第十五話~反乱分子の正体~
季節が秋になろうとした時、グレッグから反乱分子の目途が立ったとの報告が入った。
それは材木問屋のカラザット。代々続いている古い領民で、シェリアを認めていないと吹いて回っている人物。
カラザットは夜間、この辺では見慣れない男達を出入りさせているとの報告があった。
しかし単に監視していてもいずれ気付かれ、逃げられる恐れがある。
だからシェリアは一つの策を用意するのだった……。
季節が秋に移ろうかという頃、グレッグが執務室で話したい事があると言ってきた。
私はすぐに応じ、他に誰か呼ぶのかと問いかけると二人きりで話したいと言ったのでそのまま二人で執務室に入り、それぞれの椅子に座る。
「それで、話とは一体?」
「反乱分子の目途がつきました。結論から言いますと、材木問屋のカラザットが怪しいです」
材木問屋のカラザットとは古い領民で、祖父の代から家が続いている。少々偏屈な男で、確かに古臭い考えの持ち主だ。領民の噂で知ったのだが、私が領主である事を快く思っていないと言い回っているらしい。
けれど、そういう領民は多い。ただグレッグがこう言うからには何かしらの証拠をつかんでいるのだろう。
「どう怪しい?」
「はい。領民の噂もありますが、私が気になったのは夜に何人もの男達が暗い小屋に出入りしているとの目撃情報です。ある領民の話では、この近辺では見た事が無い人ばかりらしいとの事です」
「ふむ……確かに怪しいな。見慣れない人達を夜中に集めているというのは、何か後ろ暗い事が無いとやらないだろう」
十中八九、襲撃のためのものに違いない。しかし、現場を押さえないと意味がない。
こんな有力情報、なかなか無いだろう。だからこそ、一度でも失敗すればもう二度と手掛かりを得られなくなってしまうかもしれない。証拠が紛失し、彼自身もいなくなるに違いないのだから。
その時、ふと私の中にある策が閃いた。
「グレッグ、彼らはまた動き出す。だけどそれがいつかわからないと、我々が監視している事に気付くだろう。その時を狙って確保するしかない」
「それはそうですが、一体どうやって」
私はにまりと笑って、自分の胸を軽く叩く。
「私が一週間後、中央広場で演説するとの噂を流してくれ。壇上にて今後の方針を話すと」
「まさかシェリア様自身を囮にするのですか?」
驚くグレッグに私は首を横に振った。
「いや、実際にはやらない。あくまでそれが行われると噂を流すだけだ。すると彼らは間違いなく動く。噂を流して翌日から、兵を配置し監視しろ。いいか、これがもし気付かれたら真実は永遠に闇の中だと思え」
「わかりました。そのお言葉、肝に銘じ行動いたします」
グレッグは深々と頭を下げ、忠誠の意を示す。この作戦はグレッグの指揮でなければ成功しないだろう。だからこそ、勝利を確信していた。
彼がこうした時、もう作戦は完了したも同然なのだから。
噂を流して五日後、夜間にもかかわらず私の寝室がノックされた。
いつもは当然そんな事を許可していないのだが、今回は事が動けば何時だろうが知らせよとグレッグやバーホンに伝えておいていた。
「シェリア様、グレッグ殿から報告があります」
寝ていた私は強めのノックと大きなバーホンの報告の声に目を覚ますと、すぐに気持ちが立ち上がるのを感じた。
「わかった、すぐに行く。執務室でいいのか?」
「いえ、一階の広間に来ていただきたいとの事。反乱分子を逃すことなく確保したみたいですので」
私は燭台に火を灯しながら、笑みを堪え切れなかった。
「わかった。すぐに支度して行く」
そう言いながら寝間着を脱ぎ、いつもの服へと着替え始めた。
「グレッグ、よくやった。大手柄だ」
一階の広間に行くと、グレッグと配下の兵士十名が拘束した男達五名の後ろに立っていた。その中には材木問屋のカラザットもいる。彼らはみなうつむき、憎々し気な視線を床に向けていた。
「いえ、これも全てはシェリア様の策のおかげ。そうでなければここまでの成功を収めなかったでしょう」
兵を代表してグレッグは嬉しそうに笑う。
私は知っている、このグレッグと言う男は武力のみならず知略も高いので必ずやって欲しい時には間違いなく任務を遂行する男だと。ただ兵を配置し、潜伏させるだけだと上手くいかなかったかもしれない。そのくらい今回の指令は難しかったはずだ。
けれどグレッグだからこそ任せられた。そしてグレッグだからこそ成功させられた。
「謙遜はいい。グレッグ、そして兵達みんなよくやってくれた。だが今夜はもう一仕事ある、頼むから付き合って欲しい」
私が頭を下げると、兵達が沸き上がった。そして横目でちらと見れば、カラザットがこの上なく忌々しい目で私を見ていた。
「さて、縄にかかった憐れな者共よ。貴様らは余すことなく死罪だ。ただその前に私と少し話そうじゃないか。もしかしたら私の気が変わるかもしれないからな」
高らかにそう宣言すると、私はグレッグに目を向けた。
「賊と一人ずつ話がしたいから、兵を三人護衛につけたい」
「わかりました」
グレッグは打てば響く鐘のよう。早速私は一番左にいた賊を一階の空き部屋へと連れてくるよう言えば、兵が彼を取り囲むようにして縄を引っ張って無理矢理立たせると私の後ろを歩かせた。
私はそこで取引を持ち掛けた。誰に雇われ、何をするために来て、どうするつもりだったのか正直に話せば死罪を取り消すと。
そこに誇り高き者はいなかった。一生懸命に生にしがみつき、命乞いを繰り返し、何もかもを洗いざらい話す姿。あさましくも、結局のところ人とはこういうものなのだろうと思う。
本質は死にたくないという本能の獣。けれど後天的に得られる理性、教育、哲学の差で人は生き様を見出す。だからこそ、こういう取引は宝の山となる。だからこそ、そうならないよう尊厳のある死を今から意識する。
「俺は何て言うか、割りの良い稼ぎ口があったからだよ。それでここに来て、カラザットから追加で資金をくれたからやっただけだ。まさかアンタの様な大物をやるだなんて聞いていなかったよ」
「カラザットからは何て言われた?」
「アンタをさらうようにって。抵抗が激しかったら最悪殺してもかまわないと。あぁ、いや、そう言われただけなんだ。もうそんな気は無い。だから助けてくれよ、何でも喋っただろう」
私は微笑み、沙汰を待てと告げて兵士に外へと連れ出しよう伝えた。
面談した賊がみなカラザットに雇われたと証言した。私は最後にカラザットを呼び、その真偽を確かめる。そこにはグレッグも同席していた。
「あぁ、本当だ。間違いない」
苦々し気に、もう言い逃れは出来ないと諦めたのだろう。カラザットは吐き捨てるようにそう言うと、私を睨む。
「そうか。では誰がお前を操っている? その資金はすべて自前か?」
「操ってる? 資金? ははっ、俺はお前が気に食わないだけだよ。女の分際で上に立ち、男を使うお前のような小便臭い女に虫唾が走るだけだ」
嘲笑い罵倒するカラザットに兵の一人がその横っ面を殴った。縛られたままのカラザットは床に突っ伏し、血の混じった唾を吐いた。
「貴様! シェリア様を愚弄するか!」
「待て、まだ聞く事がある」
私は兵を手で制すと、カラザットを見下ろす。
「私を殺し、誰を後釜にする?」
「男だよ、男。女が政治に首を突っ込むべきじゃない。お前の役割は大人しく高貴な家の奴の子でも産み育ててりゃいいんだよ」
その言葉に察しがついた私は冷徹に笑う。カラザットはその失言に気付かないのか、狂気じみた笑いを浮かべた。
「俺を殺すか? やってみろよ。そうなりゃお前とその周りにも死が降りかかるだろうさ。お前のとこのおいぼれの執事、クソみてぇなあばずれメイドもだ。お前等だって死ぬぞ」
カラザットが大きく目を見開き、兵に向かって唾を吐く。唾をかけられた兵がカラザットの腹を蹴ろうとしたのを私がすんでの所で止める。
「シェリア様?」
「……グレッグ、手段は問わない。必ず吐かせろ。いいか、どんな事をしてもだ」
冷たく鋭い私の言葉が部屋に響く。それはそこにいた全員の視線を集めるのに十分だった。
「わかりました」
そのグレッグもまた、冷たい目をしていた。
二日後、書斎で仕事をしていると部屋がノックされた。優しくも、少し力強いノック。私はゆっくりとドアの方へ振り返る。
「誰だ?」
「グレッグです。ご報告があって参りました」
「執務室で話そう。きりの良い所で向かうから待っていてくれ」
「わかりました」
足音が遠ざかるのを聞きながら、私は目の前の書類にサインをした。それは捕らえた賊達を法に基づき処罰するための書類。刑罰は鞭打ち三十回。それを終えたら無罪放免にするという内容だった。
「それで報告とは何だ?」
執務室でグレッグと二人きりになると、私達はいつもの席に座った。報告はある程度察しがついている。
「カラザットが亡くなりました」
「そうか、ご苦労。それで何か聞き出せたか?」
「はい。カリル=マドラックから資金提供を受けていたみたいです。そして彼の家からその書簡も見つかりました。こちらです」
グレッグが差し出してきた便箋を手に取り、中を見てみる。そこにはかなりの癖字で私を捕獲してくるように、もし難しいのなら殺してもかまわないとの旨が書かれていた。そしてそのために人員を送り、金も送ると。
文末には証拠はいつも通り残さず、すぐに焼けと書かれてあった。
「見つかったのはこれだけか?」
「そうですね。机の引き出しに入っていたので、後で焼こうと思って忘れていたのでしょう。それにしても、これで決定的ですね」
「あぁ、そうだな」
けれど私は浮かない顔をしながら溜息をついてしまう。グレッグはそんな私を探るように見てくる。
「どうかされましたか?」
「あぁ、いや……こんなにも決定的な証拠があっても、まだ何もできないなと思って」
その言葉にグレッグも苦虫を噛み潰した表情でうなずいた。
「そうですね。これをマドラック家に突きつけた所で、何ができるのかと言われれば難しいでしょう。下手に刺激すれば武力でもって制圧されるかもしれません。王都に報告しようにもきっとあちらの方が伝手があるでしょうから、下手に動かない方がいいかもしれません」
この決定的な証拠があっても、それを活かす術がない。
王国内での内乱や紛争は当然ご法度。もしも発覚すればすぐに王国軍が動き、領主は処罰されお家取り潰しとなるだろう。だから直接武力でもってどうこうというのはそもそもできない。
またこれを王都のしかるべき所へ持って行ったとしても、上手くいく保証なんか無い。きっとマドラック家の方がそうした繫がりは多いだろうから、握り潰されてしまうかもしれない。
いやもしかしたら、逆にあらぬ事を吹き込まれてこちらが不利になる可能性だってある。
「……グレッグ、よく聞いてくれ」
「はい、何でしょうか?」
私は大きな溜息をつくと、じっとグレッグの目を見た。
「今回の件は秘密にするんだ。その時が来るまで、誰にも話さないように」
「わかりました」
「それと、マリノ川の境界の警備を増やすように。必要であれば予算も組む」
「わかりました。不審者一人たりとも入れないようにします」
力強いその宣言に私は少し安心し、わずかに口元をほころばせた。
「その間、私は南の開発に力を入れる。今回の件ですぐに動くとは考えにくいが、時間もそう無いだろう。これから開発にもっと力を入れる。そのためには不審者による邪魔が入らないよう、グレッグ達の働きが重要になる。頼んだぞ」
「はい、必ずご期待に沿えるようにします」
グレッグが胸に手をやり、忠誠のポーズをとる。私は深くうなずき立ち上がると、執務室から出た。
燃えるような決意を抱きながら。
南にあるロンデン領への道づくりは至難を極めた。
私は官民問わず先遣隊の募集をかけ、道を切り開く者に報酬を与えるよう御触れを出した。本当は秘密裏に行いたかったが、それでは人が集まらない。それにどうしたってもマドラック家の耳に入るだろう。
だからせめてもの抵抗としてロンデン領への道づくりではなく、開墾を進めるにあたっての調査として行った。そして当然、参加者には身分の証明を求め、領外からの出稼ぎだという者には監視をつけて外部との接触を一切断つようにした。
鬱蒼とした森、背の高い藪、おまけに途中で深い谷があり迂回路を探さないとならなかった。野犬や狼、熊などの野生動物の襲撃もあり、先遣隊での死傷者の数は少なからず発生した。
一部領民からの反発もあったが、その声は以前屋敷に集まってくれた商工会の有力者達によってかなり抑えてもらえた。彼らは知っている、その先にある新たな可能性を。そしてこのままではやっと豊かになった生活も先細りしてしまう事を。
さすがに私はそこに行く事は無かったが、手厚い後方支援を行った。
必要な道具があればすぐに取り寄せたし、可能な限り要望も聞いた。道が危険になれば賃金も上乗せし、途中開けた場所があれば宿場も作るよう指示した。迂回路がいよいよ無くなれば炭鉱夫達を呼んで山を掘り進めた。
上手くいかない報告があれば執務室で話し合い、知恵を絞り出した。野生動物の巣が近くにあると報告を受ければ兵を派遣して駆除した。
毎日が苦悩と反省の日々、どれだけルミナに慰めてもらったかわからない。
そんなロンデン領への道ができるのに、一年近くもの歳月を費やした。




