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ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~  作者: たくみ
第六章 その配送、安物につき群雄割拠 編

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3:農道のポルシェと、オレンジ色の暴走者

 銀座…

 かつては日本一の地価を誇り、煌びやかなブランドショップが立ち並んでいたこの街も、ダンジョン時代の到来と共にその姿を変えた。


 地上部分は依然として高級街としての威厳を保っているが、その地下には広大な迷宮が広がっている。

 冒険者、魔物素材のバイヤー、そして観光客。多種多様な人々が行き交うこの街の道路事情は、世界でも類を見ないほどにカオスを極めていた。


 そんな銀座の目抜き通りである中央通りを、周囲の空気を読まない一台の車両が走っていた。

 鮮やかなWRブルー・マイカに塗装された車体。

 無骨な荷箱を背負った、商用の軽トラック。

 スバル・サンバー。通称、「農道のポルシェ」。

 Rリアエンジン・リアドライブレイアウトがもたらす独特のトラクションと、四気筒エンジンの乾いた排気音。


 運転席に座る藤瀬拓実は、信号待ちの間、愛車のステアリングを愛おしそうに撫でながら、虚空に向かってボソボソと語り掛けていた。


「……今日の湿度は60%。吸気温度も悪くない。あいつ(サンバー)の機嫌も上々だ」

 拓実の視線は、周囲を走る高級外車や、魔道エンジンを積んだ最新鋭の配送トラックには向いていない。彼は常に、自分の背中にあるエンジンと、タイヤが掴むアスファルトの感触だけを感じ取っている。


 今の拓実は、ただの配送員ではない。

 『ダンジョンイーツ』の配送部門を支える、地上最強の運び屋集団の一員だ。


 信号が青に変わる。

 拓実は絶妙なクラッチミートでサンバーを発進させた。

 カクン、という衝撃は一切ない。まるで氷の上を滑り出すかのように滑らかでありながら、強烈な加速Gが背中を押し付ける。


 荷台に積まれているのは、S級冒険者パーティからの依頼である『特製スフレパンケーキ』だ。

 少しの振動で崩れ、わずかなGの偏りでクリームが垂れる。


 だが、拓実の運転において、そのような心配は無用だった。彼の運転は「速さ」と「安らぎ」が同居する、矛盾の極致にあるからだ。


「……次の交差点を左折して、昭和通りから首都高ダンジョン・C1エリアへ入る。……最短ルートだ」

 拓実は独り言をつぶやき、ウインカーを操作する。


 平和な配送業務。

 お気に入りのユーロビートをBGMに、愛車との対話を楽しみながら仕事を終える。

 今日もそんな一日になるはずだった。


 ――背後から、不快な爆音が響き渡るまでは。


 パパパパッ!!


 突如として、バックミラーが強烈な光に包まれた。

 ハイビームだ。それも、ただのヘッドライトではない。ダンジョン探索用の高光度LEDライトを、あろうことか前走車に向けて照射している。


「……眩しいな」

 

 サイドミラーに映ったのは、目に痛いほどの蛍光オレンジに塗装された、大型のSUVだった。

 ボディの側面には、ポップなフォントで『Happy & Lucky Logi』――通称、H&Lロジのロゴが描かれている。


 最近、ネット通販界隈を荒らしている激安配送業者の車だ。

 H&LのSUVは、明らかに異常な挙動をしていた。

 車間距離はわずか数メートル。サンバーのリアバンパーにキスをするような距離まで詰め寄り、左右に蛇行を繰り返している。

 典型的な「あおり運転」だ。


「……急いでいるのか? なら、先に行けばいい」

 拓実は争いを好まない。


 彼は左側の車線に寄り、道を譲ろうとした。

 だが、オレンジ色のSUVは、それを許さなかった。サンバーが車線変更すると同時に、同じ方向へ被せてくる。進路を塞ぎ、さらにハイビームを点滅させる。


『オラオラァ! どけよ貧乏軽トラァ! トロトロ走ってんじゃねえぞゴミクズが!!』


 SUVの屋根に取り付けられた外部スピーカーから、割れたようなダミ声の罵声が響き渡った。

 銀座の歩行者たちが驚いて振り返る中、H&Lのドライバーは優越感に浸っているようだ。


『こっちはハッピー・ラッキー便の「超特急・爆速配送」様だぞ! テメェみたいな骨董品が前を走ると、俺たちのブランドイメージに関わるんだよ! さっさと道端に止まって土下座しな!』


 拓実は無表情のまま、淡々と前を見つめていた。

 罵声など、彼にとってはノイズでしかない。

 だが、彼が許せないことが一つだけあった。


「……あんなラフなアクセルワークじゃ、燃焼効率が悪すぎる。それに、あの車間距離での蛇行……タイヤの無駄遣いだ、もっとタイやのグリップを温存させないと」

 拓実にとっての怒りの沸点は、自分への侮辱ではない。


 「車への冒涜」と「効率の阻害」だ。

 サンバーは首都高の入り口へと差し掛かった。

 ETCゲートを通過し、バーが上がると同時に、風景が一変する。


 ここから先は『首都高ダンジョン』。

 かつての首都高速道路が魔素の影響で変異し、アスファルトの一部が魔界の岩盤と融合した、公道最速の迷宮だ。


 制限速度は存在しない。あるのは「生きて目的地に着く」という絶対のルールのみ。

 本線への合流車線。


 H&LのSUVが、大排気量エンジンのパワーに物を言わせて、サンバーの横に並びかけてきた。


『ギャハハ! ここから先は俺たちの庭だぜ! そのボロい軽トラじゃ、風圧でバラバラになっちまうんじゃねえか!?』


 SUVの巨大なタイヤが、サンバーのボディに迫る。

 接触すれば、軽量なサンバーはひとたまりもなく吹き飛ばされるだろう。

 だが、拓実はステアリングをミリ単位で修正し、接触を回避し続ける。


「……しつこいな。……スフレパンケーキのクリームが、少し揺れたかもしれない」


 拓実の瞳は、普段の眠たげな瞳ではない、代わりに宿ったのは、機械のように冷徹で、炎のように熱い、レーサーとしての光。

「……いいだろう。教育してやる。プロの走りってやつをな」

 拓実はオーディオのボリュームノブに手を伸ばした。

 指先が回転し、車内に爆音のユーロビートが満たされる。


 曲は『DEJA VU』。

 リズムに合わせて、拓実の左足がクラッチペダルを踏み込み、左手がシフトノブを叩き込むように操作した。


「……シフトダウン。回転数、合わせる」

 フォンッ!!

 完璧なヒール・アンド・トウによるブリッピング。

 エンジンが咆哮を上げ、タコメーターの針がレッドゾーン手前まで跳ね上がる。


 サンバーという名の猛獣が、その枷を外された瞬間だった。


「行くぞ、相棒」

 アクセル全開。


 スーパーチャージャーの過給音が、ジェット機のような高周波を奏でる。

 それまで「煽られていた」はずの軽トラが、物理法則を無視したかのような加速を見せた。


『な、なんだぁ!? あのボロ車、なんでこんな加速しやがる!?』

 並走していたH&Lのドライバーが驚愕の声を上げる。


 無理もない。拓実のサンバーは、ただの軽トラではない。

 ダンジョン産の希少金属で強化されたフレーム、魔道触媒を組み込んだ点火プラグ、そしてユウキによって施された風の加護を施したウィング。


 それは、羊の皮を被った、モンスターマシンだ。

 二台の車は、首都高ダンジョン屈指の難所、C1都心環状線エリアへと突入した。


 ここは、複雑怪奇なカーブと、ランダムに出現するダンジョントラップが牙を剥く、ドライバー殺しの区間だ。

 最初のコーナー。右にきつく回り込むブラインドカーブ。


 H&LのSUVは、大排気量のパワーで先行しようと突っ込む。

 だが、ドライバーの腕が三流だった。

『うおおおッ! 曲がれぇぇッ!』

 オーバースピード。


 SUVは大きく車体を傾け、タイヤを鳴き叫ばせながらアウト側へと膨らんでいく。

 遠心力に負け、ガードレールすれすれまで流される。


 その時だ。

 イン側のわずかな隙間――普通車では到底通れないスペースに、青い閃光が飛び込んだ。


「おおっと!!……ラインが見えていない。そこは、クリッピングポイントじゃない!」

 拓実は冷静に解説する。


 サンバーはブレーキを遅らせ、前輪に強烈な荷重を乗せたままコーナーへ侵入していた。

 リアが外へと流れ出す。

 ドリフト? いや、違う。これは「ゼロカウンター」。

 ステアリングを逆に切ることなく、アクセルワークと荷重移動だけでスリップアングルを維持し、最小半径でコーナーをクリアする神業だ。


 キンコン……キンコン……


 速度警告音が、勝利のファンファーレのように鳴り響く。

 アウト側に膨らんだSUVの内側を、サンバーが鋭利な刃物のようにえぐり取った。


『な、なんだとォォォ!? インからだと!?』

 H&Lのドライバーが横を見た時には、すでにサンバーのテールランプしか見えなかった。

 鮮やかなオーバーテイク。


 だが、拓実の「教育」は、まだ終わらない。

「……直線番長か。なら、直線でも負けるわけにはいかないな」

 コーナーを抜けた先の短いストレート。

 本来なら馬力に勝るSUVが有利なはずだが、サンバーは離れない。むしろ、距離を開いていく。


 なぜか。

 それは、拓実が「風」を見ているからだ。

 ダンジョン内を吹き荒れる魔力風。拓実はその流れを読み、風の抵抗が最も少ないルートを選んで走っている。まるで風に乗るヨットのように。


 焦ったH&L車が、再びパッシングを繰り返しながら追いすがってくる。

『ふざけんな! たかが軽トラごときが! エンジン焼き付かせてやる!』

 H&L車はニトロのような加速装置を作動させた。

 黒煙を吐き出しながら、猛烈な勢いでサンバーの背後に迫る。


 直線の終わり、次のコーナーは複合のS字だ。

 しかも、このエリアの路面には、ダンジョン特有の「スライム床(粘着ゾーン)」と「オイル床(滑走ゾーン)」がランダムに配置されている。


 H&L車は、サンバーの真後ろ、スリップストリームに入り込んだ。

『へへっ! 風除けに使わせてもらうぜ! コーナー手前でぶつけて、弾き飛ばしてやる!』

 殺意を含んだ追突狙い。


 拓実はサイドミラーでその動きを完全に把握していた。

「……予測通りだ。素人は、前走車のテールランプしか見ていない」

 コーナー進入の直前。

 拓実は、あえてブレーキを踏まなかった。

 代わりに、ステアリングを一瞬、左に切り、すぐに戻す。

 フェイントモーション。


 サンバーの車体が、不自然な挙動で左の路肩ギリギリへと移動する。

 そこには、道路の継ぎ目である「排水溝」があった。


「で、で、でたーー秘技!溝落とし!!」

 拓実は右側のタイヤを路面に残し、左側のタイヤを排水溝の中に叩き落とした。

 ガガガッ! という衝撃音と共に、物理法則を無視した動きで曲がっていく。


 「そ、そうかっ!溝のフチがガイドレールとなり、あいつ(サンバー)は遠心力を無視して、コーナーを直角に曲がりやがった!!」

 拓実の実況も勢いが増してくる。


 一方、サンバーの真後ろについていたH&L車は、その動きに反応できなかった。

 目の前のサンバーが、突然真横にスライドして消えたように見えただろう。


 視界が開けた先、H&Lのドライバーが見たものは――。

 路面一面に広がる、紫色のネバネバした液体。

 「スライム床」の大地雷原だった。


『ひ、ひいいいッ!?』


 拓実は溝を使ってこの罠を回避していたのだ。

 だが、直進していたSUVに逃げ場はない。


 ズリュウゥゥゥゥン!!


 強烈な粘っこい音が響く。

 高速回転していたSUVのタイヤが、スライムに絡め取られてロックする。


 巨大な鉄塊は独楽のように回転を始めた。

『あぐッ!? 目が回るぅぅぅ!』

 制御不能になったオレンジ色の車体は、ピンボールのように左右のガードレールに激突しながら、火花を散らして停車した。


 ドガシャァァァン……! プスン……

 後方で響く破壊音を確認し、拓実は小さく息を吐いた。


 サンバーは溝から這い上がり、何事もなかったかのように路肩に停車し、H&L車の数メートル後方に、反射板と発煙筒を設置する。


 ドライバーは、ショックを受けているようだが、怪我はないようだ。

「……いいか、覚えておけ。

 ダンジョンイーツの頭文字は…Dだ!!」

「そ、、それがな……」


 拓実はスマホでダンジョン協会に連絡し、事故があった事を連絡し、再びサンバーのシートに座る。


 助手席に置かれた荷物を確認する。

 スフレパンケーキは、そのふわふわの形状を完璧に保っていた。クリームの一滴すら垂れていない。


 これが、藤瀬拓実の仕事だ。


 その後、目的地である冒険者ギルドのセーフティエリアに到着した拓実は、依頼人にパンケーキを手渡した。


「お待ちどうさまでした。……クリームの状態、確認お願いします」


「うわぁ! すごい、お店で食べるのと変わらないくらいフワフワだ! ありがとう、ダンジョンイーツさん!」


 依頼人の笑顔を見ても、拓実の表情は相変わらず眠たげだ。


 だが、帰り道……

 サンバーのステアリングを握るその手は、先ほどよりも優しく、そして誇らしげに見えた。


 事務所に戻ると、レンがモニターの前で頭を抱えていた。

「……おい拓実。今、首都高の管理システムから連絡があったぞ。またバトルしたのか?!」

 拓実は、自販機で買った缶コーヒーを開けながら、淡々と答えた。


「……おれは、争いがきらいです。でもあいつが……サンバーがアイツらを許さなかった。

 それだけです……」

 その横で、ユウキが目を輝かせ、拓実の話を聞いている。


 平和な事務所の風景。

 だが、拓実は知っていた。あのオレンジ色の車が、ただの無法者ではないことを。

 あれは、組織的な悪意のほんの一部に過ぎない。


 サンバーのエンジンが、まだ熱を帯びて唸っている気がした。


 ――戦いは、まだ始まったばかりだ。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。


 毎日7時30分頃に更新予定です。ブックマークや、評価、応援して貰えると、モチベアップに繋がります。


よろしくお願いします!

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