5:蒼氷のチャリオット?
横浜ダンジョンの「内海」に、絶望的な咆哮が轟いた。
海面を割り姿を現したのは、災害級魔獣『リヴァイアサン・アビス』
数千年の時を深淵で過ごしてきたかのような、その巨躯は、黒曜石のように鋭い鱗に覆われ、瞳は深海の闇そのもの。動くたびに発生する津波が観測ドックのコンクリートをたやすく粉砕し、逃げ惑う係員たちの悲鳴が反響する。
「……海の底から、私たちの歓迎会でもしてくれるのかしら?」
カグヤが腰に帯びた細身の剣に手をかける。その鞘から現れたのは鉄の刃ではない。高純度の魔力を伝導・固定化するためだけに鋳造された、刃のない透明な芯――『魔導結晶体・零式』だ。
「カグヤ、乗れ! これを戦車にするぞ!」
俺は派生スキル【デリバリーキャリア】を起動する。
黄金の光と共に現れたのは、どこからどう見ても、至ってふつうのアルミ製リアカーだった。
「…………ねえレン。これが『戦車』なの?」
「見た目に騙されるな。さあ、乗れ!」
「……はぁ。締まらないわね。」
カグヤは半ば諦めたように、そのふつうの荷台に飛び乗り、魔導剣を高く掲げた。
「――スキル、蒼氷の聖女」
刹那、彼女の周囲に極低温の魔力が爆発的に渦巻いた。
純白の布地がパキパキと音を立てて硬質化し、光を七色に屈折させるダイヤモンド・ドレスへと姿を変える。
それと同時に、彼女が持つ剣の芯に、青白い魔力が収束し、薄く鋭利な氷の刃が瞬時に形成される。
彼女の髪までもが白銀の冷気を帯びてなびき、背後には冷気の翼が広がる。
レンは一瞬その神々しさに見惚れたが、すぐにサドルに跨り直し、ペダルを力一杯踏み込んだ。
「行くぜ、カグヤ!」
「ええ、加速しなさい!」
時速100キロを超えるチャリオット。
俺たちの背後には、カグヤの魔力が走行風に削られて生じるダイヤモンドダストが、彗星の尾のように長く引かれた。
その光の粒子の中、氷のドレスを纏ったカグヤがリアカーの上に毅然と立つ姿は、まさに戦場を駆ける女神そのものだ。――ただし、その足元にあるのは「ふつうのリアカー」なのだが。
『絵面がひどいのに、なんでこんなに神々しいんだ!?』
『リヴァイアサン・アビス……あんなバケモノ相手にリアカーで突っ込むとか正気かよ』
『カグヤ様が神々しければ神々しいほど、下のリアカーの普通っぷりが際立つww』
『シュールすぎて腹痛いw でも速えええええ!!』
コメント欄もこの光景に盛り上がる。
「……あら? このリアカー、意外と乗り心地が良いわね。時速100キロを超えているとは思えない安定感だわ。私の魔力収束が一切乱れない」
「当たり前だ! 俺のスキルは、どんな嵐の中でも荷物を無傷で届けるためにあるんだからな!」
海竜アビスが咆哮すると、周囲の海水が意思を持ったように立ち上がり、高さ30メートルを超える水の牢獄が俺たちを四方から囲んだ。さらに、その水の壁からは無数の海水の槍が生成され、全方位から俺たちを串刺しにせんと迫る。
「逃がさないつもりね……! ならば、凍れ!」
カグヤが剣を一閃。
魔導結晶を通じて放出された極低温の魔力は、押し寄せる水の壁を接触する直前で瞬時に「氷の壁」へと変質させ、その構造をダイヤモンド級の硬度で固定した。
「レン、右へ! 螺旋を描いて上昇するわよ!」
「了解だ! しっかり掴まってろよ!」
カグヤが空中に「螺旋状の氷の階段」を生成する。俺は【絶対配送】が示す黄金のラインをなぞり、重力を無視して空中に浮かぶ氷の道を駆け上がった。
海竜はさらに執拗に俺たちを追う。その巨体が内海を高速で旋回し、巨大な竜巻を生成した。並の自転車なら瞬時にバラバラに引き裂かれる重圧。
「……あら? この嵐の中でも、私の足場が微塵も揺るがないなんて。面白いわね、この荷台」
カグヤはダイヤモンドダストを浴びながら、微笑んだ。め、女神がおる……。
「レン、最大加速! あの渦を道にして、奴の喉元まで私を届けて!」
「了解だ! 振り落とされるなよ!」
俺はペダルを限界を超えて回し、渦巻く潮流の壁を、螺旋を描いて駆け上がった。
黄金のラインが狂乱の渦の中心へと伸びる。氷のドレスをなびかせながら、リアカーを引き連れたママチャリが空へ跳ぶ。海竜の頭上、数千トンの海水が舞う中、俺はリムブースターを全開にした。
「飛べッ!!」
空中へ投げ出される俺たち。
逆光を浴び、カグヤが跳躍する。その瞬間、彼女の持つ魔導剣の刃が、彼女自身の魔力を吸い込んで肥大化し、全長十メートルを超える巨大な氷の白刃へと姿を変えた。
「――終わりよ。身の程を知りなさい」
彼女の全魔力が、魔導結晶を通じて一点に収束される。
「アブソリュート・ゼロ!」
一閃。
絶対零度の刃が海竜の脳門を真っ向から両断した。深淵の主は叫びすら凍りつき、巨大な氷の彫像となって内海へと垂直に落下していった。その巨体は海底に激突するより早く、無数の光の粒子となって砕け散る。
着地と同時に、俺は鮮やかにデリバリーキャリアを停止させた。
背後では、完全に沈黙した海竜がキラキラと砕け散り、内海に美しい氷の雨を降らせている。
「……ふぅ。どう? 惚れ直したか?」
カグヤがゆっくりとドレスの氷を解きながら、いたずらっぽく微笑む。
「ああ、氷の聖女の名前は伊達じゃないな」
「……ふふ」
一千万人の視聴者が熱狂する中、俺たちは氷の雨が降る内海を、堂々と凱旋した。
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