第十一話~死神の笑い~
マドラック領の高級宿屋に泊まり、シェリア達は英気を養ってから領地へ戻る事になった。
ルミナは昨日よりも気持ちが落ち着いたのか、シェリアに見えるものを報告する。
シェリアもそんなルミナに心穏やかな気持ちになりつつあったのだが……。
「敵襲!」
そんなマスカルの叫びが辺りに響いた。
マドラック領の最高の宿で美味しいものを食べ、私達は英気を養った。
宿の主人にはルクレスト領主の身分を打ち明け、後学のためにとルミナを厨房に案内してもらって料理見学をさせてもらった。もちろん金を握らせたのは言うまでもない。
そこまでしたのは理由がある。つまりは毒を盛られないようにとの監視だ。
あのような状況になったマドラック家が大人しくしているとは思えない。だから何かしてくるに違いないと警戒した私は宿の主人に宿泊代とは別に金を握らせた。でもそれだけじゃ不安だったので、ルミナに見てもらうようにしたのだ。彼女なら毒が盛られればすぐに気付くだろうから。
ならば市場で食べ物を買えばいいのではとも考えたが、折角ここまで来たのだからルミナ達には美味しいものを食べて欲しかった。マスカルや護衛も明日は何があるかわからないのだから。
「マスカル、明日もしかしたら何かあるぞ。襲撃に備えろ。いや今晩からでももしかしたらあり得るか」
「……わかりました」
ルミナが厨房で見学している間、私はマスカルにそっと耳打ちした。マスカルはすぐに動き、護衛にそれを伝えると護衛三人が交互に夜の番をする事を決めたみたいだった。
もちろんルミナの耳には入れない。今はこれ以上余計な悪意に晒したくなかったから。
そして翌朝早くに私達は宿を出発した。
一晩寝た事によってルミナも少しは心が回復したのか、馬車で隣に座っていても昨日ほど難しい顔をしていなかった。馬車の窓から時折外を眺め、移ろう風景を眺めている。
「シェリア様、あそこに白鳥がたくさんいますよ」
「へぇ、珍しい。あの池にあんなに集まるものなのか」
そんなルミナの報告に私は笑みを浮かべ、態度と言葉遣いこそ領主とメイドだけど恋人目線で話を聞く。馬車の揺れ、冬の凛とした匂い、どこかでいななく動物の声。どれもが屋敷の中では味わえいないもの。
許してくれルミナ。こうでもしないと私はルミナと旅に行けないのだから。
私のワガママで連れてきて、嫌な思いをさせてしまった。それでも、一緒にこうして旅ができるのが嬉しい自分がいる。ルミナに打ち明ければきっと笑って許容してくれるだろう。でも、それは駄目だ。
あくまでルミナも自然と楽しいと思わせたい。言えば優しいから、受け入れる。けど何も伝えずそう思って欲しいなど、傲慢かもしれない。あのカリルと何が違う?
そんな疑念を拭い去ろうと私はそっとルミナの手に自分の手を伸ばす。覆うように触れた私の手にルミナは驚いたように視線を向けてきた。けど、それも刹那のもの。すぐに視線を外し、されるがままとなる。
少し冷たい手。でも柔らかく、愛おしい。
「なぁ、ルミナ」
私がそう言った途端、馬車が急に止まった。
「敵襲! お前らは馬車を守る隊列となれ!」
マスカルの叫び声が響く。私はルミナに動かないよう指示しつつそっと窓から外を覗くと、ざっと十人近くの盗賊らしき人物たちがにじりよってきているのが見えた。
「何者だ。お前達は!」
マスカルの怒号が空気を大きく強く震わせる。けれど大将格らしき人物は動じない。
「大人しく女共を置いていけ。さもなくばお前らを殺す。生まれた事を後悔するくらい、むごたらしく殺す」
「ははっ、その言葉そっくり返すぞ」
マスカルは目に炎を宿らせ、槍を強く握る。そうして大きく振り回し始めた。風を切る音が次第に強くなり、まるで嵐の風車のように轟音を響かせる。右に左に回すと、やがてピタリと音も無く止める。
「ルクレスト領副兵士長マスカルが相手する」
「……なめやがって」
憎々しげにマスカルを睨みつける大将格が剣を前に突き出した。すると一斉に賊がマスカルに襲い掛かる。剣に槍にと多様な武器で。大声を張り上げ円を狭めるように突撃する彼らにマスカルは笑った。
それは我が領地では死神の笑いとも言われている。
真正面の男を物凄い速度で貫き、その死体ごと力任せに左右に振る。右に振り、左に振れば襲い掛かる相手はひるむ。やがてその死体が千切れ飛び、右側にいた男達に当たりそうになる。
まさかの怪力に驚く賊に続けて二発三発と刺し込む。そして最後に刺さった相手をぐうんと持ち上げて反対側に叩き付けた。
「な、何だアイツは」
戸惑う賊の顔をためらいなく貫く。そうして刺さったまま再び相手の方に叩き付けると、さすがに絶対的な恐怖が相手を包み込む。突撃は止まり、少しずつ下がっていく。威勢の良い声ももう無い。
「おいおい、下がるなよ。殺すって言ったんだったらかかってこいよ」
マスカルの笑いが相手を凍り付かせる。
「い、行け。全員でかかれば相手にならない。同時に、同時に行け」
残った賊が大声をわめきながら一斉に襲い掛かる。萎えた気持ちを鼓舞するように。けれどマスカルは振り下ろされる剣を容易にはじき返すと、無慈悲に素早く切り伏せる。頭をたたき割り、胴を突き、何なら薙ぎ払った箇所を思い切り振り切る。
一人倒れ、二人飛ばされ、あっと言う間に大将格だけが残った。
「あ、悪魔だ……人じゃない……」
真っ青になった大将格が慌てて背を向ける。マスカルは懐から投げナイフを取り出すと、力いっぱいに投げた。それは風を切り、すぐに背中の肉をえぐる。大将格はのけぞり、大声で叫びながら地面にもんどりうった。
「雇い主は?」
マスカルが相手の首元に槍の先端を当てる。その眼はいつもの陽気で気さくなものではなく、無慈悲で鬼気迫る眼光。
「い、言えない。話せない」
「それじゃあその喉はもういらないな」
「ひぃ、助けて」
涙目になり震える大将格の喉に槍の先端が喉の皮を切る。細い血の雫が流れるのが見えた。
「なら誰に雇われた?」
「い、言えない。死ぬより辛い目に遭わされる」
「そうか、じゃあもういい」
そのマスカルの言葉を聞いた途端、私はあまりの働きぶりに呆然としていた頭がやっと動くのを感じた。私は慌ててほろから顔を出した。
「待てマスカル! まだ殺すな」
けれど私の言葉が届く前にマスカルの槍が喉を貫いた。
後に残ったのは静寂だった。野を駆ける寒風に馬がいななく。あれだけの襲撃者がマスカル一人の前にみな物言わなくなった。強いとは知っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。
風に吹かれる赤い髪は相手とにって正に悪夢。死神の炎のように見えただろう。そんなマスカルは私の方に向き直ると、いつもの顔で頭を下げた。
「すみません、シェリア様。命令を無視してしまって」
私は馬車から出ると、マスカルに近付く。マスカルもそれに合わせて馬から降りた。
「……あぁ、いい、気にするな。私も言うのが遅かった」
もっと早く言えばきっとマスカルは殺さなかっただろう。私もそれは反省すべき点だ。
「ただ、手掛かりが無くなってしまったな」
「申し訳ございません。相手も言えない話せないと言っていたもので、つい」
「まぁ、大方予想は付く。さっき聞こえたのだ、死ぬより辛い目に遭わされると。そんなものは人を人とも思わない奴にしかできない。そうだ、マスカルも顔が浮かんでいる事だろう」
静かに、しっかりとマスカルはうなずく。
「しかしそれはあくまで予想であり、証拠がない。結局こいつらは単なる賊という扱いになるだろう」
「すみませんでした」
もう一度頭を下げるマスカルに私はその肩を優しく叩く。
「しかし、私達に一切の犠牲を出さなかったのは素晴らしい。顔を上げ、胸を張ってくれマスカル。お前の武勇は素晴らしい。これほど頼りになる男はそういないぞ」
「ありがとうございます、シェリア様!」
顔を上げたマスカルはいつものように人懐っこい笑みを見せてくれた。
ルクレスト領の屋敷に戻ると兵達を解散させ、私はもう少し付き合ってくれとマスカルに伝えた。マスカルは元気いっぱいにもちろんですと応えてくれる。彼のような忠義者がいるならば、我が領は安泰だ。
「お帰りなさいませ、シェリア様。マスカル殿もご苦労でした」
屋敷に入るなりバーホンが丁寧に頭を下げ、出迎えてくれた。彼の顔を見ると、いつも戻ってこれたんだなと安心する。
「ありがとうバーホン。留守の間、何かあったか?」
「いえ、何も。ささ、お疲れでしょう、少しお休みになられますか?」
「いや、すぐに執務室で話す事がある。今回はマスカルにも同席してもらう。バーホン、すぐにみなを集めてくれ。ルミナ、長旅の疲れのところ悪いがお茶を淹れてくれ。三人分だ。食堂に持ってきてくれ」
「わかりました」
二人は頭を下げ、素早く動く。若干どうしていいのかわからないマスカルに私はにこりと笑いかけた。
「マスカル、食堂で待つとしようか。ルミナのお茶は美味いぞ」
「いいんですか? 実は一度飲んでみたかったんですよね」
屈託なく笑うマスカルと一緒に私は並んで食堂へと向かった。
お茶を一杯飲み終えて少しした頃、みなが屋敷に到着し始めた。私達もそれにならい、執務室へと向かう。
執務室に着くと私はいつもの席の前に立ち、全員を見渡す。マスカルはルミナの横の席の前に立っている。私は一礼してみなに座るよううながすと、一斉に椅子の引く音が響いた。
「急な呼び立て申し訳ない。早速報告したい事があってな。色々あって今回はマスカルにも同席してもらう事になった」
一斉に視線が集まったから、マスカルが少し居心地悪そうに頭を下げた。
「まず、道路事業についてだが、これは実際体験したが素晴らしい完成度だ。移動するのも以前より苦ではないし、進みも早い。おまけにマリノ川近くの宿泊施設は素晴らしかった。雨風をしのげるのがどれほど素晴らしいか、筆舌に尽くしがたいものがある」
そう言ってルミナとマスカルを見遣れば、笑顔でうなずいているのが見えた。
「そしてマドラック家でのパーティーだったが……それは最悪だった」
その言葉に一同ざわつく。ルミナは目を伏せ、マスカルは苦々し気な表情を浮かべる。
「まず息子のカリル=マドラック、あいつは絶対に許さない。私を馬鹿にし、蔑むだけではなくルミナにも手を出そうとした。目の前でだ!」
私はテーブルを強く叩く。その報告にみなが眉をしかめた。
「貴族の尊厳も心構えも一切ない、ただ女と飯をむさぼる事しか考えてない豚だ! あの振る舞いに私は大いに呆れた。なぁ、ルミナ。あいつは私の婚姻相手に相応しい男か?」
するとすぐにルミナが首を横に振った。
「いえ、とてもシェリア様に相応しいとは思えません。礼儀も何も無い人でしたので」
私は深くうなずくと、再びみなの顔を見回してからマスカルの方へと目を向けた。
「目に余る傍若無人な振る舞いにジャイカ殿に苦言を呈し、私はすぐに屋敷から出た。そうして宿で一泊してからここに戻ろうとした時、十人近くの賊に襲われた。それは間違いないよな、マスカル?」
「はい、間違いありません」
やや緊張した面持ちでマスカルが答えると、みながざわめく。
「しかも相手は組織的に動いてきた。指揮する者も的確に私達を追い詰めようとした。これは単なる賊ではない。以前、この領内で私を襲撃してきた奴らと同じような動きをしていた。そうだな、マスカル?」
「はい、賊にしては規律ある動きでした。太刀筋も洗練されておりました」
「そうだ、つまりはマドラックの手の者であると考えて何の不自然さも無い。言う事を訊かず諫めた私を無理矢理さらおうとカリルが企んだに違いないのだ」
「お待ちください、シェリア様」
バーホンが挙手しながら強い口調で遮ってきた。
「証拠はございますか?」
その強い眼差しに私は歯噛みし、重くゆっくりと首を横に振るしかなかった。
「……いや、明確なのは無い。見つからなかった」
するとバーホンは悲しそうに首を横に振る。
「では断定できませんな」
悔しいがその通りだ。動機もあるし状況証拠もある。でも決定的な証拠がない。
「……あぁ。そうだな」
「ただ、報告を聞くにマドラック家は注意すべき存在なのに間違いないですな。親子ともども危うい存在かつ、手段を選ばない。確証は無いけど、動機十分にありと言った所でしょうね」
「あぁ、そうだ。だからこそ、ロンデン領への街道を急がねばならない」
今はいい、カリルの無礼を盾にジャイカ殿に色々言えるのだから。けれどそれだって結局は私の機嫌取り。マドラック家がなりふり構わなくなった時、今のままじゃ蹂躙されるだろう。財力も武力も何もかも足りていないのだから。
だからこそそこに頼らない方法が必要となる。そしてその必要性はもう、眼前に迫っているのだろう。
「わかりました。そこの開墾を優先するよう、人員の調整をしておきます」
バーホンが頭を下げると、私はグレッグの方へと目を向けた。
「グレッグ、移住者や行商人に混じってマドラックの間者がいる可能性がある。警戒を怠らないよう全兵士に伝えておいてくれ」
「わかりました」
「サイルード先生はもう一度今の財務状況の洗い直しを。そして来年度の予想収益を出しておいてもらいたい。数字が見えればやれる事が具体的になってくるから」
「お任せください」
一通り指示を終えると私は溜息が漏れた。きっとそれは疲れのせい。旅程が短くなったとは言え、長旅には違いない。そしてマドラック領に入ってから出るまで、色々あった。
私は怒った事全てを領主の定めとして受け入れる。けれど本心はもちろんそんなわけなかった。特にルミナに対しての横暴は今も許しがたく、思い出すだけで奥歯が噛み砕けそうなほど悔しかった。




