6:再配送:二人の絆は具現化する
時速120キロ
タイヤが悲鳴を上げ、ママチャリのフレームが「ミシミシ」と壊れる寸前の異音を奏でている。
俺のすぐ隣、わずか数センチの距離には、漆黒のマウンテンバイクに跨り、機械のように無機質な走りを続ける弟―レイの姿があった。
「レイ! 思い出せ! お前はこんなところで、誰かに操られて走るような奴じゃないだろ!」
呼びかけに応じる気配はない。レイの首筋で不気味に脈動する紫の光が、彼の意識が深い闇の底に沈められていることを物語っていた。
カグヤから託された『磁気解除キー』を握る左手が、風圧で後ろに持っていかれそうになる。
並走を維持しなければならない。
加速すれば加速し、彼が瓦礫を避ければ俺も寸分違わず同じ軌道を描く。
かつて二人で、泥だらけになりながら河川敷を競走したあの日を思い出す。あの時のレイは、もっと楽しそうに笑っていたはずだ。
「……闇デリバリーだか何だか知らないが、俺の大事なもんを勝手に荷物扱いすんじゃねえッ!!」
俺はペダルを一段と強く踏み込み、デリバリーランサー(ママチャリ)をレイの懐に潜り込ませた。
一瞬の静寂。
激しい振動が消えたかのような錯覚の中、俺の左手が、レイの首筋にあるチップを捉えた。
ガキンッ!
火花が散り、磁気パルスがチップの回路を強引に焼き切る。
刹那、レイの瞳に光が戻り、漆黒の車体が大きく揺れた。
「……っ、が……っ、あ、兄……さん……?」
レイの体が崩れ落ちそうになるのを、俺は片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手でレイの肩を抱き寄せた。二台の自転車が火花を散らしながら減速し、暗黒の回廊の端で、ようやく停止した。
「レイ……、レイ! 大丈夫か!」
「……兄さん、僕……。……ずっと、暗い中で、何かを運ばされていて……。止まりたくても、体が勝手に動いて……怖かった……」
十数年ぶりの再会。震える弟の肩を抱きしめ、俺はこの仕事をやっていて良かったと、心の底から思った。
だが、感動の対面を無慈悲な地響きが切り裂く。
――ズズズ、ズゥゥゥン!!
頭上で、鼓膜を引き裂くような爆発音が轟く。ハリー社が、証拠隠滅のためにこのエリアごと俺たちを生き埋めにするつもりだ。
「先輩! エモい時間は終わりです! 天井が降ってきますよぉぉ!!」
ハンターカブを限界まで回して合流したユウキが、ヘルメットを振り回しながら絶叫する。
「逃げるぞ! 各自、全開でゲートまで突っ走れ!」
俺、レイ、そしてカブのユウキ。三台の並走が始まった。
しかし、崩落の規模が想定を超えていた。巨大な岩盤が雨のように降り注ぎ、最短ルートが次々と瓦礫で埋まっていく。
三台バラバラの機動性では、この迷路のような瓦廊地帯を突破する前に、どこかで「詰む」のは明白だった。
「……ダメだ、個別に動いてたら間に合わない!」
「兄さん、僕が盾になるから、二人は先へ……!」
「馬鹿言うな! 俺が……俺たちが、お前を置き配…いや、置いていくわけないだろ!」
その瞬間、俺の胸の奥にある【絶対配送】のスキルが、隣を走るレイの魔力と共鳴し、背後のユウキのエネルギーを巻き込んで眩しい閃光を放った。
脳裏に浮かび上がるその姿は……新スキルが生まれた瞬間だった。
「【絆の連結】、発動!!
衝撃に備えろ!!」
「ちょ、引き寄せられるぅぅぅ!」
「な、なんだこれ……!? チャリが、勝手に!!」
光の粒子が三人の乗り物を包み込んだ。
俺のデリバリーランサー(ママチャリ)の後部に、レイのマウンテンバイクが磁石のように引き寄せられて連結。さらにその後ろへ、ユウキが「ひえええ!」と叫びながらハンターカブのフレームが、強引にガチャン、ガチャンと凄まじい音を立てて伸びていく。そして、再度一際眩しい光を放つと、俺たちは新たなる乗り物に跨がっていた。
ママチャリの「前カゴ」と「ベル」を先頭に、全長がバス並みの5メートル近い異様な威圧感を放つタンデム自転車いや、三人だからトリプレットママチャリだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 何ですかこの長いの! あたしの席、一番後ろじゃないですか! しかもエンジンない!
……ええい、漕げばいいんでしょ、漕げば!!」
一番前:決死の表情でハンドルを握る俺
真ん中:兄の背中を見て、かつての自分を取り戻した弟
一番後ろ:涙目になりながら「温泉!温泉!」と呪文のように唱えてペダルを回すユウキ
「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
ドォォォォォン!!
三人の魔力が直列に連結されたフレームを駆け抜け、後輪へと集約される。
時速150キロ……180キロ……。
ついにメーターは、ママチャリの限界を遥かに超えた時速200キロを突破した。
崩落する岩石の間を、信じられない長さの自転車が、ムカデのように全身をくねらせながら疾走する。
ルート案内は、【絶対配送】により、リアルタイムに変化する路面状況を、完璧にトレースし、最適なコース案内をしてくれる。
後輪からはドラッグレースのような白煙が上がり、先頭のベルが「チリンチリンチリン!!」と鼓膜が痛くなるほど鳴り続けていた。
「ひゃっほぉぉぉーーーい!!クソはえーーー!!」
ユウキは大喜びで、漕ぎまくっている。
◆◆◆
コメント欄はお祭騒ぎだ。
『待ってwww 何その形!! 長すぎだろ!!www』
『タンデムじゃなくて、トリプレットだっけか?そんなもんで時速200キロオーバーwww』
『ユウキちゃん、後ろで必死にペダル漕いでるの可愛いすぎwww』
『真ん中の弟君、兄貴より良いフォームで漕いでるのがまたじわじわくるwww』
『これもう配送じゃねーー!!』
『感動の再会からの、このクソデカ・シュール・マシンの登場。情緒を返せ!w』
『ベルが鳴り止まないのシュールすぎて腹痛いwww』
『いけええええ! そのまま音速を超えろ!!』
◆◆◆
「チリンチリンチリンチリンッ!!!」
俺たちは、迫りくる巨大な岩の数センチ前を、狂ったようにベルを鳴らしながら、全長5メートルの車体を器用にくねらせて、地上へのゲートへと突っ込んだ。
「止まらねぇ! このまま外に突き抜けるぞ!!」
「先輩、ブレーキ! ブレーキがママチャリ性能のままだぁぁぁぁ!!」
ゲートの光を抜けた瞬間、眼前に広がったのは、事態を聞きつけて出動していた警察の検問部隊だった。
時速200キロで突っ込んでくる謎の「巨大な鉄の棒」に、警察車両がパニックになりながら道を開ける。
「連結、解除!!」
俺が叫ぶと同時に、スキルの接続を無理やり断ち切った。
だが、慣性の法則は非情だった。
連結が解けた瞬間、俺とレイとユウキ、そしてそれぞれの自転車は、バラバラの方向に弾け飛んだ。
「どわあああああ!!」
「わちゃあああかっ!!」
俺たちはアスファルトの上をボールのように転がり、数回転してようやく止まった。
幸い、カグヤの用意してくれた強化スーツのおかげで、派手に転倒した割には五体満足だったが……。
スーツを着ていない弟は……華麗に受け身をとっていた。
顔を上げると、そこには銃を構えた警察と、あっけに取られた数千人の群衆。
そして、その中心で先ほどの勢いそのままに、地面に前輪をめり込ませて静止した俺のママチャリがあった。
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