっている様子があったものの、規律正しい兵のおかげで迷惑行為をする者や不審者は減った。治安の悪い地域の見回りも積極的に行ったからか、すぐに領民から諸手で受け入れられるようになった。

 おかげで予算を鉱山開発に回せたり、更なる治水事業、そしてようやく教育にまで使えるようになってきていた。

 サイルード先生の学問所で学んだ生徒、そして農業や商業など色んな分野で活躍している人達を先生として雇い、総合学問所の建設に着工できた。これはサイルード先生の長年の夢であり、私としても今後の人材育成にとって必要不可欠だと思っている。


 このようにロンデン領との交流が始まってから爆発的な勢いでルクレスト領も成長し、三年前までは牧歌的な田舎領地だったのに今やロンデン領とマドラック領を繋ぐ交易の要所となりつつあった。



「やぁ、シェリア殿、。今回はわしも来たぞ」

 定期的にロンデン兵が交代するタイミングで、ロンデン領主のゴルフィン殿が馬に乗って現れた。屋敷前の広場で交代式を行っている所で急に雷のような声でそう言われたため、私は驚いて目を丸くしてしまう。

「ゴルフィン殿、お久しぶりです。今回はどうされたのですか?」

 私がにこりと笑って頭を下げると、ゴルフィン殿は豪快に笑いながら馬から降りた。

「どうもこうも、ここに来た兵達が自慢するのだ。ルクレストの料理が美味い、麦酒は絶品だとな。わしも送ってもらったそれを堪能していたが、やはり新鮮な物を味わいたくてな。なぁおい、ここの飯はどうだった?」

 そう言いながらゴルフィン殿がロンデン兵の一人に丸太のような腕を肩にかけた。兵は直立不動のまま、大声で返事する。

「最高でした」

「うちのメシと比べてどうよ?」

「ロンデン料理ももちろん素晴らしいですが、ここはその、素材がそもそも美味しいです。なのでゴルフィン様、すぐまた軍事交流会に参加させて下さい」

「正直だなお前。いいだろう、考えておく」

 そう言って大笑いするゴルフィン殿に近くにいたグレッグがそっと私に耳打ちしてきた。

「あの方がロンデン領主のゴルフィン殿ですか」

「あぁ、そうだ。見た通りの御仁だ。けれど思慮深いぞ」

 するとすぐにゴルフィン殿が私達の方に歩み寄ってきた。

「なんだなんだ、蚊の鳴くようなちっさな声で」

 けれど私は気にせず、にこりと笑いながらグレッグを示す。

「紹介しようゴルフィン殿。彼がルクレストの兵士長を務めているグレッグだ。我が方の兵の全般的な管理、そして作戦の立案もこなす知勇優れた武人だ」

「グレッグです、初めまして」

 頭を下げるグレッグをゴルフィン殿がじっくりと観察する。上から下から、その所作や立ち居振る舞い全てを。

「ゴルフィン=ロンデンだ。うむ、なかなかの男よ。隙も少なく、頭を下げつつも残心がしっかりしている。わしのつま先を見て、次の行動を予測していたな」

 するとグレッグが嬉しそうに相好を崩す。

「お褒めに預かり光栄です。ゴルフィン様も一分の隙も無い」

「二度、やろうとしただろう。わしを試すために」

「はい。ですが無理でした。そして失礼いたしました」

「かまわんかまわん、そういうのはいつだって歓迎だ。鈍るといざという時に困るのは自分だからな」

 正直、私は二人が何を話しているのかわからない。ただそんな二人がいきなり打ち解けて笑い合っているのを見て、私も何だか嬉しくなる。

「ゴルフィン殿、ここに来るまでに我が領を見ていただけたのですか?」

「実は昨日から入っていたのだ。その間、各所を見させてもらった。手土産に、色々改善点を言わせてもらおうと思ってな」

「改善点、ですか」

 思うにたくさんあるだろう。なんせ指摘してくれる相手は百戦錬磨のロンデン領主なのだから。

「あぁ。まぁまぁあったからな、教えたい。別にわしはここで麦酒を飲みながらでも良いのだが」

「いえ、執務室にてご教授願いたいです。麦酒はその後、浴びるほどお出しいたします」

「ははっ、さすがはシェリア殿だ」

 ゴルフィン殿が嬉しそうに笑う中、私はグレッグに大至急みなを執務室に集めるよう伝えた。

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