8:美女と狂犬
ルナ・コート・レジデンスの一室。
最高級の羽毛布団と心地よい空調。本来なら天国のような環境のはず…なのだが……。
「……あの、カグヤさん? 俺、もう平気なんだけど」
「ダメよ。絶対安静」
ベッドの脇で、カグヤがリンゴをウサギの形に切りながら、冷徹に言い放った。
左肩の傷は、彼女の治癒魔法のおかげで既に塞がっている。包帯は巻かれているが、痛みもほとんどない。かすり傷だと言ったのに、カグヤは俺を重病人扱いして一歩も外に出そうとしないのだ。
「いい? 傷が塞がっても、失った血液は戻らないの。今日は一日、私の目の届く範囲にいてもらうわ」
差し出されたウサギリンゴを、俺は大人しく口にする。……甘い。
昨日の地下道での一件以来、カグヤの態度は一変した。以前のようなツンとした態度は鳴りを潜め、代わりに……なんというか、「愛が重い」というのはこういう事を言うのだろうか。
その瞳の奥には、俺が傷ついたことへの恐怖と、二度とそうさせないという深い傷痕が刻まれてしまったようだ。
その時、サイドテーブルに置いてあった俺の端末が、けたたましいアラート音を鳴らした。
『緊急依頼』の通知だ。
『第28階層 緊急! 突然現れたオークの集団に奇襲され、負傷者多数。身動きが取れません。大至急救援をお願いします!』
「……仕事だ」
俺は反射的に布団を跳ね除けようとした。が、瞬間、部屋のドアノブが分厚い氷でコーティングされた。
「行かせないわ、レン。……代わりに、私が行きます」
「カグヤ!?」
バーーーーン!!
「先輩、私もいます!」
氷を工具でこじ開けて入ってきたのは、オイルまみれのツナギを着たユウキだった。
「先輩は休んでいてください! いつも助けてもらってばかりじゃ、弟子の名折れです。先輩が大変な時こそ、私が助けます! カグヤ様、お願いします、私を現場まで連れて行ってください!」
ユウキを弟子にした覚えはないんだが……。
ユウキは自信満々に笑い、カグヤも「それなら安心ね」とばかりにユウキの提案に同意した。
ユウキがどうしても見てくれと言うので、三人揃って地下駐車場まで行くと、彼女の愛車スーパーカブが停まっていた……のだが、その装備は一変していた。
「ジャジャーン! 名付けて『スーパーキャリー』です! 先輩のリアカーを参考に、カブ専用に自作したんです!」
カブの後部に連結された頑丈なリヤカー。オフロード仕様のブロックタイヤと、車体を傾けても安定する特製サスペンションが組み込まれている。
「ユウキ……これ、道路交通法違反だろ……。反射材も付いてないし、ブレーキランプが隠れてる。牽引時の制限速度もあるんだぞ?」
「何言ってるんですか!! 公道は走りません! ダンジョン専用の装備です。ほら!」
ユウキが指を鳴らすと、スキルによってリアカーが光の粒子となって消滅し、ただのカブに戻った。
「移動中は収納しておいて、ダンジョンに入ってから展開するんですよ」
「……なるほどな。だがユウキ、お前のやる気は買うが……お前には戦闘能力がない。オークの群れの中に一人で行かせるわけにはいかない」
俺の言葉に、カグヤが力強く頷いた。
「ええ。だから、私が彼女のリヤカーに乗るわ。レン、あなたが私を守ってくれたように、今度は私が、あなたの手助けをするの!」
「カグヤ……、分かった。ルート選定とナビゲートは、ここから俺がやる」
◆◆◆
カブの後ろに跨がるカグヤの姿。緑色のカブが排気音を響かせる。
「あれ? カブって二人乗りできるんだっけ?!」
「先輩! このカブは125ccなんで、法的には大丈夫です!」
「いや、カブが125ccだと、そこに乗せるのは……」
「先輩! 細かいことはいいんです!! さぁ指示、お願いします!」
爆音を響かせながら、カブは発進した。……公道区間ですでに制限速度を超過している気がするな。
◆◆◆
ダンジョン内に入り、ユウキはしまい込んでいたスーパーキャリーを再び具現化させる。
画面の中で、ユウキのカブが風を切って加速していく。
カグヤの魔力がカブとリヤカーを包み込み、高速走行による空気抵抗を軽減しているのが分かった。
「……なかなか良いコンビだな」
俺はタブレットを握りしめる。
リヤカーに仁王立ちするカグヤの顔は、真剣そのもので、もう油断など欠片も残っていなかった。
宿っているのは、大切なものを傷つけられた怒りと、今度こそ守り抜くという強固な意志だけだ。
俺は寝室からタブレットを握りしめ、インカム越しに声を張り上げた。
「ユウキ、お前の戦闘力はゼロだ。決してカブから降りるなよ。カグヤ、彼女の護衛を頼む!」
「ええ、任せて」
だが、その直後。
カブのエンジンが咆哮を上げた瞬間、ユウキの雰囲気が急変した。
「……ヒャッハァァァ!! どけぇぇ! 雑魚どもぉぉ!! 全開で行くぜぇぇ!!」
「……え?ユウキ?!」
インカムから聞こえてきたのは、先ほどまでの大人しい後輩の声ではない。理性をかなぐり捨て、速度の彼方に魂を売った狂犬の咆哮だった。
ブロロロロロォォッ!!
ユウキはアクセルを限界まで捻り込み、爆走を開始する。
◆◆◆
『嘘だろ、カブがウィリーしながら第20階層を突破したぞw』
『カグヤ様がリヤカーで振り回されてる……でも表情一つ変えない』
『ユウキちゃんってあんなキャラだっけ?!』
『カブの排気音も以前と変わっているな……排気量ボアアップしてるだろこれ!』
『有識者現るwww』
浮遊魔眼が捉える映像では、ユウキが「オラオラオラァ!」と叫びながら、カブでオークの群れを文字通り「撥ね飛ばして」いた。
「ユウキ、前方100メートルにオークの分隊だ! 回避ルートは――」
「回避ぃ? そんな軟弱な言葉、あたしの辞書にはねぇんだよぉ! 聖女様、ブッ放せぇぇ!!」
「……話が早くて助かるわ。――邪魔よ、道を空けなさい!」
カグヤが指先を振るうと、通路を塞いでいたオークたちが、悲鳴を上げる間もなく氷の像へと変わる。ユウキはその氷像を「ステップボード代わりに丁度いいぜぇ!」と叫びながら、カブで踏み台にしてジャンプ。
最短ルートを物理的にぶち抜いていった。
◆◆◆
第28階層、行き止まりの広場。
オークの包囲網に絶望していた冒険者たちは、壁を突き破って現れた「暴言を叫ぶ少女」と「リヤカーに乗った氷の聖女」という地獄のような光景に、開いた口が塞がらなかった。
「ダンジョン・イーツだコラァ! 死にたくなきゃさっさと後ろに乗りなやがれっ!」
ユウキの怒号に気圧され、転がり込むようにリヤカーに乗る冒険者たち。
カグヤが一瞬で残存するオークを氷塵に変えると、救助作戦は数秒で「回収」へと移行した。
◆◆◆
「全員乗ったな!? 舌噛み切っても知らねえぞぉ! 離脱ぅ!! ひゃほっぉーーーーう!!」
帰り道、ユウキの走りはさらに苛烈を極めた。
第15階層の急勾配、彼女はブレーキを一切かけず、エンジンブレーキすら無視して加速し続ける。
「ちょ、速すぎっ……!」
「うわあああ! 景色が、景色が流れるぅぅ!!」
「マ、ママあああああ!」
リヤカーに詰め込まれた冒険者たちの悲鳴。だがユウキは「あぁん? 風の音が心地よくて聞こえねぇなぁ!」とさらに加速。
数分後。
地上ゲートを抜け、公道を一瞬走り抜け、病院前の広場に到着した瞬間。
ユウキは鮮やかなドリフトを決めながら急停止した。
キキキキィィィィッ!!
「ハァ……ハァ……。ふぅ、いい風だったぜ……」
ハンドルから手を離した瞬間、ユウキの顔から険が消え、いつもの大人しい少女に戻る。
「あ、あれ? 皆さん、大丈夫ですか……? 私…何かやっちゃいました?」
リヤカーの中から冒険者たちが這い出し――。
「オエェェェェッ!!」
「ゲ、ゲロォォォォ……!」
広場の植え込みに向かって、全員が一斉にマーライオンのごとくリバースを開始した。お約束というやつだな。
「あら、意外と脆いのね。ユウキさん、いい走りだったわ。レンの時よりも『刺激的』で退屈しなかったわ」
カグヤは涼しい顔でリヤカーから降り、ユウキとハイタッチを交わす。
俺は画面越しに、胃を押さえて悶絶する冒険者たちに同情しつつ、ユウキの豹変ぶりに戦慄しながら、無事に帰還した二人の姿に深く息を吐いたのだった。
後日。
地上ゲートから病院までのわずか数百メートルの区間。そこで見せた制限速度無視のドリフト走行が、配信アーカイブという動かぬ証拠となり、ユウキはしっかり免停になりました。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
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