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ダンジョン・イーツ! ~戦闘力ゼロの俺、スキル【絶対配送】でS級冒険者に「揚げたてコロッケ」を届けたら、世界中の英雄から崇拝されはじめた件~  作者: たくみ
第五章 癖のある新入社員 編

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9:暗転する日常と、届かないペダル

 今日もいつもと変わらない一日になるはずだった。


 昼過ぎ、カグヤから「今日の夕方には帰れるわ。久しぶりにゆっくりお夕飯でもどうかしら?」と機嫌の良さそうな連絡が入っていた。


 そんな折、ダンジョンイーツに「緊急」のフラグが立った依頼が舞い込む。


『渋谷ダンジョン64階層。モンスターの急襲でポーターと仲間が全滅した。残っているのは幼馴染で回復術士のレナだけだ。彼女だけでも救い出してくれ。頼む!』


 端末から伝わる切迫した空気。ユウキと拓実はすでに別の配送に出ており、動けるのは俺とレイだけだった。


「兄さん、僕も行くよ。二人で向かった方が、万が一の時に対応が早い」


「いや、レイはここにいろ。あのダンジョンの下層は地形が複雑だ。タンデム自転車だと小回りが利かない。俺一人の方が早い」


 これまでの成功が、俺の判断を鈍らせていたのかもしれない。俺はレイの制止を振り切り、いつものママチャリでゲートへと飛び込んだ。



 現場の64階層に到着した俺が目にしたのは、無惨な光景だった。

 損壊した死体と、数体のモンスターの骸。生存者の気配はない。


「……間に合わなかったか」

 華々しい冒険者稼業だが、これが冒険者達の現実だ。一寸先は闇、死と隣り合わせの危険な仕事なのだ。


 せめて遺品だけでも持ち帰り、協会へ届けよう。そう考え、俺が遺体に手を伸ばした、その時だった。


 死んでいたと思った大型モンスターが、突如としてアギトを開き、俺の左足に食らいついた。


「ぐ、あああああッ!!」


 激痛が走る。強引に足を引き抜いたが、防具ごと肉を抉られた。

 唯一の武器であり、俺のアイデンティティである「脚力」が、一瞬で奪われた。


 よろけて怪我をした足に体重をかけてしまい、倒れ込む体を庇おうとした際、今度は手首から嫌な音がした。


 ……わかっていたはずだ。カグヤやバルトのような強者に囲まれて麻痺していたが、俺自身の戦闘力は皆無で、耐久力も一般人と変わらない。


 あるのは強靭な足と、気合と根性だけだった。

 チャリに跨ろうとするが、激痛で力がまともに入らない。

 それでもスキル『絶対配送』を発動させる。脳内に自宅までの最短ルートが表示されたが、そこに示された到着予定時間は――。


【到着予定:47時間20分】


「……47時間……? 笑えねえな」

 負傷を考慮した絶望的な数字。自分の弱さに打ちひしがれながら、俺はスマホを取り出した。レイに連絡して、誰かに迎えに来てもらおう。


 だが、画面は真っ暗なままだった。

「……嘘だろ、充電忘れ……」

 最近、何もかもが上手くいきすぎていた。自分への油断。アリスに厳しく当たっていた自分が恥ずかしくなる。

 実際、あいつのスキルに助けられたっていうのに。


 その時、血の匂いに釣られた別の魔物が暗闇から這い出してきた。


 腕を噛まれ、引きちぎられそうになりながらも、俺は必死にモンスター撃退スプレーを噴射した。

 なんとか逃げ切り、岩の隙間に体を押し込む。


「はぁ……はぁ……、もう、駄目かもな……」

 スプレーの残量はあとわずか。意識が遠のいていく。



「……兄さん、遅すぎる」

 ルナコートレジデンスの事務所で、レイは落ち着かずに何度もスマホを確認していた。


 電話をかけても『現在、電波の届かない場所にあるか……』という無機質なメッセージが流れる。配信も行われていない。


 胸騒ぎが止まらない。自分だけでも探しに行こうと立ち上がった時、エントランスが開いた。


「ただいま、レン! サプライズで早めに終わらせてきたわよ!」


 満面の笑顔で帰宅したカグヤ。だが、レイの顔色を見て、その笑顔は一瞬で消えた。


「……レンは、どこ?」

 レイから事情を聞いた瞬間、カグヤの周囲の空気が凍りついた。S級冒険者『氷姫』の、冷徹なまでの威圧感。


「レイ、案内しなさい。……今すぐに」


 レイは『絶対配送』でレンの位置を特定した。だが、レンのマウンテンバイクは一人乗り。カグヤを運ぶ手段がない。


「どうしよう……ユウキさんも拓実さんも戻ってない。タクシーじゃダンジョン下層までは無理だ……」

「――ならば、拙者のこれを使うでござる!」


 天井から現れたのは、真剣な面持ちのアリスだった。彼女が取り出したのは、これまでになく精密なプラモ。


『自衛隊シリーズ・高機動車メガクルーザー』。


「アリス!? でもこれ、どうやって動かすの?」

「このエンジンルームに自転車をセットすれば、漕ぎ手の脚力を増幅して駆動エネルギーに変換するでござる! レイ殿、お館様を救うため、死ぬ気で漕ぐでござるよ!」

「……わかった、やるしかない!」


 レイはげんなりしながらもエンジンルームのペダル席に潜り込んだ。


 カグヤを後部座席に乗せ、メガクルーザーが銀座の街を、そしてダンジョンの闇を猛烈なスピードで突き進む。



 岩の隙間。レンはすでに、死を覚悟していた。


 数体のモンスターが、彼の潜む岩を壊そうと爪を立てている。


 その時。

 「――私のレンに、汚い手で触れないで」


 絶対的な「冷気」が迷宮を支配した。


 次の瞬間、岩を取り囲んでいたモンスターたちが、悲鳴を上げる暇もなく純白の氷像へと変わる。


「レン! レン!!」

 メガクルーザーから飛び出してきたカグヤが、血塗れのレンを抱き起こした。


「……カグヤ……? 悪い、……ヘマした」

「喋らなくていいわ。……よく、生きていてくれた。本当に……」


カグヤの目には大粒の涙が浮かんでいた。

 その背後で、エンジンルームから這い出してきたレイは、変わり果てた兄の姿を見て膝を突き、唇を噛み締めていた。

「僕がもっと、強く引き止めていれば……!」

 

 そしてアリスもまた、普段のふざけた様子は微塵もなく、震える手で自らのプラモを回収しながら、深々と頭を下げていた。

 自分の主君がこれほどの窮地に陥るまで、自分は何をしていたのかと、その顔には深い自責の念が浮かんでいる。


 レンは、朦朧とする意識の中で、カグヤの温もりと仲間たちの気配を感じていた。

 ……生きて帰ったら、みんなに謝ろう。そして、二度とこんな思いをさせないための場所を、ちゃんと作ろうと誓うのだった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。


 毎日7時30分頃に更新予定です。ブックマークや、評価、応援して貰えると、モチベアップに繋がります。


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