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異能が現実のものとなったこの街の片隅で。  作者: 松葉天佑


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開戦の狼煙

 燕碧が襲撃された。彼がバーギルドを後にしてから、一体それはいつ起こったと言うのだろうか。たった1日の間。イベント当日に警護をすれば問題無く解決出来るだろう。そんな彼の考えはあまりにも甘すぎた。後悔から来る焦燥感に冷や汗を滲ませる本宮だったが、現実はそれを思考することすら許してはくれなかった。


『私は司会進行を務めさせていただきます、燕碧と申します。どうぞよろしく』


 何故なら彼の視線の先には“燕碧”を名乗る男が居る。奴は平然とその名を口にし、燕碧の“偽者”は彼の顔で笑みを浮かべ、今もなおマイクを握っている。


 だが当然、それだけで終わるはずが無かった。


『さて、挨拶も手短に。ご来場の皆々様には早速、素晴らしいショーをご覧に入れましょう』


 パチン!


 奴は、フィンガースナップを響かせた。


 その瞬間、ドゴォッッッッ!!という衝撃と共に、会場は瞬く間に爆炎に包まれる。

 息が詰まる。

 何が起きたのかなんて、会場に居た誰もが理解出来なかった。

 しかし炎の赤を纏った黒煙を目に映し、皆は嫌でも、嫌という程に理解する。


 瞬間、賑わいを見せていた会場は一転して大パニック。

 逃げ惑う人々の、互いが互いに押しのけあうその光景は、まさに地獄絵図そのもの。


「くそ……やりやがったな」


「どうすんのバンちゃん!?」


「俺は奴を叩く!峯ちゃんは人波に逆らわず会場から離れてくれ!」


 狼煙は上がった。足早に会場裏へと去っていく燕碧の偽者、音原田を追い、本宮は黒煙の中を突き進んでいく。このクソッタレで史上最低のシナリオを覆すべく、両の拳を固く握りしめて。



――――――――――――――――



 音原田を追い、辿り着いた先は地下駐車場。本宮一番は柱の陰に身を潜めながら一歩、また一歩と奴に近づいていく。すると彼は、その先に音原田とは別の、もう1人の姿があることに気がついた。


「来たね。首尾はどうかな」


「パーフェクトだ。爆弾も問題無く作動した。これで燕碧は終わったも同然だ」


「ふうん、まあ良い。これが君のしたかったことだというのなら、僕もとやかく言うつもりは無い。だが」


 もう1人の男は無表情に、血の通いを感じさせない程の冷たい目を音原田に向けこう続けた。



「君、つけられてるよ」



「…………は?」


「そうだね……あそこに居る」


 そう口にして男は一本の柱を指差す。その先にはそう、本宮一番。彼が身を潜めているソレを、男は迷うことなく指し示した。



(何………!?)



 本宮の鼓動は早まった。偽者にも気付かれている様子は無かった。だのに何故、もう1人の男は彼の存在に気付くことが出来たのか。


「出てきなよ。君がそこに居ることはわかっている」


「…………………。」


 わかっている、とまで言われてしまっては、このまま身を潜めているのも野暮というものだろう。

 彼は陰から身を乗り出し、奴らの方へと歩みを進める。


「驚いたな。まさか気付かれるとは思ってもみなかった」


「僕の嗅覚は並大抵のソレじゃなくてね。それよりも、だ」


 男は音原田に侮蔑の目を向ける。


「正直君にはがっかりさせられたよ。あんな小者に尻尾を掴まれるとは、君も随分と落ちたものだね」


「なんだよ………!?今ヤベえのは旦那だって同じだろうが!?」


「尻拭いは君自身でする事だ。あいにくと僕は暇じゃなくてね。もとより君には飽き飽きとさせられていたんだ。今更君を助けてやる義理は無い」


「……は?ふざけんじゃねえ!!」


 音原田がもう1人の男に殴りかかろうとしたその瞬間、男の姿はすっと消えてしまった。振りかぶった反動で、奴は大きくよろめく。



「は…?」



「な………!?」


 本宮は驚愕した。

 あの男の異能は瞬間移動なのか?

 瞬間移動と言えば彼の脳裏に思い浮かぶのは那須桃葉の存在だ。

 しかしこの異能は非常に高度なものだと彼女自身も口にしていた。何故なら自身を瞬間移動の対象とした場合、移動先の座標を誤れば人や物が自分の身体に埋め込まれてしまう。それ故に彼女は自身が視認出来る範囲でしか異能を使ったことが無いと言う。

 にも関わらず、もう1人の男は己の目の前で姿形を一瞬の内に消してみせた。ましてや半径数十メートル以内、見渡せる限りに目を向けてもどこにも奴の気配は感じられない。完璧に、男は消えてしまったのだ。



 静寂が彼らを包み込む。



 だが本宮はこれを好機と見た。

 今この場に居るのは彼と燕碧の偽者、ただ2人のみ。本宮は奴のもとへと歩み寄る。


「よお、どうやらお仲間には逃げられちまったらしいな」


「……まだだ。まだ終わってない」


 音原田は震える手でポケットからタブレット錠が入ったケースを取り出す。奴はそこから何粒かを取り出すと無造作にそれを口の中へと放り込んだ。


「どうしたァ?口臭でも気になったかよ」


 本宮は奴を煽ってみせるが、音原田がタブレット錠を飲み込んだその時、奴の醸し出す空気が変わったことを彼の第六感が察知した。


 奴の目の色が変わる――――


 その刹那、音原田と本宮の距離がゼロになる。


 本宮がそれに気づいた時にはもう遅かった。奴の拳が、鋭く重い一撃が彼の腹に突き刺さった。


「グハぁッッッッッ!?!?」


 鈍い痛みが本宮を襲う。奴の異次元的速度、そしてこの拳の破壊力。彼は瞬時に、奴が飲み込んだソレの正体を理解した。


(ドーピングドラッグか!!)


 続けて本宮の顔面目掛けて2発、3発めの凶弾が襲いかかる。紙一重でそれらを躱してみせたその瞬間、ガクッと突如彼の視界が揺れた。


「チィッッッ!?!?」


 本宮はコンマ1秒遅れて理解する。足蹴りだ。なんと奴は両の腕を引っ込めることもせず3本めの肢を彼目掛けて撃ち放ったのだ。

 撃ち終わりのまま次なる攻撃を放つなんてあまりにも無理のある体勢。だがドーピングドラッグの効果が、そんな無茶な戦い方を可能としているのだ。

 本宮は己の周囲に水のベールを張り守りに出る。4発、5発と撃ち出されたその拳はすんでのところで直撃を免れた。


「チッ、流石に硬いな。だがその守りもいつまで続くかな」


 燕碧の偽者はニヤリと嫌らしく顔を歪めた。そう、異能の発動ひとつを取っても、決して無反動ということは無い。ソレの行使は少なからず体力を消耗するものなのである。つまりは敵の攻撃を防ぐ盾を作ったとて、いずれ限界は来る。

 奴は追い討ちと言わんばかりに拳と蹴りのラッシュを本宮目掛けて撃ち込む。豪雨の如く降り注ぐソレを、水のベールは一撃すら逃すこと無く確実に受け止める。

 だが体力とは決して無尽蔵なものではない。ラッシュにベールは少しずつ、ジリジリと押し負けはじめる。


 そして、水のベールは飛沫となって消え失せてしまった。すると降り注ぐはラッシュの雨。それが本宮の身体を撃ち抜いてしまう。


「グッッッッッァッッ!?!?」


 血液が体の底から込み上げる。ドラッグにより1発1発が鉛玉のような威力。そんなものを幾度と無く身体に受ければ己の内側からズタボロになっていくのは必然。


 力無く倒れる寸前で彼はなんとか膝をつく。

 だがしかし圧倒的だった。


「もう終わりかよ。呆気ない最期だったな」


 奴は嘲り笑う。そして最後の一撃を喰らわせようと大きく振りかぶる。


 しかし奴の拳が本宮に届くことは無かった。


 拳が突如真っ赤に爆ぜたのだ。


「ガッッッァッッッッ!!?」


 奴は声にならぬ叫びをあげる。


 一体何が起こったのか。それは本宮一番の異能、水力操作。その更なる応用編。小規模の水素爆発を起こしたのだ。

 しかし小規模とは言え爆発は爆発。言わば捨て身の攻撃だ。至近距離に居た本宮の頭部からもまた真紅の血が滴り落ちている。


 だがこれでいい。これがベスト。


 そして彼の反撃はこれだけにとどまらない。


「なッッ!?身体が、重い!?」


 偽者の体は突如這いつくばるように倒れる。まるで彼の周囲にだけ異常なGがかかっているかの如く。


「テメェさっきは散々甚振ってくれたけどよ〜。馬鹿みてえにベールを殴ってくれたお陰で、テメェの服にはたっぷりと水が染み込んでやがるんだ。水が染み込めば動きが鈍くなるからよ〜〜!!そうなりゃ反撃のチャンスも生まれるってもんだわなァ!!!」


 そう、本宮の異能は水力操作。となれば、衣服に染み込んだ水分を操ることすらわけもない。


「これにてテメェを拘束完了って訳だ。あいにくと俺はこんな状態のテメェを甚振る趣味はねえからよ、」


 衣服に染み込んだそれの重量を増大させることで、奴の身体を完璧に拘束してみせた。本宮は燕碧の偽者にサムズダウンを向け、


「投降しろ」


 それだけ、ただその一言を口にし、彼はその場に座り込んだ。


「本宮さん!」


 ちょうどその時、本宮のもとへ神栖と長門がやってきた。


「おせーよ神栖君。で、そちらさんはどなたで?」


「はじめまして。私は長門大河、ティーパーティのリーダーをやっております。あなたとは色々ツモる話も出来るでしょうがそれよりも、です」


 彼は懐から1丁の拳銃を取り出すと、銃口を燕碧の偽者、音原田雄大の頭部へ向ける。


「音原田。残念ですが、あなたはここまでです。もとは殺すつもりなど無かったのですが、おイタが過ぎました」


 セーフティを解き、長門は引き金に手を掛けた。


 パアァン!


 乾いた銃声が鳴り響く。


 しかし、鉛玉が音原田を捉えることは無かった。




「ったく、子供の前で何してやがる」




 長門が銃の引き金を引く寸前、彼の手首目掛けて本宮は水弾を放ったのだ。


 拳銃も銃弾も明後日の方向に飛んでゆき、長門は思わずよろめく。


「何をするんです?危ないでしょう」


「何をするはこっちのセリフだ!!神栖の目の前で!そんなモノ見せてんじゃねえよ!!」


 本宮は長門に怒りの丈をぶつける。彼の言葉に、長門は呆気にとられた…そんな表情を浮かべるが、


「ふむ。確かにそれもそうですね」


「コイツは警察に引き渡す。それで文句ねえよな」


「わかりました。今回はあなたに免じて身を引きましょう」


 長門は弾き飛ばされた拳銃を拾い上げると彼らに向けて笑みを浮かべる。


「ですが」


 パン!パン!と2つの鉛玉が音原田の腱を貫いた。


「ッッアアアアアア!?!?」


 駐車場に音原田の絶叫が響き渡る。


「脚は潰しておかないとですよ。万が一にも備えて」


「野郎…………!!」


 本宮は怒りに拳を握りしめるが、長門はそんな彼のことなど意にも介さず、


「では、後の処理は任せましたよ。また会いましょう神栖君、本宮さん」


 そう言葉を残して彼は去っていった。

 その後間も無くして、彼らのもとに救急隊と警察官数名が到着すると、音原田雄大は救急搬送された後に逮捕という運びになった。


 主に音原田の銃創について、本宮と神栖は随分と深く取り調べを受けたようだが、こうして彼らの長い1日は、後味の良くないものを残しながら終わりを迎えることとなる。

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