勇者
さてさて、閉店後のバーギルドへとやってきた本宮、峯そして燕碧の3人。このギルドというバーはイケイケな本宮とは対照的に、クラシックで落ち着いた雰囲気を感じさせられる、そんな場所だ。燕はどうやらこのバーの醸し出すムードが気に入ったご様子。彼はカウンター席に腰を掛けると、
「へえ、なんだか良い場所ですね。こんな穴場があったとは。そうだお兄さん、せっかくだし一杯ご馳走してくださいよー。ちなみに今はソルティードッグの気分です」
「さっきあんだけ潰れてたのにまだ呑むのかよー?水くらいにしとけよ」
そんなことを口にしながらも、本宮は早くもグラスとグレープフルーツに手を伸ばす。
「愚痴るのにお供が水じゃ味気ないじゃないですかー。俺、柑橘系好きなんですよ」
まあ味気ないと言われればその通りか。ソルティードッグとは、ウォッカをグレープフルーツの果汁で割ったカクテルのことである。グラスの縁に塩が付けられているのが特徴か。この塩とカクテルを一緒に口に含むことでグレープフルーツの爽やかな甘さに、よりアクセントが加わる。さっぱりとした気分を味わいたい時にオススメの一杯だ。と言っても酒呑みにとっては定番中の定番。ご存知の人も多いか。
「あと、俺の名前は本宮一番って言うんだ。よろしくな」
「一番、良い名前ですね」
カクテルを作る本宮の言葉に、彼は笑みを浮かべながら続ける。
「俺は燕碧と言います、と言っても本名じゃないですけど。アイドルをやってます。そっちのお姉さんは、俺のことを知っててくれたのかな?」
燕と本宮はすみっこで縮こまっている峯に目を向けた。
「あ、はい!えと、峯桜です。碧君のファンです。あとで写真、お願いしても良いですか」
「ありがとう。そう言ってくれるだけで凄く嬉しいよ。写真もね、一緒に撮ろっか」
程なくしてソルティードッグは完成した。本宮は燕の手元にグラスを置くと、
「で、なんかあったのかよ?さっきは良いことが全然無いなんて言ってたけど」
「そうなんです。まずはコレ、いただきますね」
彼はグラスに手を伸ばすとグイッと一息で飲み干してしまった。
「ぷはーっ!美味い!」
「おいおい、そんな呑み方してたらまた潰れるぞ。水もちゃんと飲めよ」
本宮は慌ててグラスに水を注ぎ、彼に手渡す。燕は並々と注がれたグラスに目を向けながら、ため息混じりに言葉を漏らす。
「実はね。俺の曲、とあるイベントのキャンペーンに使うイメージソングとして選ばれたんです」
「はあ?それって、めちゃくちゃめでたいことじゃないのか?」
「本来ならね。実際僕も受かったと知らされた時は大喜びでしたよ。でも、」
彼は言葉を詰まらせるが、グラスに口をつけ一呼吸置いたのちに続ける。
「俺、元は韓国の出でね。それが原因で世間からは大バッシングを受けてしまって」
そう、燕碧は韓国出身。韓国と言うとK-POPや韓流ドラマを筆頭に、日本でも大きな人気を得ているのは周知の事実だろう。がしかし日本と韓国、政治的に見ればとても仲が良いと言える状態で無いのは火を見るよりも明らか。そういった要因ひとつで、韓国に良いイメージを持たぬ者も決して少なくはない。
「それだけなら良かったんですけど、どうやら内部にも俺のことを心良く思わない層が一定数居るらしくてね。イベントはもう明日に迫ってると言うのに、本当に俺が出られるのかどうかもハッキリしていない状態で。あとこれは公にはしてないんだけど、密かにイベント襲撃を匂わせる声も挙がっている始末でね」
「おいおい、そいつは穏やかじゃないな」
「でしょう?本当なら襲撃予告が届いた時点でイベントそのものが中止になる予定だったんです。しかし予告犯の狙いは俺1人。俺がイベントを欠席してしまえばそれで全てが丸く収まるってことで、上層部の中にはそれを働きかけている者も居るようです」
「で、アンタはどうしたいんだよ」
本宮の問いに燕は深くため息を吐く。しばらくの静寂が彼らを包んだ所で、彼はおもむろに口を開く。
「俺個人としてはやっぱりイベントには出たい。これまでずっと厳しい練習にも耐え抜いたその結果、イメージソングに抜擢されるなんて大チャンスを得られた。いや、厳しいなんてものじゃない。夢途絶えた人や心を病んだ人だって今までに大勢見てきた。そんな環境でも俺は必死に喰らいついて、それでようやく芽が出そうなところまで来たんです。でも、それでもし俺が原因で誰かが傷付くのなら、やはり俺は表に出るべきじゃない」
「つまり、イベントは辞退すると?」
燕は困ったような笑みを浮かべながら答える。
「ええ。結局、イベントに出たいというのも俺の我儘ですからね。それで数多くの人達に危険が及ぶのなら、」
「だから諦めるのか?」
本宮が燕の言葉を遮った。
「くだらない理由でお前の邪魔をしようって連中に、力づくで来る連中に屈して、お前自身の晴れ舞台を、お前の夢を、全部棄てちまうのかよ。お前は確かに言ったぞ、イベントに出たいって。ならやれよ。やりたいことがあって、やれる力があるのなら、やらなきゃダメだ。それが、燕碧という男に託された使命だと俺は思う」
彼の言葉に賛同するように、さっきまで店内の隅に身を寄せていた峯だったが、2人の元へ駆け寄ると、燕の隣の席へ腰を掛けた。そして彼女は彼へ問いを投げる。
「ねえ、村人の危機を救う勇者って、居ると思います?」
「―――?」
彼女の言葉に本宮はニヤリと笑みを浮かべた。そして峰に続くように彼は口を開く。
「俺達、何でも屋をやってるんだ。お前と、観客の安全。この2つを守ることが出来れば良いんだよな」
「確かにそれはそうですが、そんなこと出来るんですか」
本宮と峯はカウンター越しにグータッチ。
「やってやろうぜ峯ちゃん!何でも屋を始めて以来の大仕事だ!燕さん、出来るかじゃない。俺達はやるんだ」
「つまりは碧君の護衛ってことですね。それはバンちゃんが務めるとして、私は危険人物の探知かな」
「へへっ、そういうこと!それに、俺達には神栖君って切札もある訳だからな!だから安心してくれ燕さんよ」
彼らの言葉に、燕は笑みを浮かべる。夢に胸を膨らませ、彼はポツリと呟いた。
「何でも屋さん、か。これは面白くなってきたな」




