第十二話~刺客、三度~
道路事業が完成したので、その人員を南の森の開発にシェリアは向けていた。
また同時に襲撃された事もあり、マドラック領との境にあるマリノ川に関所を設置した。
警備体制を見直し、シェリアは今日もマスカルと共に南の視察へと向かうのだった……。
領内の警備の一環として、マリノ川の境目に私は関所を設置した。
それは丁度橋の所に木製の門を作り、兵士の詰め所を作ったまだ簡素な出来。ルクレスト領内に入る者に通行証を渡し、何かあればそれを身分証代わりに提出してもらう流れを作った。
もちろんこれで完璧と言うわけじゃない。通行証だって偽造されればわからないし、橋を通らず少し離れた所から川を渡られれば意味を成さない。
けれど馬は通りにくいし、こういう事をしていると認知されれば賊による襲撃も減るだろう。
反発は多少あったものの、二度も短期間に私が襲撃された事を説明した甲斐もあって割とすんなりそれは施行される事になった。少し兵を増やす事にし、領内の警備に当てる事にした。出費が痛いけど、安全には代えられない。
「マスカル、今日も視察に付き合ってくれないか?」
「もちろんです、シェリア様。今、他の者にも声を掛けますね」
再び春の風が吹き始めた頃、私はマスカルを伴って視察に出る事にした。道路事業はもう完成したので、今は南の開墾を主に行っている。道路事業で働いていた人達の何人かはそのまま南の開墾を行っているから、作業の進捗を確認したかった。
「それにしても、一年前とは見違えたな」
私が中心部の方へ目を向けると、マスカルがうなずくのが見えた。
「そうですね。行商人も増え、街に活気が溢れてます。宿屋も酒場も連日にぎわっているみたいですよ。新しく宿屋を行いたいって申し出もあったみたいですし」
以前は月に二人か三人程度しか訪れなかった行商人も今では一日十人は来るようになった。その中には王都からだったり、更に遠い領地からだったりするので目にする商品も多様になってきている。
行商人達から直接税を取る事は無い。けれど領内で買い物や宿泊などをすればそこから税となって財政状況が潤っていく。公営の馬宿や宿場からの収入もそれなりになってきていた。
「良い事だな」
「えぇ、シェリア様のおかげです。みんな言ってますよ、シェリア様が一生懸命やってくれているから、生活が豊かになったんだって」
「そうか、ありがとう」
まだ少し肌寒い春風が通り過ぎ、私の金色の髪を揺らす。
もちろん私だけの成果ではない。ルミナを含めた首脳部、そして領民の協力があったからこそだ。けれど、それも含めてうなずいた。マスカルならばそれでもうわかってくれるはずだから。
「よし、行こうか」
後ろから三機の騎馬隊が来ると私達は南の方へと進み始めた。
南の森は少しばかり開けていた。
それは思ったほどでもなかったけど、最低限のラインよりは進んでいたという感じだった。まぁ、元々が誰も入れないような鬱蒼とした森だった事を考えればそこに手を付けているだけでも十分なのだが。
とりあえず木々が伐採され、木と木の間の藪も先の方まで刈られている。小さな小屋には伐採された丸太が積み上がっており、それを製材する人の姿も見える。
「これはかなりかかりそうだな」
「えぇ」
藪が払われた先を見るが、まだまだ手付かずの森が広がっていてその先がどうなっているのかわからない。
「とりあえず領民に話を聞いてみるか」
私は馬を進め、製材している人の所へと向かった。
「忙しいところすまない、少し話を聞かせてもらいたいんだけどいいかな?」
馬が数匹近付いてきていたからか、男はずっと手を止め私を見ていた。色黒でがっしりとした体躯の三十くらいの男だ。彼に声をかけると、額の汗が飛ぶ勢いで頭を下げてきた。
「はい、もちろん」
「この森の先はどうなっているのか知っているか?」
男は眉根を寄せ、ちらと森の方へ目を向けた。
「いや、ちょっとわからないですね。ここらの開墾をしてもいいと言われて仲間と一緒に来たんですが、今のところはこの辺を切り開いたので精一杯なんです。藪を刈ったのは獣とかに注意するためですね」
「そうか。やはり多いか?」
「鹿や兎はともかく、野犬が多かったですね。他にもまだいるかもしれませんけど」
まぁこの森なら、熊や狼だっているかもしれない。
「あ、でも、一度ずっと奥に行ってみたんです」
男が思い出したようにそう言うと、私は身を乗り出す。
「どうだった?」
「万が一のために腰にロープをつけて奥まで藪を払いながら行ったんです。それこそ崖でもあったら大変かなと思って、ここを真っ直ぐ」
男は小屋から真っ直ぐ森の方を指さす。
「行ける限りで行った先はずっと深い森が続いてる感じでしたね。特に水場があったり崖があったりする様子は無かったです」
「そうか、ありがとう。貴重な情報感謝する。これがわかっただけでも、大きな進歩だ」
つまりはこのまましばらく森を切り開き続けても大丈夫だという事。あと、水場が無さそうならばため池や用水路を作った方がいいという事。とりあえずこの二点がわかっただけでも視察の意味があった。
「おーいジェイク、やってるかー。あ、シェリア様もごきげん……えぇと、なんつったかな……うるわし? うるせい? うるわしゅ?」
少し遠くから恰幅の良い男を筆頭に四人集まってきた。私はその挨拶を聞くと思わず吹き出してしまい、ジェイクと呼ばれた彼も大笑いした。
「おいバスケス、何言ってるんだお前? うるわしゅうって言いたかったのか?」
「おう、それそれ。えっとシェリア様、ごきげんうるわしゅうでございます」
ひげ面の五十男が作業着でそう言うのに違和感があって、私はまた笑ってしまう。それにつられマスカルも、騎馬隊も、ジェイクも笑う。
「いや、申し訳ない。そんなかしこまった言葉なんか使わなくてもいいから。別に私には元気かーでも何でもいいから、普通に話してもらってかまわないぞ」
「いやぁ、申し訳ないシェリア様。学も教養も無ぇもんで」
照れたように頭に手をやる彼はぺこぺこと頭を下げる。けれどこの場を占める和やかな空気が笑顔を絶やさなかった。
「んでジェイク、なんでまたシェリア様と?」
「あぁ、この森の開墾について訊かれたんだ。進み具合と、この先どうなっているかって」
二人が私を見ると、うなずき森の方へ目をやる。
「この先は地図にも載っていないからな。開墾を進めるのも大変だろう。もし何か要望があれば遠慮なく言ってくれ。何か気付いた事があれば遠慮なく言って欲しい」
「要望……」
すると後ろにいた男が小さく手を挙げた。
「そこの者、何かあるなら言ってくれ」
「あの、無理なら無理でいいんですけど、良い鉄で出来た斧が欲しいです。この辺の木は硬くて、街で売ってるやつはすぐに駄目になっちゃうんです」
その発言にジェイク達が深くうなずく。なるほど、それはわからなかった。
「わかった、王都から良い斧を手に入れるとしよう。それがあればもっと開墾が進むのだな?」
「そうですね。シェリア様が示してくれたように開墾すればするだけ土地が貰えるとなれば、もっと広げますよ。ただ、木を切るのがこれはもう大変で」
これがわかっただけでも視察に来た甲斐があった。私は満足げにうなずき、笑顔を見せる。
「ならすぐに手配しよう。私としてもここの開墾が今後の領地発展の要だと思っている。貴方達はその最前線なのだ。やればやるだけ豊かになるよう、共に協力しようじゃないか」
私が力強くそう宣言すると、おぉっと歓声が上がり拍手が響く。私は彼らをもう一度見回すと、ふと違和感を覚えた。
「いやぁ、シェリア様になって暮らしが良くなったよ」
「ほんとだ。俺なんか税金が重くて借金まみれでマドラック領から逃げてきたのに、ここじゃ土地もくれるときたもんだ。人生やり直せるぜ」
「俺は農家の三男だったから、独立できるなんて夢みたいだよ。シェリア様のおかげで、生き甲斐を見いだせたんだ」
褒め称える言葉の中、私はその違和感を指摘する。
「なぁそこの者、いつからここに参加している?」
その男はどこにでもいる顔、ありふれた服装。けれど他の者と何かが違って見えた。
「あぁ、私は最近来たんですよ」
そう言いながら男が近寄ってくる。私はとっさにジェイクに目を向けて見たが、彼はその男を見ても小首を捻るばかり。
「お前を殺しにな」
そう言いながら懐から短刀を取り出して私目掛けて突っ込んできた。
馬を返す時間なんて無かった。いやもう、何をする時間も無い。それでも私は手綱を握って馬を返すようにする。でももうそれすら、きっと遅い。
「えいっ!」
マスカルの叫び声が響く。そして同時に槍が風を切る音と肉を貫く不快な音が耳に届く。私は少し離れてから後ろを振り返ると、一人の男が槍を突き立てられ天を仰ぐよう倒れていた。
先程までの和気藹々とした空気が血なまぐさいものとなる。しんと静まり返り、のどかな鳥の鳴き声がそれを際立たせるかの様。マスカルは槍を引き抜くと、私に向かって心配そうな顔を向けてきた。
「ご無事ですか、シェリア様?」
「あぁ、ありがとうマスカル。助かったよ」
そう言うが、まだ先程の恐怖と緊張で鼓動が収まらない。私は二度三度と深呼吸をし、手綱を強く握り直してから不安そうにしている領民を見、それから物言わぬ暗殺者へと目をやった。
「ただ、この男の動機は不明になったな。単に私が気に食わなかったのか、それとも誰かの差し金なのか」
「すみません、シェリア様」
頭を下げるマスカルに私は小さな笑顔を作りながら、顔を上げるよううながす。
「いや、マスカルはよくやった。しかし改めて、凄まじいな。私は武芸に疎いのだが、この一瞬で絶命させる事ができるのに驚きだよ」
「見慣れない男だったので、警戒はしていました。視線や懐を確認する動きにもしやと思い、シェリア様の側面に回らせてもらっておりました」
「素晴らしい」
深く感心するようにうなずくと、領民から拍手が沸き上がる。
「みなの者、怖ろしい場面に出くわさせてすまなかった。すぐにこれは処理する。そして見ただろうけど、人が増えればこういう輩も出てくる。もしも見覚えのない者がいたら、近くの兵に教えてやってくれ」
「わかりました」
領民達がうなずくと、私はその死体を調べるよう騎馬隊の二人に指示した。何も無ければ遠くに埋めるようにとも。私は視察を切り上げ、屋敷へと戻る事にした。この件の共有をしたかったし、何より疲れたから。
一歩間違えれば死んでいた。その恐怖はいつだって私をこの上なく疲弊させる。




