第十九話~金獅子亭~
ようやくロンデン領に到着したシェリア達。近くにあった詰所に行くと、ロンデン領の中心部まで馬車で運んでもらえた。
道中、ロンデン領の田畑や鉱山などが見える。鉱山採掘の設備の規模に弱気になるルミナ達。
しかしだからこそシェリアには商機が見えた。
やがて馬車は中心部にある、金獅子亭に到着するのだった……。
そこから二日かかり、やっと森を抜けた時には夕暮れ近かった。私達は疲労と汚れで一様に酷い顔をしていたが、森を抜け田畑が見えた時には互いの顔を見回して大いに笑った。
「やった、やっと着いたんだな」
私がコービーを見ると、彼はにかりと笑ってくれた。
「はい。ここからがロンデン領です。あそこに建物があるでしょう、あれがロンデン領主が作ってくれた兵士の詰所です。私は何度も顔を見せているので、まずはあそこに行きましょう」
もう足が棒のようになっていたが、それでもみんな足取りは先程よりも軽くなっていた。私はルミナを見遣ると、疲れた顔をしていたけど私と目が合うなりにこりと笑ってくれた。そうしてコービーの案内で詰所の方へと近付いて行く。
「おや、コービーじゃないか。その団体さんはルクレストからかい?」
詰所に近付くと、ロンデン兵の一人がそう声をかけてきた。コービーは軽く手を挙げ挨拶すると、私達の方を見てから大きくうなずいてみせた。
「なんとこの道をルクレスト領主であるシェリア様が来てくれたんだ。なぁ、もしよければロンデン領主のゴルフィン様に伝えてくれないか? あと、街に行くまでに馬があれば貸して欲しい。俺ら、みんなもうへとへとなんだ」
それを聞いたロンデン兵達は驚き、一斉に私を見る。私は笑顔でうなずくと、精強なるロンデン兵達の顔を見回した。
「私はルクレスト領主のシェリア=ルクレストだ。ロンデン領主のゴルフィン=ロンデン殿に会いに来た。と言ってももう夕暮れ。どこか寝泊まりできる場所があれば教えて欲しい」
「中央の宿まで案内いたします。おい、ケルナーはゴルフィン様の所へ早馬を飛ばせ。ウルガンは馬車の用意を」
兵の一人がテキパキと指示を出す。そうしてすぐに兵が動き出すと、指示を出していた男は丁寧に頭を下げた。
「ようこそロンデン領へ。私はここの詰所を任されているセオーノと申します。長旅お疲れ様でした。すぐに中央まで案内します」
「ありがとう、セオーノ。急に押しかけてきたのにこのような対応、感謝する」
「もったいないお言葉です」
それから程なくして馬車の用意が出来たので、私達はみな乗り込んでロンデン領の中央へと移動させてもらった。普段は当たり前のように使う馬車も、この旅路を乗り越えてから使えばこんなにも便利な物なのかと改めて実感する。
それはきっと、みな同じ思いだった。どこか安心したように疲れ切った顔を緩ませていたからだ。
「シェリア様、ここがロンデン領なのですね。ルクレストとはやっぱり違いますね」
ルミナにも大分苦労をかけてしまった。それでも窓の外を見ては明るい感じで言ってくれるから、思わず胸の奥が熱くなってしまう。
「そうだな。田畑の配置も違うし、作物も違う。あとこの辺は山のふもとらしいから、向こうで鉱山の採掘も行われているみたいだな」
私が指さした先にはやや大きな建物が幾つか建ち並び、大きな炉のようなものが見えた。よく見れば周囲にはたくさんの鉱石が積まれており、まだ働く人々の姿が見える。
「鉱山の開発はうちよりも進んでそうですね」
「そうだろうな。外敵の襲来に備え、自前で精錬できなければ消耗する武具の製造に追いつかないだろうから」
鉱石の採掘、精錬技術はロンデン領の方が一歩も二歩も先を行ってるに違いない。あの建物を見れば私が設備投資して作りたかったものがあるのだから。なるほど、これは少し予想を超えていたな。
「でしたら、なおの事うちの商品は売れるんですかね」
不安げなルミナの質問はマスカルをはじめ他の兵達の視線を集めた。みなどこか視線を落とし、気弱になっている。それもそうだ、先程会った兵達の装備している鎧などは我が領のそれよりも立派だったのだから。
けれど私はだからこそ逆に商機を見出していた。
「案ずるな。そのために私達は今までがんばってきたのだから、必ず成功させてみせる。だから今は私を信じて欲しい」
低く、小さく、だが力強い声でそう言えばみなが目に光を宿してうなずいてくれた。そうだ、この眼だ。私を突き動かす力。もう一度うなずけば、先程よりももっと強くしっかりとみながうなずいてくれた。
「何ですか、あれ?」
ルミナの言葉にみなが窓から外をのぞくと、そこには山を思わせるような城壁がそびえたっていた。石造りの巨大な壁はずうっと続いている。あまりにも圧巻な景色に居ても立ってもいられなくなった私はほろから顔を出し、御者に質問する。
「あの壁はなんだ? どこまで続いているんだ?」
「あれば外敵の侵入を許さない、ロンデンの壁です。あの中に中心部があるんですよ。中に入るには許可証が必要なんですが、心配はいりません」
自慢げにそう答える御者に礼を言うと、私は中に戻りそれを説明した。すると当然みなは驚き、その壁を何度も見遣る。そうしてみなが感嘆の溜息をつく中、私は改めて自分が抱いている商機に自信を得た。
御者が言っていた通り、門の前で彼が二言三言門番に話すとすぐに通してもらえた。パッと見、私の背丈の倍はある門が開けば、その中はすぐに賑やかな声が響いてくる。もう夜だというのに往来に人は溢れ、露天商も活気づいている。屋台も立ち並び、そこかしこで灯りが煌々と燃えていた。
まるで眠らない街。
壁の外と中とでは大きな違いがある。外は鉱山はともかく農地としてはルクレストのそれよりも貧しい感じがした。夕暮れなのに鉱山でまだ働こうとしている労働者も見た。けれど中はまるで常なるお祭り。酔いどれが数人肩を組んでいる姿も見える。
「それにしてもすごいな、この発展ぶりは」
「海洋貿易のおかげもあるかもしれませんよね」
ルミナの発言に納得し、私が言葉を続けようとした時だった。馬の足音が近づいてきたかと思うと、一人の伝令が大声で叫ぶ。
「宿は金獅子亭へ向かうよう、ゴルフィン様からのお達しだ」
そう告げられた馬車は右に曲がり、進んでいく。そう伝えてきた早馬はすぐに去って行くのが馬の足音でわかった。私達はただ為す術もなく、揺られるだけ。
ただ宿名にわずかな期待を寄せながら。
「着きました。お気をつけて降りて下さい」
御者にそう言われて馬車から降りると、それはそれは豪奢な宿だった。レンガ造りのそれは周囲の松明の灯りのおかげでより荘厳に見える。二階建てだが、かなり大きく広そうだ。窓の意匠一つとっても立派で、なんなら私の屋敷よりもずっと凄い。
「さぁ、こちらでございます」
御者に案内されて大きな赤扉を開けると、中は昼間かと見まごうくらい明るかった。燭台の数はもちろん、金製品や銀製品がそこらにあって光を反射しているためだろう。宿泊客はみな静かに過ごしている。見れば身なりも良く、富裕層ばかりなのだろう。
「これは素晴らしい宿だな」
私が感心して周囲を見回していると、すっと中年の男が私の前に現れた。髪の毛をぴっちりと椿油で固めた、なんとも顔の濃い男だ。
「ありがとうございます。私、店主のリュックと申します。ゴルフィン様からお話は聞いております。この度はよくおいで下さいました、シェリア=ルクレスト様」
「歓迎感謝する。それにしても実に素晴らしい宿だ。それで私達はどこの部屋を使って良いのか教えてくれないか?」
「はい。私がご案内いたします」
そう言うと私達は二階に案内された。吹き抜けとなっているため、中央部分からは階下が見える。周囲をぐるりと囲う木製の柵もきめ細かい細工がされており、見る限りどこにも手が抜かれていない。
そうして二階の左奥の部屋に案内されると店主が右手を差し出して部屋を紹介した。
「こちらがシェリア様のお部屋となります。御付きの方もご一緒ですかね?」
ちらと店主がルミナに目を遣ると、私は微笑みながらうなずく。
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
「かしこまりました。では男性のみなさまはこちらの部屋にどうぞ」
マスカル達は隣の部屋を示された。これならば何かあっても近くにいるから安心だろう。
「お食事は後でお部屋にお持ちいたします。ではごゆっくり。何かあれば何なりとお申し付けくださいませ」
丁寧に深々と頭を下げた店主はにこやかな笑顔と共に去って行った。私はルミナとマスカルを交互に見て、労をねぎらうよう目を細める。
「今日はよく頑張ってくれた。ゆっくり休んでくれ」
「わかりました」
そう言ってから私は部屋のドアを開けると、思わず立ち止まってしまった。
部屋は赤い絨毯に白い壁、金細工を施した調度品、そして部屋の中央には燭台の光を反射させるためのシャンデリアが飾られていた。その下にはローテーブルに四脚の座り心地の良さそうな椅子。左奥には天蓋付きの大きなベッドがある。寝具は全て輝くように白く、見るからにふわふわとしていて気持ち良さそうだ。
きっとここは要人のための宿なのかもしれない。
「シェリア様、あれお風呂じゃないですか?」
ルミナの驚きに私が目を遣ると右手の奥にドアがあり、その近くには脱衣所で使うカゴなどが置かれていた。私は興味津々でそのドアに近付いて開けると、中からむわっとした蒸気が溢れる。
「本当だ……お風呂だ。お湯があの管から流れ、絶え間なく浴槽に流れている」
中央には浴槽が置かれてあり、その傍にある鉄の管から湯気だったお湯が流れていた。なみなみになっている浴槽から溢れたお湯は地面にある穴に吸い込まれ消えている。こんな技術はルクレストには無い。
「凄いですね。夢でもこんなに素晴らしい場所は見た事無いですよ」
「あぁ、そうだな。これは凄い……マドラックよりもずっとだ」
ルミナの目が輝いているが、きっとそれは私も同じだろう。宿の室内に風呂がある所はままあるが、それは大抵お湯を運んで入れるもの。こんな風にお湯が流れ込んでくるのは見た事が無い。
「シェリア様、ベッドも見てみたいです」
「あぁ、そうだな」
ルミナがそこのドアを閉めると、私達はベッドの方へ歩み寄る。その布団に手を差し込んで持ってみれば軽く、柔らかい。鳥の羽根を使っているのだろう。それを覆う生地も上等なもので、良質な絹を使っているに違いない。敷かれてある布も同じような素材、だけど柔らかく温かい。
「えー、こんなの初めて触りました。気持ち良いですね」
「あぁ、こんなにも上等な物は私も知らない。貿易のおかげなのか、それともロンデンならではの技術なのかわからないけど」
あぁ、ここで寝たらどんなに幸せなのだろうか。いやそれよりも、あのお風呂に入ってみたい。あのように湯が湧き続けるお風呂なんか入ったら、気持ち良すぎて出られないんじゃないだろうか。
「シェリア様、お風呂入りますか? まずはサッパリしたいですよね」
「あぁ、そうだな。長旅の汚れを落としたい。でも」
私はじっとルミナを見詰める。その視線の意味に気付いたのか、ルミナは頬を染めて苦笑しながらうつむいた。
「一緒に入れないかな?」
「これからご飯届けるって言ってたから、駄目。それに今は一人でゆっくり入った方がいいよ。二人じゃ狭いから」
私はすっとルミナを抱き寄せる。
「ならこうして、くっつけばいいよ。食事の声があったら、後で運ばせればいい」
「でもそれじゃあ、お料理冷めちゃう」
「料理もだけど、それより私はルミナとの愛を冷ましたくないんだけど」
ルミナはもう耳をこれ以上無いくらいに真っ赤にさせ、うつむいた。




