12:大陸系最大手の会社が参入しましたが、当社は今まで通りの配達を続けます。
その朝、冒険者ギルド前の広場は、目が痛くなるほどの原色に染め上げられていた。
普段は煤けた装備の冒険者たちが行き交うその場所を、真紅と黄金で塗装されたバイクの集団が埋め尽くしていたからだ。
「……なんだ、あれ。お祭りか?」
ガレージから愛車を出してきたレンは、呆気にとられてその光景を見つめた。
並んでいるのは、数十台の魔導バイク。流線型のボディはピカピカの深紅に塗られ、カウルには金色の文字で『迅速・激安・爆量』というスローガンと、笑う商人のロゴマークが刻まれている。
まるでクリスマスのような派手さだ。
「ハリーエクスプレス……。あの大陸系最大手が、ついにダンジョンに乗り込んできたか」
レンの隣で、顔馴染みの古参ポーターが渋い顔で呟く。
ハリーエクスプレス。地上では「売っていない物はない」と豪語し、あらゆる市場をその資本力で飲み込む、東方発の巨大複合企業体だ。
「どけよ! ここは今日から我々『ハリー・エクスプレス(hurryExpress)』の専用ドックアル!」
「邪魔ネ! 我々の荷物は君たちの百倍あるヨ!」
派手な中華風のプロテクターを着た男たちが、抗議するポーターたちを強引に押しのけている。
彼らが投入したのは、独自開発された『龍脈エンジン』を搭載した最新鋭バイク。一台数千万から一億円は下らない高級機を、惜しげもなく数十台投入するあたり、資本力の大きさが伺える。
「 君が噂の『ママチャリ』の少年かネ?」
レンが自転車を止めようとした時、バイクの列の先頭から、一人の男が歩み寄ってきた。
真っ赤なシルクのスーツに、ジャラジャラと金のネックレスを下げた小太りの男。ハリーエクスプレスのダンジョン支部長、ワンだ。
「君の動画、見たヨ。面白い見世物ネ。でも、ビジネスとしては0点アル」
「……何が言いたいんですか」
「『規模』が足りないヨ! 物流とは『数』! 『速さ』! そして『安さ』ネ! 君のような個人がチマチマ運ぶ時代は終わったアル。これからは、我々の圧倒的な企業力で、ダンジョンの全てを支配するネ!」
まず、安値で市場を独占する、その後、同業他社が撤退した後、一気に値上げをする。彼等の常套手段だった。
ワンが手を叩くと、背後のバイク部隊が一斉にエンジンを吹かした。バリバリバリ! という爆音が広場を揺らす。
その時、ギルドの掲示板が激しく明滅し、緊急依頼のアラートが鳴り響いた。
内容は『指名依頼』。
『依頼人:大錬金術師パラケルスス。対象:レン、およびハリーエクスプレス社』
「アイヤー……。あの偏屈ジジイから、我々と君に同時に指名とはネ」
ワンは金歯を光らせてニヤリと笑った。
「いい機会アル。どちらが真の覇者か、ハッキリさせるヨ。……負けたら、そのボロい自転車をスクラップにしてやるネ」
◆◆◆
依頼の内容は、極めて繊細なものだった。場所は第65階層『焦熱の産道』。その最深部の聖域で採取される『精霊の涙』を地上まで運搬する。
「いいか! この結晶は、聖域で青い光を放ち結晶化している。しかし、手に取って数秒で液体へ還る。液体化した瞬間に、炭酸のように猛烈な勢いで『発泡』が始まるのじゃ。さらに熱が加わればその膨張は一気に加速し、瞬時に爆発する!
結晶を手にしたら、速やかにこのボトルに入れろ。」
パラケルススが差し出したのは、鈍く光る重そうなな鉛のボトルだった。
「制限時間は設けぬが、 振動を与えず、熱を与えず、このボトルを無傷で持ち帰れるか?」
「問題ないネ! 我が社の『炎龍2000』には、仙術冷却結界と定圧防振コンテナが搭載されているヨ! 完璧な無振動・定温空間を維持するネ!」
ワンが豪語する横で、レンは愛用のデリバリーバッグのベルトを締め直した。
「……で、そっちの小僧は? そのママチャリと、薄汚れたバッグ一つで挑むつもりか?」
まぁ、確かにバッグは洗ってないけど……
「このバッグは特製のバッグです。温度も維持できますし、振動も抑えられます。」
レンは淡々と答えた。
「ギャハハ!!ローテクノロジーね」
ワンが嘲笑し、エンジン音が広場を揺らす。ダンジョン物流の未来を賭けた、無謀なレースの幕が上がった。
ダンジョン物流業界の未来を賭けた、無謀なレースの幕が上がった。
◆◆◆
第65階層 『焦熱の産道』
そこは、全ての生き物を拒絶する、熱波と冷気が複雑に絡み合いながら荒れ狂う地獄の様な場所だった。
天を突く火柱と、大気を凍てつかせる極冷の旋風が正面から衝突し、逃げ場のない「炎の竜巻」となって視界の全てを塗り潰している。
膨張と収縮を繰り返す空間は、まるで世界そのものが悲鳴を上げながら、あらゆる存在を粉々に噛み砕こうとしているかのようだった。
「総員、突撃アル! 最大出力で突き進むネ!」
先頭を行くハリー・エクスプレス社の部隊は、強引極まりない方法で荒野を進んでいた。バイクに搭載された『全自動仙術冷却結界』が青白い光を放ち、周囲の熱気を力技で弾き飛ばしていく。
「速い! 速いヨ! さすが我が社の最新機ネ!」
後方の指令車でモニターを見ていたワン支部長が、扇子を仰ぎながら高笑いする。
「全自動結界、稼働率MAX! 外の熱なんて関係ないネ。……あの貧乏チャリはどうなったアル?」
「反応ありません! 多分、熱波に耐えきれず、溶けたと思われます!」
ワンは勝利を確信し、茶をすすった。
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