4:恋は盲目と言うけれど……
その日の午後、レンはダンジョンイーツ銀座本部で、山積みになった書類と格闘していた。
アリスが淹れたコーヒーを啜りながら、彼は深い溜息をつく。
「……なんだってこう、H&Lロジ絡みのクレームがうちに来るんだ」
激安通販『ハッピー・ラッキー便』の被害は拡大の一途を辿っていた。
「届いたポーションが爆発した」
「防具がプラスチックで、触るとボロボロになった」
「鎧を買ったのに、届いたのは鎧の写真だった」
そんな相談が、なぜか無関係のダンジョンイーツに持ち込まれ、その対応に追われているのだ。まぁ、うちは儲かるし、信頼も得られるのだが……
「まったく、こんな怪しい通販、誰が使うんだか……。情弱にも程があるだろ」
レンは呆れ顔で呟いた。
「……うっうう……くやじぃ」
突然アリスとユウキが、地面に突っ伏し鳴き始めた。
「うゎぁぁーーん。カブのパーツ注文したら、粗悪なパーツでした……」
「拙者としたことが……、新しい忍装束注文したら、ポリエステル100%で、シャカシャカ音がするので、隠密任務には使えぬでござる……」
目の前に情弱が居たよ……
しかしレンは知らなかった、もう一人、最も身近な存在が、情弱だったことに……
◆
銀座の超高級タワーマンション『ルナコートレジデンス』、最上階。
広大なペントハウスのリビングには、不気味な静寂が満ちていた。
カグヤは、一人ソファに座り、目の前に積まれた蛍光オレンジ色の箱を見つめていた。
レンは仕事で不在。アリスも事務所に出勤している。
誰の目も気にする必要はない。彼女は少女のようなトキメキを胸に、カッターナイフを手にした。
「ふふ……。ようやく届いたわ。レンには内緒で注文した、愛の魔導具たち……」
カグヤは頬を赤らめながら、一つ目の箱を開封した。
H&Lロジのキャッチコピーは『驚きの価格で、夢のような商品を……
「まずはこれ……
『伝説の魔女が紡いだ、運命の赤い糸』。
これを二人で着ければ、レンはもう私から離れられない……」
定価5万円が、驚きの99%OFFで500円。
カグヤは震える手で、パッケージを取り出した。
だが、そこに入っていたのは――。
「…………え?」
それは、どう見てもホームセンターの釣具コーナーで売っている「テグス」だった。
しかも、赤い油性ペンで雑に塗られているため、まだ乾ききっていないインクが袋の内側にべっとりと付着している。
袋を開けた瞬間、鼻を突くシンナー臭。
「……ま、まぁ、見た目はともかく、効果があればいいのよ。次はこれ」
カグヤは気を取り直そうと、二つ目の箱に手を伸ばした。
『灯すだけで彼がメロメロ! ダンジョン産・魅惑の惚れ薬入りアロマキャンドル』。
ロマンチックな夜を演出し、彼が貴方のベッドに……。
「きゃーーー!駄目よ!カグヤ、もっと恥じらいを持たないと!」
クッションに顔を埋め、足をバタバタさせて悶絶する。
しかし、箱を開けた瞬間、ペントハウスの広いリビングに、強烈な異臭が充満した。
それは「腐った卵」と「ドブ川の水」を混ぜて煮込んだような、生物兵器レベルの悪臭だった。
ロウソク部分は泥のように濁っており、芯はすこし焦げている……中古?。
「…………」
カグヤの顔から、感情が抜け落ちていく。
そして、最後の一つ。これが極めつけだった。
『S級冒険者御用達! ペアルック・ミスリルパーカー(防弾・耐火機能付き)』。
出てきたのは、ペラペラのビニール袋のような布切れ。
背中には、著作権的にギリギリ……いや完全にアウトな、某電気ネズミに見えないこともない、なんか腹の立つ顔をしたキャラクターがプリントされており、その下には謎の英語で『I am very Strong GORILLA』と書かれている。
「防弾」どころか、指で突いただけで穴が開いた。
プツン。
カグヤの中で、何かが切れる音がした。
「……私の……純情を……」
部屋の空気が一変する。
観葉植物のパキラが一瞬で凍りつき、葉が氷の礫となって床に散らばった。
窓ガラスには幾何学模様の霜が走り、テーブルの上の紅茶がカチンと音を立てて凍結する。
「レンとの未来への願いを……。あの人と結ばれるための、ささやかな幸せを……。
よくも……よくも、こんな汚物で汚してくれたわね……!!」
ゴゴゴゴゴ……!!
ペントハウス全体が揺れる。レンが居れば、必死で止めたかもしれない。
だが、今は誰もいない。
彼女の怒りを鎮めるブレーキは、どこにも存在しなかった。
カグヤはスマホを取り出すと、H&Lロジのアプリを開いた。
画面には『AIチャットが24時間対応!』とあるが、彼女はそんな生ぬるい手段は取らない。
彼女は独自のルートを使い、H&Lの通直通電話番号を入手。直接、運営本部の回線へ電話をかける。
プルルル……ガチャ。
『は、はい! H&Lロジ、カスタマーセンターでございます。』
出たのは、若い男性オペレーターだった。突然の直通電話に動揺しているようだ。
カグヤは、地獄の底から響くような声で告げた。
「……責任者を出しなさい。今すぐに」
『えっ? あ、あの、どのようなご用件でしょうか? 基本的には順次対応を……』
「私が誰か分からないの? ……『氷姫』と言えば、通じるかしら?」
『ひっ……!?』
オペレーターが悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちる音が聞こえた。
「氷の魔女」。その名はダンジョンに関わる業界人において、恐怖の代名詞だ。
保留音も鳴らさず、慌ただしく電話が転送される。
『……お電話代わりました。カスタマーサポート統括責任者の、蛇島と申します』
代わって出てきたのは、やけに滑らかで、粘着質な声をした男だった。
カグヤは冷ややかに告げる。
「蛇島さん。貴社の『赤い糸』と『アロマ』と『パーカー』他……15点が届いたのだけれど。……これ、ゴミ箱の中身を間違えて送ってきたのかしら?」
『おや……。商品に不備がございましたか? それは大変申し訳ございません』
「嘘をおっしゃい。インクの乾いていないテグスが商品? 腐臭のするロウソクがアロマ? ……私を、誰だと思っていて?」
カグヤが指を弾くと、スマホのマイクを通じて「冷気」が伝送されたかのように、電話の向こうで空気が凍る音がした。
「全額返金なんて望んでいないわ。……私の『期待』を裏切った罪。そして私の『恋路』を邪魔した罪。どう償ってくれるのかしら?
もし納得のいく答えが得られないなら……今からあなたの居る場所、氷河期にするわよ?」
誰も止める者がいないカグヤの脅迫は、容赦がなかった。
『ひっ、ひぃぃ! そ、それだけはご勘弁を、カグヤ様!
お客様の怒りはごもっともです! これは完全に当社の不手際!
この埋め合わせは、必ずさせていただきます!』
蛇島は謝罪した。しかし、何か違和感が残る、電話の向こうの男は、怯えていない。ものすごい胆力だ。
蛇島は、さらに続けて、カグヤの最も弱い言葉を巧みに使い始めた。
『カグヤ様のその深い悲しみを癒やすため……そして、貴女様の恋を成就させるため、当社が極秘に保有する『最高級の逸品』を、お詫びの品として無償でお送りさせてください!』
「お詫びの品? ……またゴミを送るつもり?」
『とんでもない! これは、一般には出回らない、本物の古代アーティファクトでございます。
その名は……『聖女アデレードの至純』。
身につけた女性の魅力を極限まで高め、意中の殿方の心を、永遠に虜にするという伝説のネックレスでございます』
その瞬間、カグヤの瞳から怒りの色が消えた。
「……レンの心を、虜に?」
レンがいれば、「そんな都合のいいアイテムがあるわけないだろ!」と止めていただろう。
だが、今はカグヤ一人だ。
彼女の思考回路は、「レンと結ばれること」に直結している。
『はい、左様でございます。これさえあれば、彼は貴女以外の女性を見ることすらできなくなるでしょう。
これをもって、今回の非礼への償いとさせていただけないでしょうか?』
カグヤの顔が、満面の笑顔へと変わる。
つい先程まで部屋を凍らせていた魔女が、恋する乙女の顔に戻っていた。
「……分かったわ。そこまで言うなら、受け取ってあげる」
『ありがとうございます! では、至急、特別便にて発送いたします! カグヤ様の恋が成就することを、心よりお祈り申し上げます……』
電話が切れた。
カグヤは上機嫌でスマホを置いた。
部屋の氷は自然解凍され、ゴミ同然のH&Lグッズも「まあ、話のネタにはなるかしら」と寛容な心で見逃された。
「ふふっ、楽しみだわ。本物の『愛の首飾り』……。これでレンも、私のことしか考えられなくなるのね」
彼女は知らなかった。
その電話の相手が、かつて自分に恨みを持つ男であることも。
そして、その首飾りが「愛」などではなく、「呪い」をもたらすものであることも。
戦いにおいて彼女は無双を誇るが、恋愛となると……途端にポンコツになる。
◆
一方その頃。
H&Lロジの物流倉庫、最奥にある役員室。
電話を切った蛇島は、受話器を置くと同時に、醜悪な笑みを浮かべた。
「ケケケッ……! チョロいもんだぜ、氷の女帝もよぉ!」
蛇島と呼ばれた男。
彼はかつて、悪徳配送業者『ハリー・エクスプレス』日本法人代表を務めていた。
部下を使い潰し、違法な魔道具を売りさばいて私腹を肥やしていたが、突然それは消え失せた。すべては、蛇島の身から出た錆だが、ハリーエクスプレスの闇を暴いたのはカグヤだった。
H&Lロジは、彼が復讐のために作り上げたダミー会社だった。
「あの時の屈辱……忘れたことはねえ……!
レンとかいう男に惚れてるって情報は本当だったみたいだな。冷静な判断力を失ってやがる」
蛇島は、机の引き出しから、古びた桐箱を取り出した。
中に入っていたのは、鈍い銀色に輝く、不気味なネックレスだった。
中央には紫色の宝石が嵌め込まれており、まるで生きているかのように脈動している。
「『聖女アデレードの至純』だと? ケッ、そんなロマンチックな代物じゃねえよ。
こいつは、古代のダンジョンから発掘されたS級呪具……『傀儡の首輪』だ」
それは、身につけた者の精神を蝕み、特定の波長を持つ者の命令に絶対服従させるという、禁断の洗脳アイテムだった。
「こいつをカグヤが着ければ、あいつは俺の操り人形だ。
最強のS級冒険者『氷姫』を、俺専用の殺戮兵器にしてやる……! そして、愛するレンとやらを、その手で氷漬けにさせてやるのが最高のショーだぜ!」
蛇島はネックレスを丁寧に梱包し、H&Lの伝票を貼り付けた。
薄暗い部屋に、男の狂った哄笑が響き渡った。
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