第十四話~議論白熱~
襲撃の件があり外出できない日々にシェリアは強いストレスを抱えていた。
事務仕事をしていても、ルミナに泣き言を言う始末。
翌日、ルミナの提案で六人の領民が屋敷に集められた。それはシェリアが外に出られない以上、古くからいる領民と話し合いがしたいとの欲求を叶えるために。
一週間ずっと視察に出られず、ひたすら書類作業をしていると気が狂いそうになってきた。最初のうちは書斎にルミナを呼んで何事もない雑談を繰り返していたのだが、最近はもう甘える事が多く、遂にはもう泣き言になっているのが自分でもわかって申し訳ないやら情けないやらだった。
「もう無理だ。紙を見たくもない」
私は書斎のテーブルを叩いたが、うず高く積まれている紙束はわずかに揺れただけだった。
「でも減ってはいるんでしょう?」
ルミナが優しくそう言うが、私は頭を横にぶんぶんと振る。
「新しく増えていくんだよ。もうあとわずかだと思って寝て、起きたらまた山になっているんだ。これが領主の仕事だとしたら、私は領主に向いていない。視察に行けば生の声を聞けるけど、禁止されているからどうにも」
私はもうこれ以上ないくらい大きな溜息をついて机に突っ伏する。
「私は領主としてどうなんだろう?」
つい弱音が漏れる。外に出て領民と触れ合っていれば元気をもらえるし、厳しい意見をもらったとしても改善しようという気になれる。けれどずっと書類ばかり見ていると、自信が揺らいでしまう。
「これ以上無いくらい出来た領主じゃない」
「ルミナだけだよ、そう言ってくれるのは」
突っ伏したまま私は返す。あぁ、情けない。こんな姿を見せるのも、こんな事を言ってしまうのも。
「そんな事無いよ。街の人も街道が出来て色んなものが手に入るようになったとか、活気が溢れてきたとか言ってるよ。ちゃんと前に進んでいるんだから」
「そうなんだろうけど……あぁ、外に出たい」
溜息を漏らせば自分の顔を熱くさせる。これ以上事務仕事をしていて、状況が良くなるとは思えない。反乱分子の件だって、進展が無いみたいだし。
「外はまだ難しいよね……あ、そうだ。こういうのはどうかな」
明るいルミナの声の響きに、私は何事かとやっと顔を上げた。
翌日の昼過ぎ、私は屋敷の広間に領民六名を呼び集めた。
集まってもらったのは。宿屋の女将、雑貨屋の主人であるルミナの父親、醸造所の所長、炭鉱所の所長、そして西側の麦畑の農民と南の開拓をまとめている兵士。この人達は古くからの領民で身分もハッキリしている。
彼らは広間に設置した椅子に座っている。円を描くよう、車座の形で。そして私は真北の椅子に座った。
「今回は忙しい中集まってもらい、感謝する」
みなが軽く頭を下げ、応じる。私は一人一人の顔をしっかりと見てから、もう一度うなずいた。
「本来ならば外に出て視察しながら意見を訊きたいのだが、先日私に対する襲撃事件はもう耳にしているだろうか。おかげで出るに出られないから、こうして集まってもらう事にしたのだ」
小さなうなずきがもうその事件の周知具合を表していた。
「なのでここでは忌憚なき意見を聞かせて欲しい。あれをして欲しい、これをしたら便利になる、そんな意見をどんどん言ってくれ」
そうは言っても困ったような表情を浮かべる領民達。私もこれ以上どう促せばいいのかわからない。
沈黙で耳が痛くなりかけた時、口を開いたのは宿屋の女将だった。
「治安を良くしてほしいですね」
一斉にみなの視線が集まっても女将は動じず、むしろ口が滑らかになる。
「ほら、行商人とか移民とか増えたでしょう。ほとんどはちゃんとしてくれてるんだけど、横暴なのも多くてね。自分達が今までいた所の習慣とかを主張して、トラブルが絶えないんだ。うちの宿でもそうだよ、困っているんだ」
「なるほど、確かにそれは私も危惧していた。もし何かあればすぐに兵に言ってくれ。市中の見回りを強化するよう、兵士長に言っておくから」
「私からも良いですか?」
そう言って手を挙げたのは西側の麦畑の農民だった。
「もう一本、出来れば灌漑用水路を作って欲しいです。私らも自分達でやってはいるんですが、なかなか手が回らないのと大規模なものは難しくて。もしやってもらえるならば、麦の増産もはかどりますんで」
「そうだな、それは検討しておこう。特産品である麦酒を他に大々的に売り込むため、麦の増産は是非ともやってもらいたいからな」
すると今度は醸造所の所長の手が挙がった。
「麦酒の生産なんですが、大釜を幾つか手配して欲しいです。ありがたい事に売り上げは伸びているんですが、設備投資になかなか予算を回せなくて。大釜があと二つ、いや三つあればもっと作れますので」
「さすがにすぐに全部用意するのは難しいな。ひとまず補助金の手配と、大釜を一つ発注しておこう。その代わり、人を寄せ集めるくらいの麦酒を開発して欲しい」
続いて炭鉱所の所長が手を挙げた、
「先代と比べ、かなり勢いよく街が成長していく中でこれからは金物需要も増えるでしょう。醸造所の所長の意見にあった大釜も、うちで作れます。ただ、うちこそ設備投資が遅れているんじゃないでしょうか? 言うなれば農村地帯ばかり優遇されているように思えて」
「それに関しては説明させてもらおう。私も鉱山開発と精錬の向上は長年の夢だ。けれど他の事業に比べ、投資する資金が大きいのも事実。だから先に道路を作って交流を増やし、農地を開発して食の不安を減らすのと同時に特産品開発を進めた。全てはその先にある鉱山開発を進めるためだ」
「では今後、こちらにも着手してくれるんですか?」
「あぁ、約束しよう。ここだけの話、去年の今よりも財政状況はかなり良い。まだ一気には難しいが、今後は金物需要のため鉱山開発に力を入れる。それは私の中で大きな成長戦略の一つだからな」
議論が一度沸き立つと、あちらこちらからと意見と要望が出てくる。まるで噴火だ。私は久々に気分が高揚するのを覚えたが、ふと一人会話に参加していない事に気付く。
「なぁ、雑貨屋の主人よ。先程から寡黙だが、何か意見や要望は無いのか?」
話を振るとみなの視線が集まり、あれだけ盛り上がっていたのが嘘のように静かになった。雑貨屋の主人は困ったような顔をしていたが、自分の答えをみなが待っているのだとわかると難しそうな顔をひねった。
「シェリア様を信用してないわけじゃないんですが、下手な事を言って娘の扱いが悪くなるかもしれないのが怖くて……」
その言葉に領民達が黙り込んでしまった。
議論が白熱していたからこそ、冷静になってしまったのだろう。目の前にいるのは領主であり、自分達は一介の領民に過ぎないのだと。無礼な物言いをしていないか、礼儀を忘れていたんじゃないか、言い過ぎてしまったんじゃないだろうかと。
そんな考えが手に取るようにわかったから、私は大袈裟に笑ってみせた。
「何を言うのか。そもそもこの提案をしてくれたのはルミナだぞ。ルミナにはいつも助けてもらっている。私だけじゃ真の意味の庶民の生活というのがわからないから、こうしてみんなを集めて意見を聞いたらどうかと言われたのだ」
「それは本当ですか?」
雑貨屋の主人が目を丸くして身を乗り出す。私は優しく微笑んだ。
「本当だ。彼女は私の世話から意見の提案など幅広く私を支えてくれている。もちろんルミナの考えだけじゃわからない事も多い。だからみなの意見が欲しいのだ、ルクレストをもっと発展させるためにな」
歓声が起こると私はそれを制するよう小さく両手を挙げた。
「まぁ先程も言ったが、予算と人員の都合がある。だからどうしても優先順位は生まれてしまうのを承知して欲しい。けれど、いつかは叶えよう。それがルクレストのためになるなら。だからさぁ、忌憚なき意見を聞かせてくれないか」
もう一度私が雑貨屋の主人を見ると、彼は少し嬉しそうな顔をしながら口を開いてくれた。
「私としましては新しい街道の開発をお願いしたいです。交易する道が増えればやはり商機も生まれやすくなるでしょうから」
「うむ、それは私も考えていた。だから今、南の開墾を進めているのだ。南にはロンデン領があるからな。今はマドラック領との街道しかないが、これでもしロンデン領に繋がる道ができたら今よりももっともっと繁栄するだろう。そうなった時、みんな忙しくなるぞ」
この言葉に議論は更に熱を帯び、気付けば四時間近く話していた。
「今日もお疲れ様、シェリア」
夜の書斎でルミナが二脚のティーカップにお茶を注ぐ。その香りが私達二人の間を満たしていくと、この疲れも心地良いものに感じてくる。
「でも有意義な時間だったよ。素敵な提案ありがとう、ルミナ。おかげで気分転換になったし、やるべき事ももっと明確に見えてきたよ」
「シェリア、顔が生き生きしてる。よかった、ずっと心配してたんだから」
ルミナが差し出してくれたお茶を一口飲むと、数日しなびていた心が恵みの雨を得たかのように回復するのがわかった。
「ほんとに、情けない姿ばかりさらしてしまったよ」
「そんな事無いって。それに、私だけにしか見せてないんでしょ」
「それはもちろんそうだけど」
するとルミナが何だか嬉しそうな顔をし、私をじっと見詰めてきた。
「じゃあいいじゃない。だってほら、恋人なんでしょ。そう言う面も見たいし、支えたいの。いつも守られてばかりだけど、私だってたまにはシェリアを守りたいんだから」
かなわないな、そう心中苦笑する。けれど私は嬉しさを堪え切れずに笑うと、ルミナも目を細めて笑ってくれた。
「それでシェリア、今はどんな事を考えているの?」
「そうだね、とりあえずは南の開墾を進めてロンデン領への交易ルートを確保したいな。少しずつ道を切り拓き、調査しないと。それから今後必要になる鉄や銅を鋳造するために施設の拡充が必要になってくるね。鉱石ではなく精錬した方が交易もしやすいし、価値も上がるから」
「予算も去年に比べたらかなり上向きになっているもんね」
元が少なかったとはいえ、去年の倍くらいは税収がある。ただこのまま行商人頼りだと、先細りが見えてくるだろう。
「そう。だから今のうちに少し無理してでも進めたい。ロンデン領は外敵との戦いが多いと聞く。そこに食料や鉄などを売り込めば、大きな収入になるだろう。それに我が領地は天然の要塞のような場所。ロンデン領から見れば安心の基地だろう」
「そこまで考えていたの?」
「あくまで机上の空論だけどね」
先代の父は王都からの招集で領主会合にも出席していたから、ロンデン領主の事も知っていたはずだ。けれど私の代になってからまだ会合が開かれていないので、どんな人物なのかわからない。
「そのために農作物の収益も上げたいから、もっと農地に灌漑施設を作らないとならない。備蓄、麦酒への加工、そして売買。飢えが無いとわかれば移住者も増えるかもしれないからね」
「でも、それによる犯罪とかも領民は不安がっているよ」
「領内の警備はそれぞれの地域で自警団を結成してもらう事にする。武器も支給予定だ。もちろん兵による見回りも行うが、負担は減るだろう。まぁ、ゆくゆくは兵をもっと増やす予定だけど、今は資金と人員不足で厳しいかな」
つい熱くなってしまったのを反省し。お茶を口にする。思いとは裏腹にお茶はすっかり冷めてしまっていた。
「忙しいね」
「あぁ、そうだね。でも、ありがたい意見をもらえたからこそだよ」
私一人じゃない、みんなの意見で前に進んでいる。その感じが好きで、私は今も領主をやれているのだろう。
だからこうして話していても心躍る。けれどルミナの眼は少し下を向いていた。
「だったらなおさら、無理しないで。シェリア、頑張り過ぎるからさ」
「わかってる。もし私が倒れでもしたら、もうこの美味しいお茶を飲めなくなっちゃうからね」
自虐気味に、でもいたずらっぽく笑うがルミナは笑わなかった。ただ悲しそうにうなずくだけ。
「そうだよ。それに、みんな悲しむから」
「まぁ、そうだね。この短期間に領主が何度も交代なんかしたら領民は不安だろうさ」
私はすっかり冷めたお茶で口を潤すと、静かにルミナの方を見る。
「ルミナはどう思う?」
「こんなに頑張ってる有能な領主がいなくなればみんな不安になるよ。それに」
「違う。ルミナの気持ちを聞きたいんだ」
私が言葉を遮って見詰めると、強い視線を返された。
「悲しいに決まってるでしょ。当たり前じゃないの」
悲痛なルミナの声に私は立ち上がり、抱き締めて答えを示す。
「意地悪言ってごめん、ルミナ。でも、ちゃんと聞きたかったんだ」
「意地悪過ぎだよ……」
けれどルミナも私の背に手を回してくれた。その声も、思えば甘い囁き。だから私はより強く、むさぼるようにルミナを抱き締める。わずかな体温も、鼓動も何もかも逃さぬように。
全ての想いが私にだけ向くように。
「……シェリア、もう月が高いよ」
「あぁ、そろそろ寝るとしようか」
私はそう言いながらそっとルミナを抱き寄せ、寝室へのドアを開けた。




