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異能が現実のものとなったこの街の片隅で。  作者: 松葉天佑


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保護者同伴のデート

「横浜、ですか?」


「うん、定期テストも終わったし行こうよ。3人で」


 那須宅にて。夕食のカレーライスを那須、高月、神栖の3人で囲む中、那須はふと思い出したかのように神栖へ提案する。


「嫌ですよ。1時間くらい電車に乗りっぱなしじゃないですか?乗ってらんないですよ」


「そんなにかからないよ。あとその発言、片道1時間以上かけて通勤してる世の社会人に謝れ」


 神栖はカレーを掬ったスプーンを口に運んだ後、


「で、なんで横浜に行かなきゃいけないんです?」


「それがあなたの彼女の望みだから」


 当たり前のように彼女だと言う那須の言葉に思わずカレーを吹き出しそうになる神栖だったが、


 高月は神栖のワイシャツの裾を掴み、


「私、横浜行ってみたい」


 頬を赤らめながら上目遣いで訴える。



「―――――!」



 それはずるい。


 他ならぬ高月にそれをされてしまっては、もはや断る選択肢などあるはずも無い。


「だめ……かな」


 彼女は追撃をカマす。


「……………………」


「……………………」


 神栖は深く溜め息をつき、呟くように一言、


「駄目なんて言えないじゃん」


 その言葉を聞いて、高月は満開の笑みを見せる。


「決まりだね」


 那須と高月は両手でハイタッチ。


「横浜には明日行くから、朝9時!池袋駅前で集合ね!」


「は、明日ですか?」


「当たり前でしょ。思い立ったが吉日ってやつよ。せっかくなんだし2人でデートもしなきゃ」


「デートなのに先生同伴なんですか」


「私は保護者よ。ちゃんと2人の時間も作ってあげるから楽しみにしててよ」


 こうして急遽決まった横浜デート。3人は各々のスマホを手に、明日の作戦会議を練る。

 6月のとある金曜日の事である。


――――――――――――――――


 そして翌日。朝から燦々と照りつける日差しが、身体にじわりと汗ばむ感覚を覚えさせる。

 ここ数年は夏の暑さもなかなかに耐え難いものとなっているが、それでも今日というこの日は、絶好のデート日和と言えるのではないだろうか。

 横浜、そしてそのみなとみらい地区は世界に誇る港湾都市の一つ。その名の通り、観光スポットの多くで海を目にすることが出来る。

 つまり潮風を感じられる分、夏真っ盛りの時期でも、体感温度としては幾分かマシになるという訳だ。


 さて、神栖、高月、那須の三名。ここでは神栖御一行様としようか。彼らは電車を乗り継ぎ、横浜みなとみらいに降り立った。そして時刻は、


「10時2分!これなら目一杯楽しめるね」


 桜木町駅の改札を出て間も無く、那須は自身のスマホへ目を向ける。


「案外すぐに着きましたね」


「でしょー?せっかく東京に住んでるんだから、色んな所行かないと勿体無いよ。関東地方丸っと電車一つで行けるのは本当デカい」


 そんな話をしている隣で、高月は何やら既にお疲れ気味。日々家事をこなしているとは言え、出不精を極め、包み隠さず言えば引きこもり同然の生活を送っている高月としては、電車1本乗る事さえ相当に疲労が溜まるのだろう。

 だが意外かもしれないが、横浜へ行きたいと最初に口にしたのは他でもない高月なのだ。そんな彼女が自身の殻を破り、那須も同伴とは言え、今こうして横浜までやって来たことを、読者諸君はどうか温かい目で見守ってやってほしい。


 とは言え今の彼女はとてもグロッキーな状態である事もまた事実だ。那須はそんな高月の方へと目をやり、ひとつ提案をする。


「休憩がてら、まずはロープウェイに乗ろっか」


「賛成…」


 高月は力無く答えた。神栖もそんな彼女の様子を察して、このロープウェイに乗車する事を決めた。


 横浜みなとみらいのロープウェイ。調べてみた所、都市型循環式というのは日本初のものらしい。


 このロープウェイが開通する前からよく横浜へ訪れていた身としては、偉く最近になって出来た……そんな印象があったのだが今現在、既に運行開始から数年が経っているという。

 こういった最近完成したであろう施設や場所に改めて目を向けてみると、つくづく時が経つのは早いものだと感じさせられる。


 ちなみに、那須はこうなる事を見越して、チケットの事前予約を済ませていた。何ともまあ、出来る女であろうか。

 彼女の計らいにより神栖御一行様は待ち時間を大幅に短縮して、件のロープウェイへと足を踏み入れる。



――――――――――――――――



 僅かな間ではあったものの空の旅を楽しみ、高月も幾分か体力は回復したようだ。


 最寄りの大型ショッピングモールにやってきた神栖御一行様は、那須の独断によりアパレルショップ巡りをする事となった。


「これ、わざわざ横浜まで来てする事ですか?」


 神栖は眉を顰めて那須へ疑問を投げ掛ける。


「何だよブツクサとー。こういう時にショッピングしてこそ、買った物への愛着が増すってものでしょー?下着ショップに連れてかれないだけありがたいと思えって」


「ソレまじでしんどいんで勘弁してください」


 男女間で明確に、女性側が優位に立っている時に発生する言わば、いともたやすく行われるえげつない行為。その一つとして挙げられるのが、男性を連れての下着ショップ入店であろう。

 女性側の目的はただ一つ。目のやり場に困っているイタイケな男子の反応を見て楽しむ事だ。少しでも鼻の下を伸ばす素振りを見せれば笑いものにされ、下着に一切目を向けず俯く様子を見せればそれもまたウブだと笑われる。

 女の側に立ってみればどんな反応を見れても面白い、それはもう王手を取ったも同然の状況だが、男の側からすれば地獄そのものである。

 幸い神栖の周りにそんなことをする奴など居ない。と言いたいところだが強いて言えば久留米が該当するか。どうか神栖少年には久留米という女に気をつけてほしい。

 と、少々話が脱線し過ぎたか。


「まあまあ、お金出してあげるから、服でも見てまわろ?」


 那須の提案に、神栖はコクリと頷く。まあお金を出してもらえるなら買い物に付き合ってやるのもやぶさかではない。些か現金な男だが、そんな正直なところも彼の良いところなのだ。


 神栖御一行様は当初の目的通り、アパレルショップをしらみ潰しするかの如く1軒1軒じっくりとまわっていった。


――――――――――――――――




 そしてすっかりお昼時を迎えた御一行様は、フードコートにてタコ焼きとパフェを囲み談笑していた。



「ねえ、もっとオシャレなの買わなくて良かったの?今日買ったの全部パーカーじゃん」


「だってパーカーって楽ですし」


「御琴君に同じく」


「はあ。2人とも本当にパーカー好きだよねー」


 そう。ここまで特に触れてはいなかったが、神栖と高月は2人ともパーカー愛好家。そして今日も例に漏れず彼らは揃ってパーカーを着てきていた。これぞ以心伝心と言うのだろうか。流石にブランドまでは一致していないが、2人ともが黒のパーカーを着ている。


 神栖と高月自身も、互いの格好を今日初めて目にした時、



―――ペアルックじゃん…



 そう思った。そしてそれは那須も同じく。


こうして今に至る。



 なんだかんだで似たもの同士。そんな彼らの姿に微笑ましさを感じながら那須はタコ焼きを頬張る。


 そして3人がある程度食べ進めた所で、那須は話を切り出す――――


「それじゃ午後からはお待ちかね、2人きりのデートタイムといきましょっか!」


 その言葉に高月は、


「おぉっ!」


 そんな声を漏らしたが、神栖はどうやら恥ずかしさが勝ってしまった様子で、少し顔を赤らめて俯く。


「何だよ神栖くーん。俺がリードしてやる、くらいの男気見せろよー」


「な!?わかってますよそんな事!!」


 こう挑発すれば神栖はムキになる。彼のそういった性質を、那須は本当によく理解している。


「よーしその意気だぞー。14時に赤レンガ倉庫に集合、それまでは2人で自由にまわりなさい。私は赤レンガ周辺でお買い物してるから、何かあったら連絡頂戴ね」


 那須は残っていたタコ焼き数個を一気に口へ放り込むと、勢いよく席を立ち上がる。


 リスのように膨らんだ頬。彼女は懸命に口を動かし咀嚼。そして何とかタコ焼きを飲み込むと、


「健闘を祈るー!」


 そう言い残して足早にフードコートを後にした。まるで小動物のような忙しなさ。だがこれも那須なりの配慮である事は窺える。





取り残された神栖と高月。





「………………」


「………………」



 気まずい。その一言に尽きる。



 那須の計らいで2人きりになれたは良いものの、いざこうなると何を話せば良いのかわからない。

 考えてみればそれも当然の事だ。何せ神栖と高月はまだ出会ってから1週間ほどしか経っていない。

 言葉を交わさなくても通じ合える関係?そんなものなどこんな短期間で築き上げられる訳もない。

 つまる所2人きりという、本来互いが望んでいたであろうシチュエーションにも関わらず、彼らはいつの間にか大ピンチに陥っていたのだ。



((どうしよう……))



 さてどう出るか。



 気まずい沈黙の中、スタートを切ったのは高月。



「あの!あーん、しませんか!」



 なぜか敬語になる彼女だがそこは置いておこう。今彼らの手元にはタコ焼き、そしてパフェ。出だしとしてはまずまずと言った所か。


 高月は箸でタコ焼きを掴み取り、それを神栖の方へ差し出す。

緊張で手は震えているが、何とか彼の口元まで運ぶ――――

 神栖も誰に見られているという訳でもないのに、周りの視線を気にして目があちらこちらへと泳ぎまくる。


 そして遂にタコ焼きを口にした。



(今タコ焼き食べた時、口が箸に当たった…!つ、つまりこの箸で私が食べたら間接キス…!?)


 高月はそんな事を考えていた。なんて純情なことだろうか。


 そしてそんな青い反応を見せているのは何も高月に限った話ではない。


(今、箸が当たったぞ…?つ、つまりこれは間接キス…?)


 神栖少年も考える事は同じだ。


 たかだかタコ焼きひとつをあーんするだけでここまで時間がかかるものなのだろうか。正直、ターン制コマンドバトルでももう少し快適に進行していくとは思うのだが、今はどうか彼らの青さを許してやってほしい。2人はこれでも至って真剣なのだ。


 そして攻守交代、今度は神栖のターン。タコ焼きを自身の持つ箸で掴み取り、高月の方へと運ぶ。


 何ら難しい事はない。


 だが彼らはまるで爆弾処理班にでもなったかのように、慎重に事を進める。


 タコ焼きが高月の口元に届いた!彼女はタコ焼きを頬張る!


 神栖は内心ガッツポーズである。


 もう神栖と高月の2人に関しては、どんなに些細な事でも喜んであげられる、そんな寛容な心を持って見守るとしよう。


 神栖のターンも終わりを迎え、2人はどうするか。




「……………………」


「……………………」




 またもや硬直してしまう。


 気まずい沈黙が流れる。


 そこで動きを見せたのは高月。





 なんと彼女はポーチからスマホを取り出した。





 神栖は驚愕したーーー



(す、スマホを出したぞ……!?)



 高月は無言でスマホを操作する。


 その時、神栖の脳内をとある情報が駆け巡った。



 それは恋活サイトで目にしたとある一文。



 デート中に相手がスマホを触る理由、それはその時間をつまらなく感じてしまっているから。



 その文言が脳裏をよぎった神栖は、精神的大ダメージを受けた。



 こうかは ばつぐんだ!



 神栖少年は年頃の高校生。微笑ましい話だが、心理的にどうこうとかいう不確かな内容が掲載された記事を読み漁り、彼はその情報が正しいものだと思い込んでしまっているのだ。

 実際のところ、その記事を書いている本人に心理学の教養があるかなんてわかったものでもない。まあ最低限参考にはなるのかもしれないが、人の数だけモノの考え方も違ってくる。故に心理学を当てはめた所で、相手がその通りの思考をしているかなんてわからない。というのが筆者個人の主観である。

 実際家族や友人など、特に親しい間柄であっても、会話中にスマホのひとつやふたつ触ることもあるだろう。当人が退屈に感じているかはさておき。

 だが親しい間柄だからこそ、気を許しスマホに目を向けている事も考えられなくはない筈だ。そう考えてみれば、彼氏や彼女が会話中にスマホを触っている事も、少しは許せる気持ちが湧いてくるのではないだろうか。

 人と接する時はそのくらい寛容でいた方が自分自身が楽になれる。だが神栖はまだ17だ。何かと多感な時期である事は間違いない。そして高月がスマホを触り出した事にショックを受けてしまった、そんな可愛らしい所も彼の魅力である。

 だが読者諸君、いま一度よく考えてみてほしい。あれだけ神栖御琴に対して健気な姿勢を見せていた高月あずきが、果たして彼といる時間が退屈だなんて理由でスマホを構うだろうか。



 答えはNOである。



――――――――――――――――



 その頃、那須はと言うとモールで買った荷物を預けるため、コインロッカーに足を運んでいた。

 そんな彼女の元に、1件のメッセージが届く。


「ん?」


 那須がスマホに目を向けると、メッセージの送り主は高月あずきと表示されていた。


 そしてその内容は、


《御琴君と会話が途切れちゃった。何話せば良い?》


 早くも助け舟を求めてきた事にやれやれと感じながらも、彼女は微笑ましく感じていた。

 とそこで、間も無く新たなメッセージ通知。


 送り主は、神栖御琴。


《あずきさんとあーんしたっきり会話が無くなりました。助けてください》


「S○riでもア○クサでもないんだよ私は」



 彼女はただ、頭を抱える。



「ていうかそれを正直に伝えれば良いじゃん!!あずちゃんも神栖君も、お互いそーゆーのには理解ある子達でしょうが!!少なくとも私はそうだと思って2人に任せてるの!何で同じ内容で私に助け舟求めてくるんだよ!面倒臭いなあ!もはや誰よりも心も通じ合ってるよ!!」


 全くもってその通りである。


 那須は彼らにツッコまずにはいられなかった。


 夏の暑さなんて吹っ飛ぶ程、2人の仲良しっぷりに憎たらしさまで感じる…そんな思いをグッと堪え、



「さて、どうしたものか」



 彼女は考える。



「せっかくのデートが、私のラジコンに徹する事で終わったら勿体ないじゃんね?」



 そうは言いつつも、那須は優しい人だ。どうにか彼らがラジコンにならないように。

 それだけを祈りつつ、彼女は2人にメッセージを送る――――




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