8:思い出のあの日……
東京湾、隅田川河口付近。
そこは、この世の終わりのような光景が広がっていた。
海上自衛隊の防衛ラインを突破したH&Lロジの船団が、巨大な『浮遊型ゲート』を曳航し、陸地へと迫っている。
上空には、氷の翼を広げたカグヤが滞空し、近づくものを無差別に迎撃する「自動砲台」と化していた。
岸壁に急行した大和運輸の大門は、歯噛みしながら海を見つめていた。
「くそっ! 我々のトラックでは海には入れん!
指をくわえて見ているしかないのか……!」
その時だ。
背後から、軽快なエキゾーストノートが響き渡った。
「……どいてください。通ります」
拓実のサンバーだった。
だが、その姿は異様だった。
タイヤのホイール部分から水掻きのようなパドルが展開し、車体下部にはフロート(浮き)が膨らんでいる。そしてマフラーからは、青白いアフターファイアが噴き出していた。
「な、なんだその車は!?」
大門が叫ぶ。
「……『ウルトラ・サンバー・マリンカスタム』。……レン社長が『釣りに行きたい』と言った時のために、アリスさんが魔改造しておいた機能です」
助手席のアリスが、Vサインを出した。
「忍法・水蜘蛛の術を応用したでござる! これで水上も陸と同じように走れるでござるよ!」
「行くぞ、拓実! 時間がない!」
荷台に乗り込んだレンが叫ぶ。
サンバーが岸壁から海へダイブした。
着水と同時に水しぶきが上がり、サンバーは沈むことなく、アメンボのように水面を滑走し始めた。
「……水上のグリップ、悪くない。……波を読んで、風に乗る」
拓実のハンドルさばきで、サンバーはH&Lの船団へ向かって直進する。
◆
上空のカグヤは、接近する青い軽トラに気づいた。
彼女の瞳は紫色に濁り、首元の『聖女アデレードの至純』が点滅している。
「……また虫が来たわ。私のレンとの愛の巣作りを邪魔しないで」
カグヤが指を振るう。
海面から巨大な氷柱が次々と突き出し、サンバーの進路を塞ぐ。
「……甘い」
拓実はステアリングを小刻みに切り、氷柱の間を縫うようにスラローム走行で回避する。
「すごい……! 軽トラが海の上でドリフトしている!」
岸で見守る大門たちがどよめく。
しかし、カグヤの攻撃は激しさを増していく。
無数の氷の礫がマシンガンのように降り注ぐ。
「お館様! このままでは近づけないでござる! カグヤ殿の魔力が強すぎて、サンバーの防御結界が持たないでござる!」
アリスが悲鳴を上げる。
レンは歯を食いしばった。
真正面から突っ込んでも撃墜される。かといって、攻撃すればカグヤを傷つけてしまう。
どうすれば、彼女の心を……あの呪いを解けるのか。
その時、レンの脳裏に、ある記憶が蘇った。
以前、海底ダンジョンへ向かった時のことだ。
あの時、ユウキがジェットスキーでバナナボートを牽引し、とんでもないスピードで海を爆走した。
普段は冷静沈着なカグヤが、振り落とされまいと必死にしがみつき、そして――少女のように大声で笑っていた。
『きゃあああ! 速いわ! でも、これ楽しいわよ!レン!』
――そうだ。あれだ。
あの時の「スリル」と「笑顔」こそが、彼女との本当の絆だ。まぁ、俺はエンジンルームでチャリを漕いでいたが……
歪んだ独占欲なんかじゃない。ただ普通に笑い合う、あのバカバカしい時間こそが大事なんだ!。
「アリス! あれはあるか!? 海底ダンジョンの時に使った『バナナボート』だ!」
「えっ? あるでござるが……まさか、この状況で使う気でござるか!?」
「使う! 拓実、全力で引っ張ってくれ! 俺があれに乗ってカグヤの懐に飛び込む!」
正気の沙汰ではない。
極寒の戦場で、浮き輪に乗るなど自殺行為だ。
だが、拓実はニヤリと笑った。
「……了解。社長、振り落とされないでくださいね。
あいつ……じゃじゃ馬なんで」
◆
サンバーの後部から、黄色い物体が射出された。
瞬時に膨らみ、海面に浮かんだのは――どう見ても、リゾート地で見かけるバナナボートだった。
側面には『Dungeon Eats』のロゴ入りだ。
レンは荷台からバナナボートへと飛び移り、またがった。
「うおおおおっ! 寒い! 揺れる! ……頼んだぞ拓実!」
「……しっかり捕まっててください。……あいつが唸りますよ」
サンバーが急加速する。
スーパーチャージャーの過給音が、響き渡る。
牽引ロープがピンと張り、レンを乗せたバナナが猛スピードで滑り出した。
上空のカグヤが、その奇妙な光景に動きを止めた。
「……な、なに? バナナ……?」
呪いに支配された彼女の思考回路に、異物が混入する。
氷と殺戮の戦場に、場違いな黄色いフルーツ。
そして、それに必死にしがみついている、愛しい男の姿。
「カグヤーーッ!! 俺だー!! こっちを見ろーー!!」
レンが波しぶきを浴びながら絶叫する。
「……レン? なんで、そんなふざけたものに乗っているの?」
カグヤの殺意が揺らいだ。
「思い出せカグヤ! 海底ダンジョンの時を!
ユウキがジェットスキーで暴走して、お前が振り落とされそうになって……!
お前が言ったんだろ! 『スリルがあって楽しい』って!
俺たちが築いてきたのは、こんな冷たい氷の世界じゃない! 皆で笑い合うような、くだらないけど楽しい日常だろ!!」
レンの叫びが、海風に乗ってカグヤに届く。
カグヤの脳裏に、鮮烈なフラッシュバックが起きる。
青い海。水しぶきを上げるユウキの背中……
油断するとすぐに天井に潜り込もうとするアリス……
姉さん、姉さんと世話の焼けるレイ君(妄想)……
あの軽トラに乗ってる人……だれだっけ?
「……あ……。そう、だわ……。私……」
カグヤの瞳から、紫色の濁りが薄れていく。
首元の『聖女アデレードの至純』が、異変を察知して激しくスパークした。
『な、なんだァ!? 精神汚染値が低下しているだと!?
ええい、馬鹿な! バナナごときに負ける呪いなどあってたまるかァ!』
宝石からH&Lのエリア統括『蛇島』の焦った声が響く。
『殺せカグヤ! そいつはレンの偽物だ! 本物のレンならバナナなんかに乗らねえ、あいつが乗るのはチャリだけだ!!』
蛇島の命令がカグヤの脳を締め付ける。
カグヤは頭を抱えて苦悶した。
「うっ……! あたまが……割れる……!」
その隙を見逃す拓実ではない。
「……今だ。……『サンバー・カタパルト』」
拓実はサンバーを急旋回させ、遠心力とうねる波を利用して、後ろのバナナボートをぶん投げた。
ハンマー投げの要領で、レンを乗せたバナナが空中のカグヤへ向かって射出される。
「うおおおおおっ!!」
レンは空飛ぶバナナの上から跳躍した。
カグヤの目前へと肉薄する。
「目を覚ませ、カグヤッ!!」
レンはカグヤを空中で強く抱きしめた。
そして、その首に巻き付いた忌まわしいネックレスを、渾身の力で引きちぎった。
パリィィィィィン!!
宝石が砕け散り、紫色の霧が霧散していく。
カグヤの瞳に、本来の理知的な光が戻った。
「……レ、ン……?」
「おはよう、カグヤ……」
二人は抱き合ったまま、重力に従って海面へと落下していく。
その下では、サンバーが、巨大なエアマットを展開して待ち構えていた。
ボフッ!
無事着地。
カグヤはキョトンとした顔で、周りの景色を確認し、そしてレンに抱きしめられていることに気づき、顔を真っ赤にした。
「わ、私……なんてことを……。レンを氷漬けにしようだなんて……!」
「気にするな。いつものヤンデレがちょっと加速しただけだ」
レンは笑ってカグヤの頭を撫でた。
だが、事態はまだ終わっていない。
ズゴゴゴゴゴ……!!
カグヤが正気に戻っても、一度動き出した『浮遊型ゲート』は止まらなかった。
慣性の法則に従い、巨大なゲートはそのままH&Lの倉庫がある陸地へと乗り上げていく。
「……感動の再会はそこまでです」
拓実が冷静に告げる。
岸壁に乗り上げたゲート。
カグヤは立ち上がり、キリッとした表情に戻った。
ただし、その手はしっかりとレンの手を握ったままだ。
「……許さないわ。私の純情を踏みにじり、レンを汚傷つけようとした罪……。
H&Lには永遠に凍ってもらいましょう。」
最強のS級冒険者が、完全復活した。
いよいよ、H&Lロジとの最終決戦が始まる。
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