第十八話~出発、ロンデン領へ~
シェリアはルミナやマスカル達を従え、ロンデン領へと向かうべく森の中に入っていった。
以前より整備されているとはいえ、ほとんど獣道。凹凸も多く、歩きにくい。
それでもシェリア達は懸命に進む、明日の未来のために……。
宣言通り、あの会議から三日後に私達はロンデン領へ向けて出発した。
私の他にはルミナ、マスカル、精鋭の護衛が四名、そして先遣隊の一人であるコービーという男。実際にロンデン領への道は出来ているものの、どこに注意すればいいというのはやはり行き来した者じゃないとわからないだろう。
「この先はしばらくこんな感じなのか?」
南の森に入ると私はすぐにコービーに話しかけた。すると彼は緊張しながらも歯を見せて、人懐っこくうなずいてくれた。
「はい、しばらく森ですね。この辺は硬い木が多く、伐採が思うように進んでいないんです。ですが藪をかなり払ったので、多少見通しは良くなっているはずです」
確かに以前視察に来た時より、森が明るく見える。以前はもっと鬱蒼としていて森の手前でもその先は闇のように感じていたのだが、今見ると木漏れ日が所々差し込んでいた。
「この辺りの危険は獣か?」
「そうですね、以前は野犬が多かったです。ですが群れを幾つか駆除しましたので、最近はあまり襲ってこないですね。あまり楽観視はできませんが、見通しの良さもあって不意に襲われる事は減りましたね」
道は獣道を少し広くした、踏み固められただけの道。凹凸も多く、馬に乗れば枝にも当たるだろう。これはまた本格的に整備しないと、活発な交流は望めないな。
「ロンデン領までは今、この行軍速度だとどのくらいで行ける?」
「二日半ってとこですかね。以前ならもっとかかったんですが、ロンデンからの技術者が橋を架けたりしてくれたので、かなり短縮されています。まだまだ先ですが、吊り橋を見たらビックリしますよ」
「そうか、楽しみだな」
かなり藪を払ったとは言え、まだ先はずっと森のまま。私もルミナも自分の荷物はある程度背負っているが、大半は兵が背負ってくれている。本当は全部持つと言われたのだが、さすがにそれは申し訳無いと二人で固辞したのだった。
朝方森に入り、日が高くなってきた頃ルミナが辛そうになってきたのが気になった私は前を歩いているコービーの肩を軽く叩いた。慌てて振り返ったコービーに私は周囲を見回してから彼に笑いかける。
「この辺でどこか休める場所はあるか?」
「そうですね、吊り橋前の宿場まではまだ距離がありますね。となるとえぇと……あ、そうだ。この先もう少しだけ行ったところに少し開けた所があるんですよ。そこなら一息つけますね」
私はそれを聞き、ルミナの方へ目を向けた。すると彼女は小さく微笑みながら「大丈夫」と言わんばかりに小さく手を握ってみせた。
「ルミナ様、疲れたんなら言って下さいよ。何のために俺らがいると思ってるんですか?」
するとにゅっとマスカルが私とルミナの間に顔を向け、にかりと白い歯を見せて笑ってみせた。私もルミナもその言葉の真意を探っていると、マスカルがルミナに近付いたかと思うが早いか手にしていた槍を護衛兵に投げ渡してから、ひょいっとルミナをお姫様抱っこのような形ですくい上げた。
「わわっ、マスカル様、何を?」
「なぁに、疲れたんなら無理しないで言って下さいよ。おんぶでもいいんですけど、背中に荷物あるから難しいかなって」
「でも重いですから、私。大丈夫です、歩けますから」
けれどマスカルは高らかに笑い、ルミナの心配を吹き飛ばす。
「いやー、ルミナ様軽すぎですよ。鍛錬にもなりませんよ、こんなの。だからなーんにも気にしないで下さい。あっ、シェリア様も疲れたなら担ぎますよ。何ならコイツら体力だけは有り余っているんで」
「私は大丈夫だ。でもルミナはそうしてもらえ」
「そんなー、シェリア様。恥ずかしいですよ、これ」
ルミナが身体を小さく丸め、顔を見られないようマスカルの方を向く。けれど耳の赤さは隠しきれない。その様子は私のみならず、マスカルもコービーも護衛兵もにやけそうになる微笑みを共有させるには十分過ぎた。
可愛いなぁ。
普段ならその姿を見せたくなくて、見る相手に敵意を抱く私でも今回ばかりはみなと共有したかった。そんな独占欲などどうでもよくなるほど、ただただルミナが可愛すぎたのが悪いのだから。
日が傾き薄暗い森に怖さが漂い始めた頃、ようやく吊り橋前の宿場に辿り着いた。確かに宿場のすぐ近くに、向こう岸へと渡れるそれなりに立派な吊り橋がかかっている。
ここは多少切り拓いて整備されているから小さな宿場が建っているものの、初めてここに辿り着いた時にはきっといきなり崖があったのだろう。死者も出たに違いない。
「やっと着きましたね。今日はここで一泊しましょうか」
マスカルがそう言うと、ゆっくりとルミナを下ろした。幾らルミナが太っていないとはいえ、ほぼずっと抱えながらマスカルは歩き通したのだ。私はその力強さに驚いていると、ずっと抱えられていたからか降り立ったルミナがふらついた。
「大丈夫か?」
とっさに私は抱き締めると、ルミナは驚いた顔をしながら耳を赤くさせてうつむいた。
「すみません、ありがとうございます」
「いや、いい。中に入って少し休んでいるといい。私は少しこの辺を見たい。マスカル、コービー、疲れているだろうけど少し付き合ってくれ」
「もちろんです」
うなずく二人に私は笑い、周囲を気にしながら歩き出した。
「コービー、この辺は橋が無ければずっと崖なのか?」
「はい、どちらに行ってもしばらく続いています。ここから西の方に進むルートがあります。東の方ももしかしたら地続きになっている箇所があるかもしれませんが、なんせ木々がここより密集しているので切り拓くのは無理だと判断しました」
吊り橋の手前は少し切り拓いているため、宿場に入れない者も野宿できるようにはなっている。そして崖の下はその昔は川があったのかもしれないが、今は枯れているのか荒れ地が見えるだけ。そしてその崖は落ちれば間違いなく死ぬか動けなくなるくらいの高さがある。
「西のルートを通った場合、どのくらいで向こう側に着ける?」
「一日はかかりますね。道も悪いですし、そもそもかなり歩かないと繋がっている場所に出られないんです。だからこの吊り橋は大したもんですよ、大幅に時間が短縮できますからね」
改めてその吊り橋に目を向ける。人二人は行き交える幅があり、私の腕くらいの太さの綱が張っている。足場の板材はこの辺の硬い木を利用したのだろう。また落ちないようにしっかりと両脇には木と綱で手すりが作られている。
それでも、渡るには度胸がいるだろう。
向こう岸まで歩数にして三十歩くらいだろうか。それでもこういう橋を渡った事が無いから、何とも言えない恐怖が湧き上がる。
「それにしても、ロンデンの人達は凄いですよね。五日間で作ったみたいですから」
「五日でこの橋を?」
何気なく言ったコービーの言葉に私は目を丸くする。こんな立派な橋を五日で作ったというのか。一体どんな技術を使ったのだろうか。
「私もさすがにずっと見ていなかったんですが、見回りの度にみるみる出来ていきましてね。いやぁ、すごかったですよ。さすがです。やっぱりロンデンって高い技術力があるんでしょうね」
この土木技術があれば農業にも防衛にも何にでも応用できる。私はもう胸の高まりが収まらなくなり、吊り橋に近付くとその支柱を触った。近付いて見れば、更に仕事の丁寧さもよくわかる。木は腐らないよう軽く焼いているが、これは防虫と防水の効果があるものだと本で読んだ。
また綱の通し方や結び方もあまり見た事が無いものだった。私は少し強く叩くけど、当然ながらびくともしない。
「その吊り橋にそこまで目を輝かせる女の人なんか初めて見たよ」
背後から声がしたので振り向けば、禿げ頭にあごひげ豊かな初老の男性が立っていた。彼がゆっくり近づいてきたので、マスカルが自然と間に入る。すると男は苦笑いを浮かべながら両手を挙げた。
「なんもしねぇって。ただ、俺らが作った橋をそんなに綺麗な目で見てたからつい気になったんだよ」
「そうか、貴方がこの橋を作ったロンデンの技術者なのだな。申し遅れた、私はルクレスト領の領主シェリア=ルクレスト。全ての領民を代表し、感謝したい」
私は嬉しくなってにこやかに頭を下げると、男は驚いたように私をじっと見詰めていた。
「あぁ、領主様だったんですかい。それは失礼しました。私はロンデンの領主様に頼まれてこの橋を建設した一人のヨハンって言います。それにしても」
男はそこで言葉を切ると、私と橋を交互に見てきた。
「先程からじっくり見ていましたが、なんか楽しそうにしていたんでつい声をかけてしまいました。嬉しくなってしまって」
「素晴らしい技術だからな、見惚れてしまったよ。ちなみにロンデン領ではこの技術は特別なものなのか? それとも一般的な技術なのか?」
男は誇らしそうに笑うと、腕組みをして見せる。
「一般的ですね。まぁ、このレベルのものは私どものチームじゃないと作れませんがね」
「へぇ、それは素晴らしい。ではもし、ここに馬も通れるような立派な橋を作るとなると、どのくらいかかりそうだ?」
あごひげを撫でながら男はしばらく考え込み、周囲の地形に目を配る。
「そうですねぇ、半月は欲しいですね」
「半月でか? それは頼もしい。是非ロンデン領主に会えたら、その旨を伝えておこう。ヨハン、何と言えば領主に伝わる?」
私は興奮を隠しきれず、笑みを浮かべたまま一歩前に出た。
「南町のヨハン組と言えばわかってくれると思います。領主様の仕事も何度も請け負っていますからね」
「ではその時がきたら頼む。最高の橋を架けて欲しい。それがロンデンとルクレストの関係そのものになるだろうから」
「そんなやり甲斐のある仕事、任せてくれるなら全力でやりますよ」
私がサッと手を出すと、相手は少し驚いたように目を丸くした。けれどすぐ、柔らかな微笑みと共に握手を交わした。さすがは職人の手、ぶ厚くてゴツゴツしている。けれどそれこそが信頼できるものなのだろう。
吊り橋前の宿場で一泊すると、再びロンデン領を目指して歩き始めた。
あの橋を初めて渡った時の事はあまり思い出したくない。先頭をコービー、続いてマスカル、私、ルミナ、護衛兵と続いたのだが、あんなにも揺れるとは思っていなかった。歩けば揺れ、風が吹いても揺れ、がっちりと手すりの綱を握りながら歩いていた。
「シェリア様、下……下見えてますけど……」
「見るなルミナ。あと言わないでくれ」
たかだか三十歩ほどの距離なのに、それは酷く遠く感じた。さすがのマスカルも少し驚きながら歩いていたが、コービーは何度も行き来しているからか平気そうにしている。
私はもう必死に足を前に進めながら、早急に馬も通れる橋を作ろうと考えていた。
それからまた森の中を進み、再び吊り橋を越える。今度は先程よりも短かったし、一度渡って慣れたからか最初の時よりは騒がなかった。それでもコービー以外は歩き始めの幼児のようにそろそろと歩くのが印象的だった。
途中少し開けた丘の上に出ると、一休みする。ロンデン領の方を見るが、まだ森が続いていて終わりが見えない。それもそうだ、計算上はまだ一日半はあるのだから。
「コービー、この先はどうなっている? ずっと森の中なのか?」
「そうですね。ただ木の感じがそれまでと違っていて、あまり密集していないんですよ。ですので多少は歩きやすいと思います」
「次の宿場はあるのか?」
「えぇ、あります。シェリア様がこの道を作る時に必ずと言っていたので、この丘を下りてもう少し行った先にありますよ。そこは小川もあるので水には困りません」
陽は南天から少し傾きつつあった。森の中を進む事を考えると、あまりここでのんびりもしていられないだろう。道があると言っても、所詮まだ獣道のようなもの。暗くなればどこがそうなのかわからなくなってしまう恐れがあった。
「よし、行こう」
そう言うと私達は立ち上がり、再び進み始めた。




