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異能が現実のものとなったこの街の片隅で。  作者: 松葉天佑


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通常登校

 7月のとある金曜日。朝の涼しさを感じられるこの時間帯、時刻にして8時を迎えた頃。

 神栖の通う高校の空き教室にて、神栖と那須は向かい合って座っていた。


「で、なんですか。話って」


「うん、それなんだけどね」



 那須は一呼吸置いたあと、ゆっくりと口を開く。



「今日から通常通り、2年3組のクラスで授業受けてみない?」



「――――は?」



 そう。神栖は6月の中頃まで学校に通っていない、言わば不登校の状態だった。そこから一ヶ月は経たない程度か。これまでの間、神栖は職員室隣の空き教室にて別室登校を続けていたのだ。


「なんで今なんですか?」


「気持ちの問題なんだけどね。一応、神栖君を夏休み明けから通常登校に切り替えるようにって話が先生達の中で出てるんだけどね。夏休み明けに本腰入れるよりも、今のうちから慣らしておいた方が気が楽かなって思ってさ」



 そして那須は口元に手を当てて囁くように続ける。



「それにここだけの話、予定よりも早く通常登校に復帰した方が他の先生方の心証も良くなるよ」



 そう言って那須はウインクをすると、


「先生も人だからねー。学校に復帰しようと頑張ってる生徒を見れば、応援したくもなるものなんだよ。まあ選ぶのは神栖君だけど」



………………。




 暫く悩む様子を見せる神栖だったが、



「わかりました。通常通り授業受けます」


「マジ!?」


「マジです。それにずっと先生のお世話になりっぱなしってのも悪いですし」


「うぅ…成長したなあ神栖君。先生嬉しい」


「そういうのいいですって」



 神栖自身、別室登校をしていた今まで、担任教師である那須の世話になっている事は自覚している。

 自分の我儘で別室登校を延長するのも気が引ける、そんな思いも彼の中にはあるのだろう。



「まあとにかく、そうと決まればさっそく行動だ!ロッカーの教科書類全部持ってきて!3組に行くから!」


「えー、先生の瞬間移動で持ってってくださいよ。結構な量ありますよ」


「駄目に決まってるでしょ。私本人が視覚的に把握出来ない場所への移動は、何が起こるかわからないんだから。そんな便利に使える異能でもないの」


 実際問題、テレポートで移動先の座標に万が一人がいたら、それはもうおぞましい事になる。


 もし魔法や超能力を使えたら、そんな話によくテレポートが挙げられるが、現実的に考えればそこまで万能に使える代物でもないのだ。

 ブツクサ文句を垂れる神栖をよそに、那須はささっと教室の外へ出る。


「さ、とっとと行くよー!」



――――――――――――――――――――――――




 そして2年3組の教室までやってきた。那須は教室に入ると窓側一列目、その一番後ろの席へ神栖を案内する。



「ここが神栖君の席だよ」


「あれ、前と席の場所違くないですか?」



 前、と言うのは神栖がまだ不登校だった頃、二者面談を行った時の事を言っているのだろう。その時は確か廊下側の席だったはずだ。


「あー、実はテストが終わったあと席替えしたんだよ。ここだけの話、角の席じゃないとクラスメイトと打ち解けられなかった時大変かなって思って。感謝してよね」


「ウス………」


 そう、これは那須による配慮である。それに授業に集中できない時は、校庭を眺めて黄昏れることも出来る。物語の主人公としては絶好のポジションだろう。


「もしやっぱ駄目そうだったら、職員室来てね。そうしたらまた空き教室で授業受ける事も出来るから」


 なんだかんだで彼女も神栖に対して甘々である。とは言えだからこそ、那須は生徒からの評価が高い訳なのだが。


「大丈夫ですよ。これくらい当たり前の事ですし」


「そうお?じゃああと、4時間目の授業が終わったらいつもの空き教室においで。あずちゃん、またお弁当いっぱい作ってくれたからさ。健闘を祈るよ、神栖君!」



 そう言い残すと、那須は足早に教室を後にした。


 教室に残された神栖は――――




(寝るか)




 お友達が居ない皆にありがちな、寝たフリ作戦だ。


 現在時刻は8時20分、朝のホームルームが始まるまであと少し。神栖はそれまでの時間をこの作戦で乗り切る事とした。




――――――――――――――――




 そして4時間目が終了した頃。生徒たちが各々昼食を囲んでランチタイムを楽しむ中、神栖は人知れず2年3組の教室を後にする。

 程なくして職員室隣の空き教室へ足を運ぶと、彼の担任教師である那須は既に、教室中央に並べられた席に腰を掛け、二段弁当二つを机の上に広げていた。



「お!神栖君。早かったね」


「ども」



 神栖は少し照れくさそうにしながら那須の対面の席へ腰を掛けた。

彼が席に着いたところで、那須はさっそく質問を投げかける。


「4時間目まで終えてみて、授業はどうだった?あ、お弁当食べちゃってね」


「まあ普通、ですね。可もなく不可もなく」



 箸を手に取りながらそっけなく神栖は答えるが、彼女はとても安心したように、



「良かったーー!」



そう言いながら伸びをする。



「それでさ、クラスの皆とは何か話した…?」


「いや、特に」


「まあ、そうだよな〜」


「でも、なんか皆普通でしたね。そんな僕の事を気にしてないと言うか」


「実はそういうもんなんだよ。不登校だった側としてはどうしても周りの目とか気になっちゃうだろうけど、皆からしたら、ふーん。程度で済んじゃうの。不登校の原因が虐めだったらまた話は変わってくるんだけどね」



 那須の言う通り、周りの人間というのは案外無関心なものだ。良くも悪くも、人に対してそこまで興味関心を向ける事などなかなか無い。勿論、物珍しさから視線を向ける者も居るだろうが、それだけの事だ。

 もし読者の中で不登校に悩む者がいれば、これも一つの意見として頭の片隅にでも置いてくれれば嬉しい。



「ちなみになんだけど。神栖君の隣の席の子、志木さんって言うんだけど、学級委員やってる子だから何かあれば頼ってね。

君が休んでる間も何かと気にかけてくれてたんだよ。」


「ひょっとしてそれも席替えする時に考慮してくれてたんですか」


「当ったり前だよ!学校の先生って、結構クラスの皆の事見てるものなんだよ?仲の悪い子同士はあまり近い席にしないようにとか。逆に仲が良すぎても、授業中に私語が多いパターンだと敢えて席を離したりね」


「へえー。なんか裏話聞けた気分です。でもなんか、席替えって皆楽しみにしてますよね。僕なんか一年丸々出席番号順でも良いのに」


「そう言ってくれる子達ばかりだと楽なんだけどねー。でも楽しみがあるって良い事じゃん。席替えもそうだし、修学旅行とか文化祭とか」


 ちなみに筆者はまさに神栖と同じく年中出席番号順でも構わないという口なのだが、まあ人生は楽しんだモン勝ち。

 小さな事でも幸せに感じられる方が、何かと生きやすいというのもまた確かだろう。

 そうして学生時代を過ごしたかったと、今になって感じているという個人的な余談は置いておこう。


 二人はそんな話をしながらお弁当を食べ進めていたのだが、那須は、ふと思い出したかのように話を切り替える。



「そう言えばさ、神栖君ってあずちゃんの事どう思ってるの?」


「な、な、な……何スか急に」



 彼女の質問に、神栖は絵に描いたような動揺を見せる。



「いや、純粋に気になってさ」


「――――良い子だと思います。歳上ですけど」


「それだけー?」



 那須はジトーっとした目つきで神栖を見つめる。



「……………………」


「……………………」


「料理、美味しいです」


「はあーー。」


 彼女は海よりも深い……、そんなため息をついた。


「なんかさあ。あずちゃんに対して思う事とか無いの?」


「……………。凄く、感謝してます…。あの、僕何かあずきさんにしましたか…?冷たくされた、とか感じさせちゃってたなら謝ります……」


「…………………」


「あの、ごめんなさい」


 鈍感なのか、はたまた素直になれないのか。質問の意図に気づけない彼に嫌気が差すばかりである。



………………………。




 気まずい沈黙が続いたまま、二人のランチタイムは終わりを迎えた。



「―――――はあ。今日学校が終わったら私んちに来る事。あずちゃんに伝えるべき事をしっかり伝えなさい」


「はい、すみません……」



 那須はお弁当を片付けると、足早に職員室へと戻ってしまった。


 取り残された神栖は一人、



(余程やばい事しちゃったのか…?ちゃんと謝らないと…)



 ここまで来てもわからない辺り、包み隠さず言うのであればどうしようもない男である。

 彼はこのままモヤモヤとした想いを抱えたまま5時間目の授業を迎える事になるのだが、まあこれは奴が反省する為の時間としてやろう。

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