16:どんな困難があろうとも、遅延は致しません!
目の前にそびえ立つのは、絶望を物理的な形にした氷の絶壁だった。
高さ数百メートル。表面は魔素を含んだ氷が滑らかに凍りつき、まるで巨大な鏡のように吹雪を跳ね返している。
通常の登山道具など歯が立たない。
だが、ユウキのカブは加速を止めない。
「ユウキ、壁を上るぞ! 角度が変わる瞬間の衝撃に備えろ!」
「了解です! ……私のカブは止まらないんだからぁぁ!!」
ユウキがスキル《鉄馬使い》の全魔力をクローラーへと流し込む。
直角に近い角度で壁と接した瞬間、ドォンと内臓を揺らす衝撃がマシンを襲う。だが、カブのクローラーが氷に触れた瞬間、そこには青白い火花とともに道が刻まれた。
派生スキル――不屈の轍・垂直駆動。
重力に従って滑り落ちるはずの車体が、磁石で吸い寄せられるように氷壁に張り付く。ユウキが刻んだ轍は、後続の俺にとっても滑らない超グリップ路面となっていた。
「……っそれにしても…、ふざけた重さだ……!」
壁を登り始めた瞬間、200キロのリヤカーと、カグヤの体重が真下へと俺を引きずり込もうとする。ハンドルを握る腕の筋肉が、ミシミシと断裂寸前の悲鳴を上げた。一瞬でもペダルを緩めれば、そのまま真っ逆さまに墜落し、雪原の塵になる。
「レン、無理よ。貴方も自転車ももたないわ……!」
背中のカグヤが、俺の肩を強く掴む。彼女の目にも、流石に緊張の色が走っていた。
「……根性だぁぁ!!ルートは視えてる。止まる選択肢なんてっ、最初からないっ!!」
俺の視界には、垂直の氷壁を蛇行しながら頂上へと繋がる、一本の黄金の光が視えていた。
スキル絶対配送
たとえ重力が邪魔をしようとも、物理法則が不可能だと囁こうとも、この道が最善だと告げている。
「ユウキ! 左30度、そのまま10メートル直進だ! そこに氷のクラックがある、轍を引っ掛けろ!」
「はいっ! ……見えましたぁぁ!!」
ユウキのカブが壁を這う蜘蛛のように動き、俺を引き上げるための足場を次々と刻んでいく。その時だった。
バリバリバリッ!!
氷壁の奥から、不穏な音が響く。この壁を守るガーディアン――氷の精霊たちが、侵入者を排除しようと壁そのものを崩し始めたのだ。頭上から、家一軒分はあろうかという巨大な氷塊が、牙を剥いて降り注ぐ。
「……あら、お掃除の時間かしら」
カグヤが冷ややかに微笑み、自由な方の手を壁にかざす。
「レン、あなたは前だけ見てなさい。あなたの邪魔をする物は、私が全て引き受けてあげる」
カグヤの魔力が炸裂し、降り注ぐ氷塊を空中で粉砕していく。砕け散った氷の破片がダイヤモンドダストのように舞い、月光を浴びて輝いた。その幻想的な光景の中を、俺たちは垂直に突き進む。
やがて、足の感覚が消え、意識が真っ白に染まりかけたその時――。
「……登り……きった……!」
そこは、雲の上だった。
氷壁の頂上。
眼下には荒れ狂う吹雪の雲海が広がり、頭上には手を伸ばせば届きそうなほど巨大な月が浮かんでいる。
ユウキのカブが雪煙を上げて停止し、俺も崩れ落ちるようにペダルを止めた。
「はぁ、はぁ……っ、先輩! やりました、やりましたよ!」
ユウキがヘルメットを脱ぎ捨て、上気した顔で笑う。
「……ああ。だがまだ目的を果たしていないぞ?」
俺は震える脚を叩き、前方を指差した。
そこが通称「銀嶺の円卓」。
しかし、視界の先にあったのは、安堵できる光景ではなかった。
円卓のように平坦な雪原の中央。そこには、調査隊が設営したベースキャンプが存在している。
ベースキャンプを守っている結界は、わずかに輝きを残しているが、今にも消え入りそうな儚い光だ。
そして、その結界を包囲するように、数百、いや数千のスノー・オーガの群れが、音もなくうごめいている。
「……どうやら、ただの食料不足じゃないようね」
カグヤが目を細め、腰の魔導書に手をかける。
「あの群れの中心……視える? レン」
群れの中心に座するのは、ウェンカムイすらも凌駕する威圧感を放つ、青白い肌の巨人。
秩父ダンジョンのボス、氷獄王フロスト・ギガントが、調査隊をじわじわと追い詰めていた。
「予定変更だ、ユウキ、カグヤ。隠密で行くぞ。」
俺たちは月明かりに影を潜め、飢えた軍勢が待つ戦場へと、静かに、そして速やかに滑り出した。
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