5:日本一の山と、世界一の山、そして天保山…の巻
ロストアーカイブには、かつての超文明遺構を、カグヤが資財と情熱を投じて改修した、温泉施設が存在している。
大理石調の壁には古代魔導のルーンが刻まれ、そこから湧き出るのは、疲労回復と魔力充填に劇的な効果があるという源泉かけ流しの湯だ。暗めの照明が、立ち上る白い湯気を幻想的に照らし出し、心地よい硫黄の香りが鼻腔をくすぐる。
「これが……温泉でござるか~~、これが染みるという感覚……ニンニン♪」
アリスのニンニンという口癖は、昔のアニメの影響らしい。それ以外の忍者の知識もほぼ漫画の影響を受けているらしく、忍法 微塵隠れという、爆薬を使った忍法を使いたいと言ったときには、皆で必死に止めた。
アリスは、超不器用なので失敗しそうだし。
彼女は水着姿になっても、頑なに首元の忍者スカーフだけは外さない。それが彼女なりの「忍のアイデンティティ」なのだろうが、お湯に浸かって重くなったスカーフが首を絞めているようにも見える。まさに「残念な忍者」を体現したような姿だった。
その隣では、カグヤとユウキが対照的なシルエットを浮かび上がらせていた。
「……ねえカグヤさん。その、改めて間近で見ると……凄まじい発育ですね。同じ哺乳類として、ちょっと神様の設計ミスを疑うレベルです。何を食べたらそんなに山脈が形成されるんですか?」
ユウキが、自分自身の「控えめな平原」と、カグヤの「富士山」を交互に視線で往復させ、深い溜息をつく。それは嫉妬を通り越した、純粋な生物学的驚愕だった。
「……何よ、急に。まじまじと見ないでちょうだい。……アリス、あなたもさっきから何を見てるの? 鼻の下が伸びすぎて、お湯の中にまで到達してるわよ」
カグヤが少し顔を赤くして、防御するように肩まで湯に沈むと、アリスは恍惚とした表情で再び鼻血をツラリと垂らした。
「……姫様の水着姿、アーカイブに残せぬのが一生の不覚……まさに人類の至宝、国宝級、いや世界遺産でござる。
拙者、今日まで生きていて本当に良かった……。
お二方の挙式の際には、巨大な花火を打ち上げましょう!」
「まだ挙式の予定もないわよ! ……もう、バカ言ってないで、真面目な仕事の話をするわよ。これはお遊びじゃないんだから」
カグヤは真っ赤な顔でアリスの頭を軽く小突く。
「アリスさんのヒマラヤ山脈もなかなか……これが、世界か……」
俺とレイは、となりにある岩風呂のコーナーで、肩まで湯に浸かっていた。首まで浸かると、昼間の激闘で酷使した足の筋肉がじんわりと解けていくのがわかる。
「ユウキの天保山だって、一部の男性には人気があるぞと伝えた方がいいかな?」
「兄さん止めなよ……。天保山って、大阪にある日本一低い山だっけ……?それ、セクハラだよ……」
「じょ、冗談だから!」
「で?どの山が好みなの?やっぱり富士山?」
「……ヒマラヤ山脈は、確かにデカい。だが、俺はやはり富士山だな……」
ふと女性陣に目を向けると、カグヤにジト目で睨まれた。
「全く……レン、さっき救助した調査員から正式に報告が入ったわ。水深3000メートル付近に見つかったあのゲート……政府と探索者協会、そして複数のメガコーポから、内部調査の依頼が私たちの元へ正式に届いたわ。」
「3000メートル級の深海にあんな巨大な門が鎮座してれば、放っておくはずがないもんな。あそこがダンジョンへの入り口だって見込みがあるなら、なおさらだ」
「そうなの。でも問題は、あのエリアを覆う異常な磁気嵐よ。通常の潜水艦では近づいた瞬間に計器が狂って岩壁に激突するか、電子機器が焼き切れるわ。
現状、あそこへ確実に到達し、生きて情報を持ち帰ることができるのは……」
「……僕たちだけ、ということだね」
レイが冷静に言葉を継ぐ。
プラモから具現化した船は、機械でもあるが、その本質はアリスの魔力による構造体だ。
既存の科学の枠組みから外れているからこそ、磁気嵐の影響を最小限に抑えられる。
そんな緊迫した会議の最中、アリスが突然、印を結び、スクリと立ち上がった。
「お館様! 拙者、今日のスーパーX弾切れという失態、そして船体強度の甘さを深く深く反省したでござる!
いかなる過酷な水圧にも耐えうる精神を鍛えるため、更なる鍛錬を続けたいと思います!
忍法・水遁の術!!」
止める間もなく、アリスはどこから持ってきたのか、ホースを口に咥えると、そのまま「ドボン!」と温泉の底へダイブした。
ボコボコボコボコッ……!!
湯船の底から、まるでお湯が沸騰したかのような激しい泡が立ち上がる。
「ちょっと! 温泉で潜るんじゃないわよ! マナー違反よ!」
カグヤが声を荒らげるが、アリスは一向に出てこない。
……十五秒後。
アリスがゆでダコのように真っ赤な顔をして、勢いよく水面に飛び出してきた。
「げほっ! ごほっ! ……あ、熱いでござる! 温泉での水遁の術は、死と隣り合わせ……!
拙者、三途の川の向こうでツインスターの輝きが見えたでござるよぉぉ!」
「私も小学生の頃お風呂でやったな~」
ユウキが思い出に浸っている。
広い大浴場は俺とカグヤによる二重奏の説教タイムへと突入した。
◆◆◆
温泉から上がり、さっぱりとした浴衣姿になった俺たちは、休憩所でまったりとしていた。
そこには、今日の座礁で無残な姿を晒したクルーザーの模型と、前回の潜水艇が転がっている。
「アリス、日付が変わればスーパーXが補充されるんだよな? それで修理するか?」
俺が問いかけると、アリスは新品の模型キットを抱え、これまでにない真剣な眼差しで首を振った。
「……いや、お館様。一度バラバラになり、無理やり繋いだ模型は、もはや構造的な美しさと強度を失ってござりまする。
新たに新造する方が良きかと……」
アリスがそう宣言する。
そこからは、プラモ教室の幕開けだった。アリスは最新鋭のニッパーを手に取り、猛烈な勢いでパーツをランナーから切り出していく。
だが、ここで意外な才能が開花した。ユウキである。
「……アリスさん、そこ。そのパーツ、ゲート処理が甘いです。そんなガタガタじゃ、また浸水しますよ?」
「な、何!? 拙者のスピードにケチをつけるでござるか!?」
ユウキは自らも作業台に陣取り、水上バイクの模型を開封した。彼女の狙いは、小回りの利く高速偵察機としての運用だ。
「私はカブのエンジンを何百回とバラしてきました。機械の心臓部は、精度がすべてなんです」
ユウキの手つきは驚異的だった。プラモの米粒ほどの小さなピストンパーツに、極細のヤスリをかけ、鏡面仕上げにしていく。接着剤も爪楊枝の先で点で置き、毛細管現象で完璧に流し込む。
アリスが接着剤を豪快にはみ出しながら、豪快に塗るのとは対照的だ。
「よし、エンジンのピストン、コンマ一ミリ単位で調整完了。これなら深海でも、私の魂は止まりません!」
「ちょ、ユウキ殿!? 拙者より手際が良いだけでなく、仕上がりが美しすぎるでござる……! これでは拙者の立場が……!」
レイも横で、ピンセットを使いこなしながら潜水艇『しんかい12000・二号機』の制作をサポートしていた。
「……兄さん、これ見てよ。ユウキさんが作った水上バイク、色塗りまで完璧だ……。
対してアリスさんのクルーザー……良く見ると隙間が開いてるな…」
「ぎぬぬぬ!! レイ殿まで! 拙者は情熱で組んでいるのでござる! 多少のズレはスーパーXで補完すればよい!!」
「それがダメだって言ってるんです! 先ずは説明書通りに作る!
技術が伴ってないのに、なんで変なアレンジするんですかっ!!
沈没しそうな船の船名に「クイーン カグヤ号」?!縁起が悪いのでカグヤさんの名前使わないでください!」
ユウキの怒号が飛ぶ。アリスが師匠のように振る舞うはずが、いつの間にかユウキが主任技師として君臨していた。
アリスは半泣きになりながら、ユウキの指導のもとで必死にバリ取りをやり直している。
数時間後。月明かりを反射して美しく輝く三隻の模型が並んだ。
ユウキが作り上げた水上バイク。圧倒的な作り込み。すでに本物のようだ。
アリスが精度を高めて組み直したクルーザー「クイーン カグヤ号」。
そして、レイの精密なデカール貼りが光る「しんかい12000・二号機」。
時計の針が深夜零時を回った。
アリスが、光を帯びて現れた「新品のスーパーX」を、まるで聖剣のように掲げる。
「お館様、超多用途★☆スーパーX、補充完了でござる! でも……今夜のこの船には、ボンドは必要ないでござるな。これは、いざという時の切り札として持っていくでござる!」
アリスは、完璧に組み上がった模型を見つめ、誇らしげに胸を張った。
「明日の朝、この『最強のプラモ艦隊』で、水深3000メートルの未開のゲートに行くでござるよ! ゲートの向こうに何があろうと、拙者たちは無事にきかんする!でござる!ニンニン♪」
俺たち、明日への準備を終えた。
未知なる門の先にあるのは、宝の山か、モンスターの群か……、そして、本当にアリスのクルーザーは沈まないのか……、少しの不安を胸に、眠りについた。
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