第十六話~ロンデン領への道~
夏のある日、シェリアが領地を視察していると早馬が飛んできた。
「ロンデン領への道が完成しました!」
その報告にシェリアは喜び、すぐに先遣隊を屋敷に呼んで執務室で会議を開く。
そしてシェリアは先遣隊の一人から報告を受けるのだった……。
「報告でございます。シェリア様、ロンデン領への道が完成いたしました!」
私が護衛の兵三名と共に日課である領内の視察をしていると、早馬が飛んできた。伝令兵は息を切らしながら、でも目を輝かせ私を見ている。私はその報告を一瞬理解できなかったが、やがて頭の中で形になると口角を上げながら片手を握り締めていた。
「そうか! よくやった。後で正式な報告を聞く。グレッグの所へ正式な報告をするように。ちなみに開通した時の様子を話せるか?」
「はい。先遣隊の話によれば鬱蒼とした森の先に徐々に光が見え、藪を切り拓くと人がいたらしいです。そしてここはどの領に属するのか訊けば、ロンデン領だと言ったそうです」
その報告が夏の熱風と共に私を包む。ゾクゾクするほどの喜びに包まれ、どうしても笑顔になってしまう。
やっと、やっと真の意味で道が拓かれたのだ!
「先遣隊からの話を聞けるか?」
「はい、大丈夫です。今は南の詰め所にいるはずですから」
「すぐに屋敷に来るよう伝えてくれ。それと南の開発を行っていた者達に麦酒を樽でふるまうよう手配するように」
「わかりました」
急いで馬を返すと、早馬は再び南へと戻っていった。
「聞いたな。私も屋敷に戻る」
護衛はうなずくと、私と共に屋敷へと馬を進めた。
執務室にいつものメンバーが集まった頃、先遣隊の一人がバーホンと共に現れた。四十過ぎの男はひどく疲れた顔をして緊張していたけど、その眼は達成感で溢れている。兵はバーホンに促され、私とは反対側の下座の席に座った。
「まずはロンデン領への道の開発、ご苦労だった。その報告を詳細に聞かせて欲しい。まずロンデン領には何日くらいかかる?」
「はい。まずロンデン領から南の開墾地へ戻るのに四日かかりました。それは道が未整備かつ途中に深い谷があったり川があったりするためです。ですがやがて橋をかけたりすればもう少し日数は短縮できると思います」
確かに以前の報告ではとりあえず行けるだけの道を作っているとの報告だった。だから今回も整備すれば、もっと行きやすくなるだろう。
「ロンデン領の者とは話せたか?」
「はい。まずはそこの農民に話し、近くの兵士に会わせてもらいました。そして身分を告げ、ルクレスト領から来た事を告げると最初は信じてもらえませんでした。けれどシェリア様が事前に用意していただいた書簡を見せると、すぐにロンデン領の屋敷に案内されました」
私はこの時を見据え、先遣隊それぞれに私の書簡を持たせていたのだった。
「そうか、どうだったロンデン領は?」
兵は数瞬目を閉じ、その時の光景と感情を思い出しているようだった。だがすぐに私の方をしっかりと見る。
「いわば、城塞都市でしたね。中心部を大きな塀で囲ってあり、外敵を寄せ付けないようになっていました。あんな立派なのは見た事が無かったです」
「なるほど。それで書簡は然るべき者に渡せたのか?」
「はい。屋敷というか小さな城のような砦のような所に案内され、事情を話して書簡を渡しました。しばらくして、相手方から書簡をいただきました」
そう言うと兵は胸元から一通の書簡を取り出した。バーホンが立ち上がってそれを受け取ると、私の所へ持ってくる。
「なるほど。確かに」
封印のロウの部分には見慣れない模様が押印されていた。きっとロンデン領の印なのだろう。私はそれを今すぐにでも見てみたかったが、兵のいる前ではできないから我慢する。
「その後どのような対応を受けた?」
「その時、私の他に二人先遣隊がいたんですけど、宿を用意してくれました。上等な宿でした。帰りに食料と水を持たされ、好意的な感じで送り出されましたね」
感触は悪くなさそうだ。
「ご苦労。とりあえずここまでにしよう。また話を聞きたくなった時に呼びたてるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
「もちろんです、シェリア様」
兵が深々と頭を下げ、立ち上がろうとした時だった。
「そういえば名を何と申す? 教えてくれないか?」
「はい、ロベルトと言います」
「ありがとう。ロベルト、今より南の詰所の所長とする。今後そこを指揮し、周囲の安全確保やロンデン領への街道整備を任せる。いいな、グレッグ」
私はグレッグの方を見ると、満足そうにうなずき返してくれた。
「はい、彼なら申し分ありません」
グレッグからの言葉にロベルトは驚きつつも、立ち上がって深々と頭を下げた。
「早速だがロベルト、一仕事してもらう。先程早馬の者にも伝えたが、麦酒の樽を三つ用意して宴会を開け。南の開発に関わっている者を集めてな。あぁ、当然だけど兵は交互に飲むようにな」
私がにまっと口角をあげると、ロベルトが勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます。すぐに手配いたします。それでは失礼致しました」
もう一度全員に頭を下げると、ロベルトはすぐに執務室から出て行った。そして彼がいなくなり、いつものメンバーになると私は先程の書簡を手にする。近くにあったナイフで開封すると、中に入っていた便箋を広げた。
『新領主であるシェリア=ルクレスト様へ
突然の来訪、率直に言えば非常に驚かされました。まさかあの森を突破してくるとは夢にも思わなかったからです。
お手紙拝見させていただきました。そこに書かれていた提案は我が方としても非常に魅力的なもので、興味を惹かれます。是非これを機会に懇意にしていただけると幸いです。
道は拓かれました、我々の未来もまた拓かれるでしょう。
更なる交流、お待ちしております。
ゴルフィン=ロンデン』
私達はそれを読み終えると、互いの顔を見回した。それはこれを素直に喜んでいいものなのか、それとも裏があるのかとの疑心暗鬼。私は腕組みをし、もう一度じっとその手紙に目を落とす。
「シェリア様、一つ質問がございます」
少しの沈黙の後、最初に口を開いたのはバーホンだった。私は発言の続きをうながすように小さくうなずく。
「先方にお渡しした書簡にはどのような事を?」
これは誰にも相談せずに独自で書いたから、内容は私以外知らない。だからバーホン達の疑問はもっともだった。
「あぁ、別に普通の事だ。まずは新領主になった事の挨拶、そしてこの街道が整備されればお互いに物資の行き来もできるから発展するだろうという事をしたためた」
私はそこで言葉を区切る。そしてみなを一瞥してから続けた。
「そして交易が成された暁には我が領からの物資の援助を惜しまないと。いわばそちらの後方支援基地になるとも」
そう言うと全員がどよめいた。
「シェリア様、それがどのような意味はおわかりですよね?」
サイルード先生が身を乗り出し、唾を飛ばす。私は苦笑しつつ、大きくうなずいた。
「もちろんです、先生。そもそもロンデン領は外敵の侵入をよく受ける地なのは私も知っています。ですから内政、特に治水事業にはおろそかだろうと考えたのです。対して我が領は天然の要害故に多くの田畑がある。それを餌に相手からの要求を引き出そうと思っているのです」
「……その要求とは?」
「軍事同盟です」
再び執務室がざわついた。とりわけグレッグが大きく驚いている。
「いや、そこまで本格的なものにするとは考えていません。ただ、長年鍛えられた兵や外敵への対抗手段は我々よりも遥かに優れている事でしょう。私はそれを得たいのです。そうでなければ、我が方の軍事力は兵を増やしたところで烏合の衆になるだけでしょうから」
「シェリア様」
グレッグが立ち上がる、その眼に怒りを宿して。侮辱だと思われたのかもしれない。だからこそ私も強い眼差しを返した。
「グレッグ、今一つ問おう。正直に答えてくれ。我が領の軍事力でマドラック領の兵に勝てるか? 実戦経験がほぼ無く、装備も貧弱で人数も劣っている我が方が本当に勝てるものなのか?」
するとグレッグは眉間にしわを寄せ、苦々し気に首を横に振る。
「いえ、勝てません。マリノ川を挟んでの防衛戦では五分かもしれませんが、その他では無理です。ましてや攻めるなど……」
肩を落とし沈痛な表情のままうながれるグレッグに私は胸を痛める。
「そうだ、それが正しい分析だろう。だが私はお前を責めているわけではない、それはわかって欲しい。むしろこんな状況の中、よくやってくれていると誇りに思っている」
「……ありがとうございます」
けれどグレッグ自身納得がいっていないのか、拳を強く握るのが見て取れた。
「話を戻そう。我が領は足りないものが多い。だからこそ、ロンデン領の武力による協力が必要不可欠なのだ。吹けば飛ぶような領地であるがため、マドラックに舐められ続けている。だからこそ、ロンデン領の武が必要なのだとわかって欲しい」
強くテーブルを叩くと、みな押し黙った。そしてきっと、考えたに違いない。もしも我が方に確たる武力があれば、もっと堂々と渡り合え、悪い証拠も握り潰されないだろうと。そしてそうなってこそ、初めて対等になれるのだと。
「ロンデン領へはしばらく頻繁に交流する。その間、道路開発もしっかり行う。橋を架け道を切り開き、宿場もしっかり作る。そしてある程度道が拓けた時、その時には私が行く」
その宣言に誰も反対する者はいなかった。
虫のオーケストラが夜公演を行っている。蛙がコーラス、時折野鳥の合いの手。そんな賑わいのある外とは裏腹に、書斎は静かにお茶を飲む音が響いていた。
「夏はいい。うるさいと思う時はあるけど寂しくは無いから」
「そうだね、私も好きだよ。冬はどうしても風の音ばかりになっちゃうからさ」
少しだけ開けた窓からは夜の風が流れてくるけど、それでも少し蒸し暑い。虫が入らないようカーテンを二重にしているせいかもしれない。どうしても灯りが見えると、侵入を許してしまうから。
いや、この暑いのに二人より添っているから余計になのかもしれないけど。
「それに今の季節じゃないと、この冷たいお茶も心地良く味わえないし」
「飲み過ぎちゃうんだよね、美味しくて冷たくて気持ち良いから」
今時期に淹れてくれるルミナの冷たい紅茶も私は好きだ。そして氷を保存してくれている氷室番にも感謝が尽きない。
「それにしてもやっとシェリアの念願が叶ったね」
「ロンデン領の事かい? そうだね、長かった……いや、今までのルクレストの歩みに比べればかなり駆け足か。でもこれで、やっと私のしたい事が本格的にできるよ」
うっとりと目を細めれば未来が見える。活発になる交流、新しい技術の交換による技術革新。交易の行き止まりではなく、中間地点になれる事によって更に潤う経済。
そしてルミナの笑顔。
「嬉しそうだね、シェリア」
「あぁ、嬉しいよ。でもこれを成功させるにはなるべく早く私が出向かないとならない。今は馬でなんかとてもじゃないと行けないし、道のりも険しい。それでも行こうかと実は迷っているんだ」
ルミナは驚き目を開きながら私に身体を寄せてきた。私は一口お茶を飲み、じっとルミナを見詰める。その青い瞳が不安で揺れていた。
「まだ危ないんでしょ、ちゃんと道が出来てからの方がいいよ。先遣隊の人は何人も死んだって聞いたから、安全を確保してからじゃないと。シェリアにもし何かあったら、領民みんな困っちゃうよ」
「そうだね。まぁ流石に明日すぐなんて話じゃないよ。何度か使者を送り、何事も無く行き来できるようになってからだね。それでも完全に整備されるより早くには行くよ。橋を架け舗装し、馬も行き来できるようになるまでなんて、更に一年後になるだろうから」
まだ見てはいないが、きっと人一人やっと通れる程度の険しい道なのだろう。途中簡素な宿場を作っているとは聞いたが、それでも危険極まりないはずだ。
「約束してよ、ちゃんと安全が確保されてから行くって。そうじゃなくても襲われたりとかして危険な目に遭ってるんだからさ。私も気が気じゃないよ」
「ルミナにそう言ってもらえるなんて幸せだよ」
「茶化さないでよ」
ぷくっと頬膨らませ、じっと睨むように見てくるその姿がたまらなく愛おしい。でもどんな怖い人のそれよりも私の頭を素直に下げさせる力があった。
「ごめん。でも、愛されてるんだなって素直に思えたんだよ」
「当たり前だよ。ずっとそうだったし、あの日から決定的になったんだからさ」
しばらく見詰め合っていたけど、やがて春の陽射しに雪が解けるかのように私達は微笑む。そうして気付けば、指を絡めていた。
「ずっと愛してくれるかい、ルミナ」
「もちろん……ずっと愛するよ、シェリア」
蒸し暑さが一筋の汗を流す。私が鼻で笑いながら寝室の方へ視線を向けると、ルミナはうつむきながらも強く私の手を握ってくる。
その手はもう、しっとりと濡れていた。




