第二十一話~歓迎の酒宴~
ゴルフィンの厚意で宴席が設けられた。
シェリアのみならず全員が美味しい食事、お酒、そして会話を楽しむ。ルミナは料理の事で、マスカルも軍事の事で楽しげに話していた。
シェリアの所には役職者がひっきりなしに挨拶に来る。
ゴルフィンがシェリアを気遣うが、シェリアの話を聞くためにどんどんと人が集まり……。
ゴルフィン殿の好意で急遽宴席が設けられた。
テーブルに広げられる山海のご馳走は見た事も無い料理が多いけど、香辛料の良い匂いがする。肉に魚に野菜料理、もちろん王都から取り寄せたというお酒も幅広い。そして私の前には葡萄酒が運ばれた。
「みなの者、わしはここにいる若きルクレスト領主であるシェリア=ルクレスト殿と有意義な話をさせてもらった」
料理とお酒が護衛兵にも行き渡るとゴルフィン殿がお酒の入ったグラスを持って立ち上がった。雷のようなその大声にみな一斉に注目する。
「今後、ロンデンはルクレストと深い付き合いをしていく事をここに宣言する。そのために互いを結ぶ街道を早急に整備していく。一刻も早くそれが実現できるよう、みなの力を貸して欲しい」
拍手が響く。私もゴルフィン殿の横で手を叩いていたが、すっとゴルフィン殿が手を差し出して立つように促してきた。私はその岩のような手をとり、すっと立ち上がる。
「一言もらえないかな、シェリア殿」
私は列席のみなに視線を配ると、一礼する。
「お初にお目にかかります、ルクレスト領主のシェリア=ルクレストです。このような素敵な席をもうけていただき、感謝しております。正直、見た事もない料理がたくさん並んでおり戸惑いと期待で今、胸がいっぱいです」
そして私はゴルフィン殿へと目を向ける。彼は嬉しそうに笑っていた。私はそれに満足すると、再びみなに目を戻す。
「ですがこれからはこの料理が我が領でも馴染みあるものになっていくことを夢見ております。そしてその夢は間もなく叶うでしょう。ロンデンとルクレストの栄光ある明日を皆さんと共に作っていきましょう」
それが乾杯の挨拶となった。
和やかな談笑に美味しい料理、素敵なお酒で列席した人達はみな一様に笑顔だった。マスカルはロンデンの兵長らしき人と目を輝かせながら話しており、ルミナも料理を運んでくるメイドと何か話している。きっと料理について教えてもらっているのだろう。
「これはこれはシェリア様、私はここで内務担当をさせていただいているルガリオと申します。以後お見知りおきを」
「私は軍務長のハシュムと申します」
「農水担当のリラファンです」
私はと言えば役職のついている人達が代わる代わる挨拶にきて、少し忙しい。こうも流れ作業で来られると、名前も顔も覚えられない。
「おいお前ら、いっぺんに来る奴がいるか。見ろ、シェリア殿も飲み食いできずに困っているだろうが」
そんな私を察知したのか、ゴルフィン殿が大笑いしながら下がれと言わんばかりに手を振った。
「いやお言葉ですがゴルフィン様、この短時間でこんなになった姿は見た事ありませんから我々もシェリア様とお見知りおきになっておきたいのです。一体どのような素晴らしい人なのかと思いまして」
そう言うのは確か……そう、内務担当のルガリオさんだ。
「見ればわかるだろ。わしの娘と同じかそれより下なのに一切わしに動じず、理路整然と我が領の弱点を言い当てて互いの利を説いたのだぞ。リラファン、お前少しシェリア殿に教えてもらえよ。農地はルクレストの二段下くらいだって言われていたぞ」
「手厳しい……。ですが、楽しみです」
私は乾いた笑いしか出ない。
「シェリア殿、こやつらは無視して食べてかまわないから。もっと飲んでもいい。葡萄酒は樽ごとあるからな」
ゴルフィン殿がそう言ってくれるけど、人々は離れない。むしろより近付いてくる。
「そう言えばシェリア様、お酒と言えばルクレストでは麦酒を作っていると聞きました。どうして麦酒をお選びになったのか聞かせてていただいても?」
「麦の収穫は一年で行われます。葡萄酒ですと五年以上はかかるため、手っ取り早く増産するには良かったんです。あと大麦はそれだけではなく、料理でも何でも使えますので」
「リラファン! 質問は後だ。シェリア殿が飲み食いできないだろうが!」
怒声が響くが、周りの者は委縮せずに笑っている。これは相当良い関係を築いていないとできない事だ。だから私もそれをどこか楽しみ、笑いながら葡萄酒を傾けられる。
「ゴルフィン様こそ独り占めしないで下さいよ。何ですか、惚れたんですか?」
「おう、惚れた!」
その発言にさすがに私はむせかけ、ゴルフィン殿を見遣る。すると少し照れたようにゴルフィン殿が禿げ頭を撫でた。
「いや待った、語弊があるな。男と女のそれじゃない。わしはシェリア殿の才能と見識に惚れたのだ。考えてみろ、この年で領主を務めながらあの森を越えてきたんだぞ。一体お前らのどれだけがあの森を越えられると思った?」
じろりと少し酔った眼で睥睨するが、みな首を傾げたり横に振ったりするばかり。
「いやぁ、それはさすがに……だってゴルフィン様だって無理だって言ってましたよね」
「あぁ、その通りだ。でも彼女はやり遂げた。その一点だけでわしよりずっと優れている。何ならお前等よりもな」
「そうかもしれませんね」
「異論はありません」
「ですから、私も話したいんですけど」
「うっるさいな、お前らは。まずはわしだ。その後はシェリア殿の時間と都合が許す限りにしてもらえ。なぁ、シェリア殿」
急に水を向けられた私は少し困惑したけど、すぐに微笑んだ。
「えぇ、もちろん。私も見識が広がるのは楽しいですから」
……これは長くなりそうだな。
その予感通り、夜がすっかり更けても話し合いは終わらなかった。
金獅子亭に再び宿泊したのは夜更けだった。それでもゴルフィン殿から連絡があったのか、店主は快く出迎えてくれた。私達はもうお腹もいっぱいで心地良く酔っていたため、部屋に入るとすぐにベッドに横になった。
そして翌朝、朝食を摂ってから宿を出ると既に馬車が待機してあった。
「昨日は楽しい一時をありがとうございました。森の入口までお送りいたしましょう」
そう言うのは黒い髪を後ろで束ねた、マスカルに負けず劣らずの筋肉の持ち主だった。
「兵士長のガーランドと申します。昨日はマスカル殿と楽しい一時を過ごさせていただきました。ゴルフィン様があんなに楽しそうな姿も久々に見れましたので、私も幸せな一時でした」
「そうか、ありがとう。貴方とはまだ話していなかったかな。いやすまない、なんせ昨日は入れ替わり立ち代わり色んな人がきていたので、正直あまりハッキリとは覚えていないんだ」
するとガーランドはにこりと人懐っこく笑った。
「それはそうでしょう。ですがシェリア様と話した方々はみな良い顔をしておりましたよ。また訪れる事を切に願っております」
「そうだな。是非また訪れたい」
そう言いながら私達は馬車に乗ると、護衛の騎馬隊四機に囲まれて森の入口へと走り出した。
ロンデン側から森に入り、ややしばらく歩いたところで私達は休憩をとった。行くまでは先がわからなかったので不安で仕方なく、一体どこまで続くのだろうかと心配だった。けれど帰り道は見知った場所もあるので、今がどの辺なのかわかる。
「それにしてもシェリア様、ちょっと疑問があるんですけど」
「どうしたマスカル?」
手頃な木の根元に腰かけて休んでいると、マスカルが声をかけてきた。
「いや、昨日のロンデン側との取引なんですけど。ロンデン側は軍事交流という名の見回りじゃないですか。まぁ、土木や鉱山開発の技術提供もありますけど。でも対してうちからは農作物、麦酒、採掘した鉄などの鉱石、農業の技術提供とかたくさん提供するって言ってましたよね。それって外交的に負けなんじゃないんですか?」
マスカルの言いたい事はよくわかる。確かに与えるものに比べて受けるものが少なく思えるだろう。傍目から見れば土下座外交と思われても仕方ないかもしれない。
「マスカル様、今回の外交は大勝なんですよ」
すると私の隣にいたルミナがにこりと笑いながらそう言ったので、私も大きくうなずく。
「どういう事です? 俺にもわかるよう説明してくれますか」
マスカルの言葉に護衛兵達もうなずく。私はルミナに目を遣り、回答をうながすようにする。
「今回の外交の目的はロンデン側との軍事交流以上に、マドラック領からの街道の行き止まりだったルクレスト領がロンデン領と繋がった事による交易の拡大です」
ちらとルミナが私の方を見る。私はその回答に満足してうなずくと、再びルミナがマスカルへと目を向けた。
「今まではマドラック側から道を閉ざされれば、ルクレスト領は交易できなくなりました。けれどロンデン側と繋がればそちらから交易ができますし、人も増えます。互いに珍しい物を売買できるため、行商人もたくさん来るでしょう。結果、財政も潤ってきます」
「そうなれば今までできなかった事ができるようになる」
私が口を開くと、みな一斉に注目してくれた。
「またロンデン領は見た所畑も痩せていて、食糧事情が苦しいはずだ。そんな中では麦酒はもちろん、酒も造れないだろう。だからきっと、特産品の麦酒は売れる。このために私は麦酒の開発を進めたといっても過言じゃない」
「そうだったんですか。てっきり俺達を楽しませるだけかと」
いたずらっぽくマスカルが笑うと、私もにまりと笑う。
「もちろんそれもある。やはり酒は領民の息抜きになるからな。ただ、それを売ればきっと大儲けできるとも考えていた。だがマドラック側に売ろうとしても難しいだろう。色々あるからな。だからこそ、ロンデン領なのだ」
みなが色々の部分を察し、苦笑しながらうなずく。この辺りはよく事情をわかってくれているから説明も楽だ。
「それに我が方はどうしても兵士が少ない。領地の大きさに対して現状、全てを常に視察できているわけじゃない。だからこそロンデン側から交流という形で視察に来てもらえれば不審者や夜盗による襲撃もかなり抑えられるだろう」
「襲撃があるとどうしても領民の不安は募りますし、何よりシェリア様の行動に大幅な枷が生まれます。ルクレストがここまで発展したのも、シェリア様が直に見回っているのが大きいと思うんです」
「確かになぁ」
マスカルがうなずけば、護衛兵達も一様にそうする。この兵達もただ強いだけじゃない。それなりの教養があるみたいだ。
「マドラック側の鉱山は思っていたよりも開発されていたからな、そこは私の思惑とは違った。でもその技術が入れば採掘に精錬もより進むだろう。兵達の武具だってより良いものになるはずだ」
するとマスカル達から感嘆の声が漏れた。やはり実際、命を預ける身近な物が良くなるとわかれば成果を確認しやすいだろう。
「さて、これから忙しくなるぞ。だが待っているのは良い未来だ」
私がパンと手を叩けば、みな元気良く立ち上がった。そうだ、一刻も早くこの森を抜け、みなに報告しないとならない。そうして一日でも早く、この道を整備するんだ。
それがみなの幸せに繫がり、ひいてはルミナの笑顔にも繋がるのだから。




