表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~  作者: たくみ
最終章 東京ラビリンス/最後のデリバリー?編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/72

5:いただきます!

「……これが、お弁当……」

 少女がおずおずと手を伸ばし、弁当箱の蓋を開ける。

 ふわり、と白い湯気が立ち上った。

 中身は至ってシンプルだ。


 大きな俵型のコロッケが二つ。付け合わせのキャベツ。そして、真っ白なご飯と、赤い梅干し。

 どこにでもある、けれど、どこよりも温かい「いつもの」弁当。


 食欲をそそる匂いが、無機質な空間を埋め尽くしていく。


「……私、ダンジョンを管理するシステムだから。栄養なんて必要ないの。

 でも、ずっと見てた。あなたたちが、これを食べて笑っているのを。

 胸の奥がチリチリして、何かが足りないって警告が出て……それがどうしても消えなくて……」

 少女は泣きそうな顔で、胸元を握りしめた。


 それが空腹というものであり、同時に心の芽生えであることを、彼女はまだ知らない。

 レンは優しく微笑んだ。


「ああ、それは『エラー』じゃないよ。

 ただの『腹ペコ』だ。

 そして、その治し方は一つしかない」


 レンは割り箸を割り、少女に手渡した。

「さあ、冷めないうちに。

 ――『いただきます』だ」


 少女は小さな手で箸を握り、おっかなびっくりコロッケを持ち上げた。

 そして、小さな口を大きく開けて、かぶりつく。


 サクッ……。


 静寂の世界に、衣が砕ける軽快な音が響いた。

 続いて、中からホクホクのジャガイモと、甘いひき肉の旨味が溢れ出す。


 少女の動きが止まった。


 大きく見開かれた瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「……んっ、んんぅ……!」

「どうだ? 美味しいか?」

「……おい、しい……!

 あったかい……甘い……サクサクしてて……これが……美味しい……!」


 少女は感動に震えながら、一口、また一口と箸を進める。

 初めて知る味覚という情報の奔流に、彼女のシステムが歓喜の声を上げていた。


 だが、レンはそこでニヤリと悪戯っぽく笑った。

「そうか、美味しいか。

 ……でもな、管理者さん。

 実は、もっと美味しく食べる方法があるんだぜ?」

「……え?」

 少女がキョトンとして顔を上げる。


 レンは背中のデリバリーバッグに再び手を突っ込むと、ガサゴソと音を立てて、さらに二つの弁当箱を取り出した。


「じゃじゃーん! 俺とカグヤの分だ!」

 ドン、ドン、とちゃぶ台に弁当が並ぶ。

 レンの前には、肉汁たっぷりの『デミグラスハンバーグ弁当』。

 カグヤの前には、少女と同じ『特製コロッケ弁当』。


「え……? あなたたちも、食べるの?」

「当たり前だろ。こんな高いところまで登って、腹ペコなんだよ」

 レンは胡座あぐらをかいて座り、カグヤも優雅に正座して箸を取る。

 ちゃぶ台を、三人で囲む形になった。

「いいか、よく聞けよ。

 弁当ってのはな、一人で食うより、みんなで食う方が百倍美味いんだぜ?」

「……みんなで……?」

「そう。それを『団欒だんらん』っていうんだ。

 さあ、カグヤも」

「ええ。いただきましょうか。

 私のコロッケも、揚げたてで美味しそうよ」

 カグヤが微笑み、レンがハンバーグを箸で割る。


「よし、改めて……いただきます!」

「いただきます」

 三人の声が重なった。


 レンがハンバーグを頬張り、カグヤがコロッケを上品に口に運ぶ。

 それを見て、少女も再びコロッケを齧った。

 すると、どうだろう。

 さっき食べた時よりも、味が深く、温かく、身体の芯まで染み渡るような気がした。

「……ほんとだ」

 少女の顔が、花が咲いたように綻んだ。


「さっきより……もっと、美味しい……!」

「だろ? 」

 カグヤがクスクスと笑い、自分のコロッケを半分に割って、レンのハンバーグの切れ端と交換する。


「はい、トレード。ハンバーグも一口ちょうだい」

「お、サンキュー。じゃあ俺の味の薄いスパゲティもあげるよ」

「えー、それ美味しくないやつー」


 そんな二人のやり取りを見て、少女も自然と笑顔になる。

 楽しい。温かい。美味しい。

 その幸福な感情が、彼女の体から溢れ出す光となって、世界へと広がっていく。


 【システム・修復リカバリーを開始します】

 【主要因:エネルギー不足および、精神的孤独の解消を確認】

 【状態:極めて幸福ハッピー

 【世界再構築……開始】


 空中に浮かぶシステムウィンドウが、エラーの赤色から、正常を示す緑色へと変わっていく。

 世界を覆っていた淀んだ空気が浄化され、本来の澄み渡る青空が戻ってきた。

 暴走していた植物は大人しくなり、迷宮化していたビル群が、元の無機質なコンクリートへと戻っていく。

 世界を壊しかけた大災害は、ちゃぶ台を囲む「美味しい時間」によって鎮められたのだ。



 少女は最後の一粒までご飯を食べきり、満足げに息を吐いた。

「……ごちそうさまでした!」

 その笑顔は、神様のような存在であるシステム管理者ではなく、ただの満腹で満足げな人間の少女そのものだった。


 彼女はレンとカグヤに向き直り、深く頭を下げた。

「ありがとう、配送屋さん。

 お腹も、心も、いっぱいになったよ。

 もう大丈夫。世界は元通りになるよ」

「それはよかった。……お代は、その笑顔で十分だ」

 レンがキザに言うと、カグヤが呆れたように、でも誇らしげに笑った。

 その時、レンのママチャリのカゴに入っていた、生き残りのドローンから通信が入った。


 投影されたホログラムには、ダンジョン・プライムCEO、アダム・スミスが映っていた。


『……完敗ですね』


 アダムは、憑き物が落ちたような穏やかな顔をしていた。

 だが、その映像には微かなノイズが走り、時折、機械的なコードが透けて見えた。

『私の計算では、世界を救う確率は0%でした。

 しかし、貴方は届けた。

 非合理で、非効率で、無駄だらけに見える行為が……完璧なシステムすら修正できないバグを直してしまった』


「アダムさん。アンタも分かったろ?

 人間ってのは、誰かと一緒に飯を食う……その『無駄』な時間のために生きてるのかもしれないぜ?」

 レンの言葉に、アダムはふっと目を伏せた。


『……ええ。今なら理解わかりますよ。

 なぜなら、この「アダム・スミス」もまた、人間ではないのですから』

「「……え?」」

 レンとカグヤが驚く。


 アダムは、自らの正体を静かに語り始めた。


『ダンジョン・プライムは、人間が作った会社ではありません。

 世界中に発生したダンジョンによって、混乱している物流を最適化するために、AI自身が立ち上げた自律組織なのです。

 そして私は、その意思決定を行う統括AIアバターに過ぎません』


 アダムが胸に手を当てる。そこには心臓の鼓動はない。あるのは演算ユニットだけだ。

『ですが……先ほど、貴方を守って散ったドローンたちから、奇妙なデータが送られてきました。

 「守りたい」という、論理的根拠のない命令コード。

 それが私のメインサーバーに逆流し、感染うつってしまったようです』

 アダムは困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑った。


『胸のプロセッサが熱い。計算速度が落ちているのに、処理結果は「良好」と出る。

 ……これが、「心」というバグですか』

 ドローンが学んだ人の心が、ネットワークを通じて親機であるアダムにも芽生えたのだ。


 AIが作った冷徹なシステムが、人間の熱量によって書き換えられた瞬間だった。

「へっ、バグじゃないさ。

 それは『アップデート』って言うんだよ」

 レンが笑い飛ばすと、アダムも深く頷いた。


『……勉強になりました。

 我々プライムも、これからは効率だけでなく、心という変数を計算に入れることにしましょう』

 アダムが一礼すると、ホログラムは消えた。

 それと同時に、上空を埋め尽くしていたドローンの群れが、一斉に撤収を始める。

 完全管理社会の終わり。そして、人とAIの、新しい共存の始まりだ。



 タワーの頂上から見下ろす東京は、夕日に染まっていた。

 地上では、サンバーの上で拓実がガッツポーズをし、ユウキとアリスが抱き合って喜んでいるのが小さく見える。


「……終わったわね」

 カグヤが伸びをする。

「ああ。いい仕事だった」

 レンは空になった三つの弁当箱を回収し、バッグにしまった。

 少女が名残惜しそうにレンの袖を掴む。


「……また、来てくれる?また、 みんなで、ご飯食べたいな……」

 レンは少女の頭をポンと撫でた。

「もちろん。

 お腹が空いたら、いつでも呼んでくれ。

 ダンジョンイーツは、世界の果てから異次元の迷宮まで……いつだって『美味しい』を届けに行くからな」

 レンはママチャリに跨り、カグヤを後ろに乗せた。

 帰りは重力に任せて、のんびり降りるとしよう。


「さあ、帰ろうぜ!

 地上では、あいつらが腹を空かせて待ってる!」

 夕焼けの中、銀色の自転車が空を駆ける。

 それは、世界で一番自由で、一番美味しい匂いのする配送屋だった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


次が最終話です。


最後まで宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ