3:海の上でも、最短ルートを構築します。
横浜港の地下深く。
今回、ダンジョン庁が指定してきた『横浜ダンジョン・湾岸エリア』は、これまでのどの迷宮とも異なる異質な構造をしていた。
巨大なゲートを潜った先に広がっていたのは、見上げるようなドーム状の空洞――ではない。
視界の端から端までを埋め尽くしているのは海だった。
ここは海中の巨大な気泡のような空間であり、ダンジョンそのものが巨大な水槽のように海の中に沈んでいる。いわば「海の中の海」だ。
「……海の中に、さらに海があるなんてね」
俺の隣で、カグヤが呆れたように呟く。
天井を見上げれば、厚さ数百メートルはあるだろう天然の岩盤がすぐそこに迫っており、その向こう側には本物の太平洋が存在する。
このダンジョン内を満たす海水は、気圧と魔素の影響で常に激しい高波を立てて渦巻いていた。
「おいおい、こんなところを走れってのか? 俺の場違い感ハンパないな……。
それに明らかに相手側に有利なコースじゃないか?」
俺が思わず愚痴ると、背後から聞き慣れた快活な声が響いた。
「そんな不利な状況を覆す事で、カタルシスが生まれるんですよ、先輩!」
ユウキだ。彼女は愛車のスーパーカブではなく、今日は何やら工具箱を抱えて、俺の『デリバリーランサー』にかじりついていた。
「ユウキ、改造は終わったのか?」
「バッチリです! 秩父で回収した魔石……名付けて氷獄の涙》! これを極細の粉末にして、特殊な樹脂と一緒にタイヤの表面に焼き付けました!」
ユウキが指し示したタイヤは、以前の黒いゴムの質感とは一変していた。
透き通るような青白い輝きを放ち、近づくだけで肌を刺すような冷気が伝わってくる。
「いいですか先輩! 普通の氷だと思っちゃダメですよ。このタイヤが作るのは、魔導的に強制再編された超高密度氷なんです!」
ユウキが鼻息荒く、スパナを振り回しながら熱弁を振るう。
「いいですか先輩! 普通の氷だと思っちゃダメですよ。このタイヤが作るのは、魔導的に強制再編された超高密度氷なんです! 普通の氷は重さで割れます。ですがこの魔石が生み出す氷は、熱を奪うのではなく情報の固定を行うんです。タイヤが触れた瞬間の水面を、一時的にダイヤモンド並みの硬度を持つ結晶体へと変質させます。さらに、魔導的な超撥水効果でグリップ力を生み、衝撃波による動的浮力で車体を押し上げる……。まさに、海をアスファルトに変える魔法のタイヤです!」
「……早口すぎて何にも理解できなかったが、なんか無茶なこと言ってる気はした。」
「良いですか先輩?! 時速五十キロを下回れば凍結と浮力のバランスが崩れ、そのまま海中に引きずり込まれます。
言わば、『止まれば沈む、氷の綱渡り』! レンさんの脚力が止まらない限り、水面は最高の路面状況になります!」
ユウキが不敵に笑う。相変わらず、こいつの持ってくる案は奇想天外で、命がいくつあっても足りないプランばかりだ……。
◆◆◆
「やあ、準備はいいですか? 天野さん」
スタート地点となる浮きドックに、グレーのスーツを翻した堂島が現れた。
彼の背後には、ハチの群れのような羽音を立てる、最新鋭の無人配送ドローン『ヘルメス・フリート』が二十機以上も浮遊している。
「この横浜ダンジョンの『内海』は、狭い天井と波の跳ね返りによって常に乱気流が発生しています。ですが、我が社のAIはすべての風向きを予測し、ドローン同士がネットワークを組んで荷物をリレーする。
……地面を這うしかない自転車に、勝ち目はありませんよ?」
「そう言って、前回も俺に負けたのを忘れるなよ?」
俺のヘルメットの横では、カグヤが手配した三機の浮遊魔眼が、赤い録画ランプを点滅させながら、最適なアングルを探して忙しなく飛び回っている。
「位置について――」
監査官の釘山が、拡声器を通して宣言する。
カグヤが俺の肩に手を置き、小声で囁いた。
「……レン。勝利は大事だけど、無茶しすぎて沈んだら承知しないわよ。全世界にあなたの水死体が配信されるなんて、私の選んだ男として認められないわよ?」
「…………ああ。カグヤが俺を選んだことが、世界で一番正しい選択だったってことを、今から証明してやるよ。」
俺が不敵に笑った瞬間、スタートの合図が響き渡った。
「行けッ! デリバリーランサー!」
俺はドックの端を蹴り、迷わず荒れ狂う海面へとダイブした。
「馬鹿め! 自殺か!?」
堂島の罵声が聞こえる。
だが、俺のタイヤが水面に触れた瞬間――。
パキィィィィィィィィィィィィィィィン!!
鼓膜を突き刺すような、澄んだ硬質の音が響いた。
沈むはずのママチャリが、水しぶきを上げる代わりに、純白の氷を撒き散らしながら海面を走り始めた。
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