2:ダンジョンマスターのように買い物をしよう!
新体制となったダンジョンイーツ。メイドとなったアリスが神速で事務所を磨き上げている傍らで、一際異彩を放つ男がいた。
藤瀬 拓実だ。
彼は今日も、青いパネルバンのサンバーの運転席で、ぼんやりと虚空を見つめている。
だが、その手元にある配送端末が着信を告げた瞬間、男の性格が入れ替わる。
「……依頼。晴海の倉庫から、地下迷宮入口までの特急便……」
ボソボソと呟き、キーを回す。
ドッドッドッ……!
リアエンジンの咆哮と共に、スピーカーからはお決まりの激しいユーロビートが爆音で溢れ出した。
「……行くぜ。今日の銀座はアスファルトの温度が高い。あいつにとっては、タイヤのタレとの戦いになるだろうぜ……」
拓実の仕事は、とにかく早い。
銀座の複雑に入り組んだ一方通行や、歩行者天国による規制。そんなものは彼にとって、ただの障害物レースのギミックに過ぎない。
「……見ろよ。あのサンバー、四つ角の右折で一瞬だけリアを流しやがった。最小回転半径をさらに削るための、ゼロカウンター・ターン……。あいつ、軽トラの機動性を知り尽くしていやがる」
運転席で、自分自身の走りを実況解説しながら爆走する。
横を走る高級外車や、驚いた歩行者の視線など、彼には一切見えていない。
やがて、サンバーのスピードメーターが跳ね上がる。
キンコン……キンコン……!
「出たぁ! 速度警告音だ! あいつにとって、この音は『もっと踏め』という応援歌に過ぎねえ! ほう前走車のスリップストリームに入りやがった。……銀座の街中で、軽トラが風を切り裂いてるぜ……!」
ちなみにだが、拓実のサンバーの速度警告音は、彼の希望により、地上では50キロを超えると鳴るように改造された。スピード違反をしないという、彼の意思表示なのだろう。
◆
目的地に到着し、荷降ろしを終える。
そこに残されたのは、寸分の狂いもなく指定された位置に整列した荷物と、かすかに残るタイヤの焦げた匂いだけだった。
事務所に戻ってきた拓実は、再び「眠たげな青年」に戻り、インターホンの前でボソボソと報告する。
「……戻りました。……今のコース、あいつにしては信号の繋ぎが悪かった……。コンマ5秒、詰められたな……」
モニター越しにその報告を聞いていたレンは、深く溜息をつく。
「拓実。お前の仕事に文句はないが、たまには普通に走れ。……それと、ユーロビートのボリュームを少し下げろ。ご近所さんから『また青い稲妻が通った』って苦情がきてるんだ」
「……あいつ、稲妻なんて格好いいもんじゃありませんよ。……ただの、配送車ですから」
そう言って少しだけ照れたように俯く拓実だった。
◆
「兄さん、大変だ! 今月の注文数が激減してる!」
平和な銀座本部に、レイ叫びが響いた。
レイがモニターに映し出したのは、最近若者の間で爆発的に流行しているという通販&配送アプリだった。
画面は目が痛くなるようなオレンジ色。そこには、胡散臭いルーレットが回り、ポップな英語で『Shop like a Dungeon Master!(ダンジョンマスターのように買い物をしよう!)』というスローガンが踊っている。
「その名も……『ハッピー・ラッキー便』」
「なんだこれ……。『初回限定・ポーション99%OFF』『ミスリル装備が無料でもらえるチャンス』……?」
レンが眉をひそめる。安さを通り越して、もはや胡散臭く感じる価格設定だ。
「そうなんだよ兄さん。ここ、配送手数料も無料なんだ。しかも『どんなダンジョンでも配送料無料』って……。これじゃ僕たち、価格競争じゃ勝てないよ」
その時、オフィスにアリスがドタドタと駆け込んできた。
「お館様! 見てくだされ! 拙者もそのアプリで、メイド道を極めるための『伝説の清掃用具』と『最高級シルクのメイド服』を注文したでござる!」
「お前も買ってるのかよ!」
「だって、アプリを開いたらルーレットが回って、1万円分のクーポンが当たったでござるよ!? 買わないと損でござる!」
アリスの手には、黒色のビニール袋が握られていた。
段ボールですらない。薄汚れたビニール袋に、宛名ラベルが適当に貼り付けられている。しかも、袋の端が破れて中身が見えているし、まるでゴミのようだ。
「……なんか、薬品みたいな変な匂いがしないか?」
レンが鼻をつまむ。
「いざ、開封の儀!」
アリスがビリビリと袋を破る。
中から出てきたのは――。
「……なんだこれ」
注文画面では『人間工学に基づいた、ミスリル合金製の万能モップ』と書かれていたはずの物体。
実物は、割り箸のような細い木の棒の先に、薄汚れた綿が数本張り付いているだけの、百均の玩具以下のシロモノだった。
「……小さくないか? これ、フィギュア用か?綿棒?」
「ぬ、ぬおおおお!? 次だ、次! 『最高級シルク・ロイヤルメイド服』!」
アリスが震える手で二つ目の包みを開ける。
出てきたのは、シルクどころか、石油化学製品全開のテラテラしたビニール製の布切れ。しかもサイズがどう見ても子供用……いや、犬用だ。
「き、着れないでござるぅぅぅ! しかも、なんか石油臭い! 指で擦ったら黒いインクがついたでござるぅぅ!」
アリスが絶叫し、その場に崩れ落ちる。
「……なるほどな。『画像はイメージです』の極致ってわけか」
レンは呆れつつも、その梱包に見覚えがあった。
雑な扱い、安っぽいビニール、そして独特の化学臭。
「……これ、『ハリー・エクスプレス』の包装と同じだな……」
そこへ、外出していた拓実が戻ってきた。彼もまた、不機嫌そうに仏頂面をしている。
「……戻りました。……街道で、変な配送車を見ましたよ」
「変な車?」
「……オレンジ色のロゴが入ったボロいバンです。マフラーから黒煙を吹いて、信号無視して走ってました。……あいつ、あんな整備不良車と同じ道を走りたくないって言ってます」
さらに、事務デスクの電話が鳴り響く。
「はい、ダンジョンイーツです。……え? 『ハッピー・ラッキーで頼んだポーションを飲んだら腹を壊したから、お宅の回復薬を至急持ってきてくれ』……ですか?」
レンは受話器を置くと、ニヤリと笑った。
「どうやら、安かろう悪かろうの被害が出始めたみたいだな。……レイ、この『被害者の救済』こそが、俺たちの新しい仕事になるぞ」
「なるほど! 『本物』を届ける需要が生まれるってことだね!」
謎の激安通販『ハッピー・ラッキー』。その背後に見え隠れする悪徳業者の影と、パチモン被害の拡大。
ダンジョンイーツの戦いは、意外な形で始まることになった。
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