4:絶対零度のデリバリーロード
弟らしき闇のデリバリー軍団との遭遇、そしてカグヤの突然の失踪。
俺の心は千々に乱れ、日常の景色さえもどこか歪んで見えていた。だが、そんな俺の感傷を置き去りにするように、運び屋端末は無慈悲なアラートを鳴らす。
「……はぁ。次はなんだ。今は重い依頼を受ける気分じゃないんだが」
重い腰を上げ、表示された依頼を確認した俺は、思わず自分の目を疑った。
依頼人は、調布ダンジョンの第15階層――通称『灼熱の作業場』で希少鉱石を採掘しているベテラン採掘士のゴロゾウだ。
依頼内容は、地上で空前の大ブームを巻き起こしているスイーツ店『雪国屋』の看板メニュー、「絶叫!特盛りミルクかき氷・贅沢ベリー添え」を、完璧な状態で現場まで届けること。
「…………かき氷、ですか?」
俺の横で、バイク雑誌を読んでいたユウキが、戸惑っている。
「先輩。今『かき氷』って言いました? それも、第15階層の溶岩地帯に? ……あの、あそこって気温40度超えてますよね? そもそも、ここから最短でも30分はかかりますよ?」
「ああ。だが、依頼文には『溶けたら報酬ゼロ。一滴の液化も許さん』と太字で書いてある」
雪国屋のかき氷は、特殊な魔導冷却機で削り出された、綿菓子のような繊細な口溶けが売りだ。常温では3分、魔法保冷バッグに入れても、その「命」とも言える食感は10分が限界と言われている。
「……無理ですよ。そんな緊急性のない依頼放置です!なんか上から目線だし!!」
「あーーー、まぁ確かにな……だが、方法はある」
俺はデリバリーランサーのハンドルを握り込み、ユウキを見つめた。
「ユウキ、リヤカーを消せ。今回は『超高速・低振動配送モード』で行く
お前のハンターカブ単体の機動力と、俺の脚……この二つが揃えば、10分以内に第15階層へ到達できる」
「……分かりましたよ! じゃあ、パージします!」
ユウキが指を鳴らすと、カブの後部に連結されていたリヤカーが光の粒子となって霧散した。身軽になったハンターカブに跨り、ユウキが不敵に笑う。
◆◆◆
作戦開始。
俺はデリバリーバックの状態を確認する、少しの解れが、死を招く、氷が溶けるだけだが。
店先で、山のようなかき氷を受け取った瞬間、俺の脳内タイマーが作動した。
「全集中……。路面の凹凸、風の抵抗、振動を極限まで抑える!」
【絶対配送】、発動。
視界に浮かび上がるのは、第15階層までの最短かつ「最も揺れが少ない」黄金のラインだ。
「ユウキ、行くぞ! 1秒の停車は、死を意味する!」
「了解! 身軽になったあたしをナメないでください! どけどけぇ、氷が通るぞぉぉ!!」
ダンジョン入り口を、猛烈な勢いで突き進むママチャリとハンターカブ。
「左からスライムの群れ! ユウキ、排除しろ!」
「任せなさい! 【ハンターズ・パス】・ロードローラーッだっ!!」
ユウキが単体の機動力を活かし、カブを左右に激しく振りながら路面を均していく。リヤカーを引いていないため、信じられないほど鋭い旋回と急加速が可能だ。逃げ遅れたスライムが、路面の一部になり果てる。
俺はそのわずか数センチの「均されたライン」を、一切のブレなくトレースする。
特筆すべきは、俺の「人間サスペンション能力」だ。
背中のかき氷を守るため、俺の体はもはや人間をやめていた。
段差があれば、サドルから数ミリだけ腰を浮かし、両脚と体幹で全ての振動を相殺する。車体は45度傾いているのに、俺の背負うコンテナだけは、地面に対して常に水平を保ち、ピクリとも揺れていない。
配信画面は、その光景に狂喜乱舞していた。
『ちょ、レンの背中の上にコイン置いても倒れないレベルだぞこれw』
『ユウキちゃん、マジでハンターだな。速すぎてワロタ』
『かき氷一つにスキルを全開にする伝説の運び屋、推せるわ……』
『あれ、あのバッグって、そもそも対振動性能あったとか聞いた気がするぞ?』
『んじゃ、あの動きに一体何の意味が?!』
そんな性能あるの忘れてたわ……
「ま、万が一も許されないからな!念のためだ!!」
普段コメントに反応はしないが、ついつい反応してしまった。
「先輩!!配送中のコメント確認は罰金!!って自分できめたでしょーがっ!!」
……すいません。
◆◆◆
経過時間、6分。
第10階層の難所『絶望の階段』。
通常、リヤカー付きなら大きく迂回する場所だが、今の俺たちには関係ない。
「ユウキ、そのまま突っ込め! 段差を殺せ!」
「あいよぉ! !」
カブが階段を跳ねるように駆け下りる。俺はその直後を、後輪を浮かせるジャックナイフ状態で、前輪一本で階段の縁を滑り降りた。もはや曲芸だが、これが一番振動が少ないのだ。
そして残り1分。
目的地、第15階層の溶岩地帯に突入した。
ムワッとした熱気が全身を焼き、タイヤが焼ける臭いが漂い始める。
「あ、あつい……! 先輩、これ以上は氷がやばいかもっ!!」
「ラストスパートだ! ユウキ、あのサラマンダーの群れを突っ切るぞ!」
前方に、汗だくで立ち尽くすゴロゾウの姿が見えた。
だが、その手前には、エリアの主格である大型の火トカゲたちが道を塞いでいる。
「邪魔だ……。俺の『完璧な配送記録』を、たかがトカゲに汚させるかぁぁぁ!!」
俺は最高速からさらにペダルを蹴り上げ、ユウキの肩を跳び箱のようにしてジャンプ。空中で火トカゲの頭上を越え、着地の衝撃を前転で殺しながら、ゴロゾウの足元でピタリと止まった。
「ゴロゾウさん、注文の品だ。……今すぐ食えっ!!」
背中のコンテナを電光石火で開き、器を差し出す。
そこには、灼熱の地獄にはおよそ存在しえない、純白でフワフワの、一滴も溶けていない究極のかき氷が鎮座していた。
「……お、おおお! これだ! この氷の角、この輝き……! 信じられん、本当に届けおった!」
ゴロゾウが震える手でスプーンを入れ、一口。
「う、う、う、うまい……! 脳が震える! 魂がキンキンに冷えるぞぉぉぉ!!」
溶岩の照り返しの中、かき氷を頬張って至福の表情を浮かべるドワーフ。
俺とユウキは、限界を超えた疲労でその場にぶっ倒れた。
「……やりましたね、先輩。……でも肩痛かった……労災ですよね?」
「……ああ、すまん。手当を別途支給します。」
「むふふ」
配信画面は『感動したw』『スキルをこんなことに使うなんて贅沢すぎる』と大盛り上がり。
弟のこと、カグヤのこと……不安が消えたわけではない。
だが、こうして「誰かの最高の一杯」を全力で守り抜いた充実感が、俺の心を少し晴れやかにしてくれる。
「さて……帰るか。今度はゆっくりな」
「熱いから、飛ばしてかえりますが?!」
ダンジョンの奥底に、カプの咆哮が木霊した。
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