8:愛の重さは、最大積載量オーバー
「ブオン、ブォォォォン! エンジン全開ィ! トルクが唸るぜぇぇ!! ブォォォォォォン!!」
静寂が支配するはずの特殊指定ダンジョン『隠れ里・極楽大噴火』の回廊に、耳を疑うようなエンジン音が響き渡っていた。
発信源は、緑色のスーパーカブに跨り、鼻息を荒くしているユウキだ。その後ろには、頑丈な鉄製リアカーが連結されている。
「……なぁユウキ。頼むから普通に走ってくれないか? その声がうるさすぎて魔物も逃げ出してるぞ」
リアカーの荷台の片隅で、体育座りをしながら、俺は顔を引きつらせて言った。俺とカグヤ、そして一ヶ月の入院を経てようやく戻ってきた弟のレイを連れ、俺たちは今、温泉旅行の道中にあった。
「何言ってるんですか、せんぱい! 気分ですよ、気分! 温泉に向かうライダーの魂が、喉を震わせてるんです! ブオォォォォン!!」
「レン、いいじゃない。たまにはこういう風に風を感じるのも新鮮でいいわよ」
カグヤはリアカーの上に持ち込んだラウンジチェアに座り、優雅に読書をしていた。彼女の周囲だけは振動も風圧も無効化されているらしい。手に持った紅茶のカップは、波紋ひとつ立っていなかった。
リアカーの大半を占有するその椅子のせいで、俺とレイは体育座りを余儀なくされている訳だが……。
「あはは……。でも兄さん、僕は結構楽しいよ。こうやって外の空気を吸えるだけで、生きてるって実感が湧くし」
レイもリアカーの片隅に座り、流れるダンジョンの景色を眩しそうに見つめていた。かつて「シャドウ・ライダー」と呼ばれた男。垂直な壁すらも道に変える異次元の運び屋。洗脳から解かれたその瞳の奥には、子供の頃の輝きが戻りつつあった。
その時、前方の天井から巨大な岩石が崩落してきた。
「おっとぉ! 回避は面倒なので、最短ルートを突っ切るっスよぉぉ!!」
「おい、待てユウキ! そこは道が――」
ユウキはフルスロットルで岩の隙間へとカブを突っ込ませた。
ガガガガンッ!! という凄まじい衝撃。リアカーが跳ね上がり、車軸が嫌な悲鳴を上げる。
「危ない!」
レイが瞬時に動いた。彼は荷台から身を乗り出すと、重力を無視したような足取りで垂直に近い岩の壁を駆け上がり、崩落しかけていた岩を足蹴にして軌道を変えた。
「……えっ?」
ユウキが驚く間に、レイは再び無音でリアカーに戻ってきた。
「……レイ、今の動き」
「……あ、ごめん兄さん。つい体が動いちゃって。……リハビリの成果かな?」
かつての隠密性の片鱗。誰にも気づかれず、音もなく移動するその力。俺は、レイにも類い稀な力が備わっていることを改めて確信した。
◆◆◆
辿り着いたのは、マグマの滝を望む高級旅館『獄楽』。
俺とレイは、貸し切りの広大な男湯へと飛び込んだ。
「ふぅぅぅ……生き返る……」
「……兄さん、久しぶりだね。二人で入る大きなお風呂。子供時代に戻ったみたいだ」
レイは湯船で目を閉じ、物思いにふける。俺は無言でその肩に手を置く。兄弟だけの静かな時間。
しかし、その静寂は壁の向こうから近づく何者かによって打ち砕かれた。
「温泉、おんせーーーん!! おっと! ヘアピンカーブ!! コーナー攻めるっスよぉぉ!!」
バガァァァァァン!! 脱衣所の引き戸が蹴破られた。
「ヒートアップしたエンジンを冷やすには、ここしかないっスねぇぇぇ!!」
頭にタオルを巻いただけ、湯気で視界ゼロ状態のユウキが突進してくる。
「「う、うわああああああああ!!?」」
「突撃ぃぃぃ!!」
ザブゥゥゥゥゥン!! ユウキが男湯に豪快にダイブした。
「ぷはぁ! 最高っスね! ……って、あれ? せんぱい、なんで女湯にいるんですか?」
「逆だああああああ!! ここは男湯だ!!」
「あ……あわ、あわわわわわ!!!」
猛烈なスピードで逃げ去るユウキ。直後、隣の女湯からカグヤの冷ややかな声が届く。
「あら、レン。これは従業員に対するセクハラになるんじゃないかしら?」
「こ、これは貰い事故だ!! 俺は無罪だろ?!」
「ふふ、ユウキって割と良い体してたでしょ?」
ま、まぁ、大変立派な物をお持ちでした……
◆◆◆
風呂上がり、俺たちは旅館のプレイルームにいた。そこには、ダンジョン産の頑丈な木材で作られた卓球台が鎮座していた。
「ふふん、温泉といえばこれっス! せんぱい、レイくん、あたしに挑む勇気はありますか?」
ユウキがどこからともなく取り出したマイラケットを握り、不敵に笑う。
「ユウキさん、やる気満々だね。……いいよ、僕が相手になるよ」
レイがラケットを握り、台の前に立つ。だが、その勝負は一方的な蹂躙だった。
「喰らうっス! ジャイロ回転サーブ!!」
ユウキの放った球は、空中で急激に変化し、レイのコートを射抜く。
「わわっ!?」
「甘いっ! スマッシュ!!」
バコンッ!! と激しい音が響き、球がレイの横を音速で通り過ぎる。
「……強い。ユウキさん、まさか……プロ?!」
「ふふ~んっス! あたし、こう見えて中学時代は『疾風のユウキ』と呼ばれてたっスからね!」
ボコボコにされて肩を落とす弟を見て、俺はラケットを手に取った。
「……よし、レイの敵討ちだ。ユウキ、俺の恐ろしさを教えてやるよ」
「望むところっス! 今日は無礼講、叩き潰してやるっスよ!」
勝負が始まったが、ユウキはマジで強かった。唸りを上げる打球に俺は完全に劣勢。
「ひゅーーーー! 先輩、配送業者が球一つ届けられないなんて、笑い草っス!」
「……くっ、煽りやがって。こうなったら……!」
俺は目を閉じ、精神を集中させた。このピンポン玉をお客様への荷物だと認識すれば、スキルは発動するはずだ!
「俺はこの玉をお客様に、絶対に届けなければいけない……! スキル発動【絶対配送】!!」
どんッ! と右腕に魔力が走る。放たれた玉は物理法則を無視してユウキのラケットを回避。そのまま彼女のボディにズドンと突き刺さった。
「ぐふっ!? ……は、はんそ……グハッ」
「――配達完了!!」
「……せ、先輩、ズルすぎるっス! カグヤさん、なんとかしてください!!」
ユウキが半泣きで叫ぶと、カグヤが呆れたように立ち上がった。
「ふふ、面白いじゃない。ユウキ、私とペアを組みなさい」
こうして、レン・レイ兄弟ペア vs カグヤ・ユウキ女子ペアのダブルス対決が始まった。俺は再び【絶対配送】を乗せた超加速スマッシュを放った。ターゲットはカグヤ。
……だがしかし
「レン。一つ忘れているようだけれど。私はあなたのお客様ではなくて、……あなたの……婚約者よね?」
婚約者は……お客様ではなく……身内?!
その言葉が耳に入った瞬間、俺の脳内がエラーを起こし、スキルが強制的に解除された。スキルの補正が消えた玉は、ただのヘロヘロな球となってカグヤに軽やかに打ち返された。
「愛の重さは、配達できないみたいね?」
玉が迫ってくる……まともに受ければ……球がスローモーションで迫ってくる……。昔の記憶が呼び戻される……これは、走馬灯?!
「兄さんは僕が守る! ……カグヤさん、ユウキさん。二人とも僕にとっては『天野家の大切なお客様』です!!!」
レイの瞳が鋭く光る。兄にとっては身内でも、弟のレイにとってはまだ出会ったばかりの、礼を尽くすべき相手。即ち『お客様』。
レイの放った球は再び【絶対配送】の力を得て、今度はユウキのボディに正確に突き刺さった。
「あべしっ!? なんであたしばっかり狙うっスかぁぁぁ!!」
兄弟チーム、一点先取。
「レイ、もう一発頼むぞ!」
俺はサーブを打ち込むが、並のサーブでカグヤを討つのは不可能だ。カグヤは余裕の笑みでラケットを振る。
「レイくん。貴方のお姉さんの実力、見せてあげるわ!」
放たれたのは、重戦車のような一撃。カグヤの魔力が乗った一打は、卓球台を揺らすほどの威力でレイを襲う。義理の弟になるという者に対して、この一球!!
しかし、レイは類い希な反応で、その剛球を正面で受け止めた。打ち返すその刹那、彼はカグヤを見据えて微笑んだ。
「お姉さん! お兄さんをよろしくお願いします! ……スキル発動【虚空走者】!!」
――バギッ!!!
凄まじい衝撃に、レイの持っていたラケットが耐えきれず粉砕された。しかし、砕け散るラケットから放たれたボールは、跳ね返った瞬間――「存在」が消えた。
「え……? 消えたっス!?」
俺とユウキの目には、そこにあるはずの玉が全く映らない。無音。無振動。認識の死角。レイの派生スキル【虚空走者】は、あらゆる存在感を闇に溶け込ませる。
唯一、カグヤだけがその「虚空」を鋭い視線で追っていた。彼女の視線がゆっくりと、隣でキョロキョロしているユウキの頭部へと向かう。
ドゴォォォォン!!!
何もない空間から突如として現れたピンポン玉が、ユウキの頭にぶち当たり、そのまま衝撃で四散した。
「うわあぁぁぁーーーん!! もうやりたくないよぉぉぉぉぉ!! 卓球は格闘技じゃないっスよぉぉ!!」
ユウキがその場に座り込み、泣き声がプレイルームに響き渡る。
カグヤは微動だにせず、手元に残ったラケットを静かに置くと、ジト目で俺とレイを見た。
「見ていて分かったんだけど……。貴方達の『絶対配送サーブ』って、相手のコートでワンバウンドしてないから、そもそもアウトよね?」
「「…………あ。」」
俺とレイは顔を見合わせた。スキルに頼るあまり、卓球の基本ルールを完全に無視して、直接相手のボディへ「置き配」してしまっていた。
「……配達……失敗!」
レイが砕けたラケットを手に、バツが悪そうに俯いた。
「……そもそも、卓球玉を荷物扱いするなと言いたいけれど……まぁ、いいわ。負けたチームはお片付けをよろしくね?」
カグヤの呆れたような、でもどこか楽しげな声が、温泉宿の夜に響いた。
◆◆◆
その夜、宴会場。最高級A5ランクの「魔王牛」が、ジュウジュウと芳しい音を立てて網の上で踊っている。
「もぐもぐ……ふごっ、美味しいっス! 先輩の分も食べていいですか?!」
ユウキは肉を詰め込み、幸せそうだ。俺は白米を噛み締めながら、楽しそうに笑うレイを見ていた。
「……ほら、たんとお食べ。レイもこれだけ肉を食えてるんだ。お兄ちゃん冥利に尽きるよ」
湯気と肉の香りに包まれ、ダンジョンイーツの面々は、確実に絆を深めていった。
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