夕陽の差し込む部屋で
「あの、本当にごめんなさい」
「ええ!?!?!?」
さて、時刻は16時30分。
神栖少年は何とか一日の授業を乗り切り、学校を終えたその足でとあるマンションの505号室、つまり那須宅へやってきたのだが……
開口一番これである。
ごめんなさい。
…………………。
高月からしたら本当に意味がわからん。わからないのだが、神栖は那須宅へ上がるや否や続けて、
「あの!!僕、あずきさんの気持ちも考えずにずっと、自分勝手にやってきたと思います。だから、今日はそれを謝りたくて、」
「ちょ、ちょ!ちょ!?ちょっと待って御琴君!?」
何やらとんでもない事を口走る彼を静止するように、高月は彼の胸に両手を当てる。
「―――――あっ………」
「………………」
突然とは言え、彼の胸に手を当ててしまった事に動揺し、顔を赤らめる高月。
…………………………。
何とも気まずい沈黙が流れる。
「…………………」
「…………………」
「……とりあえずリビング行こっか」
――――――――――――――――
……………………。
そして二人はソファに隣り合って座る。
互いの太腿がほんの少し触れ合う、そんな絶妙な距離感。
普段ならもう少し距離を空けて座るのだが、高月は何かを感じ取ったのか、気持ち程度に距離を詰めている。
「―――――あの!!」
「はい!?」
「僕、ずっとあずきさんの気持ち、考える事が出来てなかったです。いや、目を向ける事が出来なかったんです。僕、自分の事しか考えてなくて。だからあずきさんが僕の事をどう思ってるのか、全く頭が回らなくて……。これも先生に言われてようやく気がついたんです。正直、自分が情けないです……」
「…………………」
「でも、だからこそ、これからは誠実に生きていこうと思ってます……!しっかりあずきさんの事を考えて生きていきます!!だから…こんな僕ですけど、改めてよろしくお願いします!!!」
神栖は直角と言える程に深々と頭を下げる。
―――――?
――――ちょっと待て。
いや、読者諸君は既に気づいているかもしれない。この違和感に。
この神栖の台詞。
これはまるで―――――
しかし我々が結論に行き着くよりもほんの少し早く、高月は、
「もう私の気持ちには気がついてるんだよね…?」
「勿論です」
「…………………」
「…………………」
「私こそ、これからよろしくお願いします」
お……?
これは………?
「ありがとう……ございます?」
神栖がゆっくりと頭を上げる。
高月の方へと目をやると、それはもう真紅と言って良い程にお顔が赤く染まっている。
夕焼けのせいか?
いや、そんなはずはあるまい。
「…………………」
「…………………」
何とも言えぬ沈黙が二人を包む中、高月が徐に口を開く。
「あ、あの!」
「はい」
彼女は耳まで赤くなり、視線を泳がせながら――――
「その………」
「…………………」
「えーと……」
そして高月は決定的な一言を口にする。
「ちゅ、チューしませんか!!」
「!?!?!?」
……………は?
神栖は固まる。
何故ここでチューという選択肢が出てきた?
あれか?
仲直りのキスってやつか?
いや、そんなはずがない。
だってそれは喧嘩したカップルがするもののはずだ。
待て。
カップル?
神栖は自身の発した言葉を思い出す。
“あずきさんの気持ち”
ん?
!?!?!?!?!?
彼は全てを理解した。
自身の発した言葉。
それは告白に他ならないと。
ボッッッッッ!と、頭の中で何かが爆発する―――――
顔が急激に、真紅に染まり上がる感覚を神栖は覚えた。
彼の頭はオーバーヒートした。
特攻が がくっと下がった!
そして、
やったー!
高月あずきを 捕まえたぞ!
いや、そんな事を言っている場合じゃない。
神栖御琴の人生に於ける何かの図鑑に彼女という文字が記録される。
いやいや、そんな事を言っている場合じゃない。
高月あずきはこうしている間にも彼の返答を待っている。
何なら彼女は瞳を閉じながらも唇を突き出している。
これはもう退路は絶たれたと言って良い。
ここまで来たらもう選択肢は一つだけだ。
ここでためらっては男が廃る。
神栖は覚悟を決めた。
彼は彼女の唇に、自身の唇を重ねる―――――
今。
唇と唇が合わさった。
頭がどうにかなりそうだ。
それくらいに全てが真っ白となる。
キスの味?
そんな事になんて頭が回らない程に。もはや何もかもがどうでも良い。
ただ一つ言える事――――
これが幸せなのだと、そう二人は確信した。
どれほど経っただろうか。
とても長い時間が経過したようであり、一瞬だったような気もする。
彼らはゆっくりと唇を離すと、ただ二人見つめ合う。
顔を赤らめながらも、そして二人は再認識する。
こんなにも魅力的な相手だったのだと。
神栖はゆっくりと、ただはっきりと言葉にする。
「僕、あずきさんの事が好きです」
高月は深く頷き、彼女もはっきりと言葉にする。
「私も、御琴君の事が好きです」
彼らは再び、唇を重ねた。
ぎこちなくはありつつも、ゆっくりと、そして互いの愛を確かめ合うように―――――
彼らは示し合わせたように、互いの身体へ手を伸ばす。
そして、相手の身体を抱き寄せた。
このまま溶けてしまいそうだ。
そんな想いを感じながら―――
唇を重ねあう―――――
しかしそんなひと時は突如として終わりを迎える。
「え………」
ドサっと何かが落ちる音がリビングに響き渡った。
思わず二人は身体を飛び上がらせる。
音のした方へ目を向けると、そこには家主の那須が立っていた。そして足元にはリュックサック。
ただ、立ち尽くしていた。
――――!?!?!?
二人はパニックになる。
しどろもどろになる二人に、
「いや、いい!!!!!」
那須は両手を突き出した。
「いい、言わなくていい。ただ、これだけは言わせて」
二人はゴクリと息をのむ――――
「本当に、おめでとう!!!」
満面の笑みを浮かべ、両手でグッドポーズ。
緊張の糸がプツリと切れた。
那須の言葉を理解するのに、二人は暫くの時間がかかった。
ただ理解が追いついたその時、二人は再び見つめ合い、そして笑みをこぼした。
那須は両手でパンパンと音を鳴らすと、
「今日はお祝いしなきゃだね!
ピザ頼もっか!今日ばっかりは私もうビール飲んじゃう!!」
こうして7月のとある金曜日、那須宅でひと組のカップルが誕生した。
神栖御琴。
そして高月あずき。
この二人に幸せが続きますように。




