5:深淵の青い月、禁忌のチップ
今日も一秒の遅れもなく、全ての配達を終えた。
ルナ・コート・レジデンスに戻っても、カグヤの姿はない。彼女が消えてから三日が経過していた。
ギルドからは依然として「闇デリバリーには関わるな」という通達が出たまま、捜査の進展は一般の運び屋には一切降りてこない。
俺は焦燥感に焼かれながら、ママチャリのチェーンを必要以上に磨き続けていた。
「……先輩、カグヤ様から連絡、まだないんですか?」
カブを整備しながら、ユウキが心配そうに声をかけてくる。彼女もまた、カグヤがいなくなった邸宅の広さに落ち着かない様子だった。
「ああ。メールひとつ来ない……だが、あいつが無策で動くはずがないんだ」
そう自分に言い聞かせた瞬間、俺の個人端末が震えた。
表示されたのは「Unknown」。
だが、暗号化されたその通信プロトコルは、カグヤの私設秘書官のみが使用する最高機密回線だった。
『レン、聞こえるかしら?』
スピーカーから流れてきたのは、三日ぶりに聴くカグヤの凛とした、それでいてどこか疲労の混じった声だった。
「カグヤ! 今どこにいる!? 無事なのか!」
『ええ。ハリー・エクスプレス社のグループ会社に招待されていたのよ。……今からデータを送るわ。これは、ギルドや警察すらまだ掴んでいない、あの大企業の正体よ』
端末に膨大なデータが転送されてくる。
そこにあったのは、ハリー社のグループ会社である『ハリー・ニューロ・システムズ』が極秘裏に製造していた、【特定魔導波受信型・思考制御チップ】の設計図だった。
◆◆◆
「……これ、軍人を殺人マシーンに変えるための装置じゃないですか?!」
画面を覗き込んだユウキが絶句する。
カグヤの説明によれば、ハリー社は世界中で禁止された「洗脳技術」をダンジョン技術と組み合わせて復活させていた。
闇バイトとして募集された若者や、身寄りのない遭難者の頭部にこのチップを埋め込み、恐怖と痛みを遮断。同時に、ハリー社のメインサーバーから送信される指令を「本人の本能」として誤認させ、死を恐れない無敵の運び屋――『シャドウ・ライダー』へと変貌させていたのだ。
「レイの首筋にあった、あの紫の光……。あれがチップの稼働サインだったのか」
『その通りよ。レン、あなたの弟君もそのチップで縛られている。
ハリー社は、彼の高い潜在能力に目をつけ、実験体の中でも「特別製」として扱っているわ。……そして、そのチップの出所はハリー社の完全子会社。言い逃れはできない証拠よ』
「解除する方法はあるのか!?」
『二つの手順が必要よ。一つは、私の専属チームが開発した「高周波・魔導ジャマー」。これであの子の首筋にある受信機を一時的に麻痺させ、洗脳を上書きするの。
……でも、それだけじゃ不十分よ。チップには強力な物理ロックがかかっているわ』
「物理ロック?」
『ええ。チップの固定を解くには、「特定の波形を持つ磁気パルス」を至近距離から浴びせなければならない。……つまり、あなたが走りながら、あの子と並走し、チップのわずか数センチ横にこの「解除キー」を叩き込む必要があるの』
カグヤの声が、一際真剣なものに変わる。
『チャンスは一瞬。ジャマーが効いている数秒の間に、時速100キロを超える激しいバトルの中で、あの子の首筋に正確にキーを当てる……。失敗すれば、チップが暴走し、あの子の脳は焼き切れるわ。……できるわね、レン?』
「……やるしかない。いや、俺にしかできないはずだ」
俺はデリバリーランサーに跨った。
カグヤが独自に掴んだ情報によると、今夜、第45階層からハリー社の「禁忌の積荷」が、レイの手によって地上へと運び出されるという。
ギルド警察が包囲網を敷く前に、レイを救出し、チップを解除しなければならない。
『レン……。弟君を救ったら、ゆっくり温泉でも行きましょ?』
「ああ、約束だ。……ありがとう、カグヤ」
通信が切れる。
俺はユウキを振り返った。
「ユウキ。ギルドの命令を無視することになる。運び屋としてのライセンスを剥奪されるかもしれない。……それでも、付き合ってくれるか?」
「何言ってるんですか、先輩」
ユウキは不敵な笑みを浮かべ、ハンターカブのスロットルを回した。
「速く走る意味。それが『誰かの大切なものを救うため』なら、あたしはどこまでも付いていきますよ!」
「よし……。行こう。天野レイ、あいつを闇から連れ
戻す!」
「はい!先輩!!祝勝会の温泉、楽しみにしてます!!」
お前もついてくるんかい!
◆◆◆
―深夜の第45階層
そこは、光の一切届かない暗黒の回廊だった。
だが、俺の視界には、カグヤが送ってくれた信号増幅器によって、一筋の轍が鮮明に浮かび上がっていた。
遠くから聞こえてくる、あの金属的な駆動音。
漆黒のマウンテンバイクが、暗闇を切り裂いて迫ってくる。
俺はデリバリーランサーのライトを全開にし、その光の中に自分を晒した。
逃がさない。ここから先は、俺とあいつ、兄弟だけのデッドヒートだ。
「レイ!! 聞こえるか! 迎えに来たぞ!!」
闇の中から現れたレイの瞳は、やはり虚ろだった。首筋の紫色のチップが、脈打つように禍々しい光を放っている。
レイは一言も発せず、ただその漆黒の車体を加速させ、俺の横を通り過ぎようとする。
「……【絶対配送】!!」
俺は全筋力をペダルに叩き込み、一瞬でレイの真横に並んだ。
左手に握るのは、カグヤが託してくれた磁気解除キー。
時速120キロ。
岩壁と崖に挟まれた、幅わずか数メートルの死の走路。
接触すら許されない超高速バトルの中で、俺は弟の、あの冷たい瞳を真正面から捉えた。
「俺がお前に届けるのは荷物じゃない!……俺のお前に対する思いだーーー!!」
レンの絶叫と共に、光と闇、二つの車輪が火花を散らして衝突する――。
◆◆◆
『感動シーンなのはわかる、わかるんだが……ママチャリで爆走しながら言うセリフじゃねえ!w』
『概念を運ぶな。仕事をしろ』
『全米が泣く前に全視聴者が「えっ」ってなった瞬間』
『「思い」はいいから!磁気キー!磁気キー届けて!!www』
『今世紀最大の「いい話っぽく聞こえるけどよく考えたらおかしい」選手権優勝』
『すいません。うちの先輩が訳の分からないこと言っていて……』
『え?!ユウキちゃん?!』
『先輩は、ウケ狙いじゃなくて、大まじめに言ってるんです。温かい目で見てあげてください。』
コメント欄は、ユウキの登場で沸いていた。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
読んでいただきありがとうございます。
毎日7時30分頃に更新予定です。ブックマークや、評価、応援して貰えると、モチベアップに繋がります。
あまり多く応援されると、ストック貯まってもいないのに、ついつい数話投稿してしまいますので、よろしくお願いします。チラチラ
よろしくお願いします!




