第十話~獣による波乱のパーティー~
マドラック領に入ったシェリアはルミナと共に屋敷へと入った。
そこでジャイカに歓迎される二人。シェリアは今回の誘いを喜びつつ、次なる共同事業の話をしようとしたところ
ジャイカに止められた。
「用意してある料理が冷めてしまうので」
そうして大広間に行くと、豪華な料理がずらりと並んでいたのだった……。
マリノ川を越えてマドラック領に入った途端、当然ながら石畳の道は失われた。
それでも多少藪は払われ、邪魔な枝が刈られている。途中にあった木も伐採されていて、一応は道路の体をなしていた。
だがその程度、我が方と比べると意欲や熱意は雲泥の差だった。
場所によっては道がうねり、馬車の振動も大きい。必然的に進む速度も落ち、以前と同じように中心部に入る前で野宿をする事になった。仕方がない事とは言え、やや不満が残るのも致し方ないだろう。
季節は冬、呼びたてたのはマドラック家。
彼らがもし来る立場だったら、これに耐えるのだろうか? いやきっと無理だろう。だから彼らは私を呼ぶのだ。格下で、女で、吹けば飛ぶような領地だと思っているから。そうして弱った所で、温かい屋敷で極上の料理を用意するのだろう。篭絡を簡単にするため。
舐めるなよ、私を。ルクレストの民を。
日暮れが迫った頃、私達は持ってきた布を木々につなぎ大きなテントを作った。それは我が領の知恵。その中で少し穴を掘り、火を焚く。テントの上部にはわざと隙間を開けて煙を逃がす。そうすれば温かい空間ができる。
我が領の宿舎から持ってきた根菜を煮込んだスープに保存食として持ってきている大麦のパン。それさえあれば問題無い。領主も何も無い、互いに身体を寄せ合い暖を取る。これもマドラックにはできないだろう。
我々には団結がある。
吹きすさぶ寒風を私達は同じ微笑み、同じ食事、同じ目線で乗り越える。それは資源の無いルクレストならではのものに違いなかった。
マドラック領の中心部に着いたのは屋敷を出て二日半後だった。既に昼を少し回っていたため、私は領主の屋敷に行く前に食事処に入ってみなで昼食をとった。今食べないときっと今後食べられないかもしれない。
そんな懸念があったのでマドラック名物の鳥料理をいただくことにした。私は今後の事もあり、空腹を紛らわす程度にしておく。ルミナやマスカル達にはたくさん食べておくように伝えると、私は窓の外をぼんやりと見る。
さぁ、マドラック家で何がある事やら……。
「おぉ、お待ちしておりましたよ」
番兵に名前を告げると私とルミナだけが中に入る事を許された。そうして大広間に足を踏み入れると、満面の笑みを浮かべたジャイカ殿が奥から現れた。ジャイカ殿は両手を大きく広げ、これでもかと友愛をアピールしているかのようだ。
「遅くなって申し訳ありません」
私が頭を下げると、ジャイカ殿は大きくゆっくりと首を横に振る。
「なぁに、そんな些細な事は気にしていませんよ。来ていただけた、それが最も重要な事なのです。さぁ、肩肘張らずお気楽になって下さい。おぉっと、そちらがシェリア殿の御付きですか」
「ルミナと申します。お目にかかれて光栄でございます」
勢いよく、でも丁寧に頭を下げるルミナの所作はいつだって美しい。自慢したい衝動を何とか堪え、私は深呼吸しながらジャイカ殿を見詰める。
「いやぁ、さすがはシェリア殿。まだ若いのに御付きの者の礼儀も素晴らしい教育をされておられますな。うちのにも見習わせたいくらいですわ」
「いえいえ、ジャイカ殿の御付きの方々も素晴らしいですよ。たくさん学ばせていただいております。今回はうちのルミナの勉強も兼ねて同行してもらいました」
ルミナが深々と頭を下げると、ジャイカ殿が気分良く笑う。
「いやぁ、勉強熱心ですな。うちのようなところで学べるものがあるのなら、幾らでも。さて、長旅でお疲れでしょう。こちらで色々話しましょうか。その間に食事の用意をさせておきますので」
ジャイカ殿が率先し、以前も案内された応接室に入る。ランプ一つとっても豪奢な調度品で溢れ、素敵な絨毯に見るからに質の良さそうなカーテン、そしてあの柔らかな椅子。ちらと横目でルミナを見れば、平静を装っているものの瞳の奥が輝いているように見えた。
「ささ、お座り下さい。おい、用意してあったお茶を」
私が座り、背後にルミナが立つ形になるとジャイカ殿が手を上げた。するとすぐさま待機していたメイドがお茶を淹れる。香り高く、蒸らしの段階で良い茶葉だとわかった。ルミナはじっとその所作を観察している。
「王都から仕入れたものです。シェリア殿はお茶が好きだと聞いておりますから」
「えぇ、お心遣い痛み入ります」
にこりと笑いかけるとジャイカ殿がうなずき、一口飲む。喉の動きを確認してから私もそっとティーカップに口をつけた。すると途端に広がる爽やかな甘みとさっぱりとした渋み。深い森のような芳純な香りが口内を満たしてから鼻を抜けると、思わず幸せを感じた。
「素晴らしいお茶ですね」
「大切な客人ですから」
私はもう一口飲んでから小さくうなずき、そっとティーカップを置いた。
「ジャイカ殿の心遣い、本当にありがたく思います。道路事業の方も進めて下さり、心からお礼申し上げます。領民のみならず、私も今回ここに来るまでに快適でした。行商人の往来も増え、市場もマドラック領には及びませんが活気が出ました」
「いやいや、私も報告を聞いたが何でもルクレスト領は街道を石畳にしたとか。さぞや大変だったでしょう」
「えぇ。ですが多くの領民が作業に参加してくれたので、大変助かってます」
笑うジャイカ殿の目の奥がどこか暗い。思ったよりも良い街道をこちらが作ったからの嫉妬なのか、それとも嫌味だと思っているのか……。
「ただ、それでも辺鄙な場所にある領地ですので財政的には厳しいものがあります。それでマドラック領との交流を深めるにあたり、色々と教えていただきたい事が」
「シェリア殿、そう言った話はまた今度にいたしましょう」
やんわりと、しかしハッキリとジャイカ殿が遮る。
「本日は両家の交流のためのパーティーをささやかながら開催するため、お越しいただいた次第。外の大広間にてもう食事の用意が出来ているみたいですから、長々と話し込んでは折角の料理も冷めてしまうでしょう」
先程から気付いていた、部屋の外から漂う美味しそうな匂い。それはルクレスト領ではあまり使われていない香辛料の匂いもあってか、意識が向くと先程食べたというのについ空腹が刺激される。
「そうですね、失礼しました。ジャイカ殿とお話していると楽しくて、つい」
「いえいえ、私もシェリア殿とそう言う話をするのは楽しいです。時間を忘れて話してしまいそうになる。ただそうなると、うちの料理番を泣かせてしまいかねないので」
ジャイカ殿が大笑いしながら立ち上がると、私もゆっくり立ち上がる。そうしてジャイカ殿が大広間へのドアを開けた。
そこには長テーブルの上に色んな料理が並んでいた。肉に魚、野菜にスープ、果物まで。しかも肉料理も一品だけじゃなく、何品も並んでいる。湯気が互いに混ざり合い美味しそうな匂いが充満し、それが一層豪華絢爛に花を添えていた。
「シェリア殿は苦手なものはありますかな?」
「いえ、特には。それにしても素晴らしい料理ですね」
こればかりはお世辞ではなかった。食材の豊富さもさることながら、素晴らしい腕の料理人がいるのだろうと感心する。
「いやぁ、若く才気あるシェリア殿が来てくれると知った料理番が張り切ったみたいで。時にお酒は?」
「葡萄酒なら、少しは」
するとすぐ、奥から若いメイドが葡萄酒の入っているだろう小さな樽を持ってきた。
「おや、息子はまだ来ていないのか。おい、すぐに呼んできなさい」
ジャイカ殿が軽く周囲を見回すと、そう近くのメイドに告げた。確かにまだ姿が見えない。こんなにも美味しそうな料理が並んでいるのなら、もう既にいるものだとばかり思っていたのだが。
ほどなくしてドスドスと重い足音が響いてきた。音の方を向けば二階から降りてくるのが見える。かなり恰幅の良い体を重そうに揺らし、ふうふうと息を切らすのが聞こえるかのよう。
その顔はいつだって不機嫌。
「おいおい、シェリア殿が来てくれたのだから先に待っていろと言っただろうに」
「忘れてたよ」
ぶっきらぼうに言い放つカリルに私は苦笑したかったが、何とか隠す。代わりに柔らかな微笑みとお辞儀を行う。
「これはこれはカリル殿、お邪魔致しております」
「あぁ、気にするな。今日は君と良い話ができるみたいだからな」
尊大に、そして下衆に微笑むカリルは相変わらず親父ほどの腹黒さが無い。何もかも隠すことなく、全てさらけ出している。親の威光で偉ぶっているだけの子供だ。そして教育しきれていない親の甘さが透けて見える。
「そうですね、私もまだカリル殿をあまりよく知りません。無論、私の事もでしょう。ですからこの機会を設けていただき、感謝しております。友好的な関係を築くのにお時間いただき、ありがたく思っております」
するとカリルが面倒臭そうに頭をボリボリと掻きむしる。
「……あー、そういうのいいからもっと気さくに話そうよ。ほら、いつかは結婚する仲なんだろう? もう慣れていってもいいんじゃないかな」
けれど私は姿勢を崩さない。それが武器であり、防御でもあるから。
「いつかはそうかもしれませんが、まだそれは早いでしょうね。それに今回はルクレスト領主としてお呼ばれいただいておりますので」
「だからそれは俺がかまわないって言ってるだろ」
苛立つカリルに内心苦笑しながら私は柔らかに首を横に振った。
「いえ、礼を失しては義を失います。それにまだお付き合い以前の段階。だとするならば公的な接触で互いを知っていくのが筋かと」
わざとうやうやしく頭を下げると、予想通りカリルは舌打ちして不機嫌になる。さぁこれで引き下がるだろうと思ったのだが、逆に歩を進め私に近寄ってくる。
ほんの少し驚き、その体臭に眉をしかめそうになったがカリルは私ではなく後ろにいたルミナの方を向いた。
「おい、お前。よく見りゃいい顔してるな。どうだ、俺の御付きにならないか? 給金は今の倍払うぞ」
驚いて私はルミナの方を見ると、笑顔を引きつらせ明らかにに困惑していた。自分に向けられるその不躾な視線も、色欲にまみれた下衆な笑みも、不快な体臭も我慢できる。けれどそれがルミナに向けられた途端、我慢できなくなった。
「いえ、私はシェリア様の御付きですので」
何とか絞り出したルミナの反論にも気にせず、カリルが一人満足したようにうなずく。
「うん、田舎の女にしては器量良しだな。身体はやや貧相そうだけど、うちに来れば美味いものを食わせてやるから問題無いな。ほらどうだ、返事は早くした方がいいぞ。俺は金払いは良いが、気が長くない」
ルミナに舐め回すような視線を向けるカリルはいやらしい笑みを浮かべていた。
何と言う奴だろうか。ルミナにまで手を出そうとするとは!
私はすぐに二人の間に入り、じっとカリルの目を見詰める。爆発しそうな怒りを堪えながら、でも口元に笑みを貼り付けたまま。
「すみません、カリル殿。彼女は私の大切な御付きなのです。気に入られたというのはかまいませんが、それを欲しがるというのはあまりにも無礼。そもそも良き領主というのは奪うより与えるもの。それが貴族の心構えでしょう。ですよね、ジャイカ殿」
私は親であるジャイカ殿を真っ直ぐに、でもどこか非難するように見る。すると大きく不満気な溜息を吐き、睨みつけるようにカリルを見た。
「そうだ。お前は本当にもう……」
けれどカリルは一切気にすることなく、それどころかテーブルの上に置いてあった鳥の丸焼きを一皿手にする。その様子にみながあ然と見詰める。
「出てけって言うんだろ。わかってるって。だからせめてこれはもらっていくぜ。さっきまで色々あって、腹減ってるんだからさ」
「おい、カリル! 今日は大事なパーティーだと言っただろう。シェリア殿と交流を深め、ゆくゆくはという会なのに、それをお前は」
その叱責もどこ吹く風。カリルは私を見ると顎で二階を示した。
「なら俺の部屋に来るか? すぐにでも交流を深めてやるよ」
悪びれもせず、極度に礼儀を失した行動に高笑いで応えながら去るカリルに私とルミナは呆気に取られてしまった。階段を上りながら肉を食う姿にもなお驚く。
呆れた奴だ。まるで蛮族……。仮にも貴族だろうに……。
こうなればいよいよジャイカ殿の教育やしつけがどうなっているのか疑問視せずにはいられない。私は渋い顔をしながらジャイカ殿に視線を向けていた。
「何と言うか、申し訳ない。恥ずかしい息子で」
そう言って頭を下げるジャイカ殿に私は首を横に振って見せた。
「いえ、大丈夫です。ただ、いきなりの言葉に少し疲れてしまったのは事実。御付きも具合悪そうにしているのが私にはわかります」
ルミナを見れば普段通りだったが、きっと心に大きなダメージを受けているだろう。まさか貴族の集まりであんな風に言い寄られるとは思ってもいなかっただろうから。
そしてそれはジャイカ殿も同じかもしれない。まさかここまでとは思っていなかったのだろう。もう制御しきれていないのだろうか?
「折角のもてなし料理を無駄にするのは心苦しいですが、このような状況で歓待を受ける気分にはなれません。両家交流というのも、さすがにこのままでは……。またいずれの機会でよろしいですね、ジャイカ殿」
苦々し気にジャイカ殿がうなずく。ここはもう断れないだろう。
「あぁ、仕方ない。私はもう一度、しっかり息子に向き合うべきなのだろう。本当にお二方には申し訳ない事をした」
すっかり焦燥したようになっているジャイカ殿が憐れに見えるが、もうここにはいられない。踵を返したが、足取りに迷いは無かった。私としてはこれで余計な時間を使わずに済む事ができたから良いが、ルミナには可哀想な事をした。
まさかあんなにも傍若無人だとは思わなかったからだ。
「行こうルミナ」
「はい」
私はルミナを連れ立って入口の大扉の前に立つと、門番が扉を開けた。そうして外に出ると大きく息を吐く。安心と後悔、そして侮蔑を含んだそれは風に乗ってどこかへ消える。太陽はまだ沈み切っておらず、本来ならばここからが本番だったはずなのだ。
「おや、随分と早かったんですね」
外に出るとすぐマスカルと護衛達が待っていた。想定していた時間よりもずっと早かったのだから、その疑問は当然だろう。
「あぁ、酷い有様だったからな。さすがに料理を食べずに出てきたよ」
「何があったんですか?」
マスカルが私とルミナを凝視する。おそらく暴行でも受けたと思っているのかもしれない。だから私はゆっくりと首を横に振った。
「息子のカリル=マドラックがルミナを欲したんだ。臆面もなく、下品に」
ちらとルミナを見ればいつもの明るさは消え、うつむいている。
「もちろんルミナのせいじゃない。この会をぶち壊したのは奴だ。だからルミナ、何も気に病む事は無い。自分のせいで会談がと思っているのなら、それは間違いだ」
「ですが」
「でもも何も無い。もし一番悪いとしたら、今回この場に来てくれと頼んだ私だ」
私はルミナの肩をつかみ、目を合わせる。驚いたルミナは少し泣き出しそうな顔をしつつ、首を横に振った。
「シェリア様が悪いなんて、そんな事はありません」
「ならばあいつが悪い。マスカル、宿の手配はできているんだろう。そこで寝て、明日朝すぐに出立するぞ」
「わかりました」
それでも割り切れていないルミナは難しい顔をしたままだ。
私のルミナにこんな顔をさせるなんて!
自分に向けられる悪意や色欲は我慢も出来るし、ある程度は受け流せる。こういう立場になったのだからと半ば定めのように感じているからだ。
けれどルミナに向けられるのは我慢ならない。
はらわたが煮えくり返る、頭が爆発しそうなほどに血が上っている。けれどどうにもできない。あの場であぁ言って出て行ったのが精一杯の反抗であり抗議。それはマドラック家の非礼が明らかだったからこそ可能だった。
もしももっとカリルが頭の切れる奴で、言うに言えない程度の状況を創り出せていたとしたら私は果たしてどうすればよかったのだろう。
やはり力をつけないとならない。正しい事を成し遂げるのも大切な人を守るのも、相手よりも強くなければ蹂躙されるだけだ。対話できるのは相手が話を聞く意欲がある時だけ。話を聞かない相手に対話は無意味なのだから、力でねじ伏せるしかない。
武力、財力どちらもまだマドラック領には及ばない。早急に何とかせねば……。
私はもう一度大きく深呼吸をした。冬の空気がつんと喉と鼻を刺す。けれど静謐で澄んだ空気が怒りを抑える。それでもまだくすぶり続ける怒りが自然と舌打ちに繋がった。




