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異能が現実のものとなったこの街の片隅で。  作者: 松葉天佑


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昼下がりのクルーズ船

 時刻は14時を迎えた頃。赤レンガ倉庫まで仲良く手を繋いでやってきた神栖と高月を出迎える1人の女性。


「おっすー!デートは順調かね?」


 そう、那須だ。両手を腰に当て、小柄な身体で仁王立ちしている彼女に、


「ウス。」


 とだけ神栖は答え、少し気恥ずかしそうに瞳を空の青に染める。頬を赤らめ、空を見上げながらも、しっかりと高月の手を握っている。そんな彼を見て那須は思わず笑いが込み上げた。


「青春してるなあ、全く」


 彼女の言葉に神栖はぷくーっと頬を膨らませる。怒ると膨らむなんてフグか何かかと突っ込みたくなるが、まあ彼の事はひとまず置いておこう。


「で、ももちゃん。これからどこ行くの?」


「よくぞ聞いてくれました!」


 那須は人差し指を立てて高月へウインクを決めると、その指を海の方へと向け、


「私たちはこれからクルージングをします!」


「え、クルージングって結構値段するんじゃないですか」


「チッチッチー。実は違うんだなー」


 彼女はキメ顔でそう言った。


「………?」


「まあ百聞は一見にしかず、まずは乗ってからだ!行こ、2人とも!」


 那須は2人を置いていく勢いでピューッと海の方へ駆けていく。

 やはり小動物のような忙しなさを感じさせる那須だが、神栖と高月は彼女に追い付かんとするべく小走りで後ろをついてゆく。



――――――――――――――――



 さて、パーティメンバーに那須が再び加わった神栖御一行様はその後程なくして、赤レンガ倉庫の船乗り場からクルーズ船に乗り込んだ。


「うわ、僕生まれて初めて船に乗ったかもしれないです」


 普段はツンツンしてなかなか感情を表に出さない神栖少年だが、今日ばかりはいつにない興奮を見せている。男の子は誰だって乗り物が好きなものだ。


「せっかくだし、あずちゃんとデッキでタイタニックごっこでもしてきなよ」


「嫌ですよ縁起でもない、それやったら沈むじゃないですか」


 神栖をからかいケラケラと小悪魔のような笑みを浮かべる那須をよそに、高月は彼の袖を掴んで、


「私、デッキ行ってみたい」


「……………。」


「良いんじゃない?暫くしたらお料理運ばれてくるんだけど、そのタイミングで呼びに行くよ」


「決まり。行こ」


 そうと決まれば行動、善は急げと言わんばかりに、高月は神栖の袖を掴んだままデッキの方へと歩を進める。


 手を振って2人を見送ると、那須は伸びをして一息。


「さてさて、私も船内散策と行こうかなー」


――――――――――――――――


ボーッボーッと汽笛が鳴り響き、クルーズ船が出航した頃、神栖と高月はオープンデッキにて段々と遠ざかってゆく横浜の街を眺めていた。




「ねえ御琴君」




「……………」




「御琴君?」




「……………」




 へんじがない。

 ただの しかばね のようだ。


 いや違う。


 これは決して神栖がしかばねとなった訳でもなく、意地悪で無視を決め込んでる訳でもない。


 船上というのはエンジン音やら潮風やらで想像の2、3倍くらい上をゆく轟音に包まれている。例えてみるならば、マンガのオノマトペとしてよく使われる「ゴゴゴゴ…」という文字を至る所に散りばめても良い…そう思えるほど、包み隠さず言ってしまえばうるさい。

 勿論そういった環境音が好きな者も多く居る事は充分に理解はしているが、しかし高月のASMRのような囁く声など簡単にかき消されてしまうのも事実である。


 彼女は考える。


 どうすれば神栖に気付いてもらえるか。


 高月は先ほどまでの会話を思い出す――――



「タイタニックごっこしませんか」


「だからしないですって」


 よし、成功。神栖はどうやら縁起の悪い事を極端に嫌うタイプのよう。


 そして思惑通りに事が進んで高月はちょっぴり嬉しそうだ。


「なんですかそのニヤけ顔は」


「別に。敬語戻ってる」


「…………。」


「タイタニックごっこくらい良いじゃん。もしかして御琴君って怖がり?」


「はあ!?怖がりじゃないし!」


 ムキになる神栖。高月が挑発的な事を言うなんて珍しいとも感じるが、思えば彼女も那須や諏訪、峯と深く付き合いがある。なら彼女が揶揄い癖のあるその3人の悪女から良からぬ影響を受けていても、なんら不思議ではない。


 一応訂正しておくならば、高月と他3名誰を見ても、決して人を傷付けるような言動はとらないという事だ。その前提があるだけでも人としての信頼度はかなり変わるものだろう。最も神栖を揶揄いはするのだが。


 そして神栖も決して怖がりという訳ではない、らしい。別にオバケをはじめとしたオカルトの類も信じてはいない。だが自ら進んで縁起の悪い事をする必要も無いだろう、というのが彼の言い分だ。まあ怖がりでもビビりでもないという事にしておいてやろう。ここで神栖をからかうような文言を並べれば、また彼にブツクサと文句を言われてしまうに違いない。



「良い景色だよね」



 ガルルルと、まるで怒った犬のように身構える彼をよそに、高月は横浜の景色に目を向けつぶやく。


 彼女の緩急に神栖は驚きの表情を浮かべるもひと息ついて、



「そう……だね」


 そう言って高月の視線の先に目を向ける。


 段々と遠ざかってゆく横浜みなとみらい、そしてそれを包み込むように広がる青空と海。


 この景色を目にすれば、些細な事などどうでも良くなってしまう。そんな想いすら抱かされる。船上でタイタニックごっこする事を怖がっていた事さえ…おっと失礼、つい口が滑ってしまった。


「あずきさんは、横浜よく来る……の?」


 敬語禁止令を受けた神栖は、ぎこちないながらも高月へ問いかける。


「ううん、今日が初めて。どこに行こうかずっと悩んでたんだけど、ももちゃんにオススメの場所ピックアップしてもらってその中で横浜が良いなって思って。御琴君は来た事ある?」


「小さい頃に一度だけ。でもこうしてしっかり見てまわったのは今回が初めて」


「そうなんだ。あと、私の事さん付けで呼ばなくて良いよ」


「え、じゃあなんで呼べばいい?」


「あずちゃん」


「あずちゃんか…」


 神栖は視線を空の青に向ける。快晴の空。それは何もかもを優しく包み込んでくれそうなほどに広大な様だが、彼の感じる気まずさを打ち消してくれる程、この青と高月は寛容ではない。

 彼女は人差し指を神栖に向けて突き出し、ジャパニーズ英語で、


「りぴーとあふたーみー!」


「…はい」


「あずちゃん」


「…あずちゃん………」


「もう一度、あずちゃん」


「あずちゃん………」


「よくできました」


 この先生らしい振る舞いは言うまでもなく那須譲りのものであろう。高月も人の事はよく見てるタイプだ。

 まあそうでなくとも、那須は私生活に於いてもかなりステレオタイプな先生的振る舞いをするお人である。彼女と共に生活していれば、嫌でもその仕草が染み付いてくるというものだ。


「何してんの2人とも」


 噂をすれば、高校教師であり神栖の担任でもある那須桃葉がやってきた。ニヤニヤした笑みを浮かべながら。


「御琴君がこれからあずちゃんって呼んでくれるって」


「お!大きな進歩じゃん」


「ね、御琴君」


「…うん」


 ひと言だけ返すと神栖は頬を赤く染めながらまたプイッと視線を逸らしてしまう。

 那須はそんな彼らの様子を微笑ましく感じながら、


「じゃ、ダイニングに行こっか!ケーキ運ばれてくるみたいだよ」


「おお。楽しみ」


 小躍りすらしたくなる気分を高月はグッと抑え、神栖の手を引く。


「行こ。御琴くん」


「うん」




 その後神栖御一行様はクルーズ船のダイニングルームに足を運び、窓辺の席に腰を掛けた。


 そして間も無く、彼らの元へケーキと紅茶のセットが運ばれてきた。


 彼らが利用しているアフタヌーンクルーズ、このコースでは季節によって様々な種類のケーキが提供されるという。


 ロールケーキだったり変わり種でシュークリームだったり。その時々によって変わるので、もし機会があれば何度か乗船してみるのも良いだろう。

 このクルーズ船ではランチやディナーも楽しめるのだが、アフタヌーンコースならば、それらよりも比較的安価でこの体験をする事が出来る。乗船するという事そのものに敷居の高さを感じてしまう者も多いかと思うが、個人的には社会人に限らず、ちょっぴり背伸びしたい学生さんにもお勧めしたい、そう思えるスポットである。


 とは言え学生真っ盛りの神栖少年は、こういったシチュエーションが初めてのようで、少々落ち着かない様子。


「こんな所、よく手配出来ましたね」


「手配ってなんか仰々しいなあ。ディナーとか、もっと本格的なコースもあるから、大人になって稼げるようになったらあずちゃん招待してあげなよ」


「が、頑張ります…」


「頑張りなよー?私抜きでデートできるようになったら神栖君も一人前かなあー?」


 神栖は困ったような笑みを浮かべながら、窓辺に広がる青に目を向ける。


 那須の言う一人前になれるまでには、まだまだ時間がかかりそうだが、これでも彼はよくやっている方だと思う。


 異性のエスコート、更にはその相手が年上ともなれば、とても容易にこなせるものではない。


 ちなみに筆者は初デートの時、相手と手を繋ぐ事さえ出来なかった。当時は己の不甲斐なさに枕を涙で濡らしたものだが、世の中にはこんな奥手な男すら居る。

 少なくともそんな筆者と比べてしまえば、神栖少年の方が何歩も先を進んでいる事は確かだろう。

何なら彼に嫉妬の念すら抱いてしまうが、それはあくまでも個人的な話。


 3人は手元のケーキをつまみながら、今日の横浜デート感想会を始める。


「でさ、あずちゃん。今日のデートはどうだった?」


「久しぶりに外に出て疲れた…」


 高月のその言葉に神栖はドキッとした表情。一方彼とは正反対に、那須は意地の悪い笑みを浮かべながら、


「えー、あずちゃん疲れちゃったって、神栖君?」


「…………、すみません…」


「あ、ちが…!そういう意味じゃ…」


 実の所、那須は高月の言葉の真意をしっかりと理解している。疲れたというその言葉は、決して神栖に向けて発せられたものではないと。

 だが言葉選びというものはいつだって慎重に行わなくてはならない。国語の先生を務める那須の前では尚更。いや、国語の先生だからこそ、本来その言葉の真意については人一倍理解こそあるのだが、彼女は人を揶揄いたがる悪癖がある。


 ましてや神栖御琴というイタイケな男子を目にして、揶揄わない選択肢こそ、ある訳がない。


 まあ那須もいっぱしの教師。揶揄いの域を超え、嫌がらせとならない程度の線引きはしっかりと心得ている。我々は彼らの様子を生暖かい目で、時にはニヤけヅラを浮かべながら見守る事としよう。


「わかってるよ。久々の外出に疲れたんだよね」


「そういう事…です」


「で、神栖君のエスコートはどうだった?」


「手繋いでくれたのが、嬉しかった」


「だって。良かったね神栖君」


「ウス…」


 いざ褒められても、今ひとつ素直に受け取れない神栖少年。手を繋ぐ、というのも那須のスマホ越しの指示あって出来た事ではあるのだが、ここはまあ、彼の功績として考えてやるとしよう。


 高月は首からさげたオリジナルカップ麺のパッケージに目を向け、ご満悦の表情。

 那須はそんな彼女の様子を微笑ましく感じながら、


「いやしかし、今日は神栖君も、よく頑張ったと思うよ。ももちゃん的には満点をあげたい」


「おお、先生から満点貰えるのは、かなり珍しい気が」


「何言ってんだよー。私は頑張ってる子は応援するタイプだぞー?そんな事言ってないで、とっとと次のデートの作戦会議だよ。47都道府県、全国制覇しなくちゃ」


「全国まわるんですか!?」


「あったりまえだよ。神奈川だってまだ鎌倉もあるんだから、一体あと何回デート出来るんだろね?」


「気が遠くなりそうです…」


「でも御琴君となら楽しみかも」


「ほら。可愛い彼女もそう言ってる事だし、神栖君も頑張らないとだよ」


「はい…」



 そんなこんなで、感想会はいつからか次回の作戦会議へと移行した。そして気付けば船旅も終わりを迎え、神栖御一行様は赤レンガ倉庫まで戻ってきた。


 那須は両手を大きく広げて駆け足でクルーズ船を降りると、


「着陸ー!」


 船の次は飛行機か。だがそんな童心を感じさせるのも、ある意味那須らしい所と言える。

 彼女は一目散に赤レンガ倉庫へ降り立つと、神栖と高月の方へ振り返り、


「それじゃ、帰ろっか!

モールに荷物預けてるから、帰りの荷物持ちは神栖君、頼んだ」


「マジですか…荷物どれくらいあるんです?」


「言っても午前中に買ってあげた服とか、そのくらいだよ?私だって極力荷物増えないように考えてたんだから、感謝してよね」


「はーい」


「御琴君、また手繋ご」


「………うん」


 こうして神栖御一行様の横浜観光は幕を閉じた。

 那須が子供のように駆け足で先導し、その後ろを神栖と高月、2人仲良く手を繋いで歩く。那須の背丈ゆえか、どちらが保護者なのかわからなくなるが、そんな事を口にしてはきっと彼女にまたドヤされてしまうだろう。


 彼らは再びロープウェイに乗り込み、横浜観光最後のひと時を楽しむのだった。


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