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貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます  作者: 砂山 海


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第二十話~ゴルフィン=ロンデンとの会談~

ロンデン家の屋敷はまるで城塞のようだった。華美な装いは無く、壁には武器が並んでいる。

領主ゴルフィンは頭の禿げあがった筋肉質の男で、立派な口ひげをしている。

見た目通り声が大きく、シェリアを歓迎する。

そうして別室にて、二人だけの会談が始まるのだった……。

 翌日、朝食を摂り終えてのんびりしているとノックが鳴り響いた。ルミナが声をあげて要件を聞くと、相手は店主だった。

「もう少ししたらゴルフィン様からのお迎えがあるそうですが、大丈夫そうでしょうか? もし無理ならば私の方から説明させていただきますが」

「問題無い。今支度中だが、すぐに終わらせる」

「わかりました、ありがとうございます。では到着した時、またお声がけさせていただきますね」

 それきり遠ざかる足音。私はゆっくりとルミナに視線を向けると静かに、でも力強くうなずくのが見えた。

「ではシェリア様、支度をしましょう。正装も持ってまいりましたので、御着替えさせていただきます」

 そう言うとルミナは大事に抱えてきた大きなカバンに手をかけた。


 部屋を出てマスカル達と合流し、一階に行くと周囲の裕福そうな宿泊客からの視線が集まるのを感じた。白を基調とした中で青と黒を各所に入れ、落ち着いて引き締まった感じがしているドレス。けれど所々に飾られている金の装飾が優雅さと高貴さを引き出している私のお気に入りの正装。

「いつ見ても素敵です、シェリア様」

「ありがとう。それを素敵に着せてもらえたルミナのおかげだよ」

 宿屋の店主も驚いた顔をしている。それもそうだ、昨日宿に現れた時は汚れていたし地味な厚手のローブ姿だったのだから。

「素敵な宿だった。ここにまた訪れた時には利用させてもらいたい」

「ありがたいお言葉です。それではお迎えの馬車が来ましたので、いってらっしゃいませ」

 丁寧に頭を下げる店主に私も会釈し、マスカルを先頭に宿を出た。大きな赤扉を開けると、冷たい風が流れてくる。私達はそれを受けて顔を引き締め前を見ると、そこには立派な馬車が待っていた。

 二頭立ての大きな馬車はほろも見るからに上等で、御者の身なりも黒で統一された衣装を身につけている。私達は案内されるままに乗り込むと、静かにドアが閉められ馬車が走り出した。

 道は石畳ではないものの、きちんと踏み固められているため揺れが少ない。街中なのでゆったりと進んでいるというのもあるだろう。街並みは賑わっており、もう既に店が開いていたり露店に行商人が荷物を並べているのを領民が物色している。窓から見れば見慣れない商品も多い。

 会談が終われば少し見て回りたいな。そんな事を思いながら、私はゴルフィン殿に何を伝えるべきか今一度頭の中で整理していた。



 その屋敷はまるで城塞だった。みるからに堅牢で、ここに立てこもったとしてもしばらく籠城できるだろう。

 ロンデン家の屋敷に到着すると、護衛兵は外で待たせて中には私とルミナ、そしてマスカルが入る事になった。番兵にそれを伝えて確認してもらうと、快く受け入れてもらえたからだ。

 番兵に案内されて門を二つ抜けて中に入ると、そこはマドラック家とは違い華美な家具や意匠は無いが、壁などに各種武器が並んでおり、正に外敵との最前線というのが見るからに理解できた。ちらとマスカルを見れば、どこか嬉しそうに頬を緩ませている。

「よく来てくれた、ルクレスト領主。初めましてだな、貴殿の父君にはお世話になった」

 そして大広間に入れば、すぐに雷のような大声が響いた。頭の禿げあがった、五十くらいの筋肉質な男。立派な口ひげをたくわえ、大笑いしながら両手を大きく広げていた。

「お初にお目にかかります、ゴルフィン殿。私は現ルクレスト領の領主、シェリア=ルクレストと申します。父が生前お世話になりました」

 けれど私はシャンと背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げて挨拶をした。そこに恐れや威圧を感じさせないように。

「いやぁ、可愛らしいお嬢さんだ。なんとも美人で、父君であるカルザック殿の目に似ている」

 相変わらず大笑いしながらゴルフィン殿がそう褒める。対して私は静かに笑うと、すっとゴルフィン殿の目が冷静になったのを見逃さなかった。

「だが、父君殿よりも食えぬな。わしを前にしてもブレぬ視線に表情。そして送っていただいた書簡に提示されていた要求。まこと面白く、怖ろしい女よ」

 私はその視線を真正面に受けながら、うやうやしく頭を下げた。

「お褒めの言葉、ありがとうございます。ですが明確な否定が無かったので、私どもの意に沿っていただけるものだと思っておりました。今回私がここに参じたのはよりよいお話をしたいからです。そのお時間をいただけると幸いです」

「あぁ、楽しい話をしようじゃないか」

 にやりとゴルフィン殿が笑った。それは歴戦の強者による笑み。だが私はそれを受け流し、同じ目線で立つ。

「こんなところで立ち話もなんだから、あちらの部屋で話そうか。御付きの者達は申し訳ないが、待っていてくれ」

「わかりました」

 私がルミナとマスカルを見ると、丁寧に頭を下げて従順の意を示した。そうして私はゴルフィン殿に案内され、大広間の右手奥の部屋に案内された。

 そこはマドラック家よりも質素だが、全てにおいて重厚だった。煌びやかな装飾は無い、けれど有事に備えてか部屋の中に燃えそうなものはほとんど置いておらず、素材の大多数が石造り。その中で青色の絨毯と木製のテーブル、そして椅子だけが意匠の凝ったものだった。

「長旅、さぞや疲れただろう。まぁ座ってくれ」

「ありがとうございます。そして昨日は素敵な宿を手配していただき、みな感謝しておりました」

 一礼してから私が座れば、ゴルフィン殿も続いて向かい合うように座った。

「それにしても」

 口ひげを撫でながらじっと私を見るその眼は実に楽し気だ。

「まさかあの森を越えてくるとは思わなかった。何故そこまでしたのか、まずは教えてくれないか?」

 私は静かに膝の上で手を組み、笑みを崩さない。

「理由は単純です。私達の領地は王国の北西にあり、周囲を鬱蒼とした森と山に囲まれております。そのため、交易路はマドラック領との道しかありません。だから別の道が欲しかったのです」

「それでもあの森はさすがのわしも越えようとは思わなかったぞ。確かに以前調査しようとしたが、あまりにも険しいから断念したくらいだ。そしてあそこからは誰一人として侵入者が無いだろうと結論付けていた」

 にやりとゴルフィン殿が笑った。

「それをシェリア殿は越えてきた。最初報告を聞いた時、にわかには信じられなかったぞ」

「それこそが私の覚悟の現れだと思っていただきたいです」

 それを聞きゴルフィン殿が笑い声をあげたが、すぐにまた視線を合わせてきた。

「さて、もう一つ質問なのだがどうして我が領を選んだのだ? 道を作るなら直接王都への道だって貴女ならばやれたんじゃないのかね?」

 私は微笑みながらゆっくりと首を横に振る。

「いえ、それは無理でしょう。我が領地から王都までは険しい山が連なっており、予想される道のりだけでここへ開通させた道の何倍もの労力や日数が必要なのです。それに、私は父が健在の時からゴルフィン領への開通を夢見ていたのです」

「その理由は?」

 腕組みをし、試すような視線を向けてくる。私はその眼差しから逃げず、しっかりと受け止めた。

「互いの利のためです」

「ほぉ、利とな。まぁ確かに書簡にも書いてはあったが、今一度それをわしに説明してくれないかね?」

「もちろんです」

 小さく頭を下げると、私は咳払いをした。

「ロンデン領は古くから外敵の盾となり矛となり、王都を守っております。ですので軍事に関する技術や知識などは他の領地よりも優れているでしょう。それに伴い鉱山の開発による精錬技術、土木技術などは私も少し拝見しましたが立派なものです」

 褒められているからか、ゴルフィン殿は満足そうにうなずいている。


 だが、ここからだ。


「けれどその代わり、内政が幾分か弱いのではないかと思っておりました。つまりは田畑に関する治水技術、農作技術などです。ここに来るまでに田畑も見させてもらいましたが、正直我が領に比べてその技術はかなり下でしょう」

 ぴくりとゴルフィン殿の眉が動いた。だが私は気にせず続ける。

「けれどそれは仕方のない事だと思います。中心部を高い壁で覆った城塞都市、つまり外敵はその手前まで襲い掛かってきた事があるとお見受けしますが、いかがでしょう?」

「そうだな、確かに頻繁にではないが去年もそういう事があった」

 忌々し気な思い出を噛みしめながら、ゴルフィン殿が苛立ったように息を吐く。

「そうした外敵に荒らされるため、作物を作るに作れない状況であると私は考えております。何よりそこに投資しても、すぐに荒らされるから見返りも少ない。ロンデン領は海に接しているみたいですが、漁業の方も同じなのでは?」

 ゴルフィン殿は難しい顔をして腕組みしながら、鼻から大きな息を吐いた。

「シェリア殿の言う通りだ。わしもそこを何とかしようとしたが、襲撃より駄目にされる。領民もやってはいるが、なかなか上手くはいっていないのが現状だ」

「ロンデン領の急所は食糧問題だと思うのですが、どうでしょう」

 するとゴルフィン殿は苦笑いしながら自身の頭を撫でた。

「わしは正直、貴女を軽んじていた。だがここに来るなりわしに怯みもせず我が領の弱点をすぐに指摘してきた者はいない。確かにシェリア殿の言う通り、そうなのだ。王都から支援はしてもらっているものの、とても足りないからな」

「ですから我が領から食料とその技術を差し出したいのです。ルクレストは外敵からの襲撃が無いので、田畑を拡大し食料はかなりある状態です。主に麦、根菜など日持ちする作物が多いです」

「……見返りに何を求める?」

 じろりとゴルフィン殿が私を強く見る。けれど私は涼しい顔で微笑んだ。

「鉱山開発の技術、精錬技術、そして土木技術は必須ですね。これらは書簡でも述べた通り、我が領でロンデン領と引けを取らないほどの鉄の生産ができればそちらに卸します。当然、他の領地では比べ物にならないくらい安く」

「それでは我が方が利するばかりだが?」

「はい。ですからまだあります」

 私は身体を前に乗り出し、ゴルフィン殿との距離を詰めた。

「軍事交流です」

「ほぉ、軍事交流とな?」

 目を輝かせ、実に面白いと言わんばかりの顔でゴルフィン殿も身体を前に乗り出してきた。

「えぇ。我が領は天然の要害故、外部からの侵略がずっと無かった地域です。たまに夜盗などの賊や獣を相手にする程度。ですので兵はロンデン領に比べ脆弱かつ、知識もありません。努力はしているものの、到底ロンデン兵には及ばないでしょう」

「だが御付きの彼はなかなか良さそうだったぞ」

「彼は特別です。ただ彼のレベルにはみな程遠いのです」

 ふむとゴルフィン殿が腕組みをし、私をじっと見る。そうして少し考えてから、何やら面白そうに口元を歪めた。

「シェリア殿、ルクレスト領は外敵の侵入を許さない天然の要害だと言ってたな。ならば何故、軍事力を欲する? それこそ説明がつかないではないか」

 楽し気に笑うゴルフィン殿を見て、私も嬉しくなった。なるほど、この男は見た目によらず観察眼や推理力も高いみたいだ。

「素晴らしい知見をお持ちの様で」

 けれどゴルフィン殿はいたずらっぽく笑い、大きく手を横に振った。

「あぁ、もういい。そういう建前は捨てよう。わしは貴女を認める、だから腹を割って話そうじゃないかシェリア殿。今からここは他言無用の場だ」

「そうですか。ならば遠慮なく」

 きっと私達は同じような笑顔を浮かべていたに違いない。

「ゴルフィン殿はマドラック家を知っていますか?」

「あぁ、もちろん。当主のジャイカ殿は何度も会っている」

「どう思われます? 忌憚なき意見をお聞かせください」

 するとゴルフィン殿が苦笑しながら口ひげを撫でた。

「商才あれど、信頼できない奴かな。話していてもはいはい言うんだが、あいつぁ腹黒いだろうな。雰囲気からわかる」

「私はそのマドラック家から求婚を受けているのです」

 ゴルフィン殿の眉根が寄った。

「正確にはその息子のカリル=マドラックからです。父が亡くなり私が領主となって間もない頃、結婚しないかと書簡が届いたのです。ですがそれは明かな領地乗っ取り計画。実際に何度も私は命を狙われました。その証拠も掴んでいます。でも、何もできない」

「何故だ? そんなにもルクレストの兵は脆弱なのか?」

 憤ったゴルフィン殿の声は大きく、まるで落雷の様だった。

「そうです。私達には王都の伝手も無く、告発しても握り潰される。また領同士での争いをご法度ですが、軍事力による無言の圧力で領土の縮小はありえる話です。そして情けない話ですが、私の命を狙われようが理不尽な要求を突きつけられようが、この先は意にそぐわないとならないでしょう」

 苛立ち気味にゴルフィン殿が鼻息を荒くする。

「情けない」

「えぇ、仰る通りです。ですからロンデンとの軍事交流によって我が兵を強くしたいのです。それは結果的にロンデン領のためにもなるのです」

「我が方のためになると?」

「そうです。外敵からの襲撃において後方支援はもちろんの事、有事においても我が方から兵を派遣できるようになれば安泰でしょう。兵を交代させれば連戦も出来る。それは王国のためにもなるので、何かしらの監査が入ったとしても問題無いでしょう」

 私はここもロンデン領の急所だと考えている。つまり幾らロンデンの兵が強くても戦闘が繰り返し起これば兵も領地も疲弊するからだ。王都からの派兵もあるだろうが、ルクレスト側からも支援があれば楽になるだろう。

「……確かにな。ただそのためには街道を整備しないと話にならないだろう」

「えぇ、ですのでそれは共同事業としてご提案します。そしてその道が完成した暁にはそちらにとって更なる『良い事』が生まれると断言しましょう」

「ほぉ、何だねその『良い事』とは?」

 面白そうにゴルフィン殿が口元をにやつかせ、私を見てくる。私も同じような表情をし、右手でグラスを傾けるような仕草をした。

「我が方の特産物に麦酒があります。その麦酒、麦の増産に成功しているので結構な量をそちらに卸せるのですが、いかがでしょう?」

「麦酒か、それはいい。時にシェリア殿、実物はあるかね?」

 目を輝かせ、ゴルフィン殿が前のめりになる。けれど私は小さく笑い、首を横に振る。

「いいえ、今はありません。何せ初めてこの地を訪れたのですから、そこまでの余力は残念ながらありませんでした。けれど、我が領では評判ですよ。葡萄酒も今後、改良を重ねる予定です。醸造所も増産体制に入らせていますから、道さえできれば幾らでも」

 するとゴルフィン殿は大笑いし、膝を叩いた。

「あっはっは、それならなおさら早急に街道を整備しないとならないな。そこまで言う麦酒、早く飲んでみたいものだ」

「ではゴルフィン殿」

 私が顔を寄せると、笑顔のまま鋭い目でうなずいた。

「あぁ、そちらの提案を飲もう。交易の開始、街道整備、軍事交流、いやもっと官民共に深い繫がりを作り、共に発展していこうじゃないか」

「ありがとうございます」

 私はテーブルに頭がつきそうなほど下げた。そしてこっそり、右手を握る。そうしてゆっくり顔を上げると、ゴルフィン殿は朗らかな顔つきになっていた。

「いやしかし、素晴らしいな。わしはさっきも言ったが、正直侮っていた。二十も三十も下の若い娘が何を言おうが、聞き流そうと思っていたくらいだ。だが、それは間違いだった。こんなにも素晴らしい話し合いができるとはな」

「雰囲気で察していました。ですがロンデン領は我が王国の要。単に勇猛なだけではないと思っておりましたから、互いの利を説けばわかってくれると信じていましたので」

「いや、本当にまいった。時にシェリア殿」

 そう言いながらゴルフィン殿が含みある笑みを浮かべた。

「たくさん話して喉が渇いてないか? これから一席設けるので、よかったらくつろいでもらいたい。無論、お供の者達も全員だ。そちらの麦酒には負けるかもしれないが、王都から取り寄せた酒もある。シェリア殿は何がお好きか?」

「私は葡萄酒ですね。麦酒は多少飲めますが、あまり好きではないんですよ」

 それを聞くとゴルフィン殿は目を丸くし、一瞬の間の後で大笑いした。

「特産品が麦酒なのにか? 何とも正直な人だ」

「ですから葡萄酒の開発も進めているんですよ。その時は私好みの味にしてもらうつもりです」

 再度、大笑いが響いた。

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