3:最終走者
ブロロロロロ……ッ!!
巨大な蔦が複雑に絡み合い、もはや熱帯雨林と化した芝公園エリア。
その緑の魔境を、深紅の閃光が突き抜ける。
ユウキが駆る『スーパーカブ・ダンジョンカスタム』だ。
ブロックタイヤが湿った苔を噛み、強化サスペンションが瓦礫の段差をものともせずに吸収する。
「やっほぉぉぉぉ! 最高っすよ先輩!
あたしのスキル【鉄馬使い】があれば、カブは無敵です!」
ユウキがヘルメットの中で叫ぶ。
彼女の魔力がカブのフレームに浸透し、まるで手足のように車体を制御し、車体の限界を超える性能を生み出す。
倒木があればアクセルターンでかわし、階段があればウィリーで駆け上がる。それは新聞配達のバイクというより、トライアルバイクの動きだった。
そして、そのカブの後ろに連結されているのが――。
「……驚いたな。これだけ揺れているのに、コーヒーが波立たない」
レンが感嘆の声を上げる。
彼とカグヤが乗っているのは、銀色に輝く特製カブ専用リアカー『デリバリー・キャリア2』だ。
「当然よ。レイ君が作ったこのリアカーは、衝撃吸収と慣性制御の魔導回路が組み込まれているの。
乗り心地は高級リムジン並み……と言いたいところだけど、景色が速すぎて酔いそうね」
カグヤが流れる景色を見ながら苦笑する。以前、救助者を乗せた際に、全員リバースしたという悲劇を防ぐために改良したリアカーだ。
その結果、俺たちは暢気にティータイムを楽しむことができた、ユウキはウルサいけどね。
その時、頭上のドローンから再び警告音が降り注ぐ。ダンジョンプライムのドローンは、追い払っても次々やってくる。
『警告。警告。
進行方向に多数の生体反応。S級指定モンスターの群れです。
回避不能。直ちに停止し――』
「うるさいわね……」
カグヤが不機嫌そうに空を見上げた。
前方から、不快な羽音と共に現れたのは、巨大な雀蜂の群れ『キラー・ホーネット』だ。
一匹一匹が小型犬ほどのサイズがあり、その毒針は鋼鉄をも貫く。
「ユウキ、そのまま突っ切りなさい!」
「了解っすカグヤ様! フル・スロットル!」
ユウキは減速しない。むしろ加速する。
カグヤはリアカーの上で立ち上がると
、剣を腰から抜き、剣先をモンスターへ向ける。
「……私のティータイムを邪魔する羽虫には、お仕置きが必要ね」
『氷華・散弾』
カグヤの剣先からは、無数の氷の礫がショットガンのように放たれた。
ホーネットの群れが次々と凍りつき、氷塊となって地面に落ちていく。
リアカーの安定性が、カグヤの精密射撃を支えていた。
「すごい……! 全部撃ち落とした!」
ユウキがバックミラー越しに歓声を上げる。
『……予測不能。物理的障壁および敵性生物の排除を確認。
ルート再計算……エラー。当該車両のスペックでは、到達不可能』
プライムのAIが混乱し始めている。
スペック? 数値?
そんなもので測れるわけがない。ここにあるのは「絶対に届ける」という俺たちの執念だけだ。
カブは森を抜け、ついに視界が開けた。
目の前にそびえ立つのは、赤と白の鉄塔――かつての東京タワー。
今は全体が異様な植物に覆われ、巨大で不気味な樹木のようになっている。
そして、その麓には、最後にして最大の難関が待ち受けていた。
「……うわっ、マジっすか」
ユウキが急ブレーキをかける。
カブが停止した先には、道がなかった。
タワーへ続く道は陥没し、代わりに聳え立つのは、瓦礫と植物が垂直に近い角度で積み重なった「壁」だった。
高さにして30メートル以上。
AIが「到達不可能」と断定した物理的な壁だ。
ユウキが燃料計を見る。針はエンプティの赤いラインを振り切っていた。
常人なら、ここで諦めるだろう。
だが、彼女はヘルメットのバイザーを上げ、ニヤリと笑った。
「……壁? 関係ないっすよ。
先輩を待ってるお客様の元へ、あたしたちが届けるんです!」
ユウキはアクセル全開にする。
「私のカブ!最後の一滴まで燃やし尽くせ!!
【鉄馬・飛翔】!!」
カブのエンジンが、物理限界を超えた咆哮を上げる。
マフラーから青い炎を噴き出し、紅き鉄馬が垂直の壁に向かって突っ込んだ。
グリップしないはずの壁を、魔力で強化されたタイヤが強引に噛み砕き、駆け上がっていく。
「うおおおおおっ! 行けええええええ!!」
頂点に達した瞬間、カブは大空へと跳躍した。
その姿は、まさしく空を翔ける天馬だった。
ズザァァァッ!
タワーの展望デッキ跡地に、カブとリアカーが激しく着地する。
その衝撃で、カブのエンジンからプスン……と煙が上がった。
同時に、タンクの下からポタポタと液体が漏れる音がする。
「……あーあ。お漏らししちゃった」
ユウキがカブを降り、優しくタンクを撫でた。
車体の傷はスキルで治せるが、空になった燃料は戻らない。
「お疲れ様、相棒。……ここまでだね」
ユウキがカブを慈しむように声をかける。
レンがリアカーから降り、ユウキの肩を抱いた。
「十分だ。最高の走りだったよ、ユウキ」
レンは顔を上げ、遥か頭上のタワー頂上を見据えた。
ここから先は、鉄骨と蔦が絡み合う、正真正銘の「道なき道」だ。
だが、彼には見える。
スキル【絶対配送】が示す、黄金のラインが。
「……ここからは、俺の出番だ」
レンは虚空に手をかざすと、一台の自転車が具現化される。
錆びついチェーン。色あせた銀色のフレーム。
どこにでもある、ただのママチャリ。
愛車、『デリバリー・ランサー』。
「カグヤ。……ここからは二人乗りだ。しっかり捕まっててくれよ」
「ええ、もちろんよ。レンの背中は、特等席だもの」
カグヤが慣れた手つきで荷台に座り、レンの腰に腕を回す。
その背中には、保温バッグに入った「いつもの(カグヤの好物、特製コロッケ弁当)」が背負われている。
上空のドローンが、最後の警告を発した。
『警告。対象車両……自転車?
理解不能。動力源なし。登坂能力なし。
ここから先への到達確率は、ゼロ%です』
レンはペダルに足をかけ、ニヤリと笑った。
「0%? 笑わせるな。
俺の脚と根性!そして、このチャリがあれば……100%到着させてみせる!」
最終走者、天野レン。
いよいよ最後の試練、天空へ続く鉄骨の道に挑む。
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