10:重すぎる愛の新事務所
数日後……
レンは全身に包帯を巻かれ、ベッドの上で意識を取り戻した。カグヤの最高級回復ポーションと、彼女が手配した治療師のおかげで、奪われかけた足もなんとか繋がっていた。
「……ん、……ここは」
「目が覚めたのね。……もう、死ぬかと思ったんだから」
傍らで椅子に座っていたカグヤが、赤く腫らした目でレンの手を握る。
コンコンとノックが響き、ドアが開いた。
入ってきたのは、レイとアリスだ。アリスはいつもの派手なスカーフを外し、借りてきた猫のように神妙な面持ちでレンの足元に歩み寄った。
「……お館様。この度は……拙者の不徳の致すところ……」
アリスが床に膝をつき、深々と頭を下げた。
「拙者が普段から不真面目でなければ、お館様も拙者を頼ってくださったはず。……すべては拙者の至らなさ。今日限りで、ダンジョンイーツを去る覚悟でござる」
レンは重い体を動かし、少しだけ笑った。
「……何言ってるんだ、アリス。俺を助けてくれたんだろ?あのでかい車を出したのはお前だろ? ……レイから聞いたよ。あの車がなければ、カグヤは間に合わなかったかもしれない」
「……しかし……」
「悪かったのは俺だ。自分の力を過信して、お前を信頼してなかった。……試用期間なんてのはもう終わりだ。……これからも、俺を助けてくれよ、アリス」
アリスの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「……は、はいでござる! 死ぬ気で働くでござるよぉぉ!」
◆
レンの怪我が快方に向かい、ようやく松葉杖で歩けるようになった頃。
銀座の『ルナコートレジデンス』の最上階、カグヤの住まいである広大なペントハウスで、レンは大きな決断を口にした。
「カグヤ、相談があるんだ。……俺、やっぱり新しい事務所を借りようと思う」
その瞬間、優雅に紅茶を淹れていたカグヤの手が止まった。
「……なんですって?」
「いや、聞いてくれよ。これまで俺の部屋を仮事務所にしてたけど、配送伝票と段ボールで足の踏み場もない。これから従業員も増えるし、いつまでも自宅を仕事場にするわけには――」
「嫌よ!!」
カグヤがティーカップをテーブルに叩きつけた。大理石に鋭い音が響く。
「どうして!? 私が側にいちゃダメなの!? 事務所を借りるなんて、そんなの、実質的な別居宣言じゃない! あなた、あの北千住の女のところへでも行く気!?」
「いや、だから誰だよその女!話が飛躍しすぎだ! ……落ち着けカグヤ、これは経営上の判断だ。ユウキのカブの整備場も、拓実のデカいパネルバンの駐車場も、今のままじゃ全然足りないんだ」
「そんなの、ここをいじれば済む話だわ!!」
カグヤは身を乗り出し、レンの肩を掴んで揺さぶった。瞳の奥にはS級冒険者の魔力が渦巻いている。
「いい? このマンションの1階、テナントが一つ空いてるわ。そこを事務所にしなさい。地下ガレージも、和菓子屋の搬入口以外は全部ダンジョンイーツに開放する。駐車場も整備場も、あなたの望むままに改造してあげる。
……だから、私の視界から消えるなんて言わないで……!」
「……カグヤ、圧がすごい。……わかった、わかったから」
こうして、カグヤの重すぎる愛と圧倒的な資産力によって、新拠点の工事が始まった。
◆
しかし、変化は事務所だけではなかった。
怪我をしたレンを介護するという名目で、カグヤはレンを自分のペントハウスに引きずり込み、そのまま私物をすべて運び込ませてしまったのだ。
「……あの、カグヤ。俺の部屋、下の階にあるんだけど」
「ダメよ、レン。まだ足が不自由なんだから、何かあったら大変でしょう? 私が24時間体制で管理……いえ、看病してあげるわ。……ふふ、これでやっと、ずっと一緒ね」
なし崩し的に始まった同棲生活。豪華すぎるペントハウスでの暮らしは快適だが、カグヤの視線が常に自分を追いかけてくる甘い包囲網に、レンは少しだけ身震いした。
◆
一週間後。突貫工事を終えた1階のテナントへ向かう。そこは、もはや「事務所」の域を超えていた。
「……やりすぎだろ、これ」
自動ドアを抜けると、そこには全面ガラス張りのスタイリッシュなオフィス空間が広がっていた。最新の管制システムが並び、最高級のコーヒーマシンを備えたラウンジまで完備されている。
「あなたのデスクの隣には、私の席も作っておいたわ。……これで、仕事中も、おうちでもずっと一緒ね」
カグヤは、S級冒険者であって、ダンジョンイーツの社員ではなかったはずなのだが、我が社の相談役という肩書きがついていた。
満足げに微笑むカグヤと共に、地下ガレージへと降りた。そこには、ユウキの専用整備ドック、拓実のサンバーが全開発進できる特殊コンクリートの路面、そしてアリスのプラモ展開用カタパルトまで、過剰なクオリティで実現されていた。
「うわあああ! 先輩、これ、夢の整備場ですよ!」
ユウキが目を輝かせ、拓実はボソボソと呟く。
「……俺のサンバーが、感動でアクセルが勝手に開きそうだって言ってます……」
俺は、真新しいデスクに腰を下ろし、松葉杖を横に置いた。
カグヤの執念が形になった、世界一事務所と、そして愛が重たい相談役のいるダンジョンイーツの本部。
「……よし。新拠点の初仕事だ。……全員、準備はいいな?」
「「「おう!!」」」
ダンジョンイーツの全従業員が、一斉にダンジョンに向けて配達を開始した。
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